皇族と、化け物と、魔法使いと、貴族と、何か
どさくさで侯爵位を返還されたけど、本当にいらない。私一人で侯爵と男爵を両立するって、どんな嫌がらせだ!? 皇帝に文句言ったけど、右に左だった。
賢者に言ったが、あの邸宅を他の一族に管理させたくない、とか、よくわからない理由で却下してきやがった。また、死霊騒ぎがあったら、あの賢者、殴ってやるからな。
そうは言っても、私はそれなりに子どもがいる。侯爵も、男爵も、それなりに引き継がせる宛てがあるので、私の後は問題ない。
侯爵位は、もともと、日向の繋がりばかりだ。清廉潔白な人生だったな、侯爵時代。なので、普通に長男に継がせた。長男が成人してすぐ、放り投げた。文句が出たけど、知らん。立派な家臣がいっぱいいるし、長男は騎士団に入団していたけど、辞めさせた。貴族って、好きなことやって生きていけないんだよ。
しかし、男爵位は、簡単には引き継がせられない。何せ、後ろ暗いことばっかりだからだ。
元々、私は侯爵家であった。しかし、私の両親と弟がやっちゃってくれて、結果、爵位返上することとなった。そのまま平民でも良かったのだが、妻アッシャーの生家である男爵家でお世話になっているうちに、そのまま男爵位を継ぐこととなったのだ。アッシャーの父親に、何故か気に入られたのだ。それからは、帝国中の情報を操作する側になり、ついでに、後ろ暗い繋がりを利用して、色々とやってきた。こんな人生計画はたてていなかったんだがな。
誉められた人でなくなった私だ。アッシャーは、男爵位も、生家の裏の仕事も、捨ててもいいというのだが、せっかくなので、しばらく、私預かりとして、跡継ぎを見繕った。結果、私の子よりも、婿養子を跡継ぎにしたほうがいい、とわかった。
なので、男爵位は、私が病気で倒れた後、婿養子に引き継ぐ話となっていた。
そんなふうに、まだ、一応、貴族として、適当に過ごし、因縁深い十年に一度の舞踏会に出れば、とんでもない暴露話を聞かされることとなった。
私よりは若いはずなんだが、気苦労が多かったのか、随分と弱った姿となった皇族ルイが、どこかの伯爵が連れてきた子どもを紹介した。
「この子は、かの悲劇の令嬢サツキの孫だ」
そこから、悲劇の令嬢サツキの復讐譚が語られた。
悲劇の令嬢サツキは、婿養子である父、義母、義妹、婚約者の策略により、生家を追われ、お家乗っ取りをされた被害者だ。婿養子である父親から生まれた義妹には、跡継ぎの資格がなかった。にもかかわらず、唯一の跡取りであるサツキを追い出し、義妹は跡継ぎとして名乗り上げたのだ。サツキの血族たちは、お家乗っ取りだと、帝国に訴えた。この事により、サツキの父、義母、義妹は犯罪者となったのだ。そして、サツキは唯一の跡継ぎとして捜索されたが、死体として発見された。それから、サツキが継ぐべき伯爵家を中心に、とんでもない醜聞がまき散らされ、婚約者の生家まで落ちぶれされたのだ。
帝国中を騒がせたお家乗っ取りであるが、そこまで被害を広げたのは、なんと、死んだと思われていたサツキ自身が行ったことだ。
サツキは、皇族、貴族、騎士を味方に引き入れ、死を偽装し、血族に甘言を弄し、新聞で帝国中に醜聞をばらまいて、裏切った全てに復讐したのだ。
この復讐により、伯爵家の領地も酷いものとなった。跡継ぎはおらず、今だに、血族による分割統治をされているが、全く、実りのない不毛地帯となってしまい、借金だけが残ったという。
皇族ルイは、この復讐劇を終わらせるため、伯爵家の正式な跡継ぎであるサツキの孫を連れてきたのだ。
「まあ、とても似ていますね」
妻アッシャーは、涙を流しながら、サツキの孫を見た。確かに、よく似ている。顔立ちがそっくりだ。伯爵家のほうの血が濃く出たのだろう。サツキを知る者が見れば、納得するな。
「茶番だがな」
しかし、私はこの出来事を他人事として見ていた。今更、こんなこと、どうだっていい。サツキは死んだのだ。死んだら終わりだ。その後、伯爵家がどうなろうと、どうだっていいことだ。
この茶番、私にはただの他人事である。伯爵家とは縁が切れている。私はもう、男爵家だ。
ただ、ちょっとイヤな予感がした。何故か、筆頭魔法使いハガルが、私のことをじっと見るのだ。怖い怖い怖い。あんな化け物の相手は、一生、しない。私が出来るのは、今は亡き、賢者テラス程度だ。
皇族が、伯爵家の跡取りをサツキの孫と言うのに、サツキの血族は、異議申し立てしまくりだ。バカだな。皇族に逆らうなんて、貴族の学校を卒業したのなら、絶対にやってはいけないことだってのにな。
この異議申し立てで大騒ぎとなったため、結局、この問題は筆頭魔法使いハガル預かりとなったのだ。
舞踏会から一か月ほど経った頃、もう立派な侯爵となった長男が、男爵邸にやってきた。
「父上、どうしよう!?」
「家臣と話し合って決めなさい」
私が持っていた古参の家臣も全て、侯爵家に戻したんだ。私、いらないだろう。
ところが、その古参の家臣たちまで、困った顔をしていた。えー、ものすごくイヤな予感がする。
長男は、開封済みの手紙を私の前に出してきた。家紋を見れば、因縁ある伯爵家のだ。昔、よく見たな。
「歳をとったから、急に、眠気が」
「父上!!」
「えー、もうこれ、私はいらないだろう。若い者で頑張りなさい」
「頑張れないから、持ってきたんじゃないですか!?」
侯爵家は、日向の世界だから、ちょっと後ろ暗いこととなると、弱いな。仕方なく、手紙を受け取った。
嫌々ながら、中身を確認する。
表向きは侯爵家宛である。しかし、実際は、私宛だな。しかも、伯爵家、というよりも、これ、帝国からの提案だろう。
私が侯爵だった頃、我が家は伯爵令嬢サツキと婚約で繋がっていた。私じゃない。私の弟エクルドだ。私が決めたわけではない。私の両親が勝手に、サツキとエクルドの婚約を結んでしまったのだ。
勝手に結ばれたのだが、この仲立ちが、侯爵より上の公爵夫人であったため、私はこの婚約をなしに出来なかった。それからが我が家の不運である。
私の両親は、本当に最低最悪だった。能力は最低だというのに、欲は人並以上だ。そのため、私の父を侯爵にするわけにはいかなかった祖父は、父をすっ飛ばして、私を侯爵にしたのだ。まだ、成人もしていない、学校に通っている私をだ。それほど、私の父は侯爵にしてはいけない人だった。だから、私は両親の行動に制限をかけた。主に金だ。私の許可なく使えないようにしたのだ。しかし、欲の塊のような両親が目をつけたのは、婚約関係となった伯爵家である。サツキの父、義母を誑かし、サツキの名で散財したのだ。この事が表沙汰となったのは、伯爵家のお家乗っ取りが事件化された時である。この使い込みは、きちんと返金までしたのだが、新聞によって帝国中に広められ、私は爵位返上までするほどの大事件だった。
これほどの不運を持ち込んだ婚約であった。もう二度と、関わりたくない。
なのに、伯爵家は、侯爵家に婚約の打診をしてきたのだ。
舞踏会で伯爵の跡継ぎとして出てきた子は見た目はサツキに似ているが、男の子だ。ということは、侯爵家は女の子を婚約者として出さなければならない。
しかし、侯爵家には女の子がいないのだ!!
調べればわかることだ。こんな婚約の打診、するはずがない。いないんだからな。あれか、長男夫婦に女の子を頑張って作れと下品なこと言っているのか!?
この下品とも言える打診には裏がある。私の血筋から出せということだ。
調べればわかることだ。私にはそれなりの人数の子がいる。孫だっている。この婚約の打診は、孫だな。その孫から、いい感じの子を出せと言ってるんだ。
何故、こんな話となったのか? これは、侯爵家と伯爵家の仲直りを帝国中に示すためである。
侯爵家は表向きは、伯爵家にとんでもないことを仕出かしたのだ。だから、爵位返上したのである。なのに、ちゃっかり復帰しているので、色々と影で言われたのだ。爵位返上、私のせいじゃないのにな!!
この文句とかが出ているので、ここで、伯爵家からの許しを与える、ということで、婚約である。こうすることで、伯爵家は侯爵家という後ろ盾を得て、侯爵家は伯爵家の許しを得て、という綺麗な復活を帝国中に示すわけだ。
帝国だって、侯爵家と伯爵家を復帰させる名分が立つというものだ。今更だけどな。
こういうことを考えるのは、伯爵家の唯一の跡取りなわけがない。まだ、子どもだ。これは、後ろ盾となった皇族か、はたまた、サツキの孫を保護していた伯爵か、それとも、伯爵家の問題を力技で解決した筆頭魔法使いか、である。
確かに、私の長男では手におえない問題だ。
「どうすればいいですか!?」
半泣きだ。
「お前は、唯一サツキに抱き上げてもらった子だぞ。頑張れ」
「覚えてませんよ!!」
赤ん坊だったからな。
「えっと、歳の近い女の子を出せばいいのか」
サツキの孫の歳まで、親切に書いてくれた。ありがたくないけどな。
これ、どっちにすればいいのか、迷うんだよな。相手の考えが読めない。
サツキとエクルドのように、同い年にすればいいのか。
それとも、サツキと私のような歳の差にすればいいのか。
「最近、眠くって」
「起きてください!!」
もう、年寄りなんだよ。楽にさせてほしい。
いきなり決めるのは、サツキの二の舞だ。ということで、一度、話し合いとなった。もちろん、宛先は長男なので、長男は絶対だ。むしろ、私が道連れなんだよな。
もう、私には関係ないが、侯爵邸の中庭で、身内の茶会となった。そこは、色々と因縁がある場所だ。
そこにやってきたのは、まずは、伯爵家を復活させた皇族ルイ。見守りたいんだろうな。私に対して、とても優しい笑顔を向けてくれる。
サツキの孫を保護していたという伯爵オクト。舞踏会でも、人に優しそうな笑顔だが、その裏は悍ましいばかりだ。アッシャーから聞いたが、とんでもない一族だよな。先代伯爵マクルスは、サツキのことを密かに想っていて、色々とやってくれた。マクルスのせいで、我が家は爵位返上したんだよな。
一応、当事者であるサツキの孫だ。もう、この世の善しか知りません、という可愛い笑顔しか浮かべていない。この子は、連れて来なくていいと思う。むしろ、ここから離れてもらおうと、私は感じのいい侍女にまかせて、サツキのために作られた離れに避難してもらった。
この中で、間違いなく、因縁深い魔法使いハサン。サツキの血族に発現した妖精憑きだ。この男、サツキの母カサンドラが毒殺されたことから、サツキを利用して復讐したのだ。今でも、私はハサンのことは許していない。ハサンは物凄く力のある妖精憑きである。物凄く若作りだ。私を見ると、物凄く気まずそうに顔を背けた。
そして、伯爵家の問題を解決した筆頭魔法使いハガル。平凡な見た目だが、この男の問題解決能力は人外だ。法って何? と言いたくなるほど、神がかっている。力のある妖精憑きでしか出来ないと言われている妖精の呪いの刑によって、帝国に逆らった者の一族まで滅ぼす化け物だ。ちょっと油断すると、妖精の呪いの刑を発動させるので、ハガルのことは恐怖でしかない。
この中で、地位からいって、一番最弱なのが私だ。ほら、男爵だから。もう、口答えは許されないよね。勝手にしろよ、お前らで。私は笑うしかない。
なのに、私が話し出すのを待っている。お前ら、ほら、私は男爵なんだから、最上位から許可下ろさないと、話せないんだよ。思い出せ、教育を!?
私は仕方がないので、笑顔を皇族ルイに向ける。ルイ、やっと気づいたんだな。
「ここまでご足労いただき、ありがとうございます、男爵マイツナイト」
私の爵位をルイが口にして、一同、やっと気づいたか。そうだよ、私は最底辺だから、話せないんだよ!!
「マイツナイトは男爵なのですか。てっきり、侯爵だと勘違いしてしまいました」
筆頭魔法使いハガル、とんでもない辛口なこと言ってくる。それ、長男はそう見えない、と言ってるようなものだよ!! 長男、見事にダメージ食らってるよ。孫がいるようになった頃には、立派になってるから、頑張りなさい。
「お久しぶりです、マイツナイト。その、昔は、本当に、あの」
魔法使いハサンが、何か言ってる。私よりも年上のくせに、もごもごするな!?
「あの、挨拶はやめて、さっさと話を進めましょう。ほら、マイツナイト様、それなりに高齢ですから」
伯爵オクト、私に対して抉ること言ってくるな。実際、そうだけどね。若い者にはまだまだ負けない、なんてことは言わない。負けて、この場を退場したい。
腹の探り合いというか、社交とか、もう面倒くさくなった私は、さっさと態度を最低最悪にした。
「それで、私の可愛い孫が欲しいとは、どういう腹積もりだ」
私はテーブルを蹴倒して、喧嘩を売ってやる。私はもう、いつ死んでもいいくらい、好き勝手生きてきた。だから、ここで不敬罪で処刑されても、全然、気にしない。
「父上!? さすがに失礼ですよ!!」
「煩い!! ここにいる奴らには、それぞれ、恨み事ばかりだ」
よくもまあ、私が恨みを持つ奴らばかり、集まってくれたな。
「皇族ルイ、貴様はサツキを利用して、帝国に逆らう貴族を排除してくれたな」
敬称なんてつけない。この男は、サツキを使って、帝国に歯向かう貴族の力を削いだのだ。
貴族の全てが帝国に忠実なわけではない。貴族の中には、帝国の、さらに奥深くにいる皇族に悪さをすることもあるのだ。そういう勢力をルイは、サツキを使って排除したのだ。サツキに対して悪さした貴族は多い。サツキが貴族の学校に通った頃には、色々とサツキのことを悪く言ったのだ。そういう奴らを含めて、まとめて排除したのだ。
「魔法使いハサン、貴様はサツキを利用して、女伯爵カサンドラの毒殺の復讐をしてくれたな」
サツキの母である女伯爵カサンドラは、見るからに毒殺の死であったという。その死に様を見たハサンは、サツキに言われるままに復讐に協力したのだ。そこには、ハサンの復讐心もあった。本来、サツキを救わねばならないのに、ハサンはサツキに復讐心を煽られたのだ。
「伯爵オクト、貴様の養父は、サツキが隠したがっていた虐待を帝国中に広めてくれて、ついでに、我が家を没落させてくれたな」
この男が直接やったわけではない。この男の養父マクルスがやってくれたのだ。サツキの偽装した死を信じたマクルスは、怒りにまかせて、サツキが受けていた虐待を表沙汰にして、ついでに、我が家と帝国が隠していた、サツキのサインの不正使用を新聞を使って、帝国中に喧伝してくれたのだ。よくもやってくれたな!?
「筆頭魔法使いハガル、貴様の師である賢者テラスは、サツキにいいように操られたあげく、死なせたな。私の中で、テラスが一番、罪深い!! あいつがサツキを絶望させたんだ」
この男も関係ない。この男の師である賢者テラスは、サツキに一目惚れして、サツキにいいように利用された。だが、サツキはテラスのことを想っていた。結局、結ばれることはなかったが、最後はテラスの側にいたのだ。なのに、テラスはサツキを絶望させ、自殺に追い込んだのだ。
私はそれぞれに恨み事を吐き出す。関係ないが、伯爵オクトと筆頭魔法使いハガルまでもが、気まずい顔となった。
「いいか、私は一生、お前たちのことは許すつもりはない。だというのに、婚約を打診してくるとは、図々しい奴らめ!! 私の可愛い孫娘をどうしても欲しいというのなら、それなりの態度を示せ」
私はここでは最下位である。しかし、恨みの面では最上位である。ここにいる皆、私には逆らえないのだ。
ここで、真っ先に口を開くのは、筆頭魔法使いハガルである。ここでは、地位的には最上位だ。
「過去のことを水に流せとはいいません。しかし、これは、お互いのやり直しです。伯爵令嬢のような間違いをもう二度と犯されないように、私もしっかり監視します」
「当然のことだろう。それ以前に、お前は口を挟むな。お前はな、気に入らないと、最後、力技で解決する化け物だ。むしろ、お前は黙ってろ」
「っ!?」
まず、筆頭魔法使いハガルを黙らせる。こいつは、気に入らないと、すぐに魔法で解決するんだ。話し合いなんて成立しない。
ハガルは、立派そうに見えるが、実際は子どもがそのまま大きくなったような性格なんだ。だから、ちょっと痛いところをついてやれば、顔を真っ赤にして拗ねる。黙ってろ。
ハガルに悪態をつく私を見て、驚く面々。お前らは、ハガルを甘やかしすぎなんだ。もっと厳しくしつけろ。
「マイツナイトさん、その、僕の義父がやってしまったこと、本当に謝罪するしかありません。義父も、侯爵家全てを敵視してしまい、サツキの味方とも知らず、没落させてしまったこと、本当に、申し訳ございませんでした」
「私の妻アッシャーは、伯爵マクルスのことを随分と危険視していたが、サツキの死で逆上するとは、大したことがなかったな。それも、我が家とサツキがしっかりと隠し通した結果だ。伯爵といえども、大したことがなかったわけだ」
「………」
笑顔を消す伯爵オクト。こいつ、実は養父マクルスのこと、尊敬してるんだろうな。ちょっと悪く言ってやれば、こいつもすぐ、冷静さがなくなる。まだまだ若いな。
そして、ある意味、絶対に許されることのない魔法使いハサンは私の前にひれ伏した。
「申し訳ない!! 言われる通りだ。私は、大きな間違いを犯してしまった。カサンドラの復讐よりも、サツキの身の安全を選ぶべきだった!!」
「当然のことだろう。死んだ者よりも生きた者を優先するべきなんだ。それを貴様は、もう死んで終わった女の復讐なんぞに捕らわれ、サツキを生きたまま殺したんだ!! サツキは、貴様のせいで、あの家を追い出されるまで、伯爵家の当主だった!!! 私も、アッシャーも、説得した。サツキを隠し迎えるための離れまで作ったんだ。それなのに、貴様は当主であれ、と事あるごとにサツキに囁いた。その事は、絶対に許さん!!!」
私はハサンの胸倉をつかみ、立たせて、殴った。
まさか、暴力にまで出るとは、誰も想像すらしていなかった。声もない。しかし、ハサンだけは、わかっていた。何せ、私は二度も、賢者テラスを殴ったのだ。だから、私に殴られるのも覚悟していたのだろう。むしろ、殴られて、すっきりした顔をする。
「私は、あなたに言われた通り、伯爵家のために、残りの人生を捧げる。だが、償いもしたい。どうか、あなたの血筋を婚約という形で迎え入れたい」
ハサンはまた、私の前にひれ伏した。私は地位的には最下位なのだが、椅子に座ったままで、ハサンを見下ろした。
「一人、いい子がいる。私の跡継ぎとして婿養子に迎えた跡継ぎの子だ」
「父上、それはいけない!?」
それを聞いた長男は止めに入る。
「父上、その子は絶対にダメだ!!」
「だから、婚約者にするんだ」
「いくらなんでも、貧民の子を婚約者に出すなんて、喧嘩を売っているようなものだろう!!!」
私の跡継ぎとして選んだ婿養子は、貧民の出だ。つまり、伯爵家の婚約者に、貧民の血筋の孫を出すと私が言っているのだ。
まさか、貧民の血筋を跡継ぎに迎え入れているなど、その場の誰も思ってもいなかった。
「どういうことですか!?」
さすがに筆頭魔法使いハガルが激昂する。それはそうだ、皇族が裏で関わる婚約に、身分怪しい貧民の子を持ってきたのだ。
「私の孫なら、誰だっていんだろう」
「無礼にも程がある。ここでは貴様は、最底辺の者だ!! 不敬罪として、罰してやろうか!?」
「だから、貴様は黙れといったんだ。地位でも、その能力でも力押しをする。だから、話し合いにならない」
ハガルは顔を真っ赤にして黙り込んだ。私が言った通りのことをハガルはしてしまったのだ。
ハガルは黙り込むしかなかった。口を挟めば、また、地位と権力、化け物じみた能力で、その場の話し合いを台無しにしてしまうからだ。
私はハサンを椅子に座らせ、倒したテーブルを元に戻し、姿勢を正した。
「だいたい、あのサツキの孫だって、貧民の血筋だろう。サツキは、貧民の男との間に子を五人も作ったんだ。今更だ」
「それは、表に出しません。親がどこの誰かということは、知る者全て沈黙し、語り継ぎません」
皇族ルイが言い切る。実際、そうするのだろう。
サツキの夫が貧民であることを知る者はそういない。この場にいる者たちだけといえば、そうだ。この場にいる者たちが口を閉ざし、死んでしまえば、あのサツキの孫がどの血筋かなんて、一生、知られることはない。
「そうですよ、父上。ですが、あの子は貧民の子だとはっきりしています。あなたは、貧民を跡継ぎにした、と公言してしまっています」
「男爵だからいいじゃないか。この男爵だって、金で買ったものだ。出来ない血筋よりも、出来る貧民を跡継ぎにするほうがマシだ」
「それは、まあ、否定できませんね」
伯爵オクト、確か、跡継ぎは養子だな。この男も養子だ。血筋から、出来る養子をとったほうがいい、とオクトも悟ってしまう何かがあったのだろう。
「それも教育だ。私は祖父母に育てられたが、あのどうしようもない弟は両親だ。この両親もクズ中のクズだ。クズに育てられた弟はクズだ。そのクズが、侯爵家を爵位返上まで追い込んでくれた。これが結果だ」
私の身の上を話してやれば、これ以上、文句も言えない。血筋血筋というが、私の弟エクルドは、立派な血筋だったが、侯爵家を潰してくれたんだ。
「さて、ここからは、内緒の話だ」
何故、貧民の父を持つ孫を婚約者に提案したのか? それなりに意味がある。長男すら、その意味を知らないから、私を止めたのだ。
「その貧民は、元は王都の貧民街の支配者の子だという。腕っぷしはいい。頭はどうかと教育してみれば、まあまあ良かった。足りないところは、娘がどうにかしてくれるから、跡取りにしたんだ。私はね、遅くに出来た娘に悪い虫がついた時、撃退するために体を鍛えていた。しかし、その貧民には負けた。だから、娘の結婚を認めたんだ。私に勝った男だ。娘と一緒に、困難も乗り越えてくれるだろう」
私が言葉にしない部分を読み取ったのだろう。皆、驚いたように私を見返した。
「いいか、絶対に二度と手放すなよ。それだけが、可愛い孫娘を婚約者にする絶対条件だ」




