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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-外伝 懺悔-
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マイツナイト

 辺境の貧民街がいい感じに呪いで気持ち悪い感じになっているのを上から眺めてから、私は辺境の僻地周辺の領主をしているマイツナイトの元に行く。今日も、領主の屋敷でお仕事しているか、と見ていれば、庭で日向ぼっこしつつ、お昼寝していた。

 私は音やら気配やら消して、側に降り立ち、机の上にある本を見る。

 それは、今は亡きカサンドラが書いたという復讐譚である。悲劇の令嬢を元にした大衆小説では、最後は騎士と結婚したのだが、この復讐譚では、最後、魔法使いと結婚するという。

 そういう内容をパラパラとめくって確認する。

「こんなのが、現実で通じるとは、これだから、面白い」

「ん、なんだ、ハガルか」

 ちょっとした呟きで、マイツナイトは目を覚ましてしまう。

「連絡なしで来るんじゃない」

「いいではないですか。どうせ、給仕は私がやります。お土産に、おじいちゃんが好きそうなお菓子を持ってきましたよ」

「食べる」

 マイツナイトは軽く体を伸ばして、姿勢を正した。

「ハガル、ありがとう」

「? お礼をいうのは私ですよ。ほら、貧民街がおもしろいことになっています。ここに来る前に、見てきましたよ!!」

「サツキのことだ」

「何かやりましたか?」

 私は首を傾げる。一体、何をやったのやら。考えても、身に覚えがありすぎて、わからない。ほら、天災だから。悪い事はいっぱやってる。

「思い返しても、人が私を最低最悪、ということばかり思い浮かびます。とても、マイツナイトからお礼を言われるようなことしましたか? サツキのことというと、あれですね、領地と婚約程度しか思いつきません。可愛い孫娘の婚約は、祖父としては怒りしかないでしょう」

「ハサンのことだ」

「マイツナイトがハサンを殴ったのって、たった一回なんですね。テラスは二回も殴ったっというのに」

 ハサンと聞いて、笑ってしまう。あの諸悪の根源か。

 本来であれば、ハサンはマイツナイトにもっと殴られなければならないのだ。テラスでさえ、二回も殴られた。ハサンがやったことは、テラスの百倍は殴らなければならないことだ。

「サツキの日記、読んだ。酷いな。もっと殴ってやればよかった」

「ハサンは出来るだけ長生きしないといけないのですよ。あの姪よりもね。ハサンが見張っている内は、私は大人しくしています。しかし、ハサンが死んだ後、まだ姪が生きているようなら、全て、暴露してやります」

「そこまでしなくていいだろう」

「おや、あなたもハサンの姪には優しいですね」

「生きているからな。死んだ者はそこで終わりだ」

 その意見には、私も同感である。

「それがどうかしましたか? ハサンは、死人のための復讐をサツキに押し付けました。同じことを私がしてやるだけですよ。生きている内は、ハサンも油断できなくて、辛いでしょうね。見ましたが、すっかり、老けていましたよ」

 私は定期的にハサンの監視をしている。ハサン、生きたまま、私という天災に苦しめられているのだ。別に、気にしなくていいのに。

「姪なんか、さっさと見捨てればいいのに。そんなだから、筆頭魔法使いになれなかったのですよ」

「ハガルだって、家族を見捨てられないだろう」

「私はいいんですよ。私はそういう遊びをしているのですから。足枷があったほうが、楽しいです」

 マイツナイトは苦笑して、地べたに座り、膝を叩いた。私は喜んで、マイツナイトの膝を枕にして横になる。そうすると、マイツナイトは私の頭を撫でてくれる。

「私も、後悔している。サツキを無理矢理にしても保護してやればよかった、と」

「後からそう思うということは、その時にはそれなりの力があった、ということです。しかし、当時は、その力がわからない。あなたは、まだ親の保護を受けるべき子どもでしたよ。いくら、当主の仕事をしていたといっても、経験値が違います」

「領地戦をやろう、と言ったんだ。だが、サツキに説得され、止められた。領地にある邸宅型魔法具のせいで、惨敗する、と言われてしまったんだ」

「あれ、そんな力ありませんよ」

「そうなのか!?」

 驚くマイツナイト。邸宅型魔法具という、よくわからない代物は、恐ろしいと感じたのだろう。それが、マイツナイトが迂闊に動けなかった理由だ。

「サツキの嘘ですよ。直接見ましたから、わかります。そんな恐ろしい機能をつけることを帝国が、筆頭魔法使いが許すわけがありません」

「あんな幼い子どもに、私は騙されたのか!?」

「空気を読んだのでしょうね。サツキは出奔した時、あなたの家臣や使用人が手引きしました。サツキは、邪魔な存在だったのでしょう。それは、婚約時からずっとでしょうね。そういう空気をサツキは読んだのでしょう。話だけ聞きますと、かなり、機微を読んでいますね」

「それでも、生家では口答えして、随分な目にあっていた。弟も手をあげていたんだ」

「だから、家臣たちは、迂闊にサツキに手を出せなかった。本来、サツキと縁を切るなら、サツキを殺せばいい。ですが、あの体についた虐待の痕は、死んだ後に、帝国は調べるでしょう。サツキは成人前の跡取りですから。サツキの死はどうしても、侯爵家をも破滅させるのですよ」

「………」

「怒ってはいけませんよ。年上の、大人たちなのですから。若いマイツナイトよりも、目端が利きます」

「殴っていない。もう、死んだ奴らもいる」

 マイツナイトは、サツキを泣かせた全てを殴ることに決めている。

 サツキの日記に書かれていないことはたくさんある。サツキは侯爵家での茶会に参加する時は、必ず、侯爵家が送迎した。そうしないと、サツキの生家は邪魔をするからだ。そうして、強制的に参加させたが、サツキを連れて、着替えさせをするのは、家臣や使用人である。サツキは色々と言われて、感じていただろう。

 私が少し考えれば、これだけのことが思いつく。だけど、それは、過去、終わったこと全てを調べたからにすぎない。進行している最中は、想像もつかないだろう。

 まさか、マイツナイトの身内も、サツキに随分なことを言ったしていたなんて。

「とりあえず、生きている奴らから聞き出して、殴ればいいではないですか。今、出来ることをやるだけです。出来ないことは、長い人生では誤差ですよ、誤差!!」

「お前がいうと、それでいい、と思うな」

「いいですか、人は死んだら終わりです。それから先は成長も、何も出来ません。復讐だって、生きている人がするしかありません。ですが、それを持ち続けるためには、それなりの情熱が必要です。とても、大変なんですよ、それは」

「そうだな」

 マイツナイトは、実に特異な人だ。サツキへの想いは、随分と強い。妹のような気持ちだと本人は言っている。実際、そうなんだろう。だからといって、死んで随分と経っている。何せ、サツキの孫が表に出てくるのだ。それほど過去の話となったのだ。

「私は、孫まで持った。侯爵は一度、返上までしたが、結局、サツキのお陰で戻ってきた。サツキが生きている間も、死んだ後も、色々とあった。後ろ暗いこともたくさんした。そういうことは、後悔がない。好き勝手したんだ。その中で、サツキのことは後悔しかない。まだ、サツキを泣かせた奴らが残っているんじゃないか、と考えてしまう」

「いい兄ですね。私も、妹弟を泣かせる奴らを、随分としめましたよ」

「どうやって?」

「………」

 黙秘です。ほら、私は魔法使いですからね。魔法使いなりのやり方ですよ。腕っぷしは残念ですから、仕方がありません。

 マイツナイトは呆れたように私を見下ろした。

「お前は、思い残すはなさそうだな」

「思い残すということは、やりたいことがあって出来なかった、ということですよ。私にだって、思い残すことはありますよ。ラインハルト様にはもっと、素直になっておけば良かった、と後悔しています」

「それは、なんとも」

「力の強い妖精憑きは、執着がもう執念とか、そういうものです。満足なんてしません。私は長生きですからね。どれほど、ラインハルト様に素直になったって、後悔しますよ。そういうものです」

「………そうか」

「そうです。だから、思い残しなんて、誰だってあります。満足なんて、永遠にありませんよ」

 マイツナイトがどれだけ頑張って、絶対に思い残しはあるのだ。何もない、ということはない。

「ラインハルト様は酷いんですよ。私が地下で飼っていた女、皆、殺したんですから」

「お前、何やってるの!?」

「表に出せない女だったんです。貴族の暗部だったんですよ。私好みの女でしたから、地下牢で飼っていました。その女を全部、ラインハルト様が殺したんです」

「………」

「ラインハルト様に殺されるとわかっていたら、もっと可愛がってやれば良かった。まだまだ、言い足りないくらいでしたよ」

「そ、そうか」

「まあ、十分に女遊びは堪能しましたから、いいですけどね。人数が人数ですから、やれることは全てやりました」

「お前、本当に最低最悪だな!!」

 とうとう、私はマイツナイトの膝から落とされた。

「えー、女好きだから、仕方ありませんよ。ラインハルト様だって、女遊びがすごかった、と聞いていますよ」

 真似事である。私はただ、ラインハルト様の気持ちを知りたくて、暗部の女を弄んだのだ。

「楽しかったか?」

「楽しかったです!! 色々と試してから、ラインハルト様で本番ですよ。いきなりラインハルト様で本番は、お気に召さない時、残念になります」

「どこまでも、皇帝ラインハルトなんだな」

「聞きましたよ。ラインハルト様も殴ったって」

「サツキを殺したんだ。殴る」

「復讐しないんですね」

「有名だったからな」

 マイツナイト、なんだかんだ言って、サツキが死ぬことは悟っていたのだ。

 ラインハルト様は関係を持った女は全て殺している。ラインハルト様はとても出来る皇帝である。関係を持った女から、まずい内容が漏れたり、吹聴されたりしないように、事後はしっかりしていたのだ。

 貴族の、それなりの情報通であれば、知っていることだ。だから、ハーレムに行った女たちは生きて出られない、とマイツナイトもわかっていた。

 サツキだってそうだ。死ぬとわかっていて、ハーレムに居続けた。

 生きたいなら、賢者テラスの手を取ればいい。ラインハルト様がいうには、誰が見ても、テラスはサツキに夢中だったという。ハーレムにいた二年、テラスはサツキの元に日参した。サツキの身の回りを世話し、身に着ける物全てをテラスが用意した。

「テラスは、私を呼べばよかったんだ。そうすれば、サツキは生きていた」

 見れば、マイツナイトは泣いていた。膝を抱えて、ボロボロと泣いていた。

 私は寝転がったまま見上げた。

「テラスは連敗続きです。常に勝っていた人なのですよ。しかも、それなりに能力もあります。どうしても、自力でどうにかしよう、とします。そこが、力の強い妖精憑きの悪いところですね」

「お前は、自覚があるんだな」

「自覚があっても、そうなってしまうのですよ。だから、いつか、私も痛い目にあいます。楽しみです」

 未来、いつか、私はとんでもない目にあう。それもまた、私には娯楽の一つだ。

「反省しろ」

「しません。どうせ、やり直す時間がいっぱいあります。試行錯誤の繰り返しですよ」

「とんだ孫だな」

「おじいちゃん、そんな怒らないでー」

「叱ってやってるんだ。私だって、そう長生きしない。お前をこうやって、甘やかして、叱ってやれる奴はいなくなるんだぞ」

 すっかり、泣き止んだマイツナイト。年寄は、もう、涙だって、すぐ枯れちゃいますよね。

 私は服についた汚れを魔法でとって、立ち上がる。

「サツキが受け継ぐはすだった領地、見に行きましたか?」

「行くわけないだろう。あの婚約騒動から、すぐ、辺境の雇われ領主だぞ」

「最後に見たのは、いつですか?」

「私はな、あの領地にはほとんど足を踏み入れてないんだ。私の記憶で覚えているのは、サツキが随分と幼い頃だな。出会って一年もしない頃に行って以来、サツキの生家にすら行っていない」

 その答えは意外だったが、よくよく考えれば、当然だ。

 マイツナイトは、サツキをどうにか保護するために、人を使って呼び寄せたのだ。マイツナイトが直接、迎えに行けば、サツキの家族や、マイツナイトの家族が連れて行くのを邪魔するだろう。侯爵家に行くくらいなら、そのまま伯爵家にいればいい、なんて言いそうだ。サツキの家族とマイツナイトの家族の監視のある所で、サツキだって息抜き出来ないだろう。

 伯爵家の領地に行くわけにはいかなかったのだ。だから、マイツナイトは、伯爵家の領地の変移を知らない。

「私が知っているのは、随分と荒廃していた領地でしたよ。大地も木々も酷いものでした。サツキのことがありましたからね。領民は移動も許されず、だけど、我慢出来ない者は逃げ出して、貧民になったと聞いています」

「そこのところは知っている。新しい身分が欲しくて、買いに来る者がいたが、全て、お断りした。今も、貧民だろう」

 そこは、マイツナイトはしっかりしている。マイツナイトの妻の生家は、情報を操る家である。それを利用して、とことん、サツキの無念を晴らすようなことをしたのだ。

 今も、思い出したように、どっかの誰かの醜聞が新聞を賑わす。だいたい、悲劇の令嬢を題材とした戯曲や舞台が発表される前後だ。

「伯爵マクルスのことはご存知ですか?」

「私は、名前だけを知っている立場だ。会うことは一度もなかったな」

「サツキがハーレムに連れて行かれる前まで、マクルスはサツキと交流がありました」

「そんな話、知らない」

「皇帝襲撃事件がありましたよね。その時、マクルスを捕縛しました。表向きでは病死ですが、処刑ですよ」

 マクルスのことは、あまり知られていない。表向きは、普通の伯爵だからだ。

 しかし、裏では、秘伝の方法を使って、妖精憑きを洗脳し、逆らう妖精憑きを殺す妖精殺しの伯爵だ。会ったことがあるが、帝国所有の魔法使いでも、マクルスには勝てないだろう。勝てるのは、テラスや私のような、高位の妖精を生まれ持つ、力ある妖精憑きである。

 皇帝襲撃に参加したマクルスは、結局、失敗した煽りを受ける。捕縛も秘密裡だ。表向きでは、帝国に逆らう貴族は皆、この襲撃事件を利用して、妖精の呪いの刑で、一族郎党、破滅させた。しかし、マクルスは襲撃犯としての罪も、処刑も、全て隠したのだ。それは何故か?

「マクルスは、随分と死んだサツキを愛していたようですね。言葉では否定していましたが、あの襲撃も、サツキのためでした。そんな彼ですが、サツキが生きている頃、随分と復讐を止めたそうですよ」

「………止めている者がいるなんて、知らなかった」

「そうです。そして、最後に会った時、マクルスは言ったそうですよ。幸せになった者が勝ちだ、と。それを聞いたサツキは、復讐をやめるようなことを言ったそうです」

「………」

「サツキの中では、生きている内に、復讐は終わっていたんですよ」

「………良かった」

 枯れていたはずなのに、また、マイツナイトはボロボロと泣き出した。

 今度は、何を言っても、なかなか、マイツナイトは泣き止まなかった。





 伯爵オクトの元に約束もなく強襲した。

「一言、せめて、先ぶれを出してください!!」

「私も忙しいのです。突然、ぽんと時間があいてしまうのですよ。筆頭魔法使いにとって、予定なんてあってないようなものですよ」

「聞きましたよ。また、マイツナイトのトコに遊びに行ったとか。週に一回は行ってるじゃないですか!?」

「息抜きです、息抜き。もっとたくさん行きたいのですが、おじいちゃんが週に一回だ、というんですよ。それが出来ないなら月に一回に減らす、なんて言われてしまいました」

「何がおじいちゃんだ。あの腹黒が」

 伯爵オクトは、マイツナイトのことが大嫌いだ。オクトの養父である前伯爵マクルスを貶したからだ。その場に私もいた。私だって、子ども扱いされたな。

 だけど、私は気にしていない。ああいう扱いは新鮮だった。だから、今も、マイツナイトに子ども扱いしてもらっている。

 しかし、オクトは尊敬しているらしい養父マクルスのことを貶されたので、今だに根に持っているのだ。普段は人も殺さぬ、優しい顔をしているが、マイツナイトを前になると、無表情である。声も怖くなる。

「見学に来ました。ほら、材料の様子を見せてください」

「全部は見せませんよ!!」

「わかっています。あの材料は、見ていて、楽しいんですよ」

「悪趣味ですね!!」

 伯爵オクトも、随分と私を前にして、口も軽くなったものだ。初めて会った時は、全身を恐怖でプルプルと震わせて、病気かな? とか思ったくらい、真っ青だったのに。麻痺したんだな。

 私が連れて行ってもらったのは、伯爵家が所有する森の奥深くである。そこは、伯爵の一族でも、それなりの者しか入れないという。それ以前に、強力な魔法によって、人除けと妖精除けがされている。私には効かないけど。

 私は伯爵オクトと縁がつながってしまったので、この邸宅に遊びに来た時に、すぐに見つけて、さっさと入ってしまったのだ。それから、オクトも諦めて、森の奥の見学をオクト監視の元、許してくれている。

 しばらく歩くと、中心らしき所だ。別に、そこは普通の森のど真ん中である。

 ただ、地面を見ると、人の顔が生えている。よく見れば、それらは生きている。虚ろな目で、何かつぶやいたり、ただ、口をあけたりしているだけだ。

 そんな地面から生えている人の顔に、伯爵家の家臣たちが、何か口に与えている。

「餌の時間でしたか」

「一日に一回です。与える餌も、秘密ですよ」

 いつもの優しい顔でいう伯爵オクト。

 人の顔が生えているわけではない。そこで、生き埋めにされているのだ。雨も風も凌げない、森の中だ。虫やら爬虫類に生きたまま、たかられている首もある。

「いつ見ても、何かの絵ですね。復讐は終わったのですか?」

 ここにいる者たちの中には、過去、サツキに何かしらした者が混ざっていたという。

 元々は、賢者テラスが地下牢に閉じ込めて、色々としていた。しかし、その地下牢ごと、私に引き渡すこととなったため、まだ生き残っていた囚人は、伯爵家に引き取ってもらったそうだ。

「まだ生き残りはいますよ。義父上からは、これは最後まで生かしておけ、と遺言で残った者は、今は二人だけですね」

「なかなか、しぶとく生きてるのですね。死んでしまってもいいんですか?」

「どうせ殺して材料ですから。そのまま寿命で死んでもらっても、かまいません」

「だから、生かさず殺さずですか」

 サツキが復讐は、生かさず殺さず、と言っていたそうだ。そのことは、サツキと縁がないはずの伯爵オクトにまで続いている。

「ちなみに、誰を生かしておくように言われたのか、教えてもらえますか?」

「決まっています。サツキの家族と、婚約者家族、あとは元使用人たちですよ」

「そうですか」

 予想はしていましたが、やはりそうか。

 恐ろしい話だ。サツキが虐待を受けたのは、どう計算しても十年よりも短いでしょう。ですが、サツキの家族と婚約者家族、元使用人たちは、それ以上の年月を苦痛を受けているのだ。

 この真実を知った者の中には、もう十分だろう、という者もいるだろう。死んだ者よりも、生きている者のほうが優先されるべきなのだ。

 しかし、死んだ者はそこで終わりだ。復讐すら出来ない。ただ、惨めな最後を迎えるだけだ。実際、サツキの母カサンドラは、見るからに毒殺だったというのに、誰も見向きもしなかったのだ。

「そうそう、先日、伯爵家の血族を皇族侮辱罪で捕縛したのですよ。処刑は決定なのですが、どうしようかと、考えています」

「香の材料にするには、最低でも一カ月は、ここで埋まってもらわないといけないですが、随分と高齢だと、気狂いであっという間に死んでしまいますよ」

「いけませんか?」

「それでいいのでしたら、引き受けます。こちらも、材料としては欲しいですから」

「後、実験に協力してほしいのです」

 目の前に広がる光景に、私は悦に入る。そんな私を見て、伯爵オクトは怯えた顔をする。

「僕で出来ることであれば、ですよ。無理難題はやめてくださいね」

「妖精憑きを材料に作ってほしいのです」

「それは無理でしょう。妖精憑きって、大人しくしてませんよ」

 無理難題だ、と顔をしかめるオクト。確かにそうだ。

「私が協力します。ちょうど、いい具合の寿命の妖精憑きがいます。力も申し分ありませんよ。妖精全て盗って、妖精封じの枷をつけてお渡しします」

「そんなことしなくても、こちらで用意しますよ。手のつけられない妖精憑きなんて、探せばそこらへんに落ちています」

 さすが妖精殺しの伯爵。私ほどの魔法使いは恐怖の対象だが、そこら辺に転がっている野良の妖精憑きは、敵でもない。何せ、この男には、妖精の魔法は届かないのだ。

「いえいえ、せっかくなので、百年に一人生まれるかどうかの妖精憑きを使います。滅多に生まれないので、生きているうちに、やってしまいましょう」

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