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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-外伝01 一番星
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明けの明星

 貧民王を捕縛後、最果ての地の復興で忙しい日々となった。王都から一番遠い場所での反乱ではあるが、海、山、中央も一歩、間違えれば、反乱ののろしが上がるところだったのを秘密裡に筆頭魔法使いハガルが説得することで、被害は最小限と言える。それでも、最果ての地で暮らしていた罪のない民は随分と貧民王の手勢によって殺された。そのため、貧民王だけでなく、貧民王に組みした者たち全てを処刑することとなった。

 貧民王の手勢となった貧民たちはもちろんのこと、裏で手を組んでいたと発覚した貴族連中は一族郎党、処刑となるのだが、普通の処刑とはならない。神と妖精に生かされている帝国は、やはり、神と妖精に判断を任せるのだ。


 貴族連中には、妖精の呪いの刑を執行された。


 妖精の呪いの刑は神と妖精が裁くので、間違いはない。罪状の通りの罪を犯していなければ、呪いは発動しない。しかし、罪を犯していれば、呪いを受けた者の一族郎党全てが呪われる。全く、罪に関係のない者も、一族ということで、呪いを受けるのだ。

 その呪いは非情だ。まず、手に持つもの全ての食べ物が腐る。飲み水でさえ腐るのだ。そして、その一族がいる領地は呪われてしまうので、発覚すると、領地を追い出されてしまう。そうして、苦しい辛い日々を送り、一族郎党滅びるのだ。

 この呪いをしこんだのは、もちろん、筆頭魔法使いハガルだ。

 最初は、処刑でいいのでは、という話だった。しかし、ハガルは容赦がない。

「生き残りを許してはなりません。ここは、見せしめとして、一族郎党です」

「そこまでやると、人死に多くなるぞ!! 見せしめにしても、やり過ぎだ!!!」

「あの内戦で、多くの罪のない民が殺されたのですよ。その数に比べれば、随分と少ないでしょう。貴族は、民の血肉で生きているのです。その民を裏切ったのだから、一族郎党でないと、示しがつかないでしょう。

 それとも、自信がないのですか? 罪を犯した貴族の一族でなければ、呪いを受けることはありませんよ」

 まだ、見た目の若い、それでも平凡に偽装しているハガルだが、その身から出る空気は、容赦がない。口答えする貴族連中に、ハガルは挑むように嘲笑する。

「最果ての地全土を占領されたんだ。逃げられなかった民は多かった。それは、他人事ではないと、他の地でも見ているだろう。私が皇帝となったのだから、力を見せしめる、いい機会となる」

「あの魔法使いの言いなりではないですか」

「戦場となった最果ては酷かったぞ。私は戦場に立ち、見た。貧民王は随分と民に対して、容赦がなかったな。手あたり次第に処刑されていた。女は慰み者にされ、子どもは奴隷だ。

 それで、お前たちは、何をしていた? ハガルの言いなりな私が気に入らないのなら、仕方がない。気に入る皇帝にするために、私を暗殺しろ」

「………」

「ここで、暗殺者が捕縛されたら、お前たち全てを取り調べしてやる。領地も全てだ。ちなみに、ハガルが生け捕りにした暗部は全て、裏切るぞ。それは絶対だ」

 まだまだ成人前の若造、と嘲笑う貴族どもをちょっと脅してやれば、すぐに黙り込む。いかん、ハガルを相手にしていると、皆、小物に見えるな。

 私が平然としている横で、父上は貴族どもを蔑むように睨み下ろす。父上の恐ろしさを貴族どもはわかっているはずなのだがな。

 父上は先帝の頃から影の皇帝として、随分と後ろ暗いことをやっていた。見た目は、人畜無害な男だが、裏ではかなりえげつないことをしていたのだ。皇帝となって、実の父親がとんでもない人だと知った時は、しばらく、震えが止まらなかった。良い政治をしよう。

「皇帝陛下、貴族の取り調べは、ぜひ、私にやらせてください。色々と、持っていますから」

「私もやろう」

 なんと、現在進行形でハガル狂いを起こしている皇族スイーズまで名乗り上げてきた。

 皇族スイーズが出てくるとは、貴族も思ってもいなかった。スイーズのことだから、私から皇位簒奪するだろう、と誰もが思っていたのだ。

「スイーズ様、ありがとうございます」

「ハガルの頼みだ、仕方がない」

 ハガルに魅入られたスイーズは、皇位簒奪よりも、ハガルに微笑みかけられる、ただ、それだけを選んだ。

 貴族たちは、こうして、引き下がるしかなかった。そして、ここで口答えした貴族たちの半数は、妖精の呪いで人生を退場することとなった。


 内戦が終われば、皇帝の仕事など片手間である。父上とスイーズがいるので、やる事はただの確認作業だ。そうして、暇を持て余していると、ハガルが願ってきた。

「もう落ち着きましたし、海の貧民街に遊びに行きましょう」

「………もう、用はないだろう」

 全く、これまで、話題にも出なかった海の貧民街。ハガルは力づくで、言葉づくで、各地の貧民街を篭絡はしたが、内戦が終わってしまえば、もう、用無しだ。実際、そういう約束を私はした。だから、貧民街はこれから先も、帝国が介入することはない。

「私には用があります。ですが、筆頭魔法使い一人では行けませんので」

「勝手に行けばいいだろう!! 先帝の時は、一人で動いてたじゃないか!!!」

「あなたの社会勉強ですよ。先帝の時も、こういうことはしました」

「………」

 容赦ないな、ハガル。皇帝の教育は、ハガルの中ではまだまだ終わっていないのだ。

「スイーズ様がライオネル様のことを誉めていましたよ。皇位簒奪はしばらくはやらないそうです。良かったですね」

 そして、笑顔でえぐいことを言ってくるハガル。敵は貴族だけではない。身内である皇族にもいるよ。

「わかったわかった。行けばいいんだろう」

 結局、ハガルに従うしかないのだ。皇族なんて、所詮、才能の化け物ハガルの奴隷だ。




 皇帝となる前は、貴族の学校に通っていたこともあり、城の外に出るのは普通だった。それも、皇帝となると、表立って出られない。結果、秘密の通路を通って、平民服で外出だ。ハガルは、平凡な姿に偽装しているので、誰も、あの美貌に狂わされることはない。

 そうして、ハガルの力で海の貧民街にある、あの、支配者がいる建物に連れて行かれる。

「ここは、相変わらずだな」

 汚臭やら何やら酷いものだ。そこに、平民服で行くのは、実は危ない。貧民は、みすぼらしい姿がほとんどだから、平民服は目立つのだ。そこは、ハガルの魔法で色々とされているのだろう。全く、妨害もされずに、到着した。

 ハガルは支配者がいる建物に到着すると、さっさと偽装を解いて、中に入っていく。あの姿に手を出す者はいないだろう、そう思った。だって、支配者であるボスの手下たちは、ハガルに魅了されているからだ。

「ここから先は通すわけにはいかない」

 ところが、手下だろう男数人がハガルの行く手を阻んだ。

「あなたがたのボスは私が倒しました。強者に従うものですよね、貧民は」

「ここは、そういうのではない。俺たちは、ボスにのみ従う」

「あなたがたのボスにあわせてください。悪いようにはしません」

「断る」

 相手は魔法使いだというのに、手下たちは武器をかまえる。前回とは違う、とんでもない気迫を感じる。

「ハガル、帰ろう」

 ハガルを怒らせると、とんでもないこととなるので、私はハガルを止める。状況を整理するべきだと、感じた。

「なるほど、私は使い捨ての種馬扱いですか」

 妖精憑きは、語らなくても、全て、お見通しだ。その言葉に、部下たちが動揺する。

「ま、ま、まさか、あの一回で、妊娠したのか!?」

 とんでもない話となった。なんと、海の貧民街の支配者は、たった一度の閨で、ハガルの子を妊娠したのだ。

 部下たちはハガルが知ってしまったので、武器を下げてくれるが、やはり、通してくれない。

「こちらとしては、責任問題にはしない。子育ても全て、我々が行う。あんたたちは黙って帰ってくれ」

 最初から、ハガルの子として、難癖をつけるつもりがない様子だ。

「そういうわけにはいかない。ハガルの子である以上、野放しにするわけにはいかない。どんなとんでもない化け物が生まれるか、わかったものではない」

「普通の子に決まっているではないですか」

「………」

 才能の化け物は、生まれる我が子は普通だと信じているのが驚きだ。

 妖精憑きは神から与えられたものだが、この見た目と才能は生まれ持ったものだ。子孫へ受け継がない保証なんてない。

 私がいう事を理解していない部下たちは、お互い、話が通じていない事実を知ることとなる。

「てっきり、子が出来たことを知って、殺しに来たと思ったんだが」

「殺すのは簡単です。ちょっと妖精にお願いすればいい。ですが、彼女の子は殺せない。だって、妖精の悪戯で出来た子です。そういう子には、絶対、手を出してはなりません」

「狙ったんじゃないんだな」

「出来るといいな、とは思いました。囲いたいので」

 私だけではない。部下たちも、ハガルを凝視する。今、とんでもないこと言ったな、この男は。

「え、囲いたい?」

「部屋の準備もしました。今日は彼女を迎えに来ました。連れて行きます」

「聞いてない!!」

「私の執着は、皇帝の許可なんていりません。私は欲しい女は絶対、閉じ込めて、愛でます」

「本気か!? あの、その、あの見た目だぞ!!」

 物好きとしか言いようがない。ここのボスは、正直、女に見えない。見た目は男と言っていいほど、無骨だ。最初、私だって、男だと思ったほどだ。

「美しいではないですか。閨事では、随分と可愛らしかったですよ」

「ハガル、その、目は確かか?」

「ライオネル様、彼女は美しいですよ。私にはないもの全てを持っています。あれほど美しいのですから、手に入れたい。だから、そこをどけ」

 ハガルの表情が剣呑となる。声まで恐ろしく低くなる。ハガルが本気になれば、魔法で目の前の部下たちは消し炭だ。

 しかし、部下たちは下がらない。武器を構え直すだけではない。手勢を増やしてくる。

「なるほど、ラインハルト様の相談役の子孫は、なかなか良い部下をお持ちだ。私はまだ表立って筆頭魔法使いと名乗れなかった頃に、相談役は政争に負けて、平民になってしまったが、ラインハルト様は随分と気にかけておられた。手を差し伸べたが、振り払われた、と嘆いていたぞ」

「………」

「彼女が望めば、元の地位に戻せる。領地だって、あのウジ虫共を駆除して、綺麗なものを差し上げよう」

「………」

「話をしましょう。まずは、話をして、きちんと、彼女の望みを聞きたい。使える人間は、皇族だろうと貴族だろうと平民だろうと貧民だろうと、貴重です。無駄に命を奪いたくない」

 部下たちは顔を見合わせる。ハガルが私でも知らない何かを知っていることに、部下たちも驚き、判断が難しいのだろう。ここの支配者の先祖の話がハガルの口から出るなんて、誰も想像すらしていなかったのだ。

 情報戦で、ハガルに勝てる者はいない。長寿もあるが、妖精が味方をしているのだ。隠しても、全て、暴かれてしまう。

「今、私を味方となるなら、他の支配組織からの防衛にも攻撃にもなる、良いものをあげよう。もうすぐ、実用試験が終わる」

「っ!?」

 だから、現在、ここがどういう状況なのか、ハガルにはバレる。

 そうして、部下たちはハガルに道を譲るしかなかった。

 ハガルは私を連れて、組織のボスがいる部屋にさっさと行ってしまう。案内なんて必要がない。ハガルには妖精が味方する。

 そして、体調があまりよくない様子の女ボスは、ベッドで上体だけ起こして、忌々しい、みたいにハガルを睨んだ。

「なんのっ」

「会いたかったです!」

 女ボスの言葉などこれっぽっちも聞かないで、ハガルは彼女を抱きしめる。

「部屋の掃除をしましたよ。一人の体でないのだから、大事にしないと。やはり、私の屋敷に行きましょう。全て、私が面倒をみます」

「断る!!」

 女ボスは顔を真っ赤にしながら、ハガルを引きはがす。力では、絶対、ハガルは勝てない。

「何故ですか。あなたが望めば、私は何だってしてあげます。皇帝の首が欲しいですか?」

「おいおいおいおい!!」

 いきなり、私の命を差し出そうとするよ、この気狂いは!?

 さすがに女ボスも、ハガルの言葉にドン引きだ。体調悪いけど、ハガルから距離をとる。

「そこは、冗談ですよ。まあ、使えない皇帝は殺しますけどね」

「私はしっかりとした政治をしているぞ」

「ええ、お陰で聖域の穢れが随分と減りました。貧民王が表に出た頃は、ちょっと酷かったので、イラっとしましたね」

「………」

 ハガルは妖精目線で苦情を訴えてくる。筆頭魔法使いだから、最後の尻ぬぐい、大変だったんだろうな。

 ハガルは距離をとるが、女ボスの手をそっと握る。

「私は情の怖い男です。あなたに振られたら、きっと、貧民街を消し炭にしてしまいます。そうすれば、あなたが気に掛けるものはなくなりますから」

 女ボスはハガルからぱっと手を引き上げる。さらに距離をとりたいが、もう、これ以上、逃げ場がない。

「でも、あなたの美しさは、そういうものを含めてです。だから、あなたの意思で私を選んでほしい」

「う、美しくなんか、ない」

「美しいではないですか。あなたは私の一番星です! どうか、私の妻になってください」

「そういう冗談はやめろ!! お前のほうが美しいじゃないか!!!」

「私は美しくない。穢れの塊です。臓腑まで全て、穢れていますよ。私は、帝国の穢れの象徴です」

「………」

「あなたは、美しい。こんな穢れた私ですが、ぜひ、妻となってください」

 誰もが魅了する笑顔で、ハガルは女ボスを口説く。ずいと顔を近づける。

「離れろ!!」

 だが、女ボスにはハガルの魅了は通じなかった。ハガルはとても不満そうな顔になる。そして、偽装する。

「そうでした、あなたはこちらが好みでしたね。これならいいですか?」

「っ!?」

 揺れた!! 世の中には物好きがいるというが、お互い様だな。

「責任をとれ、なんて言わない!! だいたい、俺は、そこら辺の男から種だけを貰うつもりだったんだ!!」

「………どこの男ですか? もう、決まっていたのですか? ぜひ、教えてください」

「話すな!?」

 女ボスが何かいう前に、私が間に入る。とんでもないことになるぞ!!

 女ボスは私の介入に驚いて、だけど、口を固く閉ざす。そして、ハガルは忌々しいみたいに私を睨んでくる。

「邪魔をしないでください」

「お前、まだ、そういう行為にすら及んでない候補らしい男を殺すつもりだろう!!」

「そういう候補になったことすら許せない! 私は、彼女が気に掛ける男、彼女に好意を持つ男、彼女を悪くいう男、全て、許さない!!」

「候補すらいない!!」

 女ボスはハガルの嫉妬に、顔を真っ赤にしていう。偽装とはいえ、好みの顔に嫉妬されて、嬉しいんだろうな。ちょっと、喜んでいる。

 しかし、嫉妬深い男は、それでは終わらないのだ。

「あなたはこの地の為政者です。立派な部下がいますね。きっと、種となる男を見繕うのを待っていたのでしょう。彼らは、あなたの子を次の支配者にしようとしています。さて、あいつらはどこまで候補を絞っていたことか。きっと、あなたの好みにあわせてです。そういう話はしたでしょう」

「いや、そういうのは、していない。もう、やめてくれ!! こういう扱いをされたことがないんだ!!!」

「あなたはそういう扱いをされているのですよ。あなたの前ではそうではなくても、不埒な男が近づこうものなら、影であの世に遠ざけているのですよ。私は目の前でしてやりますけどね。恐怖は最短の攻略です」

 そう言って、ハガルは魔法でドアを開ければ、聞き耳をたてる部下たちとご対面である。どっかで見たな、これ。

 ハガルは一度、部屋から出て、集まった部下たちを睥睨する。

「それで、種馬候補は誰ですか?」

「いや、いたけど、断られた、から」

「断ったのは誰ですか? 彼女のどこが不満なのですか。こんな美しい人の種馬を断るとは、身の程を知らない男は、許せません」

「いや、恐れ多いからですよ。本当です!!」

「………あの、貧民王だった男はどうなのですか。彼女も少しは気にかけましたよね」

「まだ、打診する、前、です」

「候補に上がったのですか。もっと拷問してやればよかった」

 もう、処刑された貧民王の存在に、怒りを見せるハガル。お前、あまりにも酷い拷問して、貧民王、おかしくなっての処刑だってのに、まだ足りないって、どうなんだよ!?

 候補に上がっても地獄、断っても理由如何によっては地獄だな。とんでもないのに求婚される女ボスは、気分が悪い様子だ。

「大丈夫か?」

「ライオネル様、それ以上、近づかないでください」

「………」

 全然、遠いよ。何かあった時、女ボスを手助け出来ないぐらい、むちゃくちゃ離れているよ。

「悪阻が酷いのですね。女性は大変です。何か食べたいものはありますか? 何でも用意できます」

「もう、いいから、帰ってくれ。お前と俺たちとでは、世界が違う!」

「そうですね。私のように人を壊すのが憂さ晴らしの人間はイヤですよね。でも、仕方がない。人は私の玩具です。でも、あなたは違う。あなたは大事な大事な人です。どうか、私の妻になってください」

「そういうことじゃない!! お前は立派な魔法使いだ。俺は聞いたことがある。あんたのお陰で、戦争がなくなったって。大魔法使いではなく、あんたのお陰だ。名前も残らない、偉大な功績をしたってのに、あんたはこれっぽっちも自慢しない。悪ぶってるけど、あんたは、本当は、すごくいい奴だ」

「さすが、相談役の子孫は、私のこともご存知だ。ですが、この計画をたてたのはラインハルト様です。成功するかどうかわからない計画に、相談役は随分と反対したと聞いています。この計画が成功してしまったので、相談役は足を引っ張られ、負けたんです」

 驚いた。この女ボスの先祖は、実はとんでもない大物のようだ。

 ハガルの功績を知る者は、今では皇帝のみと言っていい。戦争終了時の宰相は、次代に伝えなかった。そうして、どんどんと口は閉ざされ、ハガルの功績は闇に葬られたのだ。

 大魔法使いアラリーラは帝国から永遠に戦争をなくした英雄だ。アラリーラは表向きは妖精憑きと呼ばれたが、実際はただの人だ。ただ、物凄く妖精に愛された。アラリーラはそこにいるだけで、妖精の愛を受けたのだ。だから、アラリーラが願えば、戦争を終わらせるのは簡単だ。妖精が願いを叶えるからだ。

 だが、帝国はアラリーラを愛する妖精を上手に操る魔法使いを作った。それが、ハガルだ。表向きはアラリーラが操っているように見えて、実はハガルが妖精を操り、戦争を永遠に終わらせたのだ。そうすることで、アラリーラ自身、魔法使いだと信じ込ませたのだ。そうしないと、ただの人であるアラリーラがどう動くが予想できないからだ。アラリーラが本気になれば、帝国の魔法使いが持つ妖精全てを支配下に置かれてしまう。それを避けるための、苦肉の策だ。

 だから、ハガルの功績をどんどん、闇に葬った。そして、皇帝のみが知ることとなった。真実を知る者は少なければ少ないほうがいいので、こうなった。

 まさか、貧民の中で、ハガルの真実を知る者が出ようとは、予想外だった。私は剣に手をかける。真実を知る者は、多そうだ。

 悪名を誉め言葉だというハガルは、苦々しい顔を見せる。

「困りました。口封じの数が多いですね。どうですか、その話は子孫に伝えない、そうしてもらえれば、私も大人しくしてあげます」

「ハガル!!」

「ライオネル様、時には、妥協が必要です。この貧民街全てを消し炭にしないといけなくなります。それは、あなたの本意ではないでしょう」

「………妖精の契約をしろ。そこは妥協しない」

「合格です」

 皇帝となっても、ハガルは私を試す。間違ったことをすれば、皇帝の首の挿げ替えだ。

 部下たちは頷くしかない。自分たちの命だけでは済まないのだ。貧民街全てを消し炭にされては、たまったものではないだろう。

「それで、いつ、私の妻になってくれますか? 私は長生きです。あなたの子が生まれるまでは瞬き程度ですので、待ちます」

「絶対にならない!! いいか、俺はここを離れないし、夫だって、最初からとらない!!! お前はただの種馬だ!!!!」

「私のどこがいけませんか? 私は力があります。閨事だって、お互い、気持ちよかったではないですか。才能の化け物と呼ばれるほど、才能もあります。長寿ですから、経験も豊かですし、知識も豊富です。ですが、それでも知らないことがある。あなた方の組織は、どういったものですか? どうも、他の貧民街の組織とは毛色が違います」

「………」

「相談役は決して、戦争バカではありません。私は会うことはありませんでした。でも、相談役は私のことを随分と知っているようですね。ラインハルト様から聞いたのでしょう。そのような相談役が、政争に負けた程度で、平民になりますか? 戦争がなくなっても、内戦は残ります。使える武力は必要です。私は隠された筆頭魔法使いでしたので、政争にまで口出しは出来ませんでしたが、出来たのなら、相談役の一族は残します。ラインハルト様だって、残そうとしました。でも、残らなかった。

 ここに来るまで、随分と忠誠心の強い部下たちがあなたを守っていました。貧民組織の支配者は血族では引き継がれません。ですが、ここは血族に引き継がれています。あなたは、特別な象徴です。だから、ここから離れるわけにはいかない。そうですよね」

「………」

「私にまかせれば、立派な跡取りを準備しましょう。あなたは私にただ、囲われていればいい。何不自由のない生活をさしあげます」

「……なんでもかんでも、思い通りになると思うなよ!!」

 女ボスはぶんと腕を振り回す。が、才能の化け物は拘束されなければ、攻撃なんて簡単に避けてしまう。

「顔はいけません。ラインハルト様の命令は絶対です」

「うるせぇ!! さっさと帰れ。お前なんかの妻にはならない!!! 俺は死ぬまでここのボスだ!!!」

「女の幸せはいらないのですか? 私はあなたを手に入れれば、男として幸福になれます」

「そんもの、最初から望んでねぇよ!!! 子の父親は、誰だってよかったんだ!!!」

「なら、私でいいではありませんか。私はぜひ、父親になります」

「じゃなくて、父親はいらないんだよ!! お前はただの種馬だ!!!」

「種馬にだって、望むことがあります。私はあなたが欲しい。その腹の子だって、可愛がりたい。人並の幸せを味わってみたい」

 俺は息をのむ。ハガルの本音が零れた瞬間だった。それには、女ボスは酷い言葉を吐き出せない。

 ハガルは女ボスをそっと抱きしめる。

「一人よりも二人ですよ。いえ、三人ですね。わかりました。ここで私が来るのを待っていてください。私が、こちらに来ます。それでいいですか? どうか、私の妻になってください」

「………勝手にしろ」

「はい、勝手にします!」

 ハガルは喜び、女ボスに口付けした。結局、ハガルには誰も勝てないのだ。

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