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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-外伝 化け物と加護持ち-
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貧民の支配者たちの愚行

 領主の仕事なんて、普段は特にないのだ。ただ、視察したり、金勘定したり、あとは、何かあった時に動くだけである。

 屋敷の管理が面倒臭いな。前任者も、その前も、ろくな仕事してないな。いい加減な給金だ。どういう基準で決めているのやら。

「通信の道具はどこだ?」

「こちらです」

 屋敷の使用人たちは、もう、私の姿を見るだけで、立ち止まって頭下げてくれる。あれだな、筆頭魔法使いハガルの名を出したからな。あの悪名も、役に立つな。

 道具の部屋に行けば、それの見張りをしている者がいる。道具が作動したら、すぐに知らせるだけの、本当に楽な仕事だ。暇だから、ちょっとだらけていたが、私を見ると、びしっと立った。

「道具を使うから、席を外してくれ」

「はい!」

 人払いをして、道具を作動させる。

 音声のみを城へと送る道具だ。筆頭魔法使いハガルに繋ぐように頼めば、すぐに繋がる。

「何かありましたか?」

「横領の手口がわかったくらいだ。給金の支給がおかしかった。差額を取り上げて、懐に入れたんだろう」

「辺境の監視が甘かったみたいですね」

「総額で見るからな。細かい内訳まで、ハガルが見ることはない。承認は領主だが、計算は今は帝国の仕事だ。というわけで、帝国側で監査しておいてくれ」

「わかりました」

 最低限の報告を終わらせて、私はさっさと部屋を出た。年寄だから、目が霞むなー。

 外に出れば、不自然な態度をされる。ナンセなんか、私から距離をとった。もう、私の悪評が流れたか。

「なんだ、大昔に新聞にまで出された幼女趣味が広まったか」

 私は嘲笑ってやる。

「あの、その、はい」

 ナンセは正直に頷く。その噂を話したのは、この通信の道具の見張り係りだな。こんな短時間でやってくれたな。態度が違い過ぎる。

 私は見張り係りの胸倉をつかみ、高く持ち上げると、力いっぱい、床に叩きつけた。

「何をっ!?」

「勝手に道具を使って、城に私のことを聞いたんだろう。私はそれなりに有名だからな。さて、城の誰から聞いた? 私はな、裏切者には容赦しないと決めている」

 私は見張り係りの頭をギリギリと踏みつけてやる。相手は恐怖と苦痛に震える。

「ちょ、ちょっとした、雑談ですよ!! 暇なんで、見張り係りは」

「それで、新しい領主の醜聞を広めていい理由にはならない。私は帝国から任命を受けて、仕方なく来た雇われ領主だ。いいか、私は皇帝の代理人のようなものだ。これまでの雇われ領主と同じだと思うな。皇帝や皇族の悪評を広めた者は、容赦なく皇族侮辱罪で処刑だ。処刑はやり過ぎだと言われるから、まずは鞭打ちで許してやろう」

「申し訳ございません!!」

 足をどけてやれば、見張り係りがひれ伏して謝ってきた。ここに来てからずっと、ひれ伏されてばっかりだな。

「私ではないが、ある領主がいうには、三回見逃す慈悲は必要だという。そして、三回、見逃して、その領主は裏切ら、命を落とすこととなった」

 ガタガタと震える見張り係り。通信の道具を使った城とのただの雑談が、とんでもないことになったのだ。

「マイツナイト様、どうが、もう一度、お慈悲を!?」

 そこにナンセが入ってきた。こいつも、何度も頭を下げるな。下げるのは、タダだからな。

「ナンセ、これで二回だ。次で終了だということを覚えておけ」

「ありがとうございます!!」

 これで、ちょっとは大人しくなるだろうな、と思いたい。ほら、この通信道具の見張り係りは、とても口が軽そうだ。電光石火のごとく、広がっていくだろう。

 報告も終わり、次にやるべきは、挨拶だな。執務室に戻り、ナンセに、これまで、どこに挨拶を受けたのか、また、足を運んだのか、質問した。

「基本、領主様が挨拶に行くことはありません。挨拶は、向こうから来ます」

「貧民街のほうはどうだ?」

「新しい領主が来たことは、伝達が行きます」

「それ、誰の指示だ?」

「え、その、あの」

「伝達係りが内部にいるのか、それとも、外にいるのか、どっちだ」

「………言えません」

「これまでの領主はそれでいいが、私は違う。伝達係りをここに連れて来い」

「出来ません」

「雇われた騎士も兵士もしないということか?」

「そうです」

「わかった」

 呆気なく私が下がるので、ナンセは呆然とする。てっきり、私が動いて、怒鳴り散らして、無理矢理、騎士や兵士を動かすとでも思ったのだろう。

「何をしている。客を迎える準備をしてこい。私は年寄なんだ。膝も、腰も、腕だって、関節が痛いんだ。挨拶に来いなんていわれても、断るからな。向こうが来い」

「は、はい!!」

 急に大人しくなったのは、私自身の体調のためだと悟り、ナンセはさっさと執務室から出て行った。

 私は日当たりのよい窓の前に立ち、外を眺めた。

「引退したいな」

 心底、そう思った。





 辺境はなかなか面倒臭いトコだ。聖域は、王都、中央、海、山、辺境にある。それぞれ、聖域は二つなのだが、辺境だけ三つある。そのため、辺境だけ、領地が広いのだ。

 聖域の数分だけ、領主も必要なのだが、そこに貧民街まで聖域の数分あるのだ。辺境は、領主が三人必要な上、お荷物貧民街が三つもある。この貧民街の扱いが厄介なのだ。

 貧民街にはだいたい、支配者が存在する。王都、中央、海、山、辺境とそれぞれ一人ずつ存在するのだ。この中で最大なのが、やっぱり辺境である。

 それなりの昔、辺境には、ヤイハーンという支配者がいた。女好きの支配者だ。こいつ、何をやったのか、どっかの貴族が強襲し、八つ裂きにされたのだ。普通なら、その後、新しい支配者がどっからともなく発生するのだ。

 しかし、辺境はともなくデカい。ヤイハーンがいなくなると、三つの勢力がやりあったのだが、勝負がつかなくて、結果、三人の支配者が出来上がってしまったわけである。

 ここで問題になるのは、領主たちと支配者三人とのすり寄りである。貧民街の支配者は必要悪だ。帝国は絶対に手を出さない。だから、辺境の領主たちは、仲良くするしかないのだ。お金払って、ともかく、大人しくしてもらうわけである。金で解決なのだが、支配者は三人だ。どの領主が誰に金払う? なんて話し合うはずがない。貧民だって、たくさん貰えるほうがいいよね。というわけで、領主の皆さんは、三人の支配者に払うのである。結果、支配者たちは其処ら辺の支配者よりもいっぱいお金貰っているのだ。

 という話をナンセから受けて、私は、「そーなんだー」と生返事をした。知ってた!! その筋では、有名な話だから。

 というわけで、三人の支配者の使いっぽい人たちがやってきた。

「それぞれとご挨拶だと、後だった、先だったと苦情が出るから、三者集まってからにしよう」

「確かに、そうですね」

 私のもっともな提案に、ナンセは従ってくれた。

 そうやって指示してみれば、やっぱり先に後に、とそれぞれの使者が因縁をつけてくれる。一応、集まったというので、応接室に行ってもらう。その間に、私は腰が痛いな、足が痛いな、行くの面倒くさいな、とか苦情をナンセに言っていた。

 初日では恐ろしいことを言って、やっていた私だが、やっぱり年寄じゃん、と屋敷の者たちも気づいてくれた。いやいや、見た目は爺でしょ。悟ってあげて。年寄だから、ほら、口だけは気難しいんだよ。

 若い者にはまだまだ負けない、みたいに足腰しっかりと応接室に行く。

「わざわざ、来てくれありがとう。この通り、いつ死んでもおかしくない年寄だ。優しくしてくれ」

 見るからに年寄だから、使者三人は、悪い顔をする。

「また、どうしてこんな年寄を領主に任命したんだか」

「知らんよ。筆頭魔法使いハガルがお願いしてきた。私のこと祖父とでも見てるのだろうな」

 筆頭魔法使いハガルの名を出せば、途端、顔を強張らせる三人。そういえば、貧民の間でも呪い発動者が出たんだな。

 貧民の間でも、筆頭魔法使いハガルは恐れられている。天災だから、逆らってはいけないんだ。

 だから、使者三人は、無理難題を言ってやろう、という考えをちょっとひっこめた。そういうこと、前任者にしたんだろうな。だから、前任者も横領まがいなことをしたわけか。生きて戻ってきたら、聞いてみよう。最後は殺すけどな。仕事残しやがって、私が殺してやる。

 表面上は笑顔だが、内心では、前任者が生きていたら殺す、と物騒なことを考えていたりする。

「挨拶もそこそこで悪いが、情報の擦り合わせをしておこう。帝国側から貧民街の支配者に渡すように、と指示された金額がこれだ。これを三等分するということかな?」

 私は帝国から渡された資料から出して、三人に見せた。

「お前、バカにしてるのか!?」

「これを三等分だと?」

「最低でも、この額が一か所だ!!」

 やっぱり、そうか。そうなんじゃないかな、と思ってた。

 帝国は相場通りにしただけである。あれだ、他の貧民街に領主が払っている金額を調べたのだ。帝国は目を瞑っている代わりに、優遇処置与えてるんだよね。だから、領主は正直に答えてくれる。

 が、それは支配者が一人の場合である。辺境は三人だ。三倍必要なんだよ。だけど、帝国は思うわけだ。辺境だけ三倍払ったら、支配者増殖しちゃうだろう、と。支配者増やしたほうが、貧民街は得なんだ。それを許すくらいなら、帝国は貧民街を殲滅したほうがいい。ほら、筆頭魔法使いハガルが大活躍だ。

 この辺境の支配者三人は、そのことをわかっていないのだ。だから、無理難題を言って、これまでの雇われ領主を困らせたのだ。こいつらも、いつか殺そう。

 だいたいの事情がわかった。ナンセは、三人の支配者の言い分を受け入れているのが通例のような顔をしている。

「そういうことか。他の辺境の領主も、同じということでいいんだな?」

「当然だ!!」

「これっぽっちで大人しくしてられるか!!」

「さっさと出すんだな」

 私が下手っぽい態度なので、強気だな。

「わかった。では、辺境の貧民街は殲滅願いを帝国に出そう」

「は?」

「何?」

「どういうことだ!?」

「マイツナイト様!!」

 ナンセまで驚いている。てっきり、どうにか金で収めると、ナンセまで思ったんだ。

「当然だろう。ここで三倍出すということが表沙汰となったら、他の貧民街でも真似されて、支配者が増やされる。帝国は、五か所の貧民街で五人の支配者だから見逃していたんだ。なのに、辺境だけ三人な上、三倍の金が必要となってくる。こんなことされたら、他の貧民街も分裂したほうがいい、と裏で結託するかもしれない。だったら、辺境の貧民街の三人の支配者を殺して、新しい支配者を生み出したほうがいい、と帝国は判断する。報告の準備をしろ」

「爺、勝手に動くな!!」

「さっさとこいつを捕縛しろ」

「いや、今すぐ殺せ!!」

 言いたい放題だな。こうやって、前任者も脅したか?

 ナンセはどっちの味方かな、と見てみれば、迷ってる。こらこら、お前は帝国側が雇ってるんだから、私の味方をしないといけないんだよ。

 ところが、誰の指示もなく、外で待機していたっぽい騎士たちが部屋になだれ込んできて、私に武器を向けるのだ。

「ナンセ様、こいつを地下牢にいれましょう!!」

 えー、ここの真の支配者はナンセかー。面倒臭いこととなったなー。

 ナンセ、すっかりいい人顔もひっこめて、剣呑となった。

「大人しく、お飾り領主でいてくれれば、寿命まで生きていられただろうにな」

 声まですっかり変わってるよ。そうか、これが本性か。私の周りにいる奴ら、ハガルを始めとして、本性、隠しすぎだ。あまりにも変わり過ぎるから、驚いちゃう。

 完全に周りは敵ばかり。私は窓に追い詰められながらも、外を見た。外は、日常だな。そりゃそうだ。邸宅の中にいる奴ら全てが敵なんだ。邸宅を脅すようにして囲む必要なんてない。

 私は大人しく、執務用の椅子に座った。座り心地がいいんだが、あれだ、年寄はもっと固いほうが楽なんだよな。逆に腰痛めそう。

「なるほど、中も貧民どもの支配を受けているわけか。それじゃあ、前任者も生きていないな。残念、私の手で殺したかった」

「強がるなよ。貴様もまた、同じ道だ」

「私を殺すのか。やめておけ。辺境が焦土となるぞ」

 本当にわかっていないな。私の死をこれまでの前任者同様、軽く見ている。

 凶悪に笑う奴ら。それを見上げる私。ハガル、後で頭にげんこつな。顔殴ると、私、殺されちゃうから。

 私は普段、背もたれに背中なんて預けない。そんなことしていたら、いざという時に動けない。あと、眠くなる。椅子の反動なんか利用したら、椅子が壊れた時、大変だ。だから、常に私は自力でどうにかする。

「ナンセ、私が何者か、調べられたか?」

 あの通信の道具の見張り係りは、そのために、城と雑談していたのだ。

「貴様は幼女趣味の最低男だということだけだ。大人しくしていれば、貴様好みの幼女を用意してやったのになぁ」

「私は幼女趣味じゃないよ。それ以前に、興味がないんだ」

 誰も信じてないけどな。そりゃ、それなりに子がいる。でも、幼女趣味ではない。

 昔、仕方なく背負った悪評は、まだまだ残っている。もう、これ、しつこいな。しかも、周りの奴ら、蔑むように私を見下ろしてくれるよ。もう、なんで城の奴ら、私の情報で、一番、最悪なのを出すかな。

「それしか出てこなかっただろう。そういう情報を出すように、ハガルから指示されているからだ。いつもだったら、次の雇われ領主が決まった時に、お前たちは情報収集をして、きちんと対応していた。しかし、私は突然、就任が決まり、しかも、その日の内に辺境にやってきた。しかも単身だ。見た目もこの通り、爺だ。よくある、城の小役人が、ちょっとした小遣い稼ぎに来て、偉ぶっているだけだ、と思ったのだろう。城からの情報も、大したことがない。だから、このまま脅しておけばいい、と考えたわけだ」

 私が就任してさっさと辺境に来たのは、私自身の情報を集められるのを防ぐためだ。私はそれなりに面倒臭い背景を持っている。だから、集められると、相手も警戒するのだ。

 実際、そう思ったのだろう。ナンセは不敵に笑った。

「そうだ。城にいた時みたいに、偉そうにして、鞭打ちだとか言いやがって。こっちは下げたくもない頭を下げさせられて、腹が立つばかりだ。今度は、貴様が頭を下げる番だ」

「皇帝すら、私に頭を下げるんだぞ。私は頭を下げない」

「はあ、嘘をいうな!!」

「とんだ嘘つきが!!」

「ほら、頭を下げろ!!」

 私に手をかけようとした奴を私は椅子から立って腕をとり、勢いで窓の外に投げ飛ばした。

 執務室、三階だ。憐れ、投げ飛ばされた奴は、背中から落ちた。楽に死ねるといいが、生きていたら、苦しいだろうな。

 さらに襲い掛かろうとする奴ら。私は全員、相手にしようと構えていた。

「大変です!!」

 そこに、通信の道具の見張り係りが、道具を持ってやってきた。あれ、持ち運びできるんだ。見張り、いらないじゃん。

「ナンセ様、城から通信です!! あの男を出せと」

 ナンセ、舌打ちなんかした。私が出ないとまずいよね。就任して二日目で、音信不通は大変なことだ。

 仕方ない、とばかりに、私の周りをいかつい男どもで囲んで、通信の道具を私に向ける。

「私だ」

「マイツナイト、どうですか? 骨休み出来ていますか?」

 ハガルだ。声だけ聞くと、物凄く、耳に心地よいんだよな。きっと、これを聞いた奴らは、想像するんだ。物凄い綺麗な女なんだろうな、と。そして、こんな声をかけられる私は、城では、こういう女を侍らせていたんだな、なんて思われている。

 私は仕方なく椅子に座りなおし、通信の道具を引き寄せる。

「今、来客中だ」

 正直に言っておく。襲撃されてるよ、ハガル。お前のせいだ!!

「あー、もう来たんですね、伯爵オクト。確か、辺境に妖精憑きが出たとか言ってましたね。妖精憑き捕獲ついでですね」

「なんだ、ついでか。まだ、養父を悪く言ったこと、根に持っているのか。あんな人のいい見た目していて、しつこい男だな」

 伯爵オクト、来るんだ。思ったよりも早いな。

 伯爵オクトと聞いて、周囲の空気が変わる。それはそうだ。裏の世界で、伯爵オクトは有名人だ。

 表の世界では、ただの伯爵である。どこにでもいる伯爵だ。しかし、裏の世界では、妖精殺しの伯爵だ。妖精憑きを洗脳し、殺すことが出来る、ただ一人の男である。オクトは、洗脳した妖精憑きを使って、それなりに後ろ暗いことをやっているのだ。

「あれ、まだ来ていなのですか?」

 内容から、別の来客だとハガルは気づいた。

「お前は来るなよ。別れて、まだ一週間も経ってないだろう」

「えー、そんな寂しいことを言わないでください。時間を作って、今日、会いに行きますよ」

「ハガル、仕事作ってやるから、待ってなさい」

 そして、私は強制的に、通信を切ってやった。ハガルの足止めが必要になった。

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