女伯爵
物心つく前から、教育は始まっていた。気づいた時には、それが普通になっていた。
女伯爵カサンドラに連れられて、秘密裡に邸宅型魔法具で、跡継ぎとしての心得を叩き込まれていた。
道具作りの一族のこと。
当主のこと。
領地のこと。
そういうことを子どもでもわかるような物語りとして、母は語ってくれた。母はいう。
「ここの跡取りとなる人は、色々と諦めないといけない。だけど、悔しいから、幸福を譲った、と思うことにしているの」
母カサンドラは、女伯爵となるため、色々なことを諦めたという。
帝国の文官となること。
結婚相手。
自由。
「お父様のことは、諦めて結婚したのですか?」
「仕方がなかったのよ。これっぽっちも愛していない上、あの最低最悪さ。わたくしは血族で結婚したかったのに、何故か、外から血を入れることとなってしまったの。お父様もお母様も酷いわ」
母カサンドラには、好きな人がいた。だけど、同じ血族であったため、結婚が許されなかったという。
嫌いな人とでも結婚が出来るものなんだ。
そう、わたくしは思った。その嫌いな人の子であるわたくしでも、母は抱きしめてくれた。
「サツキ、この家を出たかったら、道具作りの一族を探しなさい。そうすれば、あなたは自由よ」
「探すのですか? お母様とわたくしは、道具作りの一族ですよね。他にもいるのですか?」
「残念ながら、わたくしは見つけられなかったわ。あの偉そうにふんぞり返ってる血族どもは役立たずよ。道具作りの血を発現させられないなんて、本当にがっかり」
わたくしを抱きしめて、母は目の前にいない血族たちに恨み事を吐いた。母の恨みは深い。
母は、女伯爵になりたくなかったのだ。だから、一生懸命、道具作りの血の発現を探した。でも、結局、見つかったのは、わたくしだという。
「なんで、わたくしの子は道具作りの一族なのかしら!? 可哀想!!」
まだ、わからないことだけど、可哀想と言われてしまいました。そうか、道具作りの一族って、不幸なのね。
母カサンドラにとって、不満ばかりです。だけど、役割をしっかりと果たします。
「わたくししか出来ないことだから、仕方のないことね」
「道具作りの一族でないといけないのですか?」
「邸宅型魔法具を悪用されないようにするためよ。そう、制限をつけたの」
「外してしまえばいいではないですか。血族型にしましょう」
「今の血族は、悪用してしまうわね」
出来るけど、母はしませんでした。どうしても、血族にはまかせられないそうです。
邸宅型魔法具の使用者は母カサンドラです。わたくしは道具作りの一族ですが、まだ、使用者となっていません。子どもの内にすると、悪戯されるかもしれない、なんて言われました。
確かに、邸宅型魔法具は、おもちゃ箱みたいな所です。色々な仕掛けがあるので、探すと楽しいです。だから、母と一緒の時にしか行けません。
そんなふうに、日々、女伯爵として勤しんでいる母カサンドラに対して、父ブロンはいつも卑屈です。
「その、カーサに、プレゼントをあげたいんだ」
婿養子なので、父ブロンは母の許可がないと買い物一つ出来ません。だから、母に頼みます。
「いいですか、カーサにプレゼントするのなら、安いのでいいですから、わたくしのも買ってください。あと、あまり高価なのはいけませんよ」
「わかってる!!」
「………いいですけど」
母は面倒臭そうに許可を出します。だけど、許可の出し方がよくわからないので、質問します。
「どうして、カーサの分だけでなく、お母様の分もプレゼントを買わないといけないのですか?」
「世間体ですよ。わたくしはいらないのですが、愛人に買うとなると、正妻にも買わないと、周りが煩いのです。わたくしはいりませんけどね。サツキにあげます」
本当にいらないのだ。母は父ブロンから受け取ったプレゼントを封もあけずにわたくしに渡します。そして、わたくしは封もあけずに放置です。わたくしにとっても、世の中全て、ガラクタです。宝物は、あの邸宅型魔法具に全て詰め込まれています。
次に父の愛人カーサが、離れから本館にやってきて、こちらも卑屈に頼みます。
「どうか、娘のための玩具や服を買う許可をください」
「玩具を買う時は、サツキの分も買ってください」
「わかりました!!」
「サツキのものは、適当でかまいませんよ」
母はまた、面倒臭そうに許可を出します。そして、愛人カーサは、母を通して、わたくしの分の玩具を渡してきます。だけど、やっぱりガラクタなので、わたくしは封も開けずに放置です。
そうしていると、部屋から、封の開いていない箱が消えていきます。でも、ガラクタなので、気にしません。
そういう日々が続きます。
邸宅型魔法具へと母と向かう途中、離れを見ることがあります。
父ブロンと、愛人カーサ、義妹クラリッサが楽しそうにしています。プレゼントされたものを喜ぶカーサ、玩具で遊ぶクラリッサ。
だけど、道具作りの一族であるわたくしには、それらは全て、ガラクタです。価値を感じません。
ふと、視線を感じると、母がじっとわたくしを見ています。少し、心配している感じです。
「羨ましいですか?」
「? ガラクタですよ。邸宅型魔法具のほうが、面白いです!!」
心底、そう思っていた。子ども心に、そっちのほうが楽しかったのだ。
だけど、その答えは間違いだったようです。母は、悲しそうに顔を歪めました。
それからしばらく悩んで、ある日、母カサンドラは意を決したように、わたくしに言います。
「ブロンとは別れます」
「別れると、どうなりますか?」
「ブロンがあなたの父親であることは、変わりません。ですが、もう、この家で一緒に暮らすことはありません」
「一緒じゃないですよ。お父様はいつも、離れにいるではないですか」
今更だ。夫婦であろうとなかろうと、何も変わらない。
「そうではありません。ブロンはもう、あの離れにもいられません。そして、カーサもクラリッサも、離れから出て行ってもらいます」
「そうですか」
子どもだから、その意味を理解していない。あの三人が家から出ていくからどうしたの? 程度である。家から出て行った先のことをわたくしは知らない。
そういうことを母は悟ったのだ。わたくしは父、愛人、義妹が外に出て行っても、何も変わらないのだ。だって、物心つく前から、あの三人は別の何かだ。家族というと、母カサンドラのみだ。
「サツキ、新しいお父様と一緒に、ここで暮らしましょう」
「お父様に新しいも古いもあるのですね」
まるで道具みたい。心底、そう思いました。
気づいたら、母は血を吐いて、真っ青になって倒れていました。
母カサンドラが苦しんでいるというのに、愛人カーサは笑っています。父ブロンも笑っています。義妹クラリッサは気持ち悪い、みたいに見ています。
使用人たちは、誰も母に近づきません。ただ、母が動かなくなるのを見ていました。
そして、わたくしは、母カサンドラの手を握って、泣くしかありませんでした。だって、どうしようもないんです。母を助けるための薬は作れるけど、そのための時間がないのですから!!
たまたま、偶然でしょう。父ブロンは、母を病死と届け出しました。事故死とか、そういうのではありませんでした。だから、魔法使いが来ました。
病死と届けられると、帝国では、魔法使いがやってきます。ほら、蔓延する病気での死かもしれません。そんな場合は、魔法使いが遺体を燃やすのです。そうすることで、病気の伝染を防ぎます。
ですが、我が家は、どんな死に方をしても、病死と届け出します。魔法使いを呼ぶためです。
わたくしは幼すぎて、届け出の権限がありませんでした。ですが、父ブロンが、何を思ったのか、病死と届け出して、魔法使いを呼び寄せてしまいました。
血族の中で、妖精憑きが発現することがあります。ですが、妖精憑きは帝国のものです。だから、血族から発現した妖精憑きは、帝国に差し出さなければなりません。ですが、魔法使いとなった血族は、後継者としてやってきた妖精憑きに秘密裡に教育します。そうして、当主が亡くなると、病死の届け出を利用して、やってくるのです。
この事を知っているのは、当主と、その跡継ぎです。わたくしは跡継ぎなので、知っていました。
やってきたのは、魔法使いハサンです。男爵家の血族に発現した魔法使いだと聞きました。母カサンドラともそれなりに面識があったといいます。邸宅型魔法具にもそれなりに来ていたそうですが、わたくしは会ったことがありませんでした。
「カサンドラ様に似てよかった」
ハサンは嬉しそうに笑って言いました。これを聞いて、悟りました。ハサン、父ブロンのことが嫌いなのですね。
「カサンドラ様からは、何か聞いていますか?」
「当主の葬儀で集まった血族から、道具作りの一族が発現したかどうか、試すのですよね」
「そうです」
悲し気な笑顔を浮かべるハサン。わたくしが感情的に泣いていないからでしょう。
「ごめんなさい。わたくしは、助けられる力がありましたが、助けられませんでした」
母カサンドラを助けるための薬を作れなかった。前もって作っていれば良かったけど、そんなこととなるなんて、思ってもいなかったのだ。
「病死ですから、仕方がありません」
「毒殺ですよ」
「っ!?」
ハサンは驚いて、すぐ、母の遺体が納められた棺に向かっていった。そして、しばらくして、怒りに震えて戻ってきた。
「一体、誰が!?」
「愛人のカーサです」
「知っていて、何故、止めなかった!?」
ハサンはわたくしにつかみかかってきました。
「何故って、お母様は気づいていると思っていたから」
見ればわかるのに。なのに、母カサンドラは、毒が入っている料理を口にしたのだ。
「そうか、あなたのほうが、道具作りとしての力が上だったわけか。なんて皮肉なことなんだ」
わたくしにとっては当然だと思っていたことが、実は当然ではなかった。
わたくしの目には、毒が入っているとわかっていた。だけど、母の目には普通の料理だった。その事をわたくしは知らなかった。
「そんな、知らなかった!?」
わたくしは泣いた。知っていれば、止めたのに!?
魔法使いハサンは、毒殺だとわかる母の遺体を前にして、葬儀を見守りました。
わたくしもハサンも、きっと、毒殺だ!! と訴える者が出てくると見ていました。わたくしは子どもですから、訴えても意味がありません。魔法使いは不可侵ですので、訴えてもらわないと、何も出来ないのです。
ところが、葬儀が終わる頃になっても、誰も、母を毒殺だと訴えませんでした。
見ればわかるのに。わたくしは道具作りだから、当然でしょう。だけど、魔法使いハサンは違います。彼は魔法使いであるだけで、別に毒殺とかを視覚的に見分けられるわけではありません。妖精は教えてくれるそうですが、それだけです。でも、妖精に教えられなくても、母の遺体は毒殺だとわかると言います。
なのに、誰も訴えない。
病死と届け出をされています。だから、母の遺体は燃やすしかありません。
ハサンは歯を食いしばって、母の遺体を燃やしました。そして、骨まで変色させる毒に、怒りに震えました。
葬儀が終わり、魔法使いハサンと挨拶を済ませ、わたくしが伯爵家の邸宅に戻れば、生活が逆転していました。
本宅には父ブロン、愛人カーサ、義妹クラリッサ。
離れには、跡継ぎのわたくし。
わたくしの私物らしきものは、離れの狭い部屋に運び込まれていました。あの、封も開いていない箱もです。
そんなわたくしを見に来た義妹クラリッサは笑顔です。
「お義姉様は、これまで、ずーと、贅沢してきたんですもの。今日から、ここで、反省してください」
クラリッサは、ゴテゴテと色々なものを身に着けて笑っています。
だけど、わたくしには、全てがガラクタです。全然、いいとも思えません。だから、封も開いてない箱をクラリッサに押し付けます。
「これも、これも、あれも、いらない」
全部、ガラクタです。必要なのは、身に着けるための服と、あとは、生きていくための食事です。
全部あげるというのに、クラリッサは悔しそうな顔をします。でも、あげたものは、使用人たちに持たせて、部屋から出て行きました。
部屋はすっきりしました。大事なものは全て、邸宅型魔法具にあります。ここにある物は、全てガラクタです。
ここでは、寝て、食べて、あとは、当主の仕事をして、それだけです。必要なものは、もうありません。
だけど、出される食事は栄養価の足りないものばかり。ない時もあります。なのに、当主の仕事はやらされます。
しばらくして、家の中が騒がしくなりました。血族たちと父ブロンが言い争いをしています。わたくしはどうだっていいので、執務室に行って、やるべき事をやって、離れの私室に戻って、としています。
血族たちは、わたくしの姿を見ても、特に気にしている様子はありません。いるんだ、みたいな顔です。わたくしのこと、どうだっていいんだ。
ちょっと聞こえる話を組み合わせてわかることは、わたくしの後見人の話ですよ。
父ブロンは婿養子です。血族ではありません。なのに、愛人カーサと義妹クラリッサを本館に連れ込んで、楽しく暮らしているのです。だけど、跡継ぎはわたくしなのですよ。この伯爵の邸宅にいるためには、わたくしの後見人としてのお仕事をしなければなりません。
愛人とその子を連れ込んでいる父ブロンは、残念ながら、わたくしの後見人でなければ、邸宅にいる権利がありません。血族としては、わたくしの後見人の座を父ブロンから奪って、父と愛人と義妹を追い出そうとしているのです。
世間体から言って、父ブロンは最低最悪です。妻であったカサンドラが亡くなったばかりだというのに、愛人と過ごしています。なんと、社交までしているそうです。世間体、最悪なんです。そんな最悪な父に、わたくしの後見人を任せてなるものか、と血族が立ち上がったわけです。
どうでもいいけど。血族たちの企みも見えてきます。どうせ、後見人になっても、わたくしの扱いって、今と変わらないでしょうね。ほら、変わるのなら、今のわたくしを見れば、まず、いうことがありますよね。
少し期待はしていました。わたくしの待遇、少しは良くなってくれるかも。
ほら、お腹いっぱい食べられないのは、困ります。水を飲んでも、お腹が痛くなったりするだけです。時々、ふらふらになって、倒れても、誰も助けてくれません。
しばらくすると、見知らぬ男の子を父ブロンが連れてきました。
「サツキ、良かったな、婚約者だぞ!! なんと、侯爵家だ!!!」
同い年だけど、爵位は上なのね。わたくしは、一応、母直伝の礼をします。
「なんか、貧相な女だな」
そりゃそうだ。満足に食べさせてもらっていないですから、貧相ですよ。
「お父様!!」
そこに、義妹クラリッサがやってきます。そして、わたくしの婚約者を見て、目を輝かせます。
「お父様、この方は?」
「サツキの婚約者エクルド様だ。エクルド様、この子は私のもう一人の娘クラリッサだ」
「エクルド様、一緒に遊びましょう!!」
「う、うん!!」
頬を染めて、婚約者エクルドは、クラリッサと一緒に、去っていきました。
「やはり、可愛いクラリッサのほうがいいか。しかし、婚約者はサツキだ。わかったな」
わたくしの肩を軽く叩いて、父ブロンは去っていきました。
そのまま、執務室に行って、外を見ます。父ブロン、愛人カーサ、義妹クラリッサに、わたくしの婚約者エクルドとその両親が加わって、笑ってテーブルを囲んでいます。
「ガラクタばっかり」
どう見ても、ガラクタにしか見えません。
そういえば、邸宅型魔法具に行っていません。母が亡くなったので、わたくしが、邸宅型魔法具の管理をしないといけないのです。
そういうい役割を魔法使いハサンからも言われていました。月に一回でいいので、邸宅型魔法具に行って、ただ、作動させるだけです。領地には、邸宅型魔法具はいくつかあって、本当は、直接、わたくしが作動させないといけないのですが、移動手段がありません。だから、わたくしは近くの邸宅型魔法具にこっそり行きます。
邸宅型魔法具には、残念ながら、食事だけはありません。水はありますよ。お風呂、入れます。でも、汚れたくらいで死ぬことはありません。
母に教えられた通りに作動させて、宝物が詰まった部屋を見て回りました。
「お母様………いない」
それはそうだ。もう、亡くなったのだ。
だけど、邸宅型魔法具のあちこちに、母カサンドラの名残が残っています。だから、探してしまいます。
「お母様!!」
叫んだって、もういない。泣いたって、もういない。
「何もいらない!! お母様だけいればいい!!!」
伯爵の邸宅にあるもの全て、ガラクタだ!!




