可哀想な女の子
私の両親は、本当に最低最悪な人たちだ。運よく、侯爵家に残ったにすぎないのだ。
父は、元々、侯爵家次男であることから、スペアとして育てられた。長男と同じ教育を受けたというのに、父は本当に出来が悪かった。努力もしない、長男である兄に寄生することばかり考えていた。そういう人だから、同じような人と結婚したのだ。しかも、長男がまだ未婚だというのに、学生の内に、妊娠させての結婚である。
あまりの醜聞であったため、祖父母は両親を結婚させるしかなかった。そして、私が生まれたのだが、それと入れ違いに、跡継ぎであった父の兄が亡くなったのだ。本当に不幸な事故だったという。
まだ、祖父母が健在だったので、爵位は祖父母が持っていた。領地運営も、商売も、祖父母が切り盛りしていた。なのに、私の両親は浪費ばかりだ。最低最悪な成績で卒業して、跡継ぎとしての役割なんか一切しない。
このことを祖父母がきつく責めると、いうのだ。
「ほら、跡継ぎを作った。立派に仕事をこなした」
私という跡継ぎこそが仕事だ、と言い張ったのだ。
そして、祖父母は両親から私を取り上げた。このまま、子育てをさせると、侯爵家は終わるとわかったのだ。それは、家臣たち、使用人たちもわかっていた。だから、両親の浪費だって止められるものは止めた。祖父母が全て牛耳っていたのだから、出来なくなったのだ。
「もう、社交に出るのに、こんな貧相な服では、恥ずかしいですわ」
「そうだ!! 我が妻の美しさが際立たないではないか!!!」
「お前たちはまだ、教育が終わってない。勝手に外に出るんじゃない!!!」
「そうですよ。その恥ずかしい作法では、外に出せません!!」
祖父母は一筋縄ではいかない方たちだ。口答えしても、祖父母が経済も権利も握っている。両親は、社交すら許されないまま、次男エクルドを出産した。
この頃には、私もそれなりに祖父母から教育を受け、両親がかなりまずい人たちだと気づいていた。このまま、エクルドの教育も祖父母がするだろう、と見ていれば、そういうわけにはいかなくなった。
「わたくしの子です!!」
「この子は、私に似ている。絶対に渡さん!!」
エクルドは父親に似たせいで、両親は離さなかったのだ。
さすがに、祖父母も家族の情で可哀想と感じたようで、エクルドは両親の元に残した。
こうして、私は、祖父母が亡くなるまで、両親とエクルドとは、同じ家にいながら、顔を合わせる程度の仲となった。エクルドもまた、私のスペアとして教育を受けることとなったのだが、父の二の舞となったのだ。甘やかされ、努力もしないエクルドは、父に似てしまった。
私が成長して、両親とエクルドと並べば、こう、親子に見えない感じとなってしまった。私は、おかしいかな、父の兄に似たらしい。家臣たちも使用人たちも、それには驚いていた。
こうして、私は跡継ぎとして教育され、弟はスペアでありながら甘やかされて、という日々を過ごしていたが、祖父母はそれなりの年齢だったので、病気やら寿命やらで亡くなってしまった。
そこからは、大変だった。次の当主はあの父だ。家臣たちも使用人たちも大騒ぎだった。父はもう、やりたい放題だ、と満面笑顔である。
しかし、そう簡単にはいかなかった。祖父母は家督を私に譲るように、すでに帝国に申請し、受理もされていた。父が異議申し立てをしたところで、生前にされており、しかも、異議申し立て可能期間が過ぎていたという。
父は愚かだ。この家督を私に譲る書類、父の署名も入っていた。父は、祖父に言われるままに署名したのだ。
だが、私は成人前の上、これから貴族の学校に通うのである。後見人は父だが、名ばかりだ。この人には、一切の権限が行かないように、祖父母がしっかりと書類を作っていた。だから、浪費も出来ないようにされていた。だけど、裏を返せば、私が全てこなさなければならないのだ。色々と大変なこととなっていた。祖父母が行っていたことが全て、私に回ってきたのだ。学業片手にやるには、これは大変だな、なんて頭が痛くなっていた所に、両親はとんでもない話を持ってきたのだ。
「エクルドの婚約を決めました!!」
「何を勝手にやってるんだ!?」
両親に向かって、かなり酷い言葉だ。だけど、そう叫ぶしかなかった。私を通さずに、勝手に決めたのだ。
「可哀想なのですよ。娘をとられてしまう、と父親が泣いていたんです。そこで、我が家が後ろ盾になるために、その娘とエクルドを婚約させました」
書類を見てみれば、侯爵夫人アーネット様が間に入っていた。もう、これは、どうしようもない。私では止められない婚約だ。
そして、この両親を見てみれば、随分と派手な装いとなっている。
「つかぬことを聞きますが、その貴金属や服は、どうしましたか?」
侯爵家では、私を通さないと、彼らは買い物一つ出来ないようになっている。これほどの物の買い物を秘密裡に出来ない。
「伯爵から婚約のお祝いでいただきました」
この両親は、我が家から金が出せないからと、婚約した相手の伯爵家から金を出させたのだ。
これは、まずいことになった。この事実が表沙汰となったら、大変なことになる。一歩間違えれば、醜聞である。
私はすぐに、家臣に命じて、エクルドの婚約者である伯爵家を調べさせた。
エクルドの婚約者とされる伯爵令嬢サツキは、女伯爵カサンドラの一人娘である。カサンドラは、貴族の学校時代からの女傑として有名であった。宮仕えまで皇族から勧められたのだが、伯爵家の唯一の跡継ぎということで固辞し、そのまま、伯爵となったという。そのカサンドラが病死したのだ。伯爵令嬢サツキは、唯一の跡継ぎであった。サツキの父ブロンは入り婿だ。ブロンは実の父であったが、学生時代から男爵令嬢カーサと続いていた。結婚後も浮気でサツキと同い年の娘クラリッサが誕生していた。
ブロンは、浮気の上、浮気相手とも娘がいることから、心象が良くなかった。亡きカサンドラの血族たちは、サツキの後見人になるため、そこのところを強く責めたという。
そこにブロンの味方をしたのが、公爵夫人アーネットである。アーネットはカサンドラの友人だ。その間柄から、アーネットは、ブロンがサツキの後見人となるために、サツキと私の弟エクルドの婚約を推し進めたのだ。
「血の繋がりのある親子が別れるのは、可哀想なことです」
公爵夫人の慈悲ある言葉だ。
そして、当主でも何でもないのに、両親は侯爵の血筋、というだけで、後ろ盾みたいな顔をして、伯爵家と繋がったのだ。
公爵夫人アーネット、とんでもないことをしてくれたな!? 私は調査報告書を握りつぶした。何を考えているのか、我が家の足を引っ張ってくれた。この事は、絶対に後で報復してやる!!
相手は公爵といえども、関係ない。我が家は歴史から見れば、公爵よりも古く、権威だって高いのだ。だから、血筋だけの両親が、あんな無茶なことをやらかしても、信用があったのだ。
まず、人となりを知りたくなった。この婚約をなくす前に、エクルドの婚約者サツキに会うために、侯爵家に招待した。
なのに、何故か、サツキの父、義母、義妹クラリッサが来たのだ。
出迎えてみれば、この三人である。
「サツキ嬢はどうしましたか?」
「あの娘は、来たくないと我儘を言いました。ですが、このままでは失礼にあたりますので、我々が代わりに来ました」
「クラリッサ!!」
呼んでもいない奴がもう一人来た。弟エクルドだ。サツキの義妹クラリッサに駆け寄り、手を取って喜んでいる。お前、婚約者はサツキだろう!!
表面上は笑顔だが、内心では、このバカ弟を殴ってやりたくて仕方がない。この後、殴ったがな。
来てしまったものは仕方がないので、私は適当に持て成した。
そして、心底、この婚約を壊してやろう、と思った。
サツキの父ブロンは、生家が私と同じ侯爵家である。あちらも、それなりの血筋である。だが、ブロンの作法は最低最悪である。そして、元な男爵令嬢であるカーサもだ。その二人に育てられたクラリッサも最悪。さらに、勝手に座る弟エクルドも作法がひど過ぎて、私の食欲は一気に下がった。
「エクルド様、聞いてください!! お義姉様ったら、わたくしのことが気にいらないとお茶をかけてきたんですよ」
「なんだと!? クラリッサにそんなことをするなんて、サツキはなんて酷い女なんだ。俺が懲らしめてやる!!!」
「本当に、酷い娘だ。我儘で、手が付けられない」
「天才と言われたカサンドラも、子育ては失敗したのですね」
この場にいないサツキの悪評が語られる。面白いので、聞いていた。
これほどの悪評をこの家族が吐き出すのだ。婚約解消は出来る、そう思った。
「次は、我が家から案内を出します。万が一、サツキ嬢が来られないのでしたら、私が直接、サツキ嬢のお見舞いに伺います。いいですね」
私はサツキ嬢を出すように、強く言い聞かせた。もう、この三人を迎えるつもりは、我が家にはなかった。
その夜、私の両親が苦情を言ってきた。
「わざわざ来てもらったというのに、あんな我儘娘をよこせなんて言って。いいではないですか、クラリッサは、将来は、あなたの義妹ですよ!!」
「エクルドの婚約者はサツキ嬢ですよね」
「そうです!! エクルドとサツキが結婚したら、クラリッサだって義妹になるではないですか」
「そうですよね」
言い方が引っかかる。両親は、サツキよりも彼女の義妹クラリッサのことを気に入っている様子だ。しかも、両親もサツキのことを随分と悪くいうのだ。
日を改めて、サツキを招待した。今度は、案内の馬車も我が家から出したし、サツキが我儘を言ったとしても、強制的に連れて行くために、それなりの人数で迎えに行ったのだ。ご機嫌とりが上手な侍女まで出した。これで来ない、なんて我儘はないだろう。
そして、やってきたサツキは、それはそれは、礼儀正しい子だった。ただ、身だしなみが良くない。だが、それは、サツキのせいではない。伯爵家の使用人のせいだ。
サツキは暗い顔をして、私の手をとって、庭に案内して、席に座らせた。
「あ、サツキ、何しに来たんだ!? そこは、クラリッサの席だぞ!!」
どこから聞きつけてきたか、エクルドがやってきて、サツキの体を押して、地面に倒したのだ。
これには、私は手をあげた。エクルドの胸倉をつかみ、投げ捨てたのだ。
「兄上、何を」
「か弱い、しかも、まだ子ども相手に暴力とは、それでも、騎士を目指しているというのか!?」
「こいつは、クラリッサに酷いことをしてるんだ!!」
「何でも暴力で解決か。軍神コクーンが言っていたそうだ。武力は最後の手段、まずは話し合いからだ、と。お前は彼女と話し合いをしたのか」
「した!! 言い訳ばっかりだ」
「どう言ったんだ?」
「そんなことやってないって言って、嘘ばっかりだ」
「お前、クラリッサ嬢のことは信じて、婚約者のサツキ嬢のことは信じないのか?」
「クラリッサは泣いてたんだぞ!?」
「話にならない。次、同じことしたら、鞭打ちだ」
これには、エクルドも口答えできずに逃げていった。いくら両親がいても、この家では私のほうが立場が上だ。両親でも、私には逆らえないのだ。
私とエクルドが口論している間に、サツキは服の汚れを軽くはたいて、椅子に座っていた。その表情は暗い。
「すまない、愚弟がとんでもないことをして」
「………う、うう、ぅうううあー---ん」
サツキは突然、大粒の涙をこぼして泣き出した。あまりのことに、私は困った。子どもの扱いなどわからない。そうしていると、サツキの泣き声を聞きつけた侍女がサツキを抱きしめて、宥めてくれた。
そうして、落ち着いたところで、私は茶と菓子を勧めた。
まだ、嗚咽は残るが、茶と菓子を口にして、また、ボロボロと涙をこぼした。
「すみません、はしたなく泣いてしまって」
「いや、愚弟がやったことが悪い。暴力で解決するなんて、最低だ」
「やってないって言っても、信じて、くれなく、て」
きっと、サツキも同じように泣いたのだ。だけど、エクルドは信じなかった。
見ればわかる。サツキはしっかりと礼儀作法を教え込まれている。亡き母カサンドラは、立派な人なんだろう。サツキには、簡単に泣かないように、と教育したのだ。そして、礼儀作法も、その年頃ではありえないくらい完璧だ。
私がサツキの味方をしたから、サツキは泣いたのだ。
側で見ていた侍女は、もの言いたげに私を見てきた。何か知っているのだろう。
「全て、話してほしい。大丈夫、エクルドみたいに、君を否定なんてしない」
私がそう言ったからもあるが、侍女の力が大きい。馬車でこちらに向かう間にも、色々と話したのだろう。サツキはぽつりぽつりと話し出した。
酷い話だ。
母親を亡くしたばかりだというのに、サツキは子どもだというのに、当主の仕事をやらされていた。しかも、これまで過ごしていた部屋も持ち物も全て、義妹クラリッサのものにされたという。サツキの部屋は離れにある使用人が使うような狭いところにされた。
サツキの乳母までサツキを裏切った。さっさとクラリッサのほうにつき、サツキがまだ持っている高価そうな物全てを、クラリッサに渡したという。
使用人たちも、サツキを蔑ろにしていた。食事もみすぼらしくなり、身なりも全て、サツキ自身が行っていた。お湯も使えなくなって、冷たい水で体を清めるしかなく、その水も、サツキ自身が外に行って汲んで、とやっているという。
「何が、親子が離れると可哀想だ!?」
あの公爵夫人、とんでもないことをしてくれた。こうなることがわかっていて、やったんだろう。よりにもよって、我が家を使うとは、あの女、絶対に復讐してやる。
全てを吐き出して、それを否定されないことで、サツキはやっと笑顔を見せた。
「お話を聞いていただいて、ありがとうございます。お菓子、ご馳走様でした。とても久しぶりに食べられて、嬉しかったです。では、帰ります」
「何を言ってるんだ!? こんなこと聞いて、帰すわけにはいかない。領地戦の準備をしろ」
こんな婚約、潰してやる。ついでに、領地戦で、白黒つけてやる。
「いけません!! あの領地は、我が家以外が手をつけてはいけません!!!」
「心配するな。君はあの領地の跡継ぎとして残す。いいか、帝国は弱肉強食だ。強者こそ正義だ。我が家の武力はそれなりに強い」
「だめです。あの領地では、武力で制圧出来ないようになっています」
サツキは年頃のわりに、大人な顔をする。相当、賢いのだろう。
とても気になる話だ。武力で制圧出来ない、と言い切るのだ。何かあるのだろう。そのまま黙って座っていれば、サツキは教えてくれた。
「あの領地は、今は失われた技術で作られた邸宅型魔法具で守られています。それは、武力を向けられれば、魔法で弾き、魔法を向けられれば、それを打ち消してしまうのです」
「そんな話、聞いたことがない!?」
「それはそうです。邸宅型魔法具の存在を魔法で隠しているんです。領民すら知りません。領地戦なんて、そう仕掛けられることもありませんから、帝国民も知らないでしょう。そうなって、初めてわかる事です」
「サツキ嬢だけが知っているわけだ」
「跡継ぎは、わたくしだけです。邸宅型魔法具は、わたくしが作動させています」
「だったら、それを止めてくれ」
「それをしたら、領地が滅びます。あの魔法具が、領地の実りを支えています」
当主の顔をするサツキ。正直、エクルドには勿体ない、思ってしまうほど、サツキは立派な貴族だ。
サツキは生家で酷い扱いを受けていた。使用人すら裏切ったのだ。なのに、領民のために、サツキは邸宅型魔法具を作動させているのだ。立派だ。崇高だ。
「ありがとうございます。本当に、美味しいお茶とお菓子、嬉しいです」
暗い顔をしていうサツキ。その手はよく見れば、火傷をしている。それに気づいた侍女が薬を塗ったのだが、随分と古い。この火傷は残るかもしれない。
見ればわかる。クラリッサは熱い茶をかけられた、と言ったが、逆だ。サツキがクラリッサに熱い茶をかけられたんだ。
身だしなみが悪いのも、使用人のせいだ。
サツキは、母から教えられ、身に着けた知識と作法だけで、私の前にいた。
「サツキ嬢、どうだろう。これから週に一度、私とこうして、お茶とお菓子を囲もう」
「で、でも、それは」
「一緒に、どうすればいいか、考えよう」
「それは、簡単ですよ。エクルド様の婚約をなくしてください。そうすれば、マイツナイト様との関係は切れますよ」
「………」
出会う前、考えていたことだ。サツキは、そういう提案がされるとわかっていて、この場に座っていたのだ。
姿勢よく座り、淑女の笑みを浮かべて、私を真っすぐ見るサツキ。サツキは、見捨てなさい、と目でも私に語っていた。
サツキに見えない場所で、侍女が泣いている。我が家の侍女が泣いてしまうほど、サツキの環境は酷いものなのだろう。
儚く笑うサツキ。
「どうせ、わたくしが死んだら、あの領地は終わりです。父も、義母も、義妹も、血族も、領地ごと、滅びますよ。だから、関係を断ってください。このままでは、マイツナイト様まで巻き込まれてしまいます」
サツキはもう、生きるつもりはなかった。周りは敵ばかりだ。味方が一人もいない状態で、賢い彼女は、生に見切りをつけていた。
「生きて、どうにかする方法を一緒に考えよう」
当主としては間違ったことを言っている。だけど、目の前で全てを諦めてしまっている一人の少女を見捨てられるほど、人を捨ててはいない。
サツキの頭を優しく撫でてやると、また、サツキは大粒の涙をこぼして、声もなく泣いた。
サツキを伯爵家に送り届けた後、侍女たちに話を聞いた。
「サツキ様の準備が出来ていませんので、使用人たちに頼んだというのに、出てきたのは子どもがやったような姿でした。聞けば、サツキ様自身で行ったそうです」
「迎えに行きましたところ、サツキ様の父と義母、義妹が、連れて行け、と煩く言ってきました。あまりに煩いので、少し脅してやりましたら、マイツナイト様のご両親に言いつける、みたいなことを言って、脅してきました」
「サツキ様の義妹が、勝手に馬車に乗ってきて、下ろしたところ、悪戯された、と訴えてきました」
どんどんと出てくる最悪な報告。
「まずは、伯爵家の使用人たちの一覧を作ろう。どこの誰か、全て調べ上げろ。サツキ嬢の父ブロンの生家と義母カーサの生家のことも調べろ。両家との取引を全てなくせ」
まずは、周囲からじわじわと力を削いでいこう。




