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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-外伝 見えすぎた女-
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零落

「お前、また、クラリッサをいじめたんだってな!!」

 そう言って、婚約者エクルドはわたくしを殴った。

「やってない!!」

 だって、ほとんど離れにいるか、執務室にいるかだもん。クラリッサに会うのなって、一日に一回あるかないかです。

「嘘つけ!! クラリッサ、泣いてたぞ。熱いお茶かけられたって」

「やってないやってないやってない!!」

「嘘つきが!!」

 泣いて叫んでも、エクルドは信じてくれない。

 何、これ? 何故、わたくしは痛い目にあっているの? だって、何も悪い事やってない。

「お前、クラリッサの物を盗んだんだってな」

「そんなガラクタ、いらない!!」

「嘘つけ!!」

 本当のことなのに。盗むほどのものじゃない。クラリッサが持っている物全て、ガラクタだ。

 なのに、また、痛い目にあっている。どうして? 価値なんてないのに。

「聞いたぞ。無駄遣いしてるんだってな」

「買い物なんてしてない!?」

「クラリッサが泣いてたぞ。お前のせいで、買いたいものが買えないって」

 買い物なんて、したことがないのに!? だいたい、欲しいものは全て、邸宅型魔法具に詰まっている。何もいらない。

 なのに、また、殴られている。外で買い物なんてしたことすらないのに。

 わたくしが痛い目にあっているというのに、クラリッサは笑っている。何故、笑うの? あなたの嘘でわたくしは痛い目にあっているのに!?

「もう、サツキさんは、どうしようもない子ですね」

「甘やかされたから、こうなったのね」

「どうしようもない子ですね」

「クラリッサを見習ったらどう?」

「お義姉様ったら、本当にダメね」

 嘲笑われるわたくし。わたくし、あなたたちに何かした?





 婚約者が出来てから、わたくしの扱いは酷くなってきました。食事を抜かれるくらいだったのが、暴力ですよ。エクルドが言ったこと全て、わたくしはやっていない。やったのは、わたくしの父ブロン、愛人カーサ、義妹クラリッサじゃない!!

 知識が足りなかったのです。ただ、泣いているだけでした。でも、邸宅型魔法具に行って、色々と本を読んだりすれば、さすがに、この理不尽さに気づきます。

 何より、母カサンドラは、あの低俗な小説を邸宅型魔法具に隠していました。そこの本を読んでいて、ああ、と気づいてしまいました。

 そうか、わたくし、悪女にされているのですね。そうして、彼らはわたくしから搾取するわけですか。

 外に出て行ければいい。だけど、その手段を奪われてしまっています。何より、どうすればいいのか、わたくしは何も知らない。本を読んでも、無知なのです。

 そうして、泣いて、悔しくて、でも、救いがないままに過ごしていると、無理矢理、外に連れ出されました。

 知らない家紋の馬車に乗せられ、よくわからないまま揺られ、歴史ある邸宅に連れて行かれました。そして、綺麗に手入れされた庭先で、婚約者エクルドに似ているような男性が待っていました。わたくしが呆然としていると、椅子を引いて、座らせてくれました。母カサンドラに習った通りにしていたら、エクルドがやってきて、いつもの暴力です。

 わたくしはただ、されるがままでした。きっと、このエクルドに似た人も、同じことをするんだ。そう覚悟していました。

 ところが、エクルドの兄マイツナイトは、わたくしの味方となって、エクルドに手をあげました。

 でも、きっと信じてくれない。でも、泣いて、これまでのことを話してみれば、マイツナイトは信じてくれました。


 エクルドとマイツナイトは兄弟です。両親だって同じです。でも、違う。


 これまで、わたくしは、母が違うから、クラリッサとは違うのだろう、と思っていました。だけど、両親が一緒でも、エクルドとマイツナイトは違います。

 なにより、マイツナイトはガラクタではありません。この人は、壊さないようにしないといけません。

 この人の手をとれば、きっと、痛いことはなくなる。期待しました。

 だけど、出会って一年ほどで、男爵令嬢アッシャーを紹介されました。わたくしの役に立つ女性だそうです。アッシャーは、明らかにマイツナイトのことが好きなんです。マイツナイトはというと、そういう感情がありません。持てないのかどうか、わかりません。

 でも、わたくしはマイツナイトの婚約者になって逃げることをやめました。だって、復讐しないといけないのです。そう、決められたのですよ。






 母の隠れた趣味と書き物を見つけてしまいました。復讐譚ですよ。まるで、今のわたくしみたいですね。

「魔法使い?」

 この復讐譚の主人公は、最後、魔法使いと結ばれることとなっています。魔法使いは主人公を助けるために養女に迎え入れます。そして、主人公が受けた仕打ちを表沙汰にして、主人公の家族を屋敷から追い出します。そして、主人公は魔法使いと結婚して、幸せになりました、で終わります。


「そういえば、お母様、お父様と別れるって」


 母カサンドラが毒殺される直前、父と別れる話が出ていました。その時、新しい父親が、という話がありました。

 今更ながら、気づきました。母は、魔法使いと結婚したかったのでしょう。

 魔法使いと聞くと、葬儀に来た魔法使いハサンのことを思い出します。母カサンドラの毒殺に怒りに震えていたハサン。そうか、ハサンは、母カサンドラのことが好きだったのか。そして、もしかしたら、母もハサンのこと?

 母は好きな人とは結婚できなかったと言っていました。相手は血族だったとか。

 道具作りの一族は血筋です。だから、血族同士の結婚が重要です。しかし、あまりにも血が濃くなりすぎると、おかしな子が生まれてしまいます。だから、何代かに一度は、一族でない者の血をいれるといいます。それが、ちょうど、母でした。

 どういう基準で父が選ばれたのかは、もうわかりません。ただ、母は魔法使いハサンとは結婚出来ませんでした。ハサンは血族ですから。


 だから、書き物の中だけでも、結ばれたかったのでしょうね。


 もし、母が毒殺されていなかったら、母はハサンと結婚していたでしょう。子どもは、まあ、作らないでしょうね。血が近すぎますから。書き物の中だけでは、母は我慢できなくなったのでしょう。

 そして、母が亡くなって一年後に茶会を開催して、魔法使いハサンに来てもらいました。

「ハサン、お久しぶりです」

 わたくしの姿を見て、魔法使いハサンは声もありませんでした。そんな、驚くほどですか、わたくしの姿は。

「なんて、奴らだ!? 殺してやる」

 わたくしを見て、呟きます。

「ハサンは、お母様のことを愛していましたか?」

 まず、確認です。予想だけですから、間違っているかもしれません。

 ハサンは怒りの顔をして頷きます。

「今も、愛しています!! 血族でなければ、一緒になりたかった」

「お母様が亡くなる少し前、父と別れる、という話をわたくしにしました。知っていましたか?」

「………知らない。まさか、それを知って、カサンドラ様を毒殺したんじゃ」

 ハサンに言われて、わたくしは今更ながら、気づきました。そうか、母を毒殺した理由は、父と別れてさせない、ため? おかしい。

「どうして、カーサは母を毒殺しなければならないのですか。父と母が別れれば、父はカーサのものになりますよ」

「そうしたら、この家にいられません。カーサの生家は貧乏な男爵家ですよ」

「母はそれなりの支援をする、と言っていましたが」

 知らなかったのでしょうね、カーサ。

 それを聞いて、さらに怒りを募らせるハサン。

「あいつら、ただ死なせてなるものか!?」

「本当ですね」

 わたくしはハサンの憎しみの言葉を聞いて笑います。だって、ハサン、わたくしのこと、見てない。この人は、母カサンドラの復讐しか見ていない。

「サツキ様、復讐しましょう。お手伝いします」

 復讐したいのは、ハサンですよね。わたくしはまだ、何も言っていないですよ。

 だけど、わたくしは笑って頷きます。ぜひ、手伝ってもらいましょう。でも、どう復讐するのか、この人は考えていますか?

 ハサンの目には、わたくしは、復讐のための道具です。どう利用しようか、なんて考えているのが見えますよ。隠したって無駄です。わたくしの目は、そういうものが透けるように見えてしまいます。

 だって、ハサン、わたくしのこと、嫌いですよね。半分は母ですが、半分は父ブロンの血が流れていますもの。

 きっと、ハサンと母カサンドラが結婚して、家族になったって、ハサンはわたくしのこと受け入れられないでしょうね。母の前では、上手に誤魔化すでしょう。わたくしの前でもそうです。でも、その感情の漏れは隠せませんよ。

 そうして、ハサンはわたくしを使って、復讐を考えます。

 せっかくなので、母カサンドラが考えた復讐譚を使ってみましょう。エクルドの兄マイツナイトと話していましたが、意外と、この復讐方法は可能そうです。


 あとは、いつ、魔法使いハサンにわたくしを養女にしてもらうか、決めないといけません。


 ハサンはわたくしに容赦ありません。わたくしが当主としての仕事が出来るとわかると、魔法で、領地内にある邸宅型魔法具に連れて行きます。

「あなたは唯一、残った道具作りの一族です。あなただけが、この領地を守れるのですよ」

 事あるごとに、役目、役割、を言ってきます。わかっていますよ、逃げたりしません。約束します。

 そうして移動していると、邸宅型魔法具の近くに、血族の女の子が座っていました。その子は、母親が貧民です。


 そして、ハサンの姪なんですって。


 ハサンの姪ササラは、本当に可哀想な子です。家では使用人、奴隷のような扱いです。そういう扱いを普通と受け止めているササラ。

 そう、ササラは、ずっと、酷い扱いを受けているけど、それが当然と思うようになっていました。領地の人たちにまで、母親が貧民だから、と石を投げられたりしていました。とても可哀想な子なのです。

 ハサンの目の色が変わりました。

「ハサン、ササラを養女にしたらどうですか」

「また、何を」

「魔法使いが養女にしたい、と言えば、養女に出来ますよね」

「………そうですね」

 復讐には関係ない提案です。だけど、ハサンはどうしてもササラを助けたいと思っています。それは、復讐よりも上なのでしょうね。

 母は死にました。そこで終わりです。ですが、ササラは生きて、これからも不幸が続きます。

 目の前に可哀想な子がいます。しかも、姪です。ハサンはササラを助けてあげたい、と思っています。そして、わたくしの提案に、頷きました。

 これで、わたくしは魔法使いの養女になる、という方法は使えなくなりましたね。まあ、いいでしょう。わたくしを養女にするよりも、ササラを養女にするほうが、ハサンは嬉しいでしょうね。

 ハサンったら、ササラを養女にと決めた途端、日参ですよ。わたくしには、当主のお役目の時にしか来ないくせに。この落差は、酷い。やっぱり、母とハサンが結婚しても、わたくしは邪魔ものだ。





 貴族が魔法使いの養女や養子になるためには、どうしても乗り越えなければならないことがあります。十年に一度、城で行われる舞踏会に参加して、皇族ではない、と証明されなければなりません。この舞踏会、貴族であれば絶対に参加ですよ。

 なのに、わたくし、置いていかれました。本当に酷い父です!! わたくしが行かないと、舞踏会の会場にすら入れないというのに!? 処刑されますよ!!!

 途中まで歩いて、わたくしは、立ち止まりました。そうよ、このまま行かなければ、処刑されて終わりじゃないですか。


「あなたは唯一、残った道具作りの一族です。あなただけが、この領地を守れるのですよ」


 ハサンの呪いのような言葉がわたくしの足を動かします。あんなトコ、滅びてしまえばいいのに、ハサンはわたくしのこの環境を見ても、復讐させようとしています。あの男、ササラの前では綺麗ごと言っちゃって。本当に最悪だ。

 わたくしは鏡のようなものだ。ハサンが復讐を望んでいるから、わたくしも復讐を望んでいるように見えるだけだ。確かに、あの最悪な家族、血族、領民、母の友人知人をどうにかしてやりたい。そういう衝動もあった。


 だけど、今は逃げたい。


 仕方なく、城に行く。到着すれば、理不尽に殴られ、あの長い階段を上って、面倒な作業をして、決められた役割をこなします。もう、決まりきったことです。誰も助けてくれないでしょうね。ほら、誰も見向きもしない。

 大人しく壁際にいれば、クラリッサとエクルドの嫌がらせ。本当に最悪!! こんな時にも、誰も助けてくれない、そう思っていた。

 魔法使いテラスが助けてくれた。


 この人こそ、わたくしの魔法使いだ!!


 でも、この人は帝国のものになってる!? 背中の契約紋が見える。テラスは、帝国に縛られてしまっている。だから、わたくしの魔法使いにはなれない。

 何故か、わたくしはテラスに筆頭魔法使いの屋敷に連れて来られた。道具作りの血がざわざわとする。ここにいると、気持ち悪くなる。

「あなたは、貴族の中に発現した皇族です」

 それを聞いて、わたくしは、さらに気持ち悪くなります。そう、テラスは契約紋でわたくしに惹かれているだけだ。この人、皇族の血で、わたくしに思いを募らせているだけだ。


 なんだ、わたくしのことなんて、これっぽっちも見てない。


 熱く語られても、わたくしは冷めるばかりだ。だって、この人の衝動は、契約紋なんですもの。わたくしのは、好意による一目惚れだというのに。

 筆頭魔法使いの屋敷については知識があります。ほら、邸宅型魔法具に記録がありましたから。テラスがわざわざ、ここに連れて来たということは、例の秘密の部屋にわたくしを閉じ込めるつもりです。

 ですが、あの部屋に入れられても、わたくしは支配出来ませんよ。道具作りの一族には、効かないんです。

 テラスの企みが透けて見えます。この男は、力の強い妖精憑きです。才能も相当なものでしょう。だから、こんな小娘一人くらい、造作もないと思っています。

 腹が立ちました。だから、道具作りの一族の力作である妖精除けで、テラスの妖精をわたくしの体から剥がしてやりました。

 なのに、しつこい男です。伯爵の邸宅まで日参ですよ。食事が足りないから、と餌付けです。ほら、力の強い妖精憑きは、お気に入りを囲うのですよ。口に入る食べ物から、身に着ける衣服まで。部屋まで綺麗にして、体も清潔にして、と物凄い執着を見せます。

 これで、契約紋の縛りがなければ、わたくしだって喜んで受け入れましたよ。でも、契約紋の存在が、わたくしに不信感を抱かせます。

 それもこれも、魔法使いハサンが悪いのですよ!! あの男が、魔法使いに対する不信感を強くしたのです。死んだ母の復讐をわたくしに語りながら、姪のササラのことを大事にしています。死んだら終わりですよね。生きている人のほうが大事なんですよね!?

 小説のようにはいかないのですよ。死んだ人への思いを最後まで持つなんて、現実ではあり得ないのです。

 だから、利用してやります。テラスがどこまで、わたくしのために出来るのか!! どうせ、一生、この男は、自らの実力に溺れて、間違えるのですよ。


 魔法使いハサンも、テラスも、本当に正しい事を見誤ります。


 本当に正しい答えを出したのは、結局、エクルドの兄マイツナイトと、今では妻となっているアッシャーだけですよ。本当に、おかしい!!

 バカですよね。どんなにわたくしが口で強く言ったって、この姿を見て、すぐ保護するのが正解なのですよ。


 ハサン、今のわたくしとササラ、どちらが憐れですか?

 テラス、今のわたくしを見て、使うのは魔法だけですか?


 本当に、妖精憑きは自尊心が高い。だから、失敗するのですよ!!

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