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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-男爵令嬢と悪女-
144/353

終劇

 マツキは悪あがきしすぎです。サツキが亡くなったとなると、次は爵位の後継者争いですよ。その争いをどうにか有利にしようと、公爵家跡取りレイウス様にすり寄りました。だけど、レイウス様は冷たく断り、それどころか、サツキの死を喜ぶマツキを公衆の面前で蔑みました。

 こうして、マツキは本当の意味で、一人となりました。もう、血族も、マツキには近寄りません。

 そうこうしていると、わたくしはさっさと飛び級試験を合格して、二年になりました。もう、あの気持ち悪いマツキを見なくてすみます。声も聞かなくていいですし、本当に清々しいです。

「そんな急ぐ必要なんてないのに」

 わたくしが飛び級したので、レイウス様が心配そうに言ってきます。

「サツキ嬢の真似なんてしなくても、もっと学生を謳歌しなさい」

「サツキがやりたがっていたことです。代わりにわたくしがやります」

 サツキは亡くなった。だったら、わたくしがやってあげるのが筋だ。だって、友達だもの。

 レイウス様は心配してくれたのでしょう。でも、サツキがいない学生生活って、楽しくない。生徒会のお仕事はまあ、何かの延長で、それほど大変ではない。だけど、ふと、隣りにサツキがいないことが、寂しいと感じます。だから、さっさと学校を卒業したくなりました。

 わたくしが首席をとって、さっさと飛び級をしたので、マツキは悔しがります。でも、マツキ、成績は下がって、なんと十番ですよ。飛び級するには、次席より上ですよ。飛び級すら出来ない。

 血族の才女と謳っていたマツキですが、とうとう、他の血族に抜かれてしまいました。所詮はメッキです。きっと、勉強すらしていないのでしょうね。

 そうして、わたくしがのんびりと学生生活をしている間に、伯爵領は大変なことになっていました。次の当主が話し合いで決まらず、とうとう、内戦ですよ。血族同士で戦っています。この内戦、すぐおさまるかと見ていたら、外の貴族たちが余計なことをしてくるので、長引いてしまいました。数年もの間、内戦が続いて、領地は滅茶苦茶になりましたよ。それも、どこかの伯爵が、話し合いの場を設け、分割統治を勧めました。いい感じの図面を見せられ、血族の皆さん、借金もすごかったので、それに従いました。

 わたくしの父である男爵は、この内戦で亡くなりました。そして、わたくしの兄? が男爵位を継ぐかに見えました。

「わたくしが継ぐべきです!!」

 そこで異議申し立てをしたのは、やっぱり空気が読めない男爵令嬢マツキです。本当に、この女、ダメですね。

 これで、肉親同士で言い争いですよ。手が出ないのは、お互い、大した実力がなかったからです。末の妹マツキが言い出すものだから、他の兄弟姉妹まで言い出します。

 結局、誰が跡を継ぐのか決まらないままに、この男爵位まで宙に浮いたままとなりました。兄弟姉妹間で、我こそは、なんてやっています。そんなことしている場合ではないのに。

 この兄弟姉妹間での諍いは、とんでもないこととなります。男爵が分割統治として受ける領地をさらに分割するのですよ。そこまで、どこかの伯爵は面倒をみてくれません。もう、醜い争いをします。そのお陰で、険悪になり、領民も大迷惑です。

 だけど、こういう内部の争いに帝国は一切、関与しません。もう、見下ろしているだけです。それでも、税はしっかり徴収ですよ。

 血族も、領民も、内戦が終われば、元通りとなる、と皆、楽観視していました。だけど、領地はどんどんと荒れていき、内戦前の実りは失われていきました。

 借金は返せなくて、どんどんと貧しくなっていく血族と領民たち。だけど、外の領地は誰も彼らを引き取りませんし、助けません。


 だって、自業自得ですもの。


 血族たちが、領民たちが、サツキに対してやったことが、全て、新聞を通して、帝国中に知れ渡りました。サツキは本当に素晴らしい為政者です。領民のためだけでなく、他領のために、万が一の備蓄を二年分も蓄えていました。なのに、血族も領民も、それを無駄だと、石を投げたのです。

 その事実を帝国中に広められてしまい、領民を受け入れる領地はありませんでした。また、貴族である血族たちを助ける者だっていません。だって、彼らは借金しかないのですから。

 こうして、見捨てられた領地となりました。





 わたくしは分相応なことをして過ごしていただけです。貴族の学校を飛び級で卒業したら、さっさと宮仕えとなりました。

 魔法使いハサンには、大反対されましたよ。宮仕えなんかしなくても、大人しく家にいなさいって。ふりですよね、それ!? ですが、サツキが出来なかったことをどうしてもやりたかったので、わたくしは宮仕えとなりました。

 だけど、わたくしは大人しくしていたいのに、それを許してくれない人がいました。

「どうか、私の妻となってほしい」

 公爵となりましたレイウス様でした。この人、何故かわたくしに結婚を申し込んできました。

「あの、どうしてわたくしですか? ほら、わたくし、母は貧民ですよ」

 とても有名な話です。わたくしは母が貧民ですので、縁談は来ませんでした。いくら魔法使いの養女といえども、母親が貧民ですから、貴族の皆さん、遠慮しますよね。

「君と一緒にいると、構えなくていいから、楽なんだ」

「それ、作っているだけですよ」

「それでもいいんだ。どうか、妻になってほしい」

「まずは、養父と相談ですね」

 簡単に返事をしてはいけません。ふりとはいえ、わたくしは魔法使いに囲われているのですよ。

 一度、持ち帰って、わたくしはハサンに相談です。

「どうすればいいですか?」

「もう、いい歳なんだから、自分で考えなさい」

 苦笑していうのだ。えー、ふりでも、わたくし、ハサンに囲われているのですよ。

「もう、テラス様はご存知だ」

「そうなのですか!?」

「もう、ふりをしなくていい。好きにしなさい」

 急に自由にされてしまいました。だけど、これまで、サツキのために生きていたようなものです。今更、自分のために生きるなんて、考えられません。

 持ち帰った結果をわたくしは正直にレイウス様にお話しました。ついでに、わたくしの過去を全てお話しました。

「実は、私も隠していることがある」

 そうして、わたくしはレイウス様から色々な秘密を教えてもらいました。本当は、内緒にしないといけないのですが、サツキのことですから、話してくれました。

 聞いて驚きました。サツキ、本当は生きているのですね。どこでどうしているのか、そこはレイウス様でもわからないそうです。だけど、生きていることは確かだそうです。

「そうですか、生きて、復讐を続けているのですね」

「そうです」

「言ってくれれば、わたくしもお手伝いしますのに」

「ササラには、普通に生きてほしいんだと思います」

「普通ですか。公爵夫人は、普通ではありませんね」

 公爵夫人って、貴婦人の頂点ですよ。さすがに普通とは対局にあります。

「別に、社交しなくていいですよ」

「確か、レイウス様のお母様は、社交、頑張っていましたよね」

「母が勝手にやっていたことです。本来は、やらなくていいことです」

「そうなのですか」

「実は、我が家の公爵夫人は、地味なんですよ」

「そうですか。それでは、お引き受けします」

 残念ながら、わたくしは人の好き嫌いはありません。ただ、役割に従って生きているだけです。

 もう、サツキがやりがっていたことは、だいたい、終わりました。サツキは生きているのですから、別のやりかったことを叶えているでしょう。

 だから、わたくしは、レイウス様の妻という役割を引き受けることにしました。

 わたくしがレイウス様と婚約をすっ飛ばして結婚するという噂はそれなりに駆け巡りました。何せ、わたくしは片親が貧民ですから。それなりに話題になります。だから、社交に出てみれば、言われるわけですよ。

「この、泥棒猫!! そこは、わたくしの場所なのに!!!」

 すっかり貧相で醜くなってしまった男爵令嬢だったマツキが、わたくしに向かって叫んできました。うーん、確かに、わたくしは公爵夫人というには、生まれが良くないですよね。

「レイウス様、こう言われましたので、やはり、お断りします。ご迷惑となりますし」

「外野なんて、言わせておけばいいんだ!! 私は、君を妻に迎えたいんだ」

「レイウス様、目を覚ましてください!! その女は、卑しい生まれです。母親は貧民で、伯父を誑かして、養女になって、きっと、家ではふしだらな関係だったんです!!!」

 マツキはレイウス様に縋りついて叫びます。生まれは間違っていませんが、そんなふしだらな関係ではありませんよ。ハサンの一番は、サツキですから。わたくしの一番もサツキですけどね。

 レイウス様、相手は女性といえども、マツキですから容赦なく振り払います。マツキは無様にも倒れました。

「酷い!! 女に暴力をふるうなんて!!!」

「何を言っているのですか。マツキはわたくしに公衆の面前で暴力をふるったではないですか。レイウス様のことを悪くいう前に、あなたはどうなのですか」

 さすがにこれには、わたくしは口を挟みました。

 これまで大人しくしていたわたくしが、とんでもないことを暴露します。

「そんなことがあったのか!?」

 レイウス様、知らなかったのですね。まあ、入学してすぐですから。

「ほら、一年生の女子で、入学してすぐ、暴力沙汰を起こしましたでしょう。あれ、マツキですよ。マツキったら、家にいるみたいに、学校で、わたくしを引っ叩いたんですよ」

「最低だな」

 もう、誰も同情しません。わたくしへのマツキの悪行が今更ながら表沙汰にされたのです。

 だけど、マツキったら、反省なんてしません。それどころがわたくしにつかみかかってきます。

「やめないか!!」

 でも、わたくしをレイウス様が守ってくれます。本当に、マツキったら、どこまでも愚かなんだから。

 血族の中で一番の才女、と謳われていたマツキは、すっかり、愚か者となっていました。わたくしは何もしていませんよ。ただ、普通に生きていただけです。

 ただ、サツキの代わりに、やりたいと言っていたことをやっていただけです。





 わたくしが随分なお年寄りとなったというのに、ハサンは出会った頃のように若々しいままです。もう、近くにいたくないのに、ハサンは普通に側にきます。

「筆頭魔法使いハガルに呼ばれている。一緒に来てほしい」

「わたくしもですか?」

「一応、君も血族だ」

 今更ながら、伯爵関係です。

 あれから随分と経っていますが、分割統治は続いたままです。どこの血族も貧乏なまま。借金ばかりですよ。時々、わたくしに金の無心に来ますが、無視してやります。

 だから、あまり関わりたくないのです。だけど、伯爵の爵位をそのまま放置するわけにはいかないのです。そう、ハサンは言います。

 十年に一度の舞踏会で、皇族ルイ様は、なんと、サツキの孫を連れてきました。見れば、確かにサツキに似ています。男の子ですけど、顔立ちが似ているので、懐かしさを感じました。

 そして、皇族ルイ様は、サツキが行った悪行を語りました。




 最初、伯爵令嬢サツキは、不幸な令嬢と呼ばれていた。母を亡くした後、父、義母、義妹から虐待を受け、使用人たちからも冷たい仕打ちをされ、身内からも見放され、領民からも石を投げられたという。母を亡くした後、サツキは屋敷に閉じ込められ、当主の仕事をやらされ、外にも出してもらえない監禁状態だった。それをいいことに、父、義母、義妹は社交に出ては、サツキの悪評を広め、サツキは悪女と呼ばれるようになった。

 サツキは貴族となるため、貴族の学校に通う時も、悪女として、敬遠されていた。しかし、サツキは成績優秀者として新入生代表となり、生徒会役員として手腕をふるい、その実力は素晴らしいものだった。ただ、少し、口が悪かったと言われている。

 サツキは伯爵家での扱いを隠し通していた。それを見破ったのは、騎士だ。心ある騎士は、サツキを支えたが、それを人々は浮気と罵った。サツキの婚約者は、噂の浮気を罵り、婚約破棄し、義妹と婚約した。そして、サツキは伯爵家を追い出された。

 その後、サツキの義妹が伯爵家の跡継ぎとして発表されたが、すぐに異議申し立てが起こった。

 伯爵家は、元はサツキの母が受け継いでいた。サツキの父は、血縁でない婿であった。伯爵家の正当な跡取りは、サツキなのだ。義妹は跡継ぎではなかった。それをサツキの血縁は、お家乗っ取りと帝国に訴えたのだ。途端、サツキの父、義母、義妹はお家乗っ取りの犯罪者となった。

 しばらくして、取り調べられ、義母がサツキの母を毒殺したことが発覚した。証拠も証人も出て、義母は処刑された。サツキの父と義妹は、お家乗っ取りをしたことで、伯爵家から追放された。

 そこから、次は伯爵家の当主を決めることとなった。まずは、正式な跡継ぎであるサツキの捜索である。しかし、サツキは死体となって発見された。

 帝国の調査により、サツキは伯爵家を追い出されてすぐ殺されたことが発表された。そのことから、サツキの父、義妹が容疑者として、また、牢屋に入れられることとなった。結局、証拠は見つからず、サツキを殺した犯人もわからないことから、そのまま解放された。

 サツキの父の実家は、サツキの父と義妹を暖かく迎え入れていた。殺人の容疑も晴れたことから、義妹は父の実家の跡取りと婚約が発表された。サツキを追い出したことは酷いことであるが、サツキの父と母は政略結婚だ。愛のない結婚を強いられたのだ。愛する女の娘である義妹のためにしたことだ、と世間では見られていた。

 ところが、しばらくして、サツキの父、義母、義妹がサツキに虐待をしていることが発覚した。伯爵家の使用人たちが証言したのだ。その虐待の酷さに、世間は見方を変えた。サツキの父と義妹は、父の実家を追い出された。婚約も白紙となった。こうして、サツキの父と義妹のその後は不明となった。

 一方、伯爵家は大変なこととなった。跡継ぎが決まらず、血縁で内戦を起こしたのだ。領地は大変となり、最後、分割統治となった。

 サツキの死により、伯爵家はおかしくなった。全ては、サツキの父、義母、義妹のせいだ、と世間では言われた。

 だが、実は、サツキは生きていた。

 サツキは、サツキのために騎士を捨て、貧民となった男の妻となり、貧民、貴族、皇族を使って、伯爵家に復讐したのだ。

 サツキは、ただ手紙を送り、指示しただけだ。伯爵家を追い出されてすぐ、血族たちに「あなたこそは、次の伯爵になるべき人です」と手紙を送り、煽った。

 貧民を使って、噂を広げ、サツキを蔑んだ者たちの退路を塞いだ。

 貴族を使って、情報を広げ、帝国全土に新聞を通して、伯爵家の醜聞をまき散らした。

 皇族を使って、死を偽装し、領地を内乱に陥れ、領民を巻き込んだ。

 こうして、伯爵令嬢サツキは、伯爵家に復讐を果たした。




 あまりの事実に、皆、驚いた。サツキは悲劇の令嬢どころか、とんでもない凶悪な悪女だったのです。

 まさか、ここまでのことをしていたとは、わたくしは一部しか知りません。

 その暴露とともに、皇族ルイ様はサツキの孫を紹介しました。そして、サツキの孫こそ、次の当主である、と宣言したのです。

 皇族が言ったことは否定してはいけません。

 しかし、血族たちはもう、育ちも最低になっていました。皆、口汚く拒否するのです。

 ここで仲裁に入ったのが、筆頭魔法使いハガル様です。この問題は、ハガル様が持つこととなりました。


 そして、わたくしは、あの隠された邸宅に連れて来られました。そこには、血族たちと、筆頭魔法使いハガル様、サツキの孫、そして、魔法使いハサンがいました。ハサンは、わたくしを傍らに立たせ、血族たちを見回しました。

「お前たちは、当主となるための試験に落ちてる。だから、決して、当主にはなれない。いや、なってはいけないんだ」

「魔法使いが口出しするな!!」

「そうだ!!」

「不可侵だろう!!」

「そうだ、不可侵だ。だが、私は特別だ。私は、当主を見つけるために存在する血族の中に発現した妖精憑きだ。我々一族は、そもそも、神から役割を持って存在していたんだ」

 それは、サツキから聞いた道具作りの一族の話だった。そこまでは、わたくしも知っていることだった。

「お前たちは、皆、失格者だ。だから、当主にはなれない」

「そんなの、昔の話だろう!?」

「今は、そんな道具作りなんて必要ない!!」

「だが、この領地では、その一族が重用なんだ。この領地には、いくつかの邸宅型魔法具が存在している。それらは古の魔法により隠され、また、使用者を道具作りの一族としている。こんなもの、どこの領地にも存在しないものだ」

 そう、わたくしは知らなかった。こんな邸宅、どの領地も持っていない。その事実を知った時、疑問に思った。他の領地では不必要な邸宅と、当主の試験、この二つをハサンは重要視している。

 ハサンは、サツキの孫に、鍵を渡した。

「あなたは、道具作りの一族だ。さあ、作動させなさい」

 サツキの孫は戸惑いながらも、邸宅の鍵を玄関のドアにさして回した。

 途端、邸宅が動き出した。突然のことに、腰をぬかす者まで出てきた。

 邸宅からは綺麗な音楽が鳴り響き、中からよくわからない人形が飛び出して動き出したのだ。

 邸宅全体が、魔法で動く、仕掛けの玩具のようだった。たったこれだけのために、邸宅を作ったというのならば、変な話だ。

 ところが、音楽と仕掛けが終わると、大地が輝き出したのだ。その輝きは、遠くへと、見渡す限り広がっていく。

 そして、しばらくして、輝きは静まった。

 これまで、荒廃していた領地だった。それなのに、輝きがおさまると、大地は緑に覆われ、それまでどこかにいなくなっていた生き物の音や囀りが響き渡ってきたのだ。

「この領地は、道具作りのために作られたんです。そのため、魔法具や魔道具の材料は、ここで全て賄われていたんだ。そうするために、この邸宅が存在している。この領地全てが、魔法具や魔道具を作るための道具なんだ。そして、この邸宅を作動出来るのは、道具作りの一族だけだ。そうしないと、悪用されてしまうから、制限をかけられたんだ」

 ハサンは、サツキの孫の頭を優しくなでる。

「お前たちは道具作りの一族ではない失格者だ。お前たちが当主となった時には、この領地は滅び去る。無駄なことをしたな」

 ハサンは、最初から、こうなることを知っていたのだ。

 サツキを失った領地は、もう、以前の恵みは得られない。どんどんと衰退していくのだ。ハサンはその事実を知りながら、黙っていたのだ。

「どうして、教えてくれなかったんだ!?」

「そうだ、言ってくれれば」

「我々だって、彼女の味方になった!!」

「味方だと? 彼女をいいように使うだけだろう!! あのどうしようもない家族みたいに、彼女を利用して、お前たちは楽をしていただけだろう!!! 彼女が苦しんでいる時、お前たちは何をやっていた? 間違った奴について、彼女を苦しめていただけだろう。彼女は何度も、機会を与えたんだ。それを全て踏みにじったのは、お前らだ。利用価値がなかったら、見捨てるんだろう。そんなお前たちだから、領地ごと見捨てたんだ。こんな領地、滅びればよかったんだ!!!」

 ハサンの本気の怒りを初めて見た。ハサンはずっと、この怒りを胸の奥に隠していた。わたくしにすら、知られないようにしたのだ。

「話は終わりましたね。ハサン、お疲れ様でした。ここからは、私の仕事です」

 それまで黙って見ていた筆頭魔法使いハガル様が前に出ました。ハガル様は道具を使って、魔法使いと騎士を数名、呼び出しました。

「では、皇族侮辱罪として、彼らを捕縛してください」

「そんな!?」

「どうして!?」

 逃げようとしても、血族たちは魔法使いによって逃げ道を封じられ、騎士たちによって、捕縛されていきます。

「また、お前のせいで!!」

 すっかり醜い老婆となったマツキがわたくしに向かって叫んできます。やだ、怖い。

 ハガル様は楽しそうに笑って、見下ろします。普段は平凡な方ですが、怒らせると、とても怖い人なんですよね。

「お前たちは、皇族の決定に口答えしました。それは、絶対にやってはいけないことです」

「知らなかったんだ!!」

「間違っているかもしれないじゃないか!!」

「ほら、口答えする。そういうことはやってはいけない、と学校で習ったでしょう」

 子どもを諭すみたいにいうハガル様。力の強い妖精憑きにとって、人は玩具だ。きっと、どうやって壊そうか、考えているのでしょう。こわっ。

「皇族に逆らうなんて、ラインハルト様の帝国に、とんだ汚点を。許されないことです」

 随分と昔に亡くなった皇帝の名を出すハガル様。彼の執着は、皇帝ラインハルト様にあるようです。その執着は、亡くなった後にも続き、完璧を目指しています。

「ラインハルト様の時代には、魔法使いも随分と逆らってくれました。だから、私は魔法使いたちを教育し、従順にしました。次は、貴族に教育が必要ですが、あなたがたは手遅れですね。それに、貴族なんて、妖精憑きに比べれば、大して重要ではありません。ラインハルト様もそうおっしゃっていました。ですから、教育なんて面倒なことはしません。見せしめに処刑です。連れて行ってください。公開処刑します」

 子どものように笑って命じるハガル様。

 血族たちは何事か訴えているけど、騎士たちも、魔法使いたちも、ハガル様に言われるままに、道具を使って、どこかに連れて行ってしまいました。

 こうして、すっかり静かになりました。わたくしだけは、ハサンの側にいたからか、無事です。

 ハガル様、ハサンに向かって深く一礼します。

「では、ハサン、これで失礼します。もう少し、私の側にいてほしいですが、ハサンもいい歳ですから、ここで、引退を許可します」

「ありがとうございます、ハガル」

「あなたには、随分と影ながら、お世話になりました。あなたのお陰で、私は立派な筆頭魔法使いになれたといっていいです」

「謙遜を。あなたは最初から、立派な筆頭魔法使いですよ」

「そう言ってもらえると、嬉しいです。では、さようなら」

 一生の別れのようなことを言って、ハガル様はいなくなりました。

 ハサンはいつものように笑っています。

「あの、ハサンは一体、何者なのですか?」

 何度もした質問です。

 ハサンは、サツキの孫を抱き上げて、わたくしに笑いかけます。

「私は、百年に一人生まれるかどうかの才能ある妖精憑きです」

「どういうことですか?」

「本来ならば、私が筆頭魔法使いになるべく、教育を受けていました。ですが、ハガルが誕生したことで、私が筆頭魔法使いの話は流れたのです」

「ハガル様も、才能の持ち主だから? ですが、ハサンのほうが先に生まれたのですから、ハサンが筆頭魔法使いになるべきですよね」

「ハガルは、千年に一人、必ず生まれる、才能の化け物の妖精憑きです。この妖精憑きが誕生すると、必ず、筆頭魔法使いにしなければなりません。だから、私はハガルの補助として、しばらく残ることとなったんです。ですが、ハガルももう十分、立派となりましたし、こうして、道具作りの一族が戻ってきました。私は、血族に発現した妖精憑きとしての役割に戻ることにしました」

「この領地を滅ぼしたいと言っていたではないですか!?」

 さっきの叫びは本音だ。ハサンは、領地を滅ぼしたかったのだ。

 サツキに酷いことをした血族と領民を領地ごと滅ぼそうとした。だから、ハサンはこれまで沈黙を貫いていたのだ。このまま黙っていれば、領地はもう、血族ごと、滅び去っただろう。だって、継承する者がいないんだから。

 まだ子どもだから、サツキの孫は、ハサンの腕の中でうつらうつらしています。わたくしの声にびっくりするも、とうとう、睡魔に負けて、眠ってしまいました。

 黙っていると、平和です。だけど、さっきまで、そこでは醜い争いがありました。領地は荒廃していて、領民は生きるか死ぬかの瀬戸際でした。

「夢を見ました。サツキ様が、もういい、と言っていました。だから、やめました」

「夢ですよ。きっと、それは、ハサンの願望です!! 罪悪感から、見たものです!!!」

「それでもいい。もともと、こういうことは向いていないんだ。辞め時だ。それに、寿命ももうそろそろ尽きる。せっかくだから、善行して死にたい」

「それで、どうして、こんな歳よりのわたくしを呼んだのですか」

 わたくしなんて、ハサンよりも先に死ぬでしょう。

 もうわたくしのほうが年上に見えるのに、ハサンはわたくしの頭を子どものように撫でてきます。

「手伝ってほしい」

「いいですよ」

 わたくしはただ、願われて、その役割をしていただけです。

 ハサンがそれを望むのなら、わたくしは手伝います。そうやって、ずっと生きてきました。それは、死ぬまでずっと続きます。

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