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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-侯爵と悪女-
148/353

復讐譚

 醜聞は誉め言葉だ、とそのままにして、私は変わらず、週に一回のサツキとの茶会を楽しんだ。

 もう、エクルドは邪魔をしない。一度、サツキに着せた服を汚してくれて、その時、私自らが鞭で散々、痛めつけた。私の前で無体ことをすれば、次も鞭打ちだと学習したのだ。本当に頭悪いな。

 そして、我が家には、サツキのあの家族も近づかない。私が幼女趣味だという醜聞が広がっていて、クラリッサも危ない、なんて思ったのだろう。あんな小娘、趣味でもなんでもない。

 そして、サツキはというと、笑っている。

「言われてますよ、幼女趣味だって」

「言わせておけばいい。私が幼女趣味でも何でも、男だから、大した傷にはなならい。笑い話だ」

「それで、いい人は見つかりましたか?」

「侯爵夫人となるんだ。それなりの品位が必要だな。とりあえず、君の義妹はダメだ。あんな女はお断りだ」

「そうですか。では、そう伝えておきます」

 あのどうしようもない父親は、サツキに私を説得しろ、なんて命じたんだな。しかし、サツキは色々と吹っ切れたようで、楽しそうに笑っていた。

 何を考えているか、読めない。つい先日まで、死ぬことばかり考えていたサツキだ。それが、全く別の何かを企んでいる。

「マイツナイト様、ありがとうございます。わたくしのために、やったことですよね?」

「自分のためだ。あんなことされて、黙っていられるほど、私は出来た人ではない」

 半分は本当だ。ハンナのことは怒りでしかないのだ。ハンナは、私が賢者テラス様に呼び出されてからすぐ、学校を自主退学したのだ。その後はどうなったのか、知らない。何せ、皇族のことは、表に出されることはないのだ。

 皇族が誕生しようが、死のうが、発表されることはない。

 学校では、ハンナが自主退学したことで、傷心からかな、なんて言われていた。これで、ハンナが皇族失格者でありながら皇権を使ったことを知っている貴族は私だけだ。私は一生、黙っているから、表沙汰にはならない。

 私が機嫌よく笑っているからか、サツキも笑っている。

 そして、今日は珍しく、荷物を持っていた。それを机に出した。

「おや、サツキ嬢も、こういう本を読むのですか」

 よくある小説だ。色々な試練を乗り越えて、最後には幸せになりました、で終わる、よくある話である。

「これ、お母様が書いた小説です」

「そうなのか!?」

 その事実には驚いた。あの才女と呼ばれた女伯爵カサンドラが、こういう低俗なものを書くとは。

 ぺらぺらとめくって流し読みをしてみれば、とてもカサンドラが書いたとは思えない。

「あの隠された邸宅でお母様の日記を見つけました。あんな所に隠すなんてお母様、よっぽど知られたくなったのですね」

「日記をつけるなんて、可愛らしい方だったんですね」

「我が家の当主は、日記をつけなければいけないんです。日記を通して、次の当主に色々と伝えるんですよ。ほら、突然、亡くなったりすると、引き継ぎが出来ませんからね」

「なるほど」

「母の葬儀の日に、執務室で、母の遺書を見つけました。母はわたくしに復讐しろ、なんて書き残してたんです。そんなに父のことを愛して、義母のことを憎んでいたんだ、とわたくしは驚きました。ところが、日記を見つけて読んでみれば、小説のネタ的に書いてただけでした。あの机で、執筆しながら、雰囲気を出すために、ああいう遺書を置いたんですよ」

「そういうこと、日記に書いてあったの?」

「書いていませんが、やってみよう、とか、どうしよう、とか、執筆がうまくいかなくて、悩んでいる文章がいっぱいでした。お母様ったら、わたくしに、こういうことをしていた、と伝えるために、日記を書いていたのでしょうね。読んでいて、楽しかったです」

「そうか」

 亡くなった女伯爵カサンドラのことを笑顔で語るサツキ。とても楽しそうだ。それを見ている私も楽しく感じる。

「お母様、次は復讐譚を書こうとしていました。そのための遺書の下書きです。実は、完成原稿も見つけてしまいました」

「それは、読んでみたいな」

 そこで、サツキの表情は消える。無表情だ。

「まるで、未来を予見したような原稿でした。母は毒殺され、主人公は一人取り残され、義母や義妹からいじめられ、一族からも見放されて、という始まりでした。そうして、主人公は、大きくなって、復讐するのです。その復讐の方法も、帝国らしい方法ですよ」

「………」

「それを読んで、思いました。これなら、あのどうしようもない家族も、婚約者も、滅茶苦茶にしてやれる、と」

 サツキは、暗く笑った。

「マイツナイト様、どうか、手伝ってください。わたくし一人では無理です。マイツナイト様が手伝ってくだされば、復讐出来ます」

 可愛らしい声で、悍ましいことをいうサツキ。

 もう、手遅れだった。サツキは復讐に取りつかれていた。

 それはそうだ。周りは敵ばかりだ。唯一の味方は私だが、いつ切れるかわからない味方だ。すでに、一度、あの皇族失格者ハンナのせいで、縁が切れそうになったのだ。だから、サツキは縋るしかないのだ。

「サツキ嬢、あの家族も使用人も、さっさと見切りをつけなさい。私が味方になろう。今なら、まだ間に合う」

「それで、あのどうしようもない家族と使用人どもは、どうなるのですか? わたくしは可哀想な子だけど、でも、愛のない子だから、仕方がないことだ、とか影で言われるのですよ!!」

「………」

「あのお父様だって、生家は侯爵ですよ。生家に戻って泣きつけばいいんです。ちょうど、あの侯爵家は、いい感じの跡取りがいます。クラリッサと婚約して、それで終わりですよ。周囲には、愛のない結婚で、父親は悪かったが、子どもには罪がない、とか言われちゃうんです」

「………」

 何も返せない。実際、そうなるのだ。

 サツキは暗く笑ったままだ。

「成功すればいいですが、命の危険もあります。あの家族は、力の加減を間違えますからね。何度から、意識を飛ばしたこともありました」

「命をかける価値、あんな奴らにはない」

「どうせ、死にたいので、ちょうどいいです。死ぬなら、道連れにしてやります。その時は、マイツナイト様が全て、暴露してください。ほら、お得意の新聞を使って」

 楽しそうに笑った。その笑顔もいびつだ。

「なら、今すぐ、帝国中に暴露しよう。そうなったら、あのどうしようもない家族も、終わりだ。新聞で帝国中で暴露されたら、終わりだろう」

「マイツナイト様、エクルドとその両親が、今、どんなことをしているか、ご存知ですか?」

「何か、やっているのか?」

「わたくしの名前でお買い物ですよ」

「明細を全て、こちらに寄越しなさい。部屋を調べよう」

「いつかエクルドがわたくしの入り婿になるのだから、とか話していました。やりたい放題ですね、ですが、エクルドも、あの両親も、無傷なのですよね」

「………」

「でも、あいつらを道連れにしたら、マイツナイト様は困りますものね」

 サツキは、エクルドと私の両親にも復讐したいのだ。私の見えない所で、あいつらも、何かしているのだ。それほど、サツキの憎悪は深い。

 これはもう、覚悟を決めるしかなかった。

「まずは、何をすればいい?」

 驚いたように、サツキは私を見上げた。てっきり、私は手を引くと思っていたのだろう。

 それはそうだ。彼女がやろうとしていることは、運が悪いと侯爵家を没落させるのだ。だけど、私は随分とサツキに狂ってしまっていた。

 これは、恋とか愛とかではないな。よくわからない何かだ。

 側で聞いていた者たちは、サツキのことを危険に感じただろう。これまで、サツキを憐れだと感じていた侍女でさえ、サツキに恐怖を抱いたはずだ。

 サツキは頭がいい。それは皆、わかっていた。正攻法でない方法を次から次へと思いつく。そこに、母カサンドラが考えた小説を元にして進めるのだ。

「そうだな、才女が書いたという復讐譚を読ませてほしい。そこからだ」





 サツキを帰してすぐ、家臣たちが説得に来た。

「もう、彼女に関わるのはやめましょう。婚約もなくしましょう」

 エクルドとの婚約がなくなれば、サツキとの縁は切れる、そう言いたいのだ。これほどの大人たちが、まだ子どものサツキを恐れたのだ。

 それはそうだ。サツキは今、当主の仕事をこなしている。その事実を知っているのだ。ただの子どもでないと、皆、わかっていた。

 サツキを送ったついでに、才女カサンドラが書いたという小説を持って帰ってきてもらった。その小説を読みながら、家臣たちの説得を聞いていた。

「面白いな、これ」

「マイツナイト様!?」

「どうなるか、わからないだろう。没落したら、君たちの身の振り方はまかせなさい」

「彼女にそこまでの価値があるというのですか!?」

「このままでいくと、あの両親とエクルドのせいで、我が家も危ないぞ」

「そうなのですか!?」

「サツキ嬢が言っていただろう。彼女の名前で勝手に買い物していると。サインの不正使用だ。サツキ嬢が亡くなった場合、この事も表沙汰になったら、我が家も道連れだ」

 あの家族、本当にやらかしてくれたな。サツキがわざわざ言ってくれたのは、注意をしろ、と忠告してくれたのだ。このまま黙っていたら、万が一の時、我が家はとんでもない醜聞だ。

 私が幼女大好き、という醜聞は笑い話である。しかし、家族の犯罪は、家名に傷をつける醜聞である。運が悪いと爵位を返さないといけない。

「公爵夫人をどうにかしてやらないとな。あいつのせいだよな、我が家がこうなったのも」

 そうだよ、あの女のせいで、サツキも酷いことになっている。血族だったら、もう少しましだったかもしれないな。

 流し読みで簡単に才女カサンドラが書いた復讐譚は理解した。確かに、預言のように、サツキの今の状況そのままだ。

 お家乗っ取りという罪状で、破滅させる復讐譚だ。しっかり、貴族の学校で学んでいれば、こんなのは失敗だ。

 だいたい、帝国では、跡継ぎは血族だと決まっている。あれほど、貴族の学校でも教えているのだ。私でも知っているのだ。なのに、この復讐譚では、お家乗っ取りをした奴らは、そんなこと知らず、主人公を家から追い出すのだ。無理がありすぎだ。

 少し考えよう、と私は食堂に行く。両親とエクルドは、私なんか待ってないで、さっさと食事を始めている。私は、冷めていようが、どうだっていい。栄養補給だ。煩いのは、両親とエクルドだ。

「本当に、サツキさんが長女で残念だわ。クラリッサさんが長女でしたら、跡継ぎはクラリッサさんでしたのに」

「本当に残念だ」

「俺、クラリッサと婚約が良かったな」

 頭の悪い会話が聞こえる。私はきっと、幻聴を聞いてるんだ。あの両親、あれでも貴族の学校を卒業してるんだよ。

「クラリッサ嬢は、確か、母親が違うよね」

「そうですよ」

「跡継ぎはサツキ嬢一人ですよね」

「サツキさんがいなければ、クラリッサさんが跡継ぎでしたのに」

「そうなんだよな」

「どうにかならないかしらね」

「本当に」

「………」

 頭が悪いあの二人が私の両親か。

 才女カサンドラは、頭の悪い奴らのことをよくわかっていた。これ、成功しないように見えるが、それは、私だからだ。頭の悪い奴らは、ちょっと横から囁かれれば、簡単に引っかかるのだ。

 あんなアホなことを言っているということは、誰かに言われたのだろう。私の脳裏に、公爵夫人アーネットが横切る。あのくそババア、やってくれたな。

 どうせ、後戻りできないほど、両親とエクルドはやってくれたのだ。サインの不正使用は立派な犯罪だ。

 だけど、サツキは私を踏みとどませようとしている。このサインの不正使用を教えることで、私の両親を止めろといっているのだ。そして、今なら、返品するか、我が家が伯爵家に代金を払えば、この不正使用はなくなる。後戻り出来る猶予を与えてくれている。

 好き勝手に笑って、サツキのことを最悪、とか、悪く言っている両親とエクルド。お前たち、サツキの優しさをこれっぽっちもわかっていないな。復讐したい、なんて口では言っているが、情けをかけてくれてるんだぞ。

 私は食事も途中で、席を立った。

「あら、マイツナイト、食事の途中で席を立つなんて、礼儀のなっていない」

「侯爵の仕事ですよ」

 こんな時ばかり注意する母。その母の皿は酷いな。作法が滅茶苦茶だな。父もそうだ。その両親に教えられたエクルドも酷い。

 私は食堂を出ると使用人にいう。

「もう、あれらとは食事をとらない。私の分は、今後、書斎に置いておいてくれ。冷めたままでいい」

 あの両親と弟とは食事をとらないことにした。





 何故か私の荷物に手紙が入っていた。男爵令嬢からの手紙だ。接点がない。学年も違うし、名前も知らない。一体、何者なのかわからないが、気味が悪かった。どうやって入れられたのか、わからないからだ。

 手紙を読めば、学校内の人目のない所での待ち合わせである。行く義務はない。しかし、気になる。だから、行ってみた。時間の指定がないので、昼食時に行った。

 そこは、確かに人がなかなか寄り付かない暗い感じの場所だ。逢引にすら使われない。そこに行けば、一人の生徒がいた。どこか、影のある感じがする。

「始めまして、侯爵マイツナイト様。わたくしは、男爵令嬢アッシャーと申します」

「悪いが、告白はお断りだ。噂でも聞いているだろう。私は幼女が好きなんだ」

 これまでの告白全て、この方法で断ってきた。同じだろうと思った。

「マイツナイト様、どうか、私の婚約者となってください」

「聞いていたか、幼女が好きなんだ」

「お役に立てます。私の父は、新聞関係には随分と力があります」

「………どこまで?」

「帝国中、全てです。金で爵位を買いました」

 よくある話だ。だから、彼女のことを私は知らなったのだ。爵位を金で買った、新参の貴族だ。

「どうして私に声をかけた?」

「もう少し、屋敷の使用人に気を付けた方がいいですよ。父に買収された者がいます」

「なるほどな」

 誰かな? どうでもいいけど。

 私は醜聞を選んでまき散らしている。だから気にしない。しかし、彼女の父親は、私がまき散らしていない醜聞を握っているということだ。

 私の両親と弟は、本当にろくでもないな。まさか、私の首を絞めてくるとは。

「我が家の名声が欲しいわけか」

「あなたは、帝国中の情報網を手に入れられますよ」

「それはいいな」

 脳裏に、サツキの復讐が浮かんだ。アッシャーの父親の力は、この復讐に使える。

「あ、でも、無理に、とは言いません」

 こっちはその気になったのに、アッシャーは突然、しどろもどろに否定的なことを言ってくる。脅しに来たんじゃないの?

「私を脅してるんじゃないのか?」

「その、あの、父が、そうすれば、あなたとお付き合いできるから、と言って」

「??」

「一目惚れなんです!!」

「あー、なるほど」

 アッシャーの父親の意図がわかった。

 アッシャーはどういうわけか、私のことが好きになったんだろう。それを知った父親は、私のことを調べたのだ。そして、脅す材料がいっぱいあるので、アッシャーに言ったわけである。これで私と結婚までいける、と。

「私は確かに、婚約者はいないな」

 何せ、祖父母はそれを決める前に亡くなった。あの、どうしようもない両親が連れてくる女なんぞ、絶対に婚約しない。

「私は幼女が好きなんだが」

「そう、聞いています。でも、ふりなんですよね。あの、可哀想な女の子のために、醜聞を被っているだけですよね」

「どこまで知ってる?」

 我が家の事だけならば、まだいい。サツキの家のことまで知っていそうだ。

「伯爵家のことも調べられています。あそこの使用人、お金だけで話すので、簡単です」

「サツキ自身のことは?」

「頭のいい女の子ですが、家族に恵まれませんでしたね。我が家の力があれば、彼女を救い出すことは簡単です」

 私と同じ方法をアッシャーもやろうと考えているのだろう。新聞を使って、醜聞を広げるのだ。

 ただ、私は王都周辺が限界だ。だが、アッシャーの話だと、帝国中に醜聞を広げられるように聞こえる。

 王都周辺程度だったら、大した話ではない。しかし、帝国中に広げられてしまうと、帝国だって黙っていられない。サツキの家族はただでは済まなくなる。それは、私の両親とエクルドもだ。帝国中が知ることとなるのだ。帝国は何らかの処罰をするだろう。

「それで、私は君と結婚すれば、その帝国中の情報網が手に入るのかな?」

「い、いいの、ですか?」

「まずは、サツキ嬢と仲良くなってもらおうか。それからだ」

 サツキとアッシャーの相性を見てからだ。

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