宵の明星
「なんで、あんたがまだいるんだ」
ステラは私がまだ居座っていることを責めている。
「ハガルが使い物にならなくなったからだ!! いいか、私はハガルの魔法でここまで移動しているんだ。あいつがポンコツになったら、帰れないんだ!!!」
「………知らなかった、すまない」
ステラはまさか、私が王都に戻れなくなるとは想像すらしていなかった。
仕方がない。ステラもそうだが、普通の人は、育った町を出ることはない。ということは、世界の広さを知らないのだ。ハガルが当然のようにぽんぽんと来るので、「王都って近いんだね」なんて皆、勘違いしたのだ。
一日二日、不在となったところで、皇族スイーズがいるから、どうにかなる。ハガルがいないから、察してくれるだろう。
ただ、悪い方向で察してしまったら、後で大変なんだが。
スイーズは、ハガルに妻と子がいることを知らない。今のところ、皇帝教育の一環として、ぴょんぴょんと聖域間を飛んで回っているだろう、なんて思っているだろう。そこが、スイーズの斜め上の考えで、私がハガルに皇族狂いを起こしたなんて思われた日には、戻った時には皇位簒奪をしようと、剣を振るってくるだろう。まだ、私のほうが上だが、スイーズの執念はどんな事を起こすかわからない。
連絡手段がないので、私はただ、ハガルが直るのを待つしかない。
ハガルは殴られた現場で座り込んでいた。誰が話しかけても動かず、ずっと、地面を見下ろしている。まさか、ステラに復讐なんて考えてないよな? ハガルは狂っているので、どうしても想像の斜め上の行動を起こす。
問題はまだある、ラインハルトだ。これまでは、ハガルの魔法で偽装をされて、あの人を狂わす美しさは隠されていたのだが、ハガルがポンコツになって、偽装が剥がれたのだ。あまりの美しい姿で泣く姿は、見ている者全ての心を穿つ。
「男がいつまでも泣くな!」
「父上にっ、もう、会うなって、母上がぁああああーーーーー」
ラインハルトは片目だけに涙をこぼす。涙がこぼれない側は、妖精の目なんだろう。一見すると、普通の目だ。
「ステラ、そんな怒るな。あいつと付き合うということは、こういうことだ」
「だから、別れたかったんだ!」
しかし、ステラはハガルと付き合うことの危険性をずっとわかっていた。だから、事あるごとに別れを切り出していたのだ。
「俺が腹を痛めて産んだ子の片目を抉るなんて! 五体揃って産んだんだぞ!! こんな生活をしているから、何かが欠けていることは普通なんだ。ラインハルトは、全て揃って生まれたんだ!!」
過酷な環境で生きていれば、ステラは色々と考えたのだろう。
ステラ自身だって、何か欠けたものがあるのかもしれない。女性らしさが欠けているのは、体質だろう。それを除く何か、足りないのだ。
ステラは泣くラインハルトを抱きしめる。
「妖精憑きなんて、クソばっかりだ!!」
「母上だって妖精憑きではないですか!?」
「………は?」
ラインハルトは涙が流れない妖精の目で、ステラの姿をきっと睨んでいう。
「何を言ってんだ。俺は、普通の人だ。妖精なんて、見えないし、声だって聞こえない」
「母上の周りには、妖精がいっぱいいます!! 父上は言っていました。母上は、妖精を認識できない、珍しい妖精憑きだって!!」
「それは本当なのか!?」
私は思わず、ラインハルトの両肩をつかんで揺さぶる。すると、ラインハルトは私を憎々しいみたいに見上げる。
「あなたに知られたら、母上は盗られてしまうから内緒にしろ、と言いました! あなたは、母上を私から奪う、悪い人だ!!」
ラインハルトは私の体を押して、ステラにしがみつく。
ステラは呆然となる。そうだろう。今まで、普通の人だと思っていたのだ。それが、妖精憑きだと言われても、ステラ自身、どうすることも出来ない。
貧民だから、こういう弊害が起こるのだ。普通の帝国民は、生まれた年に近くの聖域で儀式を行う。そこで、妖精憑きかどうか確かめるのだ。妖精憑きでなくても、お祝い金が貰える。妖精憑きだと発覚すると、報奨金を与え、親子の縁を切るかどうか選択を迫られる。基本、妖精憑きだと発覚した場合、帝国の持ち物となるので、縁を切るように説得するのだ。
しかし、貧民は学がないので、子が生まれても儀式を受けない。お祝い金を貰えることを知らないので、受けないのだ。だから、ステラのようなことが起こる。
「ハガルの奴、何故、私に相談しない? そこまで、私は酷い人ではない」
偽装の剥がれたラインハルトの睨みは胸を締め付けられる。賢帝ラインハルトは、ハガルを幼い頃からずっと見ていたという。今、その気持ちを理解した。これは、魅入られてしまう。
幸い、ラインハルトは妖精憑きではない。ハガルの気まぐれに、私が付き合っているだけだ。それなりの年齢になったら、ラインハルトとは縁が切れるだろう。
呆然とするステラは、ラインハルトを腕に抱いて、外を見る。ハガルはずっと同じ場所にいた。遠くからでは、どんな顔をしているのかわからない。
「どうして、こんなことをしたんだ。俺は、妖精憑きじゃなくても、ラインハルトを愛しているんだぞ」
「私が妖精憑きの力を使えるようになれば、悪い妖精憑きを退治出来ます。世の中には、この地を滅茶苦茶にする妖精憑きがいます。だったら、私がその妖精を盗ってやればいいんだ!!」
「だからって、そんな神が与えるような力を人が作るだなんて」
「でも、サラムとガラムは大丈夫だ、と言いました!」
諸悪の根源がとんでもないところにいた。
戦闘妖精のサラムとガラムは笑顔のまま、私たちの口論を聞いていた。まるで、悪びれる様子もない。
「お前たち、なんてこと教えたんだ!?」
「ステラ様、若が望んだことです。我々は、若の望みを叶えるための知識を与えただけです」
「そうです。若ならば、完璧に使いこなせます。若には、魔法使いの才能があります。神は、若に妖精を憑け忘れただけですよ」
「まれにいます。あなたのように、魔法使いの才能を神が与え忘れたように」
「神だって、うっかりします。そういうものです」
妖精の考え方は特殊だ。聞いていて、本当に、そう思う。見ている世界が違うのだ。
サラムとガラムには悪気はない。妖精として、大好きなラインハルトの願いを叶えたい、それだけだ。それは、純粋な好意だ。
「おや、雨が降ってきましたね」
「ハガル様が落ち込んでいるから、天気も悪くなってきましたよ」
ハガルの気分次第で、天候まで左右されるのかよ。サラムとガラムの言いようが、とんでもない。
でも、ハガルは妖精に相当、愛されている。ハガルの気持ちにあわせて、何か起こすのだろう。
大雨になっても、ハガルは動かない。泣き疲れて眠るラインハルトを抱きしめるステラは、心配そうに見ている。
義体の作り主であるハガルのそんな姿を見ても、サラムとガラムは平然としている。
「大丈夫ですよ、妖精憑きは頑丈ですから」
「そうそう、雨でずぶぬれになったって、病気になりません」
「ハガル様が寝込んだのは、筆頭魔法使いの儀式の時くらいですよね」
「天罰受けた時も寝込みましたよ。あれはまた、酷かったですね」
「もうそろそろ、ハガル様、天罰を食らうかもしれませんね」
「何せ、ステラ様を隠していましたからね」
「………天罰って、何?」
ステラは天罰と聞いて、イヤなものを感じたのだろう。一体、どんなものか、ステラはサラムとガラムに聞く。
「契約紋に逆らい続けると、死ぬような苦痛を三日三晩受けるのですよ」
「ハガル様、妖精憑きを隠しましたから、もうそろそろ、天罰ですよ」
「でも、ライオネル様はもうご存知ですよね」
「そこは、神様判断ですから、どうなるのやら」
そこまで聞いて、ステラはラインハルトを抱いたまま、ハガルの元へと走っていく。私は仕方がないので、ついていく。
「ハガル、ハガル、ごめん!」
「………ステラ、病気になりますよ! ラインハルトも濡れて。ほら、こちらに来なさい!!」
ステラに抱きしめられ、ハガルは正気に戻った。そして、ステラと目を覚ましてしまったラインハルトを建物の中に移動して、魔法で水滴全てを取り除いて、ついでに、体を温めた。
「ハガルは濡れたままじゃないか!!」
「妖精憑きは頑丈です。病気なんてならない」
「俺も、妖精憑きだから、病気にならないんだよな」
「………誰から聞いたのですか」
ステラが知っている事実に、ハガルはすぐに話した相手に気づく。困ったようにラインハルトに笑いかける。
「仕方のない子だ。内緒だと言ったのに」
「俺を隠していたら、天罰を食らうって」
「? そんなこと、あるわけないでしょう」
「だって、サラムとガラムが、そう、言ってたぞ!」
「妖精の悪戯です。妖精だって嘘をつきますよ。嘘をつかれないようにするのが、妖精憑きの力量です。あの二人は、それを越える老獪な妖精なので、平気で嘘をつきますよ。騙されましたね」
「………嘘で、良かった」
ステラはボロボロと泣いて、ハガルを抱きしめる。
「父上、ごめんなさいぃいいいいいーーーー」
そして、ついつい話してしまったラインハルトはまた泣き出した。
「ステラ、きちんと話せばよかったですね。あなたのことも、ラインハルトのことも」
ハガルは顔の傷をそのままにして、反省した。
ハガルはもう、皇帝ラインハルトの呪縛から解放されていた。
ラインハルトを寝かしつけてから、ハガルは私とステラに全てを話した。
「ステラを報告しなかったのは、寿命が短いからです。私と出会った頃には、それほど長く生きないとわかっていました。そういう場合は、筆頭魔法使いの判断となります。まれにいます。長生き出来ない妖精憑きが。ステラは、そういう類です。帝国の所有物にするには儚い。なので、このままにしました。ライオネル様にも話しておけば良かったですね」
「だが、話せば、盗られるとラインハルトに言ったのだろう」
「そう言わないと、ラインハルトは話してしまいます。まだ、子どもですから、そういうしかありません。いくら、才能の化け物といえども、感情は上手に制御出来るわけではありません」
「それで、私を悪者にするのか」
「そうすれば、ラインハルトが私のようになることはないでしょう」
皇帝を嫌えば、ラインハルトがハガルの二の舞にならない。ラインハルトは幼い頃のハガルだ。妖精憑きの才能がなくても、それを除く才能は化け物である。ハガルの手によって偽装されているとはいえ、いつ、間違いが起こるかわからない。ハガルはそれを予防したのだ。
「信用がないのだな」
「皇族狂いとは、そういうものですよ。スイーズ様を見てみなさい。妻がいて、子までいるというのに、私が老いた姿を見せても、私しか見ていません。幼い子どもは簡単に騙されて、食われてしまいます。私がそうなのです。信用するわけがないでしょう」
「………」
ラインハルトの存在をハガルが隠し通すのは、スイーズのような者を危険視しているからだ。スイーズは間違いなく、ラインハルトを奪うだろう。そして、ハガルの身代わりとして、依存させるようにしつける。
「それで、どうして、ラインハルトに妖精憑きの力を与えたんだ。健康な片目まで抉って」
「才能がなければ、やりませんでした。ですが、ラインハルトには才能がありました。だったら、生きていくためには今から与え、馴れていくしかありません。私が妖精憑きとして訓練に入ったのも、今のラインハルトの年頃です。せめて、私とステラが二人一緒にいる間に、ラインハルトを支えてやりたい」
「妖精憑きの力なんて必要ないだろう!?」
「私は与えてやれるんです。力は一つでも多いほうがいい。そういうものです。ラインハルトはそういう星の元に生まれています。そこは、神の導きです」
「そんな、神とか妖精とかを言い訳にするなよ!!」
「私は貧民です」
ステラは驚いて、ハガルをこれでもか、と見つめた。
「私は王都の貧民街で捨てられていたそうです。そこを神と妖精の導きで、欲まみれの父が拾い、儀式を受け、祝い金をせしめようとしました。私が今あるのは、神と妖精の導きです。そして、戦争が永遠になくなったのも、神と妖精の導きです。それは、あるがままに起こったことです。言い訳にしているわけではありません。私とは、そういう存在なんです」
とても巨大な話となってきた。ステラは貧民だ。いくら、支配者の一族とはいえ、きちんとした教育を受けているわけではないだろう。
ハガルはステラの手を滑るようにして撫でる。
「あなたは、神と妖精が私に与えてくれた、一番星です。死んでも、離しません」
そう言って、ハガルはステラに深く口づけした。
ハガルがいう通り、ラインハルトが妖精の目を使いこなすのには、随分と苦痛を伴った。ハガルは幼い頃に同じ経験をしたので、ラインハルトが眠れない夜を過ごす日は、私のことなど放っておいて、ラインハルトの元に行ってしまった。そうして、ラインハルトの日常に、妖精憑きの力をどんどんと取り入れられるようにしていった。
ステラは妖精憑きであるが、力の片鱗すら見せることはなかった。ハガルがいうには、こういう妖精憑きはまれにいるという。ステラは、死ぬまでただの人だった。
ステラが亡くなると、ハガルはラインハルトと縁を切った。その頃には、ラインハルトは十歳といえども、問題ない組織のボスとなっていた。ハガルが与えた戦闘妖精のサラムとガラムを引き連れて、海の貧民街の幼い支配者となっていた。
それでも、ハガルは妖精の目の不具合を見るため、ラインハルトを秘密裡に筆頭魔法使いの屋敷に呼んだ。その時は、サラムとガラムも一緒だ。
その日は、珍しく、私まで呼ばれた。ラインハルトはすっかり、偽装まで出来るようになったので、私が間違いを犯す心配はなくなった。
そうして行ってみれば、ハガルが困っていた。
「どうかしたのか?」
「その、ラインハルトが、私と同じ筆頭魔法使いの儀式を行いたいと言い出しまして」
「また、どうして」
第二のハガルと言っていい才能の化け物は、偽装していても、その怪しい笑みは何か感じさせる。
「ぜひ、父上と同じようになりたいのです。どうか、皇帝陛下、ご協力をお願いします」
「すっかり、ハガルと同じ声だな。その声で言われてしまうと、やるしかないな」
「ライオネル様!? あんな痛い儀式、やるなんてどうかしています!! いいですか、あの儀式は、騙してやられるものなんです」
「父上、ライオネル様とお話させてください」
「間違いが起きたらどうするのですか!?」
「私の偽装は完璧です。それに、私は体術も剣術も完璧に身に着けましたよ。もう、父上に勝てます」
私のほうが危ないな。むしろ、ラインハルトに攻撃されたら、私はやられる。ラインハルトは、何か隠している。
どちらにしても、私とラインハルトでは縛りがないのだ。何か間違いが起きたとしても、ラインハルトは抵抗出来るのだ。
「ハガル様、ほら、ステラ様の肖像画を見せてくださいよ」
「若の赤ん坊の頃の姿を見たいです」
斜め上の気の使い方をするサラムとガラム。こんなことに、ハガルが誤魔化されるはずがないだろう。
「仕方がありませんね。ちょっとだけですよ」
誤魔化された!? ステラのこととなると、ハガル、本当にポンコツになるな。
ちょっとハガルのことが心配となるが、私はラインハルトの話に集中することにした。
「それで、何を隠しているんだ。ステラが妖精憑きだという隠し事は今更だぞ」
「大魔法使いの妖精、私も使えます」
「なっ!?」
暗く笑うラインハルト。私はぞっとした。
皇帝にのみ伝えられることだ。ハガルは大魔法使いが魅了した妖精を許可なく使える。そのため、ハガルは大魔法使いの妖精を使って、皇族を殺せるのだ。大魔法使いの妖精を使役することは、筆頭魔法使いの契約紋には触れない。
「ハガルは知っているのか?」
「いえ、知りません。私の偽装は、父上からつけられた妖精の力を借りているだけです。だから、父上は気づいていません」
「いつ、気づいたんだ?」
「妖精の目を装着された頃から、多くの妖精に出会いました。多くの妖精は、私のことを幼いハガル、と呼びました。私のことを父上と勘違いしているのです。よっぽど、私と父上は似ているのですね。だから、私に操られてしまいます。
母上は、生前、いつも言っていました。帝国には絶対に逆らってはいけない、と。母上は一時期、貧民王に迷ってしまったことがありますが、一族としては、帝国に逆らわず、帝国の影の部分を受け入れる役割を担っていました。私も、そう生きていくつもりですが、魔が差します。妖精とはそういう存在です。だから、私を封じ込めるために、契約紋をつけてください」
「………そんな、茨の道を歩まなくていいだろう。お前は私にとっても息子のようなものだ。望めば、それなりの地位を与えてやろう。ハガルだって、喜ぶだろう。お前に仕える貧民たちのことが見捨てられないというのなら、領地を新たに用意しよう。いい場所をハガルと見繕う」
「儀式を行ってください。私は父と同じ道を歩みたい。本当は、もっと前にお願いしたかったが、母上が生きていたから出来なかった」
ラインハルトの決意は強い。ハガルと同じような経験をしようとしている。
ハガルは十に満たない頃に筆頭魔法使いの儀式を行った。ラインハルトは、その頃からずっと、考えていたのだ。考えていたが、母ステラが絶対に許さないことを知っていた。
すでに、五歳の頃、妖精の目をラインハルトに与えたことで、ステラの拒否感は酷かった。あの時は誤魔化せたが、筆頭魔法使いの儀式は誤魔化せない。
だから、ラインハルトは待っていたのだ。母ステラが亡くなるのを。
「何故、ハガルと同じようになろうとする?」
「同じように経験して、父上を理解したい、それだけです。そういえば、父上は今はない皇帝との閨事もしたとか。やりますか?」
「………ハガルに殺される」
偽装されているというのに、ラインハルトの空気はとても十の子どもではない。間違いが起きそうだ。それを理性を総動員して、どうにか留まった。
「まずは、私に皇族の首輪をつけてください。将来、役に立ちます」
「魔法使いになればいい。ハガルが喜ぶ」
「私は、貧民であることを誇りに思っています。貧民でいたいのです。いずれ、時がくれば、私自身の進退は神と妖精が決めてくれます」
「やめなさい。そんな、お前の身を切るようなことは、出来ない」
「出来ないのではない。やるのです。あなたは皇帝です。貧民一人ごとき、切り捨てなければいけません。皇帝とは、そういうものです」
すっかり、皇族教育も身に着けていた。私よりも、ラインハルトは皇帝だ。たった十歳で、あの戦士妖精に、とんでもない教育をされていた。
「父上の皇帝は、やりましたよ。あなたは、私の皇帝になってくださらないのですか?」
皇帝ラインハルトは、こういう気持ちだったのだろう。欲が出る。この綺麗な男の背中に自らの手で契約紋をつけて、蹂躙してやりたい。
「大丈夫ですよ、契約紋の焼き鏝を押すのは、父上です」
「私ではないのか!?」
「これは、父上のための儀式でもあります。皇帝ラインハルトは、父上に歪んだ愛情を与え、おさえこみ、焼き鏝まで直接しました。皇帝ラインハルトの呪縛を解くためにも、父上があの男と同じことをしなければならない」
「もう、解けている。だから、しなくていい」
「母上は亡くなりました。また、元に戻ります。父上はその繰り返しです。戻してなるものか。父上は私の父上です。過去の亡霊の悪夢に居座ってもらっては困ります。協力してください」
ラインハルトは、ハガルに何かを見たのだろう。
「大丈夫ですよ、母上直伝の父上の宥め方は完璧です。生きている間は、お任せください」
そうして、私とハガルはラインハルトに説得され、筆頭魔法使いの儀式を秘密裡に行った。
筆頭魔法使いの儀式後、しばらく、ラインハルトは筆頭魔法使いの屋敷で過ごすこととなった。ハガルでもきついと言われた焼き鏝の火傷は、ラインハルトにもこたえた。一週間は意識を失った。
意識を戻しても、苦痛は続く。その中は、ラインハルトはハガルに話しかけた。
「私も母上の跡を継ぐことなりました。せっかくなので、呼び名を決めたい。知名度は高いですし、海の貧民王なんてどうですか?」
「いけません。貧民王は使わせません」
「いうと思いました。では、第二候補の影皇帝を許してください」
「また、私の真似事ですね」
嬉しそうに笑うハガル。筆頭魔法使いの儀式後、ハガルはラインハルトに近くなった感じだ。父親の顔もよく見せる。
「そうです。本命は、こちらです。最初に言ったら、却下していたでしょう」
「親として、真似されるのは嬉しいですよ。貧民王の名は口にしないように。まだ、血縁がどこかに生き延びていると思うと、腹が立つ」
「母上も、そこまで愛されて、喜んでいますよ。私も、そんなふうに思える女性と出会いたい。あと、私だけの皇族が欲しい。いい感じの皇族、いますか?」
「今のところ、いませんね」
どんどんとハガルの真似事を口にするラインハルト。それを聞いて喜ぶハガル。この二人の関係は、見舞いに来た私には歪んでいるように見える。
「あなただけの一番星に出会えるように、神と妖精に祈りましょう」
ハガルはそう言って、ある方向に目を向ける。その先には、執着が強い者を閉じ込める部屋がある。今は、ハガルが愛したステラの遺品や遺骨が閉じ込められている。
気分的に書きたくなりました、外伝です。今回は、あとがきを書くようなことはないので、ここで終了です。ステラのことが書けて、良かったです。




