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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-侯爵と悪女-
152/353

出戻り

 妻と子どもの元にそのまま帰るわけにもいかなくなった。城を出る所で、我が家が元は持っていた邸宅と領地を引き継いだ侯爵が待ち構えていたのだ。

「どうか、一度、来てください!!」

「私がそこを引き継いだら、あなたはどうなるんですか?」

「………」

「やめましょうよ」

「お願いします!!」

 この男、邸宅と領地を失ったら、侯爵でなくなるんだな。ものすごく悔しそうな顔をした。だったら、私に泣きつかなくていいだろう。

 皇帝ラインハルト様は、邸宅に問題があるようなことを言っていた。そんな、変なことがあったかな?

 だいたい、今更だ。私が邸宅を手放して、随分の年月が経っていた。なのに、今更、問題が出たとしても、それは私のせいではない。明らかに、目の前にいる侯爵のせいだろう。

 嫌々ながら、馬車に乗せられ、昔懐かしい道を眺めた。

「一体、何があったんですか?」

「出るんです」

「古いですからね。そういうものもありますよ」

「見たことあるんですか!?」

「いえ、ないです」

 使用人とか、家臣とか、たまに見た、聞いた、ということで騒ぐんだ。あまりにも騒ぐから、私が調査に出るのだが、結局、気のせいで終わった。

 ただ、私が行くと、それを見たり聞いたりした者たちはいうのだ。私が行くと、そういうものが吹っ飛んで消える、と。よくわからん。

「つまり、そういうのがいなくなれば、私は帰れるというわけですね」

「どうにかできるのですか!?」

「知りませんよ。なんか、私はそういう見えない何かがあるらしいです」

 面倒臭い話である。そんな、見えない触れないものに、人間が振り回されるなんて。

「妖精の悪戯だったら、ミルク置けば解決ですよ」

 まず、簡単な解決方法である。

 妖精が悪戯するので、飲み物でご機嫌をとるのだ。これだけで簡単に解決出来る。が、誰もやらないんだな。

「やりました!!」

 やったんだ!! 貴族でこれやるのは、かなり珍しい。だいたい、平民がやるんだ。貴族はほら、魔法使い金使って呼べばいいから。

「魔法使いは呼んだんですか?」

 そうだよ、まずは魔法使いだよ。金さえけちらなければ、それなりに力のある魔法使いが来てくれるのだ。

「もちろん、何度も呼びました。ですが、何もいない、というんです」

「妖精じゃないということ?」

「その、ここだけの話にしてくださいよ。魔法使いも見たんですよ、それ。だけど、手も足も出ませんでした」

 これは大変な醜聞である。魔法使いですら手におえないから、何もないことにしたんだ。

 だったら、もうお手上げである。

「むしろ、私は行っても、一晩、ただ泊まるだけじゃないか。帰りたい。そうだ、帰ろう」

「そんなぁ!!」

「だいたい、もう私の邸宅じゃない。それ以前に死霊の十体や二十体、気にするな。それだけ、歴史ある邸宅だってことだ」

「そんなにいるの!?」

 やべ、言っちゃった。

 いるけど、私は気にしないんだ。そういう報告を受けているけど、私が行くと、みんな、吹っ飛ぶらしい。だから、見たことがない。一体、どうなってるのやら。

「だいたい、どうして、今更、そんな話が出るんだ。私が返上したのは、随分と昔のことだ。そういうことがあるなら、返上直後に訴えてくれ」

「つい最近なんです。これまでは、そんなことはありませんでした」

「なら、私は関係ない」

 本当に関係ないことじゃないか。いい迷惑だ。私は馬車から飛び降りてやろう、と戸に手をかける。それを侯爵が必死に止めてくる。

「お願いですから、一緒に行ってください!!」

「誰かに言われたんでしょう。私は何故か、そういうものを吹き飛ばす、と」

「………」

 やっぱりそうか!! 皇帝ラインハルト様も、こんなしょうもない話をよくもまあ、振ってくれたな。

 しかし、これで問題解決したとして、この邸宅と領地の所有権はどうなるんだ? 皇帝は私に爵位とか領地とかを返却したそうだったぞ。いらないけど。

 私は無駄に脱出をはかるも、侯爵がしつこく邪魔するので、結局、昔懐かしい邸宅に到着してしまった。

 馬車を降りて見回す。植生は変わったが、邸宅は変わっていない。

「それで、夜まで、私はどうしていればいい?」

「昼にも出ます」

「それ、妖精だろう」

 絶対にそうだ。出るっていったら、夜だよ、夜!!

「いえ、妖精でないんです。ともかく、こちらです。来てください」

 男に腕をつかまれて引っ張られるって、全然、楽しくない!! 帰って、可愛い娘を抱きしめたいよ。

 だけど、連れて行かれた先に、私は興味を示した。そこは、私がよくサツキと茶会をしていた庭だ。天気が良ければ、そこで茶会をして、くだらない話もしたな。

 テーブルと椅子はない。あれは、茶会の時にだけ出すものだから、ないのは普通なんだよな。

 しかし、何もいないな。私は、いつも連れて行かれるのだが、見えないんだ。

「何もいないんだが」

「出たぁー---!!!」

 侯爵、腰をぬかして、私の足にしがみついてきた。もう男相手に、どうして私はこんな目にあわないといけないんだ。

 侯爵が指さす先を見る。ごめん、見えない。

「誰もいないんだが。もしかして、見える奴と見えない奴がいるとか?」

「使用人たちは皆、見えるんだ」

「私だけが見えないのか」

 私はよーく目を凝らしてみるのだが、やっぱり見えない。

「それで、どんなの?」

 姿を知りたい。きっと、悍ましいのだろうな。

「子どもです。女の子の。泣いてるんです」

「それだけ?」

「そうです!!」

「アホかー---!!!」

 私は侯爵を蹴とばした。なんてばかばかしいんだ、これは。

「いいか、攻撃してくるとか、乗ってくるとか、そういうのだったらいいが、ただ泣いてる程度、気にするな!!」

「なんですか、その怖いヤツ!?」

「これまで、この邸宅で悪さしてた死霊の証言だよ!! 夢にまで出るとか、ともかくすごかったんだ。全部、私が行くと、吹っ飛んだがな」

「あれも吹っ飛ばしてください!!」

「悪さしてないのに?」

 これまでの死霊は、悪さしていたのだ。だから、仕方なく調査をしたら、結果、私が行くと吹っ飛ばされたのだ。

 しかし、ただ子どもが泣いている程度で、悪さなんてしていない。それを吹っ飛ばすのは、良心が痛むな。良心、ないけど。

 どうにかしてもらおう、と侯爵は私を押す。が、お前ごときの力で私は動かんよ。私は今も鍛えてるんだ。遅くに出来た可愛い娘に悪い虫がついたら、殴って撃退するんだ。

「こういうのは、まず、泣いている理由を聞いたらどうだ?」

「いやですよ!!」

「私には見えないし聞こえないんだ。私はそういう存在らしい。昔、どっかの魔法使いに言われたんだ」

 私という存在は、見えない聞こえない代わりに、死霊を全て吹き飛ばす加護を持っているという。神が与えた力だ。

「話では聞いたんだが、こういう力はむやみやたらと使ってはいけないそうだ。死霊にも色々と事情がある。私はたまたま、悪さをする死霊相手で動いていたから、これまで問題がなかったんだ。悪いが、子どもの死霊は悪さもしていないというから、お断りだ」

「そんなぁ!? 金ならいくらでも!!」

「我が家は男爵位だが、金はあるんだ。しかも、皇室御用達の茶の販売権を持っている。何もしなくても、金は降ってくるんだ」

「どうにかしてください!! このままでは、爵位を下げることとなってしまいます!?」

「知らんよ。だいたい、これを私が解決したら、爵位と邸宅と領地が私のものになる感じだぞ」

「そこをほら、上手に断ってくださいよ」

 悪い顔してるな。そんなんだから、変な死霊がついたんじゃないか?

「とりあえず、妖精の茶会だ。ここで茶会の準備をしよう」

「どうして急に」

「私はここで、よく、小さい茶会をしたんだ。別に、テーブルと椅子を置いて、茶と菓子を机に放置しておけばいい。誰でも出来ることだ」

「確かに、そうですね」

「私はちょっと、あちこち見学させてもらう」

「地下に行かないでくださいよ!!」

 地下に何かやってるんだな。気を付けよう。

 私は茶会の準備を侯爵にまかせて、離れのほうに行った。本館はそれほど行きたいとは思わなかった。あのどうしようもない両親と弟のことを思い出すからだ。ついでに、地下もだ。よく、弟に罰を与えたな。

 離れのほうは、あまり手が入っていなかった。使わないからだろう。少し、埃っぽい感じがする。

 私が侯爵だった頃は、この離れには随分と手をかけた。いつでもサツキを匿えるように、と準備していたのだ。茶会の度にサツキを説得したのだ。応じてくれれば、すぐに離れに入れるつもりだった。

 離れの家具は、その名残だな。サツキを受け入れるためだけに入れられた家具だ。ベッドだっていいのをいれたんだ。一目見れば、かなりいい家具がいれられていることはわかるだろうに、あの侯爵は、節穴だな。本館のものよりも、この離れの家具のほうが良いものを揃えたんだ。

 引き出しをあけたりしても、もう中身はない。サツキの服も、装身具も、全て賢者テラス様に差し出した。サツキのために作って、贈ったものは、もう、ここには残っていない。

 だが、ここはサツキのために作られた離れだ。結局、サツキはここを使うことはなかった。いや、入ったんだ。だけど、すぐに逃げられてしまった。

 何か残されているか、と家臣、使用人総出で、探したな。結局、何も見つからなかった。それはそうだ。ここには、書き物するための道具がなかったのだ。

 サツキは着の身着のままで追い出されて、そのまま、この離れに連れて来られたのだ。新聞に出すための暴露記事は、随分前に準備されていた。サツキはただ、ここで閉じこもっていればいいだけだ。勝手に計画は進んでいったのだ。

 結局、埃をいっぱい吸って、服も埃っぽくなっただけだった。

 外に出れば、細やかな茶会の準備は終わっていた。

 何故か、侯爵が椅子に座っている。その向かいは空席だが、誰か座っているように、椅子が引かれている。

 私には見えないが、死霊が動いたんだな。侯爵、いちいち、死霊相手に付き合わなくてもいいのに。

 私は埃をどうにか払った。帰ったら、風呂だな。

 しばらく、遠くで見ていれば、侯爵は席を立った。

「どうでしたか?」

 私が行けば、侯爵は満面、笑顔である。

「解決しました!! お茶とお菓子を飲んで食べたら、消えました」

「良かったですね。では、私は帰ります」

「ありがとうございます!!」

 もう、城に行くのはやめよう。私は侯爵の馬車を使って、さっさと帰った。





 一週間後に、侯爵が我が家にやってきた。

「助けてください!!!」

「解決したと言ったじゃないですか」

 ちょうど、朝食をとっているところだった。本当に、やめてほしい。爵位いらない。こんな男が寄り付かない平和が欲しい。

「お父様、困っていますよ。助けてあげてください」

「私に何の得もないんだ」

 この侯爵、爵位は落としたくないし、領地と邸宅は手放したくないし、と言っている。だったら、侯爵自身でどうにかすればいいんだ。

 娘に言われたって、やらない。

「得があったらやるの!?」

「え、やらない」

「そんなぁ!?」

「煩いな。だいたい、解決したって」

「してませんでした!! あの死霊、まだいます。しかも、昼も夜も関係なく、泣いて」

「ずっと茶と菓子出しておけばいいだろう」

「そんな面倒臭い!!」

「ケチ臭いな!!」

 その程度のことで、来たのか!?

 どうせ、何度もやらされて、面倒臭いだけでなく、金がかかるから、イヤになったんだろう。

「いっそのこと、賢者テラス様を呼べばいいだろう!!」

「金が!!」

「お布施だよ、お布施。そんなことにケチケチしてるから、解決しないんだよ」

「元は、あなたの邸宅でしょう!?」

「身内がやらかしたから、責任とって、返上したんだ。責任は果たした」

 本当に、そうだよ。私はやれることしたんだよ。私のせいじゃないけど。

「お父様って、悪いことしたから、爵位返上したの?」

「私の身内が悪事を働いたんだ。私はやっていない」

 今はやりまくりだけどな。嘘は言ってない。侯爵の時は、悪事やってない。

 もう、この侯爵煩い!! 仕方がないので、私はまた、侯爵邸に行くこととなった。

 馬車に揺られて行ってみれば、何故か、賢者テラス様がいる。なんだ、金出したんだ。

「テラス様、先日は大変、無礼なことをしました」

 一応、頭を下げておく。生きて帰りたいから、謝罪しておこう。

「いえ、完全に私が悪いので、謝らないでください」

「テラス様がいるなら、私はいらないでしょう。帰りますよ」

「いえ、あなたもご一緒してください」

 何故か、騎士二人に両側を固められた。もう、私はテラス様殴らないよ。やめて。

 侯爵は、ある意味、雲の上のような人である賢者テラス様が来たので、もう、びびっちゃってるよ。侯爵なんだから、もっと堂々としようよ。

 そして、あの庭に連れて来られた。

「いた!!」

 早速、侯爵が叫んでくれる。ごめん、私は見えないよ。

 テラス様はというと、驚いたように見ている。

「サツキ」

 また、とんでもないのがいたな。見えないけど。

 テラス様がいうのだから、そうなんだろう。

「どうして、ここにいるんですか、あなた」

「あなたを説得しに来たんですよ。爵位も領地も受け取るようにと」

「そんなぁ!?」

 侯爵、半泣きだ。お前が死霊で大騒ぎするから、こうなるんだろうが。

 私には見えないが、相手はサツキか。仕方がないので、私は椅子に座る。向かいにいるんだろうな、サツキ。

「サツキ、こういう悪戯はやめなさい」

 向かいにいるものとして、話しかけた。

「爵位を返上したのも、あのダメな両親とエクルドのせいだ。決して、サツキのせいではない。だいたい、サツキと関わらなくても、あの両親とエクルドは何がしら、やらかしてくれた。たまたま、サツキに関わっただけだ」

 すっかり冷めた茶を飲む。私は別に、冷めていても、濃くても、薄くても気にしない。

 それは、サツキもだ。お互い、当主としての仕事で忙しかったから、味とかそういうのは拘らなかった。

 見てみれば、向かいの茶が減ったように見える。うーん、サツキだといわれると、見たい。

「ここに居座って、嫌がらせして、どうにか、私に返そうとしたんだろう。そういう気遣いはいらない。私は今のままで楽しくやっている。むしろ、あのどうしようもない両親とエクルドがいなくなって、楽になった。娘が可愛いんだ。今でも、娘につくかもしれない悪い虫を殴り飛ばすために、体を鍛えている。最近、皇帝と賢者を殴ってやった」

 とんでもない話である。騎士とかが剣に手をかけてくれる。もうやらないっての。

「お前を泣かせた奴らは皆、私が殴ってやった。また、お前を泣かせる奴がいたら、私が殴ってやる」

 私は一気に茶を飲み干した。向かいの茶も綺麗になくなっていた。

 しばらく黙っていたら、賢者テラスが、死霊が座っているだろう席に座った。

「消えました」

「泣いていましたか?」

「笑っていました」

「もう、泣かせないでください。それでは」

「爵位を受け取ってください。ここは、本来、あなたのものです」

 また、その話か。

「あのな、私はすでに男爵位を持っているんだ。それ以前に、その男はどうするんだ?」

 もう半泣きの侯爵。縋るように私を見ている。

「また、サツキがここに出るかもしれませんよ」

「あんたがサツキを泣かせなければ、そんなことは起きない。もう、泣かせるな」

 もう、この男に敬意なんて払わない。私は態度最悪に、姿勢も崩してやる。

「おい、侯爵、地下牢は綺麗にしておけ。ここにいても、血の臭いがひど過ぎる」

「っ!?」

「私が殴ってやろうか? それとも、さっさと爵位を奪ってやろうか?」

 侯爵め、しつこすぎだ。

 私は机を蹴とばして立ち、驚いて動けない侯爵の胸倉をつかんで殴ってやった。

「お前はサツキの嫌がらせを大人しく受けて、反省してれば良かったんだ。サツキはな、優しい子なんだ。この邸宅で悪事を働かれるのがイヤだったんだろう」

 大人しく死霊の洗礼を受けていれば良かったんだ。それを私に言いがかりをつけるから。

「せっかく、見逃してやったというのに」

「な、何の話だ!?」

「地下牢に行けばわかる。元は私が暮らしていた邸宅だ。隠し通路も全て、頭に入っている」

 そうして、騎士たちが侯爵を捕縛して、私の案内で地下に行けば、言葉に出来ない惨状が広がっていた。


 結局、私は爵位と邸宅、領地を受け取ることとなった。

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