父の妖精
妖精憑きだと知ったのは、物心ついた頃でした。常に、父の妖精が私を教育するのです。
『いいですが、あなたは帝国を救うために、その身を捧げるのですよ』
こんな小難しいことを父の妖精が言います。
そんなことよりも、生きていくほうが大変です。最果ての辺境の聖域に隣接する孤児院は、なかなか大変なんです。お腹いっぱい食べるのも、強者なのですよ。私のような、妖精の話を聞いていて、ちょっとぼうっとしている子は、散々、横取りされてしまうのです。
横取りされますが、父の妖精がこっそり、どこからか果物を持ってきます。それは、決まってリンゴです。だから、リンゴが大好物になりました。
父はどんな人なのか、知りません。ただ、父の妖精は、私をきたるべき時のために、正しく導くことにばかり一生懸命です。だから、孤児院という集団の空間でいることは、私の勉学が遅れてしまうと悟ったのでしょう。最果てのエリカ様の夢に侵入して、とんでもない詐欺のようなお告げをして、私を次代のエリカ様にさせたのです。
時期も悪かったです。私は王国の貴族の中の王族リスキス公爵が養女探しをしていました。私はただ、いつもの通り、孤児院の小さい子どもたちの面倒をみていただけでう。貴族になることなんて、興味すらありませんでした。ただ、妖精に言われるままにしていたのです。
妖精がいうことは正しい。
そうずっと思っていました。だって、神の使いなんですよ? 間違えるはずがありません。そう、孤児院でも教えられます。
妖精は私をリスキス公爵夫妻から隠したのです。だけど、何か動いたのでしょう。私をリスキス公爵は見つけてしまいました。
気に入られるようなことなんて話しません。私は来るべき時まで、この孤児院にいなければいけないのですから。なのに、リスキス公爵夫妻に気に入られてしまいました。
「断りなさい!!」
元伯爵令嬢サラが命じてきます。サラは、両親が不慮の事故で亡くなって、運悪く、弟夫婦に家を乗っ取られたのです。サラは邪魔なので、よりによって、最果ての孤児院に送られました。
というのは表向きの話です。妖精はいいます。
『あのまま、王都の孤児院にいたら、不慮の事故で殺されていただろうに、わかっていないですね、この娘は』
妖精はサラのことを蔑むように見下ろして言いました。妖精だから、ただの人には容赦がありませんね。
サラは元貴族であることを笠に着て、孤児院ではやりたい放題です。あの気の強さと口です。腕力で物を言わせていた男子でさえ、サラには逆らえませんでした。ある意味、サラは孤児院の女帝ですよ。
サラは、私に命じてきますが、何を断ればいいのやら、と私は考え込みます。
私の身の上で決まっていることは二つです。
最果てのエリカ様の跡継ぎとなるか、リスキス公爵夫妻の養女となるか。
でも、私の行先って、決まっている。最果てのエリカ様の跡継ぎになるのだ。これは、妖精が、というよりも、王国では絶対なのだ。エリカ様って、王国では国王よりも上なのですよ。いくら私がイヤだと言ったって、この決め事は曲げられません。
「サラって、最果てのエリカ様になりたかったの?」
「違う!! リスキス公爵夫妻の養女の話よ!!!」
そっちか。きちんと主語とかつけてくれないと、わからないわ。ほら、今、私はエリカ様の跡継ぎとして、聖域の近くにある小屋でエリカ様と一緒に暮らしているのだから。
「誰が、あんな貧乏くさいものになりたいっていうのよ!?」
「サラも心を入れ替えて、こういう人のため、王国のためにきちんと祈りを捧げる日々を送りたい、と思ったわけではないのですね。でも、口には気を付けてくださいね。ここに貴族がいれば、サラは不敬罪ですよ。エリカ様は国王より上ですよ」
「うるさいわね!!」
「からかうのはここまでにしましょう。リスキス公爵夫妻の養女の件はなくなりましたよ。私は最果てのエリカ様の跡継ぎですから、王国はそれを優先します。なりたいのでしたら、なればいいではないですか」
「そういうなら、協力しなさいよ」
「協力? 私がやれることはありませんよ」
「あんたが、一言、わたくしを薦めればいいのよ」
私は開いた口がふさがらなくなるほど呆れた。だって、私に言わせるだけで、サラ自身は何もしないんですもの。
「サラ、私はいうだけは言ってあげます。ですが、サラは何をするのですか?」
試しに聞いてみます。きっと、何かするでしょう。リスキス公爵夫妻の養女って、そう簡単になれるものではありません。
「あんたが言えば、リスキス公爵だって、わたくしを養女に迎えてくれるわ!! だって、あんたが認めるんだもの」
もう、呆れるしかない。そして、私は深く溜息をついた。
「バカですか。リスキス公爵夫妻は、私を気に入っただけです。サラのことはこれっぽっちも気にらなかったのですよ。私が言ったからといって、サラを養女に迎え入れるわけがないでしょう。その前に、どうして、私が養女に選ばれたのか、そこを考えてみましたか?」
「あんた、エリカ様の後継者に選ばれたからって、生意気言って!!」
サラはいつもの通りに私に手をあげようとする。だけど、すぐにシスターたちに止められる。
「サラ、エリカ様に手をあげるなんて!?」
「今日は反省房行きです」
これまで見て見ぬふりをしていたシスターたちですが、私が最果てのエリカ様の後継者となった途端、暴力一つ、厳しく取り締まるのだ。
私が見ている前で、横暴は許されません。だって、私は次代の最果てのエリカ様ですから。選ばれた時から、私はエリカ様、と呼ばれるのです。
「このっ、離しなさいよ!! 生意気なのよ!!!」
サラは大暴れですが、大人のシスターに勝てるわけがないのです。そのまま、独房に入れられます。
私がただの孤児だった頃は、ガタイのいい男子は暴力だってふるってきて、私の食べ物を奪っていきました。ですが、私が見ている限り、それすら許されません。私は日中、孤児院に目を光らせています。
サラの取り巻きの女子たちは、私がちょっと目を向ければ、怯えて逃げていきます。そんな、何もしないのに。
『権力の使い方がうまいわね』
「反省すればいいですけど。リスキス公爵夫妻は、養女に人柄を望んでいるだけです」
妖精の嫌味を私は軽く受け流した。
サラはわかっていない。貴族令嬢の行儀作法なんて、お金かけて、頑張って教えればいいのだ。リスキス公爵夫妻が求めているのは、人柄だ。
血筋であれば、遠縁から探せばいいのだ。それをわざわざ、孤児院を回って、養女だけを探したということは、気に入る女の子が血筋の中から見つけ出せなかったのだ。
バカバカしい。私はリスキス公爵夫妻に対しても、冷たい気持ちを持つ。私の人柄は、妖精によって作られたものです。こういう人柄を妖精が好んで、言われた通り、はいはい、と従っただけです。子どもが好きだから、とか、私も受けたことだから、とか、もっともらしいことを言ってやりました。だけど、頭の片隅では、綺麗ごとを吐き出しているな、くらいに思っていました。
わかっていないのですよ、父の妖精は。父の妖精は、かなり格が高いのでしょう。だから、自我がしっかりしています。父に命令された通りに動いています。
ですが、私が持つ妖精は、とんでもなく格が高すぎるのです。父ですら、そこまで読めなかったでしょうね。格の高すぎる妖精は、神寄りなんですよ。
私は父の妖精を見るようにして、さらに向こうに厳かに立っている妖精を見ました。父の妖精は、私が大した妖精憑きではない、と勘違いしている。私に中級以下の妖精しか見られなかったからだ。だから、父の妖精は格上として、私に教育しなければ、なんて思っている。
わかっていませんね。私は、役目持ちなんですよ。
皇族の血筋に、稀に生まれます。父もそのことに気づいていません。皇族の血筋に、神から与えられた役目を持つ皇族が生まれることがあります。だいたい、何か災いがある時、神が皇族に力と役目を与えるのです。
この役目持ちの厄介なところは、知識と記憶があるということです。
私は物を知らない顔をして、実は、父の妖精よりも知識を持っています。ですが、それを隠し通すように、私の妖精が言いました。何故か?
父の妖精のことを信じていないからです。
私の妖精は、父のことも、父の妖精のことも信じていません。姿を隠して、私を弱く見せて、相手の本音を吐き出させるのです。
父の妖精は、私の妖精に騙され、操られ、今日も、呑気に私に説教たれています。それを私は笑顔で聞き流していました。
『慈悲を見せてあげればいいですよ。リスキス公爵夫妻に、あの元貴族娘を薦めてあげれば、また、あなたの善行が上がります』
「そうですね」
月に一回の茶会をリスキス公爵夫妻とやることとなっていた。だから、そこでサラを紹介すればいいのね、程度に考えていた。
リスキス公爵夫妻が養女を探していた理由は、夫妻に跡継ぎとなる子がいないからです。貴族の中の王族と呼ばれるリスキス公爵は、王族を貴族にするために作られた家です。跡継ぎがいなければ、王族から引き取ればいいのですよ。ですが、夫妻がお気に召す王族がいなかったそうです。仕方なく、リスキス公爵夫妻は理想の跡継ぎとその妻を探したのでした。
茶会では、リスキス公爵夫妻の理想の跡継ぎとして養子となったロベルトを紹介されました。
正直に言います。一目惚れです。
とても優しい相貌をしていますが、体はしっかりと鍛えています。物腰も柔らかいですし、礼儀作法もしっかりとしています。
「よろしく、エリカ様」
「私こそ、よろしくお願いいたします!!」
もう、サラを養女に、なんて考え、吹っ飛びました。
『エリカ、サラのことを!!』
聞こえません!! 父の妖精、煩い!!!
どうして、サラなんかを養女に薦めないといけないのですか。サラがリスキス公爵の養女になったら、ロベルトの妻になるのですよ!?
ふと、視線を感じて見れば、私の妖精が呆れたように私を見下ろしていました。いいではないですか、ちょっとした思い出作りです。
いつか、帝国に行くのですよ。どういう役割を父が与えようとしているのか、なんて、これっぽっちもわかりません。だけど、父の妖精の言い方は、あれですね、私を本当のエリカ様にするつもりですね。
王国でも帝国でも、エリカ様は有名です。大昔、王国が王族と貴族、教会がやらかしてしまい、聖域が酷い穢れで、手が付けられなくなりました。聖域が穢れると、大地の実りが得られません。山も、海も不作になります。結果、とんでもない食糧難となったのです。それを救ったのが、王国と帝国、両方の血筋を持つ聖女エリカ様です。聖女エリカ様は、命をかけて、王国中の聖域の穢れを持って天に召されたといいます。
あの父は、私を物心つく前から、そうなるように、妖精を使って洗脳しようとしたのです。
それなりに成長して、この事実に気づいた私の中で、会ったことも見たこともない父は、最低最悪な父になりました。
ロベルトは困ったように笑っています。どうせ、私は死ぬのですから、この人と思い出を作りたい。
リスキス公爵夫妻が気に入ったのです。人柄だっていいでしょう。頭もいいのですよ。
ですが、いつかは、ロベルトは妻を迎えることとなります。だって、跡継ぎがいないリスキス公爵夫妻がそのために、ロベルトを遠縁から養子として引き取ったのですから。
だから、私はちょっと悪戯をしてやりました。
これから数年後、リスキス公爵夫妻は、直系の立派な跡取りが誕生しました。
リスキス公爵夫妻は、直系の跡取りが出来たからといって、ロベルトを生家に戻すような非情な人ではありません。ロベルトを息子の後ろ盾となるように、そのまま公爵家で養育したのです。
「エリカ様は、ロベルトのことがお気に入りですね」
そして、リスキス公爵夫人には、しっかり、私の気持ちがバレていました。わざとですよ。そうとわかるように、態度で示していましたから。計算ずくです。
だからでしょう。リスキス公爵夫人は、手紙の運び人をロベルトにやらせたのです。
ちょうど、先代の最果てのエリカ様が亡くなられてしばらくのことでした。私が新しい最果てのエリカ様となって、一人寝が寂しい、と言ってやれば、ロベルトは優しいので、一晩、一緒に過ごしてくれます。
そうして、親しくなっていったのですが、親しくなり過ぎました。距離が近すぎたので、ロベルトに、妖精憑きだとバレてしまいました。
私がちょっとよそ見をしたりするからでしょう。孤児院では、ちょっとよそ見する子だね、と言われているだけでしたが、ロベルトは違いました。
ロベルトの生家では、妖精憑きのことが随分と詳しく教えられているようです。古い書物も残っているとか。
そういう話をしていると、妖精憑きに対する約束事を教えられました。
妖精が見えたり、声が聞こえたりすることは、誰にも言わない。
妖精の加護を利用しない。
妖精の提案を絶対に受けてはいけない。
大変!! もう、私は父の妖精から、随分と提案を受け入れていますね。私は笑ってしまいます。だって、父の妖精ったら、この約束事を聞いて、慌てふためいているのですもの。おっかしい!!
「二人だけの秘密ですね」
こうして、私が妖精憑きだということは、ロベルトと私だけの秘密となった。
『あの男のいう通りにしないように』
ロベルトが帰ると、早速、父の妖精が偉そうな態度で言ってきます。
「でも、妖精の提案は受けていけない、とロベルトお兄様は言いましたわ」
『私のはいいのです!!』
「どうして? あなただって妖精じゃない」
『ああいう悪い提案をするのは、低俗な妖精ですよ。低俗で、あくどい契約をするのよ』
どうやら、ロベルトがいう約束事は、妖精全般の話のようです。父の妖精は、格が高いですものね。
「父の妖精が実の娘である私に、悪いことするはずありませんものね」
『そうよ!! あなたを守るために、私がいるのですから。ここまで運んだのも、私なのよ』
「帝国の貴族が、何を思ったか、私を誘拐したんですってね。酷い話です」
『そうよ!!』
憤る父の妖精。
ですが、ここに矛盾が生じます。父の妖精は、私を黙って誘拐させたのですよね。誘拐させて、貴族を破滅させて、私を帝国から王国にわざわざ運んだんです。
親子の情なんてわかりません。孤児院では、そんなもの、学べませんから。あとは、知識として知っているくらいです。なんとなく、想像はつきます。
情があるなら、我が子を危険な目にあわせないでしょう。
「ねえ、私の父って、今、どこにいるのですか? 名前も教えてもらえないなんて」
『とても、難しい立場なのよ。万が一、あなたの口から漏れたら、あなただって危ないんだよ』
私が皇族であることすら、父の妖精は黙っています。何も知らない小娘だと思って、言いたい放題ですよね。
私は、私の父がどこの誰で、今、どうしているのかだって知っているというのに。
本当に最低なのは、私を誘拐した貴族ではなく、私の父だ。
だけど、黙って、知らないふりをします。私の妖精が、哀れみをこめて私を見ています。父の妖精の企みが滑稽で、バカバカしくて、私という存在を道具としか見ていないことに、蔑みを感じているのがわかります。
そして、とうとう、私の妖精の怒りが爆発したのです。
これまで、格が高すぎて、父の妖精の前では姿を現しませんでした。それも、怒りと、また、格下の妖精がやりたい放題なのが、我慢ならなかったのです。
『いつまでも、私の妖精憑きに間違ったことを囁くでない!!』
『ひぃ!!』
父の妖精は逃げようもするも、私の妖精って、一体二体ではないのですよね。化け物じみた格上の妖精が複数体、父の妖精を囲ったんです。
『ただの、妖精憑きだって!?』
私の妖精たちに足蹴にされる父の妖精。それを私は椅子に座って、お茶なんか飲んで見下ろしてやります。
「好き勝手しすぎです。さっさと、父アランの企みを吐き出しなさい」
私の父は、帝国の大罪人、皇族殺しのアランだ。
私が生まれるより前、筆頭魔法使いだったアランは、半死半生の皇帝ライオネルを楽にするために殺害したのだ。しかし、相手は皇族、しかも皇帝であったため、アランは皇族殺しと呼ばれ、罪人となった。それからは、秘密裡に皇帝と皇妃に囲われて、帝国を良い方向へと導きはした。しかし、王国の要請でアランは王国の妖精憑きである王子キリトの封じ込めをしたことで、帝国を出ることとなる。キリトの封じ込めは一時的なことで、失敗し、キリトの妖精にアランは復讐されたのだ。妖精に復讐され、無力化したアランは、罪人として王国に引き渡され、そのまま、帝国には戻っていない。
そんな父アランは、大人しくしているわけがない。王国から、帝国を見張っているのだ。アランがいない帝国では、何か起こっているのでしょう。
父の妖精は悪あがきしています。きっと、父と連絡とろうとしていますね。
「無駄です。ここは聖域が近いのですよ。妖精の繋がりだって打ち消してしまいます。妖精は聖域のほうが繋がりが強いのですから」
『どうしてそれを!?』
「あら、まだ、教えてもらっていなかったみたい。失敗しちゃったわ」
私が笑うと、私の妖精たちも不気味に笑う。父の妖精はその不気味さにすっかり怯えて、大人しくなってしまいました。
「神様ったら、酷いですね。私にいくつもの役割を与えるなんて。役割のある皇族でしょ。あと、千年に一人生まれるという化け物の妖精憑きでしょ」
『嘘っ!?』
「皇族に生まれるなんて、前代未聞よね。私の記憶にもありません。これは、神様の悪戯です。だから、父には内緒ですよ」
父の妖精は全身を震わせて、何度も頷いてくれた。
ここまで脅せば、父の妖精も偉そうなことを言わなくなるでしょう。
そうして、父の最低最悪な企みを私は知ることとなるのでした。




