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皇族姫  作者: 春香秋灯
領地戦の中の皇族姫
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伯爵の言いがかり

 長期に渡る、偽物の叔父家族によって虐待されていたわたくしは、本当に、体力がない。今思えば、死んでいてもおかしくない状態だったな、なんて振り返って思うほど、酷かった。

 まず、食事が満足にとれない。そのせいで、体は貧民のようにガリガリでみすぼらしかった。

 そこに、領地運営のため、無駄に領地を見回ったりして、領民の話を聞いたりしていた。ちなみに、領民たちは、苦情を訴えてはきたが、しっかり食事はとれていた。

 さらに、偽物の叔父家族が無駄遣いをして、借金まで作ってくるから、屋敷の維持のための費用をどんどんと削っていったため、使用人がするような仕事をわたくしもやらされていた。

 思い返せば、酷い状況も、わたくしが貴族の中に発現した皇族だと発覚すると、一変する。身の回りの世話は皇族だからと全て使用人の仕事となり、かかる費用も全て帝国持ちだ。その上、偽物の叔父家族はわたくしの狂言誘拐なんかしたから、勝手に脱落してくれたお陰で、領地からいなくなった。

 新しい領主となったのは、わたくしの教育係りであるハイムントだ。貧民から平民となった男は、領主となるということで、男爵位を拝命し、立派な貴族となった。表では貴族、しかし、裏では海の貧民街の支配者 影皇帝という立場を利用して、手下の貧民たちを領地に招き入れ、邪魔となる領民や使用人を排除した。

 表向きは、新しい男爵の手腕は素晴らしい、と褒め称えられたが、裏では、貧民なので後ろ暗い方法をとったのだろう、なんて悪く言われている。実際、そうなので、ハイムントは笑っているだけだ。

 わたくしの二度目の誘拐は表沙汰となり、ハイムントの責任問題を追及し、ついでに、わたくしの世話を名乗り出る者も多数いたのだが、賢者ハガルの弟子だということが表沙汰にされたため、その声もなくなった。

 本当は、賢者ハガルの息子なんだけど、そこは隠し通すようだ。


「姫様、もう少し歩きましょうか」

 そんな過去を振り返るように考えていると、貧民の若者ガントに注意される。足が止まっていたのね。

「もう、休みましょう。だいたい、鍛える必要なんてないでしょう」

 わたくしは、もう動かない、と座り込んだ。毎日毎日、領地内を歩かされて、足が棒になりそうだ。

「姫様の食事量を増やすためには、体を動かすしかない。このままだと、若に選んでもらえないぞ」

「わたくしにだって、選ぶ権利はあります!!」

「若はモテモテだぞ。もう、貧民の女たちは、若に夢中だ。ぜひ子作りを、とか夜這いする女もいるぞ」

「わたくしとハイムントは、そういう間柄ではありません。だいたい、わたくしは、皇族と、その、け、結婚、するのです、から」

「結婚と子作りは別だろう」

「っ!?」

 貧民だからか、とんでもないこと言ってくる。ガントは、わたくしに、浮気しろ、と遠まわしに言っているのだ。

 ガントはハイムントの部下としては、かなり長い付き合いだという。ハイムントと年頃は近いこともあるが、持って生まれた天性の人誑しで、領地に上手に馴染んで、今では、わたくしの世話係りである。

 この、人畜無害な顔をしているけど、裏でどんなことをしているのやら。わたくしはまだ、貧民の後ろ暗い行為を表面上しか見ていない。

 わたくしを力づくで動かすことは出来ないので、ガントは大人しく立っている。決して、わたくしから離れないが、他人としての距離間をとっている。

「どうして、ガントはわたくしをハイムントの好みに近づけようとするのですか。ハイムントのあの綺麗な見た目でしたら、女のほうが勝手に寄ってきますよ」

 普段のハイムントは魔法で偽装して、なんとなく地味っぽく感じるのだ。それも、魔法を解除すれば、男も女も魅了する恐ろしい美貌となる。

 わざわざ、わたくしをハイムント好みにする必要がない。ハイムントのあの素顔をさらけ出せば、相手のほうから、勝手にやってくる。その中で、好みの女と子作りすればいいのだ。

 そういうことを言ってやると、ガントは首を傾げる。

「なんで、欲しいものを諦めるの?」

「欲しいって、ハイムントのこと欲しがる、そんなはしたない目で、わたくし、見ているというのですか!?」

「若を欲しがらない女はいない」

「………」

 そういうわけではなかった。ガントは、全ての女はハイムントに夢中になる、と信じているのだ。

 仕方がない。あの美貌の前には、男も女も夢中になる。

「それに、若は見た目だけでなく、中身も男前だぞ。腕っぷしもあって、頭もよくて、何より、目的のためならば、身を削るほどの男気だ。男だって、夢中になる」

「そうですね。片目を妖精の目にして、妖精憑きの力を手に入れましたものね」

「わかってないな、姫様は。若はな、生き方がかっこいいんだよ。俺も、あんなふうになりたいな」

「なり方、ハイムントに教えてもらえばいいじゃないですか。きっと、あなたはなれますよ」

 どこにでもやっていけそうなほど、人当たりがよいガントは、貧民とわかっていても、領民たちは皆、受け入れている。

 ハイムントは領主であるため、距離感をとられがちであるが、それを補う存在がガントである。ガントは、影皇帝の右腕的存在として、領内の情報をハイムントに耳打ちするのだ。ガントだって、生き方はかっこいい。

「全ては、若が決めることだから。ほら、屋敷に戻ろう。日が暮れちゃう」

「こんな所まで歩かせるあなたがいけないんです」

 もう、ちょっと歩けば、貧民街の境界線だ。わたくしが貴族であった頃は、鬱蒼としげった森だったものが、影皇帝の人海戦術で、木々は全て根こそぎ取り払われ、見晴らしがよくなった。そのため、海の貧民街がすっかり見えるようになってしまったのだ。仕方がないので、境界線となる場所には高い兵が作られた。最初は、人の手で作られたちょっとした壁だったのだが、ハイムントの父であり、最強の魔法使いハガルが手を出したため、とんでもない頑丈な高い塀にされたのだ。人の力では出来ないことも、魔法を使えば簡単だという。実際、一瞬で完成させたとか。

「あ、若!」

 わたくしが動けない、と苦情を訴える前に、ハイムントが馬をつれて歩いてきた。ガントは、これでもか、と手をぶんぶんと振って、わたくしたちの居場所を知らせる。

「やり過ぎだ。ラスティ様の運動は、まず、屋敷の散策からにしなさい」

「わかりました!」

 運動、絶対にやらせるんだ。止められない事実に、さらにわたくしは脱力する。もう、動きたくない。

 わたくしが立つ様子がないので、ハイムントは苦笑しつつも、軽々とわたくしを持ち上げ、馬の背に乗せた。

「こ、こわいぃ!」

 一度、馬の背から振り落とされそうとなった経験がトラウマとなってしまって、わたくしは馬の首にしがみついた。動いていない馬も怖い!

「馬、乗れるようになりましょう」

「怖いんです!!」

「城に入れば、馬にすら乗れませんよ。今だけです」

「………頑張ります」

「まずは、乗っているだけでいいですよ。ひいてあげます」

 ハイムントはまわりを気を付けながら、馬の手綱を引っ張る。わたくしはそれでも馬の首にしがみつき、ふと、ガントを見る。

 ガントは、わたくしのことなど見ていない。じっとハイムントを見ている。いつもは笑顔のガントが、ハイムントには何か言いたいことがあるのか、苦々しい、みたいな顔を見せている。それも、わたくしが見ていると気づくと、すぐに、いつもの笑顔に戻る。

 良い主従関係だと見られていたが、ハイムントとガントの間に、何か諍い事でもあるのだろうか。ちょっと気になった。

「ハイムントは、ガントと長いお付き合いなのですか?」

「長いですよ。僕の側近候補として、ガントは育てられました」

「ガントって、実はすごいのですか!?」

「僕の一族は、戦争バカですが、その側近一族は、立派ですよ。平民落ちした時、さっさと他の貴族家か帝国所属になればいいのに、わざわざ付いてきた一族の子孫です。だから、彼らを平民にする手続きをとっています」

「平民になれるのですか。それは良かったですね」

「どうですかね。貧民は力で思い通りにすればいいですが、平民貴族皇族は、そういうわけにはいきませんから。そこは、隠れてやればいいですけどね」

 やっぱり、貧民の後ろ暗い行為は捨てないんだ。

 ハイムントも人誑しだ。従順な領民たちには笑顔で対応だ。挨拶もするし、困ったことがないか、とも聞く。不相応なことな困り事でなければ、ハイムントはだいたいの問題は解決してしまう。


 少し前、飲み水の問題が出た。貧民が領地に増えたので、困ったという話だった。追い出したいわけではないが、飲み水は限られている。

 そうして出来たのが、新しい井戸だ。領地を拡大した先には、いくつかの水源があった。そこを掘り起こしたのだ。だけど、限られた水源だから大丈夫か? なんて心配する声もある。

 そうして次に出してきたのは、屋敷の奥に放置されていた魔道具だ。海の貧民街が近いということは、海とはそれなりの距離である。

 実は、海の貧民街では、魔道具を使って、海水を飲み水にしていたのだ。飲み水は貴重だけど、海の貧民街では、誰もが使えるようにされている。それを領地でも行ったのだ。

「魔道具の使用って、大丈夫なのですか? 魔法使いと同じで、帝国の物、ですよね?」

「記録を遡ればわかることですが、僕の先祖が報償としていただいたものです。今更、返せなんて言ってきましたら、その記録を出すだけです。皇族が一度、報償として与えたものを、返せなんて言えませんよ」

 ハイムントの一族の記録は残っているとか。いざとなったら、それを出して、自らの出自を表沙汰にするのだ。後ろ暗い元貧民め、なんて今は言われているが、それが表沙汰となれば、実はとんでもない大物だったと発覚すると、ハイムントのことを悪く言えなくなってしまう。

 足の引っ張り合いをしている貴族たちに、さあ口を出せ、とハイムントは待っているのだ。この男を敵に回してはいけない。

 そうして、やっぱり人海戦術で、海から貧民街の地下に繋がる海水を領内にまでつなげて、そこに魔道具を設置して、なんと、家の中にまで使えるように、水道にしてしまったのだ。

 水道はまだ、そこまで普及しているわけではない。魔道具の数は限られている。水道よりも、井戸のほうが多いくらいだ。それをただの一領地にハイムントは与えてしまったのだ。

 わたくしが生まれた頃から暮らしていた邸宅にも水道はある。しかし、魔道具の不具合が起こっていたのか、使えなかったため、わたくしが皇族となっても、井戸水だった。それも、領内に水道を普及させることから、ハイムントは邸宅にある魔道具の不具合をなくし、使えるようにしたのだ。

 こうして、飲み水問題は、とんでもない方法で解決された。


 そういうことがいくつも積み重なって、ものすごい力のある人なんだ、と領民たちは気づいた。領民たちは、ハイムントが海の貧民街の支配者であることは知らないが、貧民たちの態度から、かなり上の有力者だったんだろう、とは思っている。

 正体は表に出さず、従順な領民たちには、ハイムントはいつもの穏やかな物腰で対応している。これが、人誑しか、なんてわたくしは見下ろしてしまう。

 もう、領民は、わたくしに不満をぶつけて近寄ってくることはなくなった。





 わたくしの二度目の誘拐事件が解決してしばらくして、伯爵家が約束もなく乗り込んできた。一体、なんだ、と邸宅にいる貧民たちが騒がしくなる。

 伯爵は、内戦でも起こすのか、という数の騎士や兵士を引き連れて、邸宅の前にやってきた。

「男爵、出てこい!」

 相手は伯爵である。身分的に低い男爵を無礼に呼びつけても、許されるのだろう。

 丁度、お茶をしていたわたくしは、給仕をしているハイムントを見上げる。相変わらず、まあまあ、美味しいお茶を淹れる。ハガルのお茶は最高級で、ハイムントのお茶はまあまあ美味しいお茶だ。これでも、そこら辺の使用人が淹れたものよりは美味しいと思うのだけど、皇族相手ではダメらしい。

 それまで笑顔だったハイムントが、物凄く不機嫌な顔を見せる。珍しい。

「ラスティ様のお茶の時間を邪魔する輩は死ねばいい」

「別にいいではないですか! お茶、いつだって飲めるようになりました!! ほら、面倒事を先に片づけましょう」

「では、ラスティ様、皇族教育の時間です」

 にっこりと笑うハイムント。はいはい、今日もわたくしが腐っているかどうか、確かめるのよね。今日も頑張ります。

 結局、わたくしが矢面に出された。邸宅を出れば、伯爵が今にも、という勢いで向かってくる。が、先頭に立つのがわたくしだと気づき、ちょっと距離を置いて立ち止まる。

「伯爵はどこにいる、小娘!!」

 あ、わたくしが誰か、気づいていない。仕方がない。先ほどまで、領地を回っていたので、動きやすい恰好だ。普段から、こうだけど。

 わたくしはにっこりと笑う。

「ハイムント、この男は、どこのどなたかしら?」

「ラスティ様、最果てに領地を持つ伯爵 ドモンドですよ。ドモンド様、貴族の中に発現した皇族ラスティ様に小娘とは、随分な口のきき方だな」

「あ、いえ、た、大変、失礼しました!」

 伯爵ドモンドはギリギリとハイムントを睨み上げながら、わたくしに頭を下げる。両方一緒にやるのは、かなりの礼儀知らずだ。この男、皇族のことを影では鼻で笑い飛ばしているな。

「ラスティ様、男爵とお話があります」

「………おかしいわ。わたくし、話てよいなんて言っていないのに、勝手に話している者がいるわ。わたくしの皇族教育、間違っているのかしら。それとも、元は貧乏貴族の小娘、とバカにされているのかしら」

「っ!?」

 悪い癖が抜けていないのね、ドモンド。お前、わたくしの前では貝のように口を閉じていないといけないのよ。

 わたくしはドモンドの向こうで随分と物々しい様子の騎士や兵士を見回す。

「ハイムント、皇族相手に、武器を持っている者が立っているわ。もしかして、わたくしを殺そうとするのかしら。つい最近、わたくしに手を出した小娘は、賢者ハガルの妖精によって、消し炭になったわね」

 わたくしの偽物の従妹サラスティーナは、一瞬で消し炭になった。骨だって残らなかったのだ。

 賢者ハガルの恐ろしさは、つい最近も、辺境の貧民街で轟いただろう。わたくしが辺境の貧民王に誘拐されて、辺境の貧民街は随分と被害にあっていた。消し炭となった貧民が大勢出たとか。実際、辺境の貧民街の半分が消し炭となった。

 皇族に逆らうということは、あの最強の魔法使いハガルを敵に回すことだ。

 それを知らないはずがない。騎士も兵士も慌てて、跪き、帯剣を解く。間違って、攻撃認定されたら、消し炭だ。

 やっと、見た目は逆らっていない体となってから、ハイムントはわざわざ邸宅から椅子を持ってきて、わたくしを座らせる。

「ドモンド様、ラスティ様の貴重な休憩時間に、約束もなく来ることは、何事ですか」

「き、貴様がラスティ様を誘拐されたために、我が領地にも、それは甚大な被害があったんだ!! 貴様には、責任をとってもらう!!!」

 相手がハイムントとなると、大口をたたいてくる。

 被害って、貧民街じゃない。お前の領地ではないだろう。なんて口がさけても言えない。だって、貧民街だって、表向きは帝国の領地だ。不法地帯といえども、領地は領地なのだ。不良債権だけど。

 貴族によっては、領地と称している者もいる。そして、貧民街は不良債権として帝国に報告され、税の優遇を受けるのだ。せこいな、ドモンドは。

 笑っているハイムント。はいはい、わたくしが口を出せばいいのね。

「あの誘拐は、わたくしのせいでもありますね。わたくしだけでなく、両親まで、邸宅の秘密通路を知りませんでした。そこを使用人たちや領民たちに使われていたことが、後でわかりました。ハイムントは男爵となっても、領主になっても間もないというのに、その責任を背負わせるには、あまりにも気の毒です。このことは、皇帝に報告しましょう。ハガルにも言っておきます」

「ラスティ様は騙されていたので、仕方がありません! この男は、元は貧民です。騙されるような男ではないでしょう!! もしかすると、裏で手を取り合っていたのではないか。一度目の誘拐も、貧民がやっていたというではないか」

 これは困った。ハイムントが元貧民がこういうふうに悪く使われるとは。ハイムントを見れば、穏やかに笑っている。まだ、わたくしの出番なの!?

「ハイムント、そうなの?」

 暴投してやる。もう、わたくしの手に負えないわよ。

「そうですね。僕の過去は真っ黒ですから、掘り起こされると、色々と出てしまいます。証拠も証人も綺麗に消し炭にしましたけどね」

 足をすくってみろ、とハイムントはドモンドを挑発している。

「それでは、帝国に貴様の裏をとってもらおうか」

「僕は平民、はては貴族となる時、すでに、色々と調べられました。僕がこの立場になる時には、証人として、皇帝ライオネル様、賢者ハガル様、皇族スイーズ様、あと、宰相ティスデイル様が署名しました。後ろ暗いことは山ほどしましたが、帝国に弓なすことは一度もしていないことが、妖精の契約により証明されました。それをたかが伯爵が掘り起こすということは、ドモンド様自らも帝国に対して弓なしていないことを妖精の契約をもとに証明しなければなりません。出来ますか?」

「………」

「それをしないと、僕の調査は始まりません。やってください。ぜひに。僕は何度でも、妖精の契約で証明してみせます。僕は後ろ暗いことはいくらでもやりましたが、帝国に弓なすことは一度としてしていないことは証明してみせます」

「後ろ暗い、ことをしていると、証言しているではないか!?」

「帝国には逆らっていません。僕はね、帝国には絶対に逆らわないと帝国と契約しているのだよ。ドモンド様は帝国と契約していますか? 最低位である男爵は契約したのですから、伯爵はもちろん、していますよね。していないのですか? では、ラスティ様、ぜひ、手続きをしてください。良い勉強になります」

「わたくし、そこまではやったことがないわ。教えてください」

「皇族はラスティ様、そして、賢者ハガル様は上位すぎますから、魔法使いマクルス様であれば、丁度いい縛りになります。ほら、伯爵ですから、信用度が僕とは違いますから」

 どんどんと真っ青になっていくドモンド。妖精の契約にまでなるとは、ドモンドも思ってもいなかったのだろう。

 わたくしも思ってもいなかった。ハイムントが、そこまで帝国に縛られているとは。

 ハイムントは影皇帝として裏で暗躍していた頃から、海の貧民街は、皇族に絶対服従の体をとっている。妖精の契約まで施されているという。わたくしが皇族と知らずに誘拐した貧民たちは、妖精の契約に触れてしまい、四肢がバラバラになったのだ。成れの果てを見てしまったわたくしは、ぞっとする。

 ハイムントは平民、はては貴族となる時、そういう恐ろしい契約をしているという。人前といえども、わたくしは恐る恐るとハイムントを見上げる。

 穏やかに笑っているだけだ。恐怖なんて、これっぽっちも感じていない。だって、この男は、帝国には絶対に逆らわないのだ。そんな罰、受けることはない。

 想像が追いつかない妖精の契約だ。伯爵は縋るようにわたくしを見てくる。よく、困ったことがあると、領民にも、こんなふうに見られた。


 そして、皆、わたくしを裏切っていた。


 同じ顔をしているな、なんて思ってしまう。この伯爵も、心の中では、小娘だから大丈夫、なんて思っているのだ。そう思っていまうわたくしは、随分とハイムントの黒い部分に染められた。

「まずは、ライオネルに話してみましょう。もうそろそろ、わたくしの様子見の使者が来ます。今日かしら? 明日かしら? これを見て、どう思うのかしら。領地戦でも起こるのか、と勘違いするかもしれませんね」

 ハイムントはこれでもか、と嬉しそうに笑った。何か、とんでもないことをわたくし、失言してしまったらしい。

「領地戦か。そういう解決方法がありますな」

 それは、敵である伯爵ドモンドに塩を送ることとなる。

 ドモンドは立ち上がり、ポケットに入っている手袋を投げ捨てる。

「男爵、領地戦で白黒、はっきりしようではないか!!」

 でも、ドモンド、ちょっとダメなんだな。手袋、わたくしの足にあたったの。

 ハイムントは残念なものでも見るようにドモンドを見下ろす。ドモンド、またも真っ青になる。これ、どうしましょうか。

「え、帝国が代理戦争するのですか? それとも、帝国と領地戦をするのですか?」

 言わないと! だって、腐った認定されちゃう!!

 ハイムントがそこら辺を目で合図を送れば、貧民の若者ガントがわざわざやってきて、わたくしの足にべったりついた手袋を拾い、ハイムントに恭しく手渡す。

「ドモンド様、貸し一つです。領地戦は僕が受けてあげましょう。あなたが万が一、間違いを犯した場合は、あなたに味方した者全てが帝国に処分されます。大丈夫ですよ。こちらからは攻めません。男爵領に攻めてきてください。楽しみに待っています」

 そう言って、ハイムントはドモンドが投げるのに失敗した手袋を落とすと、ギリギリと踏みしめて笑った。

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