真昼の空
ハガルはさっさと筆頭魔法使いを引退し、賢者となった。そうしろ、と言ったのは私だが、ハガルにとっても、もうそろそろ、と考えていたのだろう。ついでに、どんどんと老いていく方向に姿を変えていった。
それには、皇族スイーズが嘆いた。スイーズは熱烈にハガルに狂っていた。ハガルの美しさを愛し、ハガルが与える恐怖を愛し、ハガルの全てを愛していたが、さすがに老いは愛せないようだ。
「私は負けない! いつか、皇位簒奪して、命じてやる!!」
あれ、諦めてない。むしろ、私が危ない。
スイーズは私の父に近い年齢である。それでも諦めず、騎士団で体を鍛えるのだった。
ハガルほどの妖精憑きだと、若返るのも可能、とスイーズはわかっているのだろう。だから、老いたくらいでは諦めない。
そんなちょっとした変化はおいといて、ハガルは城とかでは老いているが、愛する女の前では、相変わらず若々しい姿である。
「ステラ、ほら、綺麗な花ですよ」
「その呼び方はやめろ!?」
「あなたの部下たちから聞きましたよ。先代は名前を付ける前に亡くなったと。名前なしでそのまま過ごしていたんですね。だったら、私が好きに呼んでいいではないですか。ほら、綺麗いでしょう」
「花なんか、俺はいらない!」
「人の一生はものすごく短い。綺麗だと感じるものは、一つでも多く目にしたほうがいいですよ」
「必要ないもんだ!!」
「わかりました。必要なものをあげます」
いつもの通り、私を道連れにして、海の貧民街にやってきても、私はただの傍観者である。それよりも、ハガルが連れてきた二人の存在が気になる。
筆頭魔法使いの屋敷から出された二人だが、見たことがない。筆頭魔法使いの屋敷の使用人は皇帝のものだ。だから、屋敷から出てくるのは、筆頭魔法使いか使用人だけである。
知らない使用人をいつの間に引き入れたのか? なんて傍観している。
「サラムとガラムです。ほら、背中を見せて」
「はい」
「わかりました」
サラムとガラムなにこにこと笑いながら、上の服を脱いで、背中を見せる。そこには、見覚えのある契約紋がある。
「古代の技術を復活させて作った戦闘妖精ですよ。見た目は普通の人間ですが、私が作った義体に、かなり高位の妖精を憑けて、契約紋で縛ったんですよ」
「………え?」
「………は?」
私だけではない。女ボス ステラは目を丸くする。目の前にいる二人は、どう見ても、人間だ。
「ステラは身重ですから、何かあったら大変です。サラムとガラムは最強の護衛ですよ。危ないので、魔法は条件を満たす場合にのみ発動するようにしました」
「条件って?」
「ステラに不埒な行為をする男がいた時です。消し炭です」
「………」
うわ、とんでもないな。ステラも声も出ない。
ハガルはまだ体調が悪いステラの側に座り、手をとる。
「サラムとガラムは、ステラの血筋に絶対服従です。この腹の子、さらに子々孫々と守ってくれます。義体だから、老いませんし、ちょっと壊れても魔法使いが側にいれば、すぐに直ります。だから、壊れても大丈夫ですよ。私がすぐ直しますから、盾として使ってください」
「ハガル様、もう、酷いですね」
「騙されちゃいましたよ」
サラムとガラムは笑顔のまま、ハガルを軽く非難する。でも、全然、響かないな。面白がっているようだ。
「何を言っているのですか。本当は、もっと若い妖精にしようとしたのに、あなたがたが押しのけて入ってきたんですよ。かなり老獪な妖精です。騙されたのは私です。いいですか、魔法を使いたいからといって、ステラに不埒な男を近づけさせてはいけませんよ。
もう、契約紋で縛ってしまったから、やり直しも出来ないし。でも、お陰で私が身に着けた体術、剣術、知識を全て押し込めました。子育てだって出来ますよ!」
「いらない!!」
人の手におえないやつだ。わけがわからなくても、ステラの直観が、危険と判断したんだろうな。即、拒否する。
「こんな危ない奴に子育てなんかさせられるか!! いいか、俺はここにいる奴ら全てに育てられたんだ。俺の子も、ここにいる奴ら全てで育てる!!!」
「大丈夫ですよ。私にも弟たちと妹たちがいっぱいいました。赤ん坊の頃からそれなりに成長するまで、子育てを手伝いましたよ。夜泣きをあやした経験なんか、すごいですよ。もう、歳が近い弟たちと妹たちでしたから、徹夜はかなりしました。子育てって、戦争ですね。大変でした」
「………」
実は、経験者だというハガルが、ちょっと思い出して憂鬱な顔を見せるので、ステラはそれ以上、何も言えない。だって、ステラは子育て初めてだから、ハガルの言葉は否定できない。
「一緒に苦労しましょうね」
ハガルはステラのまだ目だっていないお腹を撫でていう。とても、楽しみの様子だ。
そして、この戦闘妖精は、即、活躍することとなる。
そうして会話をしていると、敵襲となる。ハガルは外を見れば、他の勢力下にある貧民たちが建物の周りをぐるりと囲んだ。これはもう、逃げられないな。
「ちょうどいいですね。試運転です。行きなさい」
「もう、妖精使いが荒いですね」
「やっほーーーーー!!」
なんと、戦闘妖精二体は、ものすごい高いところの部屋だというのに、窓枠からさっさと飛び降りてしまう。
無事、集まった敵側の貧民たちの上に着地する戦闘妖精二体。
「強度はいいですね。ここから落ちても壊れた様子がない。まあ、いい素材使ったので、壊れませんけどね」
ハガルは戦闘妖精が勝手に暴れて、どんどんと敵側の貧民たちを血祭りにあげているのを淡々と記録する。
酷いのだ。だって、刺したって、殴ったって、死なないのだ。ちょっと壊れたかな? 程度で、どんどんと敵側の貧民たちを殺していくのだ。
さすがに、戦闘妖精二体がただの人ではないことに気づいた敵側の貧民たちは逃げようとする。
「貴様ら、戦え!!」
「しかし、あいつら、化け物です!!」
「俺の兄貴を帝国に売った奴らを許すな!!」
どこか、見覚えのある敵のボスである。
「おや、貧民王の血族か。そうか、あの男の血族が残っている可能性には、思い至らなかったな。私も耄碌した」
瞬間、ハガルは剣呑な顔を見せる。
「サラム、ガラム、その男を生け捕りにしろ。狂ってなければいい」
「わっかりましたー!!」
「ハガル様の命令は絶対です!!」
サラムとガラムは他の貧民なんて無視して、のこのこと出てきた敵のボスを二人がかりで捕らえた。
ボスが捕まると、敵側の貧民はほうぼうの体で逃げていく。そこまでは、サラムもガラムも追いかけたりしない。それよりも、ハガルが望む男を連れていくのが大事だ。
「ハガル様、足、折っていいですか? 折ってみたい!!」
「じゃあ、腕を折りたい!!」
「狂ってなければいい。好きにしろ」
「さっすが、ハガル様」
「話せる主だ!!」
そうして、敵のボスの悲鳴がしばらく続いた。
「ステラ、ほら、役に立ちました」
さっきまでの剣呑な顔などどこへやら、ハガルは笑顔でいう。誉めてほしいみたいに、ステラに抱きつく。
「貧民王の血族は全て根絶やしにしてあげます。あいつ、私のステラのことを随分と悪く言いました。ステラはこんなに素敵な女性なのに、見る目がない男ですので、処刑の時は、両目をガラス玉にしてやりましたよ」
「ハガル、胎教に悪いことは話すな」
「何を言っているのですか。この腹の子は、未来の支配者ですよ。腹の中にいる時から、英才教育は始まっています」
「やめろ!!」
私が注意してやったというのに、ハガルはさらに酷い。さすがにステラも悲鳴があがる。
しかし、ハガルは容赦がない。
「この子は妖精憑きではない。すぐ、死んでしまうから、強い子にします」
ハガルにとっては、人は簡単に壊れる玩具だ。だから、妖精憑きとして生まれない我が子はすぐに死んでしまうと思うのだろう。これは、ハガルなりの愛情だった。
そうして、しばらく、ハガルは秘密裡に貧民王の血族狩りをした。
ハガルは容赦がない。赤ん坊であっても、貧民王の血族というだけで、殺したのだ。
貧民王の血族がどんどんと殺されていくことに、反乱や復讐をしようとした勢力はどんどんと消えてなくなった。
お陰で、ステラは無事、一人の男の子を出産した。
もちろん、ハガルは出産に立ち会う。ついでに、私も道連れだ。皇帝だから、我が子の出産なんて立ち会うことはないと思っていたが、こんなことになるとは。
「………傾国だな」
生まれた子はもう、完全に、第二のハガルだ。物凄く綺麗だ。生まれたばかりでこれほど綺麗なのだ。将来は大変なことになるな。
ステラの組織は男だけではない。女もいて、出産には随分と手を出してきた。それでも、ハガルのほうが詳しいようだ。
「あんた、すごいね。男でこんなことまで出来るなんて」
「私の父親は最低な男だったから、私がやるしかなかった。まだ幼い弟たちと妹たち、ついでに赤ん坊と、なかなか、濃い時間だったが、あれはあれで、良い思い出だ」
百年以上前の思い出を語るハガルは、過去と現在の幸せを噛みしめているようだ。
そうして、ハガルはステラに生まれた子の抱き方を教えたりする。
「名はどうしましょうか。そこまでは、私も経験がありません」
「私の名前は改名しただろう」
「改名です。人の子に名づけたことなどありません」
どういう名前にしたいのか、ハガルは思いつかない様子だ。
これまで、子を持ったことがないわけではない。随分と昔となるが、双子の娘を授かったことがある。しかし、筆頭魔法使いは子育てを許されない。弱味となってしまうので、生まれた子は秘密裡に養子に出されるのだ。ハガルは、未練が出るからか、生まれると、母親に抱かせることなく、さっさと貴族の養子に出した、とハガルの二人目の皇帝アイオーンの日記に書かれていた。
赤ん坊を抱いた経験があるハガル。双子の娘は抱いたかどうか、その日記には書かれていなかった。
何か、思いを馳せているようで、ハガルは遠くの空を見た。
そうして、しばらく赤ん坊や女たちで賑やかになっているところに、ステラは呟く。
「ラインハルト」
「っ!?」
瞬間、ハガルは剣呑な顔になる。これまで、ステラに対しては笑顔のみ向けていたが、ハガルの最初の皇帝の名をステラの口から聞いて、殺気すら出した。
「この子は、賢帝ラインハルトと同じにする」
「いけません。私の皇帝の名を私の子に名づけることは、絶対に許しません」
「ラインハルトだ。それ以外ない。伝えろ、俺の子はラインハルトだと」
「ステラ!!!」
妖精の力を使ってドアをしめきり、その場にいる全ての者たちを閉じ込めた。
ステラは生まれたばかりの子を抱きしめ、ハガルを睨む。
「ずっと決めていた。この子はラインハルトと名づけると」
「許しません。私が生きている間、その名を皇族にすら許していません」
「俺たちは貧民だ。お前の許可なんかいらない」
「私の子ですよ!!」
「お前はただの種馬だ!! 気に入らないなら、別れてやる!!! だいたい、お前なんかいらないんだ。子育ては、ここにいるやつら全てでやる!!! あの恐ろしい戦闘妖精を連れて、城に帰れ。二度と来るな!!!!」
「別れるなんてイヤだ!!」
「別れる!! もう、二度と、お前の顔なんか見たくない!!!」
「私は毎日でもステラの顔が見たい!!! ずっと見ていたい。屋敷に閉じ込めて、思う存分、愛でて、見ていたい。抱きしめたい。他の男の目に晒したくない!!!」
「知るか!! だったら、そういうことを許す女を閉じ込めろ!!!」
「ステラがいい!!」
ボロボロと泣き出すハガル。
聞いていて思うが、私はあえて、口にしない。これはあれである。
「もう、痴話げんかはおやめよ」
「もう、恥ずかしい」
「ウチの旦那にも、そう言われたいね」
「熱い熱い」
出産のため集まった女たちにとっては、これは夫婦の痴話喧嘩である。ハガルのことを知らないから、恐れを知らないのだ。
「もう、あんたは父親なんだから、そんなこと言っちゃいけないよ。母親は、子どものものになるんだから」
「そうそう、母親は生まれた子のものなんだよ」
「だって、ステラが別れるって」
「ちょっと出産で疲れてるだけだよ。ほら、男がそんなふうに泣かないの。仲直りしなよ」
「ステラ、私を捨てないでください。私はステラを帝国で一番愛しています。もういいです。その子をラインハルトと頑張って呼びます」
母は強しというが、確かにそうだ。ハガルのことをしらないだけではない。子や孫を持つ女たちは、泣いているハガルを上手にあやした。
そして、女たちはハガルの味方となる。
「もう、ボス、こんなぞっこんな男に冷たいことを言っちゃいけないよ」
「お前らは知らないんだよ! こいつ、とんでもないんだぞ!!」
「ハガル様、また、ステラ様に泣かされましたか」
「ハガル様はステラ様には弱いですね」
そこに、妖精の力なんて関係なくドアを開けはなつ戦闘妖精サラムとガラムが入ってきて、ハガルをなぐさめる。
「サラムさん、昨日はありがとうね。助かったよ」
「ガラムさんだ、今日も手伝っておくれよ」
戦闘妖精は、すっかり、貧民の女たちに受け入れられていた。何せ、面倒事も汚れ仕事も、戦闘妖精は「面白そう」「楽しそう」と手伝ってくれるのだ。結果、貧民の女たちを味方につけてしまったのだ。
「ハガル様、ほら、泣き止んでください」
「ステラが別れるって」
「ステラ様の挨拶みたいなものじゃないですか」
「別れない!」
「それは、ハガル様の挨拶ですよ」
サラムとガラムは馴れたものだ。上手にハガルを慰めて、貧民の女たちと一緒に部屋から出した。
何故か、私とステラ、二人っきりにされる。これはあれだ、命が危ない。
ステラは私に軽く頭を下げる。どこか、思いつめた顔をしている。
「どうして、ハガルが怒る、その名を名づけた」
別れ話にまでなるほど、名に執着する必要はないように思った。
ハガルがいれば、この海の貧民街は無敵だ。戦士妖精なんか、ステラの血族に絶対服従だから、むしろ、いたほうがいいだろう。
「俺の先祖は、賢帝ラインハルトと約束をしたんだ。いつか、貴族に戻る時は、子孫に同じ名をつけ、皇族の前に出る、と」
「………聞いていないな」
「だろうな。俺だって、眉唾だと思ってる。ハガルは知らないようだし、嘘かもしれない。けど、この子は貴族に戻る運命を持ってる」
じっとステラは私を見る。目の前には、確かに、皇族、しかも、皇帝がいる。
どういう子に育つか、赤ん坊を見ただけではわかならい。それはそうだ。見た目は美しいといっても、才能は未知数だ。
「俺たちの一族は、戦争バカだ。戦争しか知らない。政治も、領地運営なんて、他人まかせだ。だけど、俺たち一族と一緒に落ちた騎士や兵士を捨てるわけにはいかなかったんだ。だから、貧民街の支配者になって、同じように戦争しか知らない奴らを抱えて、後ろ暗い仕事をやらせて、そうして、代を重ねてきた。
こんな、俺みたいな女に見えない奴をボスにして、ただ、貴族の子孫というだけで、あいつら、俺の部下となったんだ。俺は、ここを離れるわけにはいかねぇ」
「ラインハルトは、すごい子になるかもな。何せ、ステラの血筋だ。ただ、ハガルの血筋でもある。そこは、上手にお前が導いてやらないといけない」
「そんな、難しいことじゃないだろう」
「才能の化け物と呼ばれるハガルにだって、幼い頃はあった。それをあんな化け物にしたのは、賢帝ラインハルトだ。しっかり、言い聞かせろ。この子の将来は、お前にかかっている。良いボスになるか、才能の化け物になるか」
「………」
「まあ、大丈夫だろう。お前とハガルのやり取りを痴話喧嘩なんていう女たちがいるんだ。一人ではない。皆で、ラインハルトを育てなさい」
「………はい、皇帝陛下」
ステラは涙を流して頷いた。
ステラの予感はあたった。ラインハルトもまた、才能の化け物であった。与えられたものは瞬時に吸収し、知識だけでなく、武までどんどんと身に着けていった。
そのせいで、ラインハルトは、ハガルに願ってしまう。
「私も、父上のような妖精憑きの力がほしい」
ラインハルトはさらに完璧になりたがった。
「どうしてですか? 生きていく上で妖精憑きは、絶対に必要な力ではありませんよ」
「父上のようになりたいからです」
「私のように? うーん、でも、妖精憑きにはなれません。あれは、神様が与えた奇跡です。妖精憑きは、血族で生まれるわけではありませんから」
「………」
少し、悲し気に瞳を揺らすラインハルトを見て、ハガルは何か思うようだ。
「やめろ、ハガル」
何か起こしそうで、私は止めた。この才能の化け物は人では不可能でも、可能にしてしまう力がある。
ラインハルトの教育はハガルが作った戦闘妖精が担っていた。この戦闘妖精だって、過去に失われた技術をハガルが復活させて作ったものだ。残念ながら、他の魔法使いでは作ることが出来ない、高度の魔法が魔法だったため、ただ、貴重な本が一冊増えただけだ。
「ラインハルト、妖精憑きの力は神が与えたものだ。人の手には過ぎたものを望んではいけない」
「………父上でも、不可能なのですね」
私が注意してやると、ラインハルトはとても落ち込んだ。父親は何でも出来る、というのは、この年頃の子どもは皆、そう思い込むことだ。私もそういうことがあったな、なんて思い出してしまい、ラインハルトの頭をなでてやる。
「贅沢をいうな。ラインハルトは随分と出来ることが多いぞ。妖精憑きを除く才能をハガルから受け継いでいる。
ハガルは、才能の化け物と呼ばれるが、力がない。技のみしか習得を許されなかった。あまりにも強すぎる者は恐れられる。ラインハルトに妖精憑きの力がないのは、人に恐れられないためだ」
「でも、妖精憑きの力は絶対に必要だ」
ラインハルトは、何か違うものを見ているようだ。どこか遠くを見ている。
頭がいい子だ。何か見通しをたてているのだろう。ハガルもそういう頃があったという。ハガルやラインハルトしか見えない景色があるようだった。
そして、誰もが予想出来ない事が起こった。
ハガルはラインハルトの五歳の誕生日に、ラインハルトの片目を抉って、ハガル手製の妖精の目をつけたのだ。
「母上、妖精が見えます!」
喜ぶラインハルトに、絶望するステラ。私だって、こんなことになるとは思ってもいなかった。
普通の者には見えない光景を見るラインハルトは喜んでいる。
「やはり、ラインハルトには魔法使いの才能がありますね。良かった」
「何が、良かったんだ?」
「才能のない者が妖精の目をつけると、廃人になります。才能があって、良かったです」
ステラはハガルの胸倉をつかむと、おもいっきり顔を殴った。
「もう二度と、ここに来るな! ラインハルト、こんな恐ろしい男はもう、父親でもない!!」
「母上!!」
ステラは殴られたまま動かなくなったハガルに吐き捨て、ラインハルトを連れて、去っていった。
これまで、ハガルの顔に傷つけた者は無事ではない。ハガルは亡き皇帝ラインハルトの命令に呪縛されている。
賢帝と呼ばれるラインハルトは、随分とハガルのことを愛した。皇帝として理性的には判断を下してはいたが、ハガルの姿に狂ったのだ。皇帝だから、皇族狂いのようなことを起こすことはなかっただけだ。そして、ハガルは皇帝ラインハルトに執着するように育てられた。死した後も皇帝ラインハルトの命令は絶対だ。
絶対に顔を傷つけるな。
皇帝ラインハルトは、ハガルにそう命じていた。だから、ハガルはこの命令を守れなかった時、傷つけた相手をあらゆる手段で殺したのだ。
狂皇帝の弟は、ハガルの顔を傷つけたことで、狂皇帝の殺された。狂皇帝の弟は兄である狂皇帝を慕っていたという。その兄に殺させたのはハガルだと言われている。
大変なことになった。ステラは知らない。ハガルは、皇帝ラインハルトの呪縛からまだ解き放たれていない。