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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-外伝 伯爵の後悔-
167/353

見守り

 私は皇族ルイのことは仲の良い親友に近いと思っていた。学校を卒業した後も、手紙のやり取りをし、城に行くと世間話をし、ルイはお忍びで私の元に遊びに来た。

 だけど、それを疑いたくなるような出来事が起こった。たまたま、王都の貧民街の近くで、貧民街の支配者に後ろ暗い仕事を頼んだ時だった。騎士を辞めたアルロは、軍神コクーンが認めたほどの実力で、王都の貧民街の支配者となっていた。

 アルロは、私のことなど覚えていない。貴族の学校にいたかどうかなど、気にもしていない。支配者として、貴族から与えられた仕事を黙々とこなすだけだ。

 そんなやり取りを普通にこなしていたある日、アルロの自宅から、子どもが出てきた。随分とやんちゃだが、アルロに似た感じの子どもだ。その子どもを追いかけて、赤ん坊を抱いた女が出てきた。

 私は、女を見て、目を疑った。平民の服を着ているが、顔色もよく、何より、随分と美しくなったサツキだった。

 子どもは、私の元に走ってやってきた。私が目的ではなく、私の向こうにいるアルロだろう。私は子どもを捕まえ、サツキの元に行く。

 サツキは随分と無防備な顔を見せた。私を見つめ返して、しばらく、瞬きをする。そして、穏やかに笑った。

「マクルス様、ごきげんよう。少し、お待ちください。こら、お前は家に入りなさい。アルロに叱られちゃいますよ」

「親父のところに行くんだ!!」

「わたくしが叱られるのです」

 暴れる子どもは、サツキが叱られると聞いて、大人しくなる。そして、素直に家にいれられる。

 サツキは満面笑顔で、赤ん坊を私に見せてくれた。

 平民の服で、全身で幸福を身にまとい、だけど、まだ、貴族としての名残を残しているサツキは、私の知らない女だ。

 しかし、サツキの口から吐き出される言葉は、悍ましいものだ。

「今、領地がどうなっているか知っているか? 跡継ぎ争いで、大変なことになってるんだぞ」

「知っています。そうなるように仕向けたのはわたくしです。さんざん、わたくしのことを蔑んで、蔑ろにして、食い物にしておいて、ただで済ますわけがありません」

「それも、サツキ嬢が狙ってやったことだろう」

「どうでしょうか。領地民のことは、蛇足ですよ。良い領地経営をしたというのに、悪いことがあると、全てわたくしのせいです。そして、今、酷いことになっているのは、わたくしが死んだせいですって。おっかしい!!」

 母親の顔をして、その内側では、とんでもないことをサツキは考えて、実行していた。そして、友と思っていた皇族ルイがサツキの死の偽装の手伝いをしていたことを知ることとなった。

 この女は、王都の貧民街の支配者の妻となり、生家をめちゃくちゃにしていた。

 このことがきっかけで、私はサツキと話すようになった。アルロは、サツキのことを心の底から愛していた。普段から、サツキを家から一歩も出させない。私とサツキがちょっとした世間話をすることも許したくないのに、アルロは我慢した。だけど、決して二人っきりにさせない。アルロが同伴である。

「俺に頼めばいいだろう!!」

「十分、やってもらっています。ありがとうございます。でも、せっかく貴族がいるのです。これまで出来なかったことを出来るようになります」

「貧民では、出来ないのか」

 落ち込むアルロ。アルロは利用されているというのに、まるで気にしていない。サツキに骨の髄まで利用されることを心の底から喜んでいた。だから、私へ頼み事をされることを悔しがった。

 サツキは私の前だというのに、甘えるようにアルロの胸に顔をうずめる。

「何をいうのですか。わたくし、こんなにアルロが色々と出来るなんて、驚かされてばかりです。アルロのお陰で、伯爵家はめちゃくちゃです。貴族では、あそこまで出来なかったことです。アルロだから出来たことですよ!! ほら、見てください。分割統治の図面を考案しました。もう、十分、わたくしに石を投げた領民も懲りたでしょう。わたくしの良さを今更知って、後悔して、苦しみました。だから、次の段階です。ここからは、貴族のお仕事ですよ」

 サツキは、アルロの家に大人しく囲われているような女ではなかった。この貧民街の近くの家に閉じ込められながら、アルロを使って情報を集め、精査し、貧民を動かし、伯爵家に関わる全てに復讐していた。

 それをサツキは私に手伝わせようというのだ。酷い女だ。私が下心を持って、ここに来ていると気づいているだろうに!!

 表面では笑っているが、心の奥底では、怒りを燃え上がらせていた。

 だけど、私は図面を受け取った。アルロの嫉妬の視線が気分を良くする。もう、私はどうしようもないな。

「これを提案していけばいいんだな」

「………マクルス様、無理にやらなくていいのですよ」

 ところが、お願いしてきたというのに、サツキは私を止める。私は思わず、サツキを見返す。

 サツキはアルロから離れ、苦笑して私を見ている。

「マクルス様は、実の兄を排除出来ない優しい方です。今も、あの仕事の出来ない兄の言いなりをしているのですね。色々と聞いていますし、ここには情報が集まります。今日も、そのために、ここに来たのでしょう」

「大人しく、ここで女の幸せを享受していないんだな」

「していますよ!! 毎日、幸せです。アルロは神と妖精、聖域が与えてくださったわたくしの特別です。こんな最低最悪なわたくしを愛してくださるのですもの。これ以上の幸福はありません」

「………そうだな」

 貴族を捨て、いまだに復讐を続けるサツキ。そんな彼女が手に入れた幸福は、思ったよりも平凡で地味だ。

 でも、この幸福にサツキは必死に縋っているのだ。





 サツキの死体が見つかってしばらくして、サツキが暮らしていた生家に行く機会があった。元生徒会役員なので、学校関係で、戻っていない何かがあるかもしれない、というもっともらしい理由を作って、私は皇族ルイと二人で行ったのだ。

 サツキの生家は、すっかり様変わりしていた。そこは、様々な意味での証拠物件である。人の出入りも全て監視されていた。中は、魔法使いを使って、現状保存をされ、人の手がなくても、時が止まったまま、保管されていた。

 家の案内は、サツキがいた頃に執事をしていた男だ。この男はもう、執事でも何でもない。

 サツキの生家で働いていた使用人たちは、サツキに対する様々な悪行を表沙汰にされた。新聞で面白おかしく暴露されたのだ。そのため、サツキの親族たちが使用人たち全てを訴えた。それはそうだ、当主となるサツキを蔑ろにし、追い出す手伝いをしたのだ。彼らもまた、お家乗っ取りの協力者となった。皆、罪人にされた。

 罪人といったって、ちょっと鞭で叩かれ、罰金を課せられる程度だ。しかし、信用を失った使用人たちは、親族も、友人知人からも、縁を切られた。ついでに、どういう力が働いたのか、彼らの名前はあちこちに広がっており、どこの貴族家も雇用を断った。あれほどの悪行を表沙汰とされたのだ、誰も関わりたくないし、信用のない者を雇用なんてしない。

 結果、使用人たちは、最低限の給与で、サツキが暮らしていた屋敷の維持のために、存在せざるをえなかった。彼らの雇用は、大事な証拠だという。

 執事だった男は、私とルイをサツキの部屋に案内してくれた。

 ところが、案内されたのは、伯爵家当主の執務室だ。そこは、仕事をする場所だろう。

「ここは、当主の執務室だろう」

 全ての事情を知っているルイは、蔑むように執事だった男を見ながらいう。執事だった男はルイの剣呑となる空気に恐怖に震える。

「そ、その、サツキ、様は、ご就寝、を除く、全ての時間は、こちらで、過ごされて、いま、した」

 私は衝動で動いた。机の引き出しをあけて、まだ、サツキの痕跡が残るものを探す。

 いくつかの走り書きのようなメモがあった。間違えるはずがない。サツキの字だ。走り書きでも、サツキは綺麗な字を書く。

 メモだが、きっちりしている。これからどうするべきか、箇条書きがされていた。それは、全て、家のため、領地のため、伯爵家のためのものだ。追い出されるまで、当然のように、当主としての仕事をこなしていたのだ。

『忙しいんですのよ!!』

 笑っていうサツキ。生徒会役員の皆、それを信じていなかった。サツキは頭がいいし、仕事がはやい。対人であっても、あの口で、言いくるめてしまうので、忙しいはずなんてない、なんて笑って話していた。

 実際は、本当に忙しかったんだ。屋敷の管理から、使用人の給与、領地の運営、父親と義母と義妹ついでに婚約者が勝手にする買い物の支払いをして、それら全てをサツキが取り仕切っていた。

 その痕跡が全て、現状で、保存されていた。何せ、乗っ取り事件だ。持ち出されないように、様々なことがされていた。その中に、サツキの日常が色濃く残っていた。

 私はルイを見る。この現場、すでにルイは見ているだろう。皇族なんだ。その権限で、乗っ取りが表沙汰とされてすぐに、この屋敷を訪れたはずだ。

「どうして、話して、くれなかったんだ」

 ルイのことは、友だと私は思っていた。私は生家の愚痴だって、ルイに話した。ルイもまた、皇族の苦労を私に話してくれた。

 ルイは、申し訳ない、とばかりに視線を落とした。

「言えなかった。マクルスは、サツキに好意を抱いていただろう」

「ルイだって!!」

「僕は皇族だ。公私混同はしない」

 皇族は世間知らずだという。実際、学校では、ルイは様々な陥れを受けていた。それを助けたのは私だ。

 だけど、今、目の前にいるルイは、私が知っているルイではない。世間知らずの皇族の顔をしていない。冷たい表情に、私は気づいた。

「ルイも、暗部か」

「そう、君と同じだ。僕はね、貴族どもを陥れるために、学校に通っていただけだ。そのことは、サツキにもバレていたよ」

 ルイは、サツキのことを調べ、サツキの立場は利用出来る、と親切そうな顔をして、協力を申し出たという。

 しかし、サツキはそれを逆手にとったのだ。サツキはルイを利用した。

「あの女は恐ろしい。綺麗な顔をして、とんでもない悍ましいことを言ってきた。だけど、それは、サツキ自身を危険に晒しての行為だ。この家を追い出されることも、サツキの計略の内だ。サツキの死も、その一つだ。これから、伯爵家は、もっと酷いことになる。そうなるように、僕は動いている」

「サツキは一体、どうして、こんなことをしたんだ!? 家を追い出されたからか? 伯爵の仕事をやらされたからか?」

「サツキ嬢の部屋に行こう」

 そこからは、執事だった男の案内はない。

 元々、ルイには案内は必要なかった。随分と、屋敷のことを知っていた。ルイは、サツキの父親、義母、義妹の部屋をいくつか案内する。どれも、贅をこらした、素晴らしい部屋だ。服も宝石も、小物もいっぱい詰め込まれ、そんな部屋がいくつもある。

 いつまでも、サツキの部屋に案内されない。サツキの家族の部屋はあんなにあるというのに、サツキの部屋はない。

 どんどんと奥の日当たりも悪く、手入れもされていない離れに行って、やっと、サツキの部屋だというドアがあけられる。

 使用人の部屋ではないか、と疑いたくなるほど、狭く、物もないところだ。貴族の学校の制服がかけられているので、それが、かろうじて、貴族の娘の部屋だろう、と見せてくれた。お金のない貴族の娘なら、こういう感じだろう。

 しかし、サツキの義妹の部屋はいくつもあって、豪勢だ。サツキの私室が、こんな狭くて物がない、寝るためだけの部屋でいいはずがない。

「食事も満足に与えられていなかった。そこは、サツキ自身でどうにかしたようだ。屋敷の外には、年中、実りがあり、それを手に入れていたのだろう。毎日、学校と邸宅を徒歩で往復しても平気なわけだ」

 窓の向こうに生い茂る自然。

 私服はわずかだ。それも、随分と時代遅れのものだ。亡くなった前伯爵のものをそのまま使っていたのだろう。

「僕は、サツキ嬢に出会う前までは、まだまだ世間知らずな皇族だった。本当だよ。だけど、サツキ嬢に出会ってから、笑顔の裏側、言葉の裏側をよく見て、聞くようになった。皇族としての権力を行使することは恥だと思っていたが、今はそうではない。権力は、武器だ。ここぞという時に使うんだ。その使い方をサツキ嬢に教えられた」

 空気が悪いからか、ルイは窓をあけ放った。

「まだ、掃除は終わっていない。サツキ嬢の復讐はまだまだ続いている。この程度で、許されてはいけないんだ。彼女は、一人で、実の母を失ってからずっと、酷い仕打ちに耐えていたんだ」

 ルイにとっても、サツキは特別だった。好意はあっただろう。しかし、皇族である以上、それは叶えられない。皇族は、その血筋を守り、次代に残すことが役割なのだ。皇族の血筋から遠いサツキに手をつけることは、皇族としては許されないことだ。





 私はサツキの死をいち早く皇族ルイから知らされていたが、実感がわかなかった。死体を見たわけではない。ただ、発表されただけだ。

 そして、サツキの生家での骨肉の争いを見て、私は兄弟での争いをなくすため、酷い女遊びを始めた。私は真面目すぎた。学校を卒業して、暗部の役割を引き継いでも、家臣たちの争いは相変わらずだ。私を当主にしたい派、兄を当主にしたい派で争っていた。

 他家では、身内同士で、領地まで酷いこととなっているのを聞いていれば、これはまずいことだ、と私だって気づく。

 清廉潔白なのは良くないな、と思い、私は手っ取り早い方法として、女遊びに精を出した。

 家の仕事をこなし、ちょっと暇が出来ると女遊びである。女を買って、閨事をして、と派手にこなしていた。元は貴族の学校の生徒会副会長が、女遊びに嵌った、という醜聞はあっという間に社交界に広がった。お陰で、縁談が軒並み消えた。

 兄は大喜びだ。私が女遊びだけで、立場を悪くしていくのだ。兄は堅実にそれなりの家から妻を娶り、跡継ぎを作り、と立場を固めていった。

 まだ、私を跡取りに、と押していた家臣に私は言った。

「兄上の子の教育をしっかりさせろ。あの甘ったるい夫婦にまかせるな」

「しかしっ!!」

「お前たちにも家族がいるだろう。あの兄の子だぞ。教育に失敗して、例の貴族家みたいにされては困る。ダメなら、首をすげ替えればいいだけだ」

 もう、家族の情なんて持ってもいない。兄の子がダメなら、親戚の子でも連れてこればいい。私の本音に、家臣たちは安堵した。表向きでは従順な姿を見せて、裏では、兄家族を採点しているのだ。まだ、殺す段階ではないな、と。

 どんどんと減点していっているが。

 加点する要素が血筋だけだ。兄の妻の血筋もまあまあいいところである。兄の妻の生家としては、厄介払い出来た、みたいに見ていた。兄の妻も、残念な女だった。

 兄夫婦は、女遊びをする私を蔑むことで満足していた。取引の失敗も、借金も、他家へのやらかしも、私が上手におさめた。

 父はもう兄を見限っていた。ただ、私の縁談が軒並みなくなったので、仕方なく、兄の子をまともにしようとしたのだ。父はまだ当主だ。兄夫婦でも逆らえない。お陰で、私が教育に手を出せたのだが、母親が邪魔だった。

 ともかく、甥に私の悪口をさんざん、囁いた。ついでに、私を家臣扱いだ。それを当然、と甥に教え込んだのだ。教育を手がけるが、それだけだ。甥の性格は残念になった。あとは、跡取りとしての出来に期待しよう。

 家のこともこなし、女遊びをしていると、それなりに出会いもある。

「元貴族の生娘ですよ」

 この店主はわかっていない。生娘なんて、痛がっているだけで、こっちは良くないんだ。それなりの経験のある女のほうが、抱いていて楽しい。

 生娘が好きな男だっている。あえて、そういう出物を囁けば、喜ばれるなんて思っているのだろう。

 だけど、ふと、頭の片隅で、元貴族、という単語が引っかかった。

 もし、万が一、サツキが生きていたとしたら、身売りすることだってある。サツキは頭がいい。元貴族、という立場を上手に使って、生き残っているかもしれない。

 魔法使いが証明した死だ。サツキの死は絶対だ。だけど、私はサツキが生きていると思いたかった。

 何より、探すことすら思いつかない、情けない男である私自身の自己満足のために、元貴族の娘を買った。

 生娘は遠慮した。年数からいって、生娘ではないだろう。サツキは、自らの立場をも危険に晒すことを厭わない女だ。身売りだって、簡単にこなしてしまうだろう。

 そう考えながら、サツキの初めてを奪った男に嫉妬する。そんな資格、これっぽっちもないのに。笑ってしまう。

 私が元貴族の娘を買っている、という噂はすぐに広がった。女遊びに嵌っていて、その趣味が、元貴族の娘を弄ぶことになって、兄の笑いが止まらない。

 それを聞いて、皇族ルイは心配する。

「聞いたが、まさか、サツキ嬢のことを忘れられないのか?」

「あのバカな兄を油断させるためだ。また、やらかしてくれて、後始末が大変だ」

「………しかるべき時がきたら、力になろう」

 ルイは、私がお家乗っ取りをするのを待っていた。兄夫婦を暗殺しても、ルイは上手に後始末に協力してくれるという。とんだ皇族だな。

「私に出来ることがあれば、言ってくれ」

「いつも、世話になっている」

 私もまた、貴族でありながら、皇族の手足となって、色々と手伝っていた。そのことは、父も気づいているだろうに、黙っていた。

 そうしていると、身売りの店で、貴族の学校での知り合いなんかに出会ってしまうのだ。

「マクルス様ではないですか!!」

 すっかり様変わりしてしまったサツキの義妹クラリッサである。

 貴族であった頃は、着飾って、やりたい放題だったから、随分と肌艶も良かった。綺麗、というより、可愛い感じだ。

 落ちぶれたクラリッサは、やせ細って、髪もくすんで、品のない服を着ていても、恥じらい一つない。

 昔の知り合いに会って、クラリッサは救いの光りでも射したような気になったのだろう。私に抱きついて泣く。

「どうか、お助けください!! もう、ずっと、騙されて、殴られて、売られて、ひどい目にあってばかりなのです!!!」

 ぞっとした。何がひどい目だ。お前がサツキにしたことを全て私は知っている。

 サツキは生家で虐待されていた。あの性格と口だ。ただ、されていたわけではないだろうが、痛い目にも、苦しい目にもあっていた。その事実を、行先のない使用人どもに証言させた。ちょっと金と働き口を見せてやれば、喜んで証人となり、暴露してくれたのだ。

 サツキの父親と義妹の零落はあっという間だった。私はサツキの死を知らされ、サツキの生家を見せられ、すぐにサツキの父親と義妹の立場を貶めた。

 すでに乗っ取りの罪で裁かれていたサツキの父親だが、義妹は成人前ということから、何もされていなかった。その事実に腹が立った私は、甘言を使い、使用人たち全てに証言させたのだ。

 使用人たちはというと、新しい職場では、地獄を見ているだろう。不利な契約をさせられ、辞められない立場にさせ、じわじわと生かすように指示した。紹介した職場全て、私の息がかかった所だ、簡単だ。

 サツキの父親、義妹の酷い行為は面白おかしく新聞に書かれ、帝国中に広められた。お家乗っ取りで父親は罪人となっていた上、殺人容疑だ。お家乗っ取りと殺人容疑は、娘可愛さだからだろう、と義妹クラリッサは生暖かく見られていたが、虐待はそうではない。

 クラリッサは、社交を通じて、サツキは酷い姉だ、と散々言っていた。ところが、実際は真逆なのだ。サツキは虐待され、馬車馬のごとく使われていた。しかも、その虐待にクラリッサが関わっていたという。

 サツキの父親の生家は、跡取りとクラリッサを婚約させていた。色々と大変な目にあっていたが、クラリッサには悪いところはない、という体をとっていたのだ。サツキの父親も、政略結婚の娘よりも、愛しい女の娘を優先したにすぎない、という世間の目があった。しかし、実際は、サツキの虐待を父親、義母、義妹クラリッサまでしていた、という事実が表沙汰にされたのだ。

 サツキの父親と義妹クラリッサは、生家から縁を切られた。婚約だって白紙だ。父親の生家は、騙されていた、こんな女だとは知らなかった、と被害者として訴えた。

 そこから、サツキの父親と義妹クラリッサの消息は不明となっていた。

 まさか、どういう巡り合わせか、私の目の前で身売りをしているとは。私は貶めるだけで、サツキの父親と義妹のその後には何もしていない。何もしなくても、貴族として生きていた二人は、落ちるところまで落ちるしかないのだ。

 てっきり、野垂れ死んでいるだろう、なんて私は思っていた。意外と、しぶとく生き残っていた。

「本当に、酷いのです。エクルド様は助けを求めたわたくしを、純潔まで捧げた仲だというのに、、売り払ったんです!!」

 まだ、サツキの元婚約者ものうのうと生き残っていたのか。それを聞いた私は、隠れて笑った。

 手なんか出さない。この女に触れるのも汚らわしい。私はクラリッサから、エクルドとサツキの父親の情報を聞き出した。ちょっと優しく、気を持たせてやれば、べらべらとよく話す。

 聞いていて思う。サツキは告げ口なんて下品なことはしなかった。人前で、身内を言いくるめて笑っているばかりだ。家に帰れば、どんな目にあっていたかは、使用人たちの証言ではっきりしていた。

 まだ、やり残しがあるな。私が笑っているので、クラリッサは助かった、なんて勝手に思い込んで、嬉しそうに笑っている。

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