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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-男爵令嬢と悪女-
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秘密の教育

 毎日、隠れることは難しい。わたくしは家のことをやらないといけないのだ。そういうことをさっさと済ませて隠れていたけど、それも、気まぐれな男爵令嬢マツキの気分次第だ。

「ちょっと、今日は庭の草むしりしなさい」

 突然、そういう命令をしてくるマツキ。男爵家の中では、彼女はお姫様だ。才女と囃し立てられ、すっかり、偉い人だと思い違いをしていた。

 男爵といえども、社交もする。マツキは末娘と可愛がられていたから、よく、連れて行かれたのだ。わたくしは、荷物持ちや、何か気分転換のために連れて行かれた。だいたい、水をかけられたり、転ばされたり、あとは悪口を言われたりしていた。そんな扱いをするくせに。

「母親が貧民のあんたをわざわざ連れて行ってあげてるのよ。感謝しなさい」

 上からそんなふうに言われるのだ。お礼なんて言わない。勝手にやっているだけじゃない。

 わたくしは、あの邸宅でサツキ様に出会ってから、もう、従順をやめた。いや、大人しく従っているのだ。だけど、笑ったりしない。いつもイヤそうな顔をして従ってやる。だから、生意気だ、と叩かれることもある。そうされると、社交に連れて行かれないので、助かる。ほら、だいたい、顔を叩くから。

 家族総出で社交に出てくれると、わたくしは自由だ。使用人もわたくしのことを蔑んでいるから、何もしない。だから、わたくしは勝手に出て行って、あの邸宅に隠れる。

 誰も入れない森に入り、誰も入れない邸宅は、サツキ様が何かしたのか、わたくしが触れると、普通に入れる。

 わたくしが邸宅に入ると、何か仕掛けがされているのか、魔法使いハサンがやってくる。すぐの時もあれば、遅くにやってくる事もある。

 その日は、すぐやってきた。

「なんて顔をしてるんだ!?」

 わたくしの顔に青あざが出来ているので、ハサンは慌てて触れて治そうとする。

「治してはいけません!! 変に疑われてしまいます!!!」

「どいつもこいつも、大人だってのに、最低な奴らばかりだ。殺してやりたい」

 ギリギリと歯をかみしめていうハサン。

「ありがとうございます。血の繋がりがあるといっても、会ったのは、カサンドラ様の葬儀が初めてだと聞きました。身内というには、縁が血だけだというのに、そう言ってくださって」

「人として言ってるんだ!! サツキ様も、いくら計画のためだからといって、数年もかけて耐え忍ぶ方法を選ぶとは」

「勝手に助けてやればいいではないですか」

 わたくしは、心底、そう思った。ハサンはサツキ様を助けたい、と思っている。だったら、勝手に手を差し伸べればいい。

「一年、気づきませんでした」

 どうしても、それを勝手に出来ない理由があった。ハサンは、葬儀から一年間、サツキ様のことを一切、確認しなかったのだ。

「葬儀から一年後、サツキ様のあの姿を見て、泣くしかありませんでした。手遅れでした。父親がいて、カサンドラ様の友がついて、いくらなんでも何もないだろう、と思っていたんです。血族だっているんですよ。サツキ様をそれなりに大事にすると思っていました。だが、一年間、虐待をしていたなんて。しかも、当主の仕事はサツキ様に丸投げですよ。間違えれば鞭で打たれて、と酷いものでした」

「何、それ」

 当主の仕事をわたくしと歳の変わらない子どもにさせているという事実に、信じられなかった。大人が、二人もいるというのに、当主の仕事を子どもにやらせるのは、狂気でしかない。

「どうして、帝国は気づかないのですか!? 子どもがやっているのですよ。おかしいと思うでしょう!!」

「完璧だから、誰も気づかなかったんですよ。今も気づいていません。完璧にこなしているから、子どもがやっているなんて、誰も思ってもいない」

「でも、子どもが」

「当主となれる道具作りは、かなり優秀です。子どもといえども、頭がものすごくいいんです。たぶん、カサンドラ様は生前から、サツキ様に教育していたのでしょう。だから、出来たんです。私も、サツキ様の教育をしようと申し出ましたが、必要なしでした。貴族の学校の入学試験の問題を解かせてみれば、見事の解答でした。逆にいうと、そういう人でしか、当主になれないんですよ」

 サツキ様の恨みは相当なものだった。だから、領地ごと滅ぼす、なんてことを口にするのだ。

 どういう方法で、サツキ様が領地ごと滅ぼすのか、わたくしでは想像もつかない。その方法を知っているのは、サツキ様自身と魔法使いハサンだろう。わたくしはまだ、全ての情報を持っているわけではない。

「ササラ、もし、サツキ様のことを助けたい、と思うなら、勉強しなさい」

「その前に、サツキ様が死んでしまったら?」

「それもまた、運命です。死んだ時、この領地ごと、全て破滅です。サツキ様が復讐前に死んだ時、私が、一族も、カサンドラ様の友人知人も、あの最低な家族も、破滅させてやります」

「死ぬことも、復讐に含まれているのですか!?」

「祈りなさい。サツキ様が無事、生きていくのを。貴族の学校に入学するまで生き残れば、人目がありますから、手が出せなくなります」

「殺されたら、終わりじゃないですか!?」

「まず、そこからですね」

 こんな時も、授業だ。だけど、わたくしは知らないことが多い。サツキ様がそう簡単に殺されない理由をわたくしは知らないのだ。





 それなりの年数が経つと、教育は一人では無理なものが出てくる。ハサンは、わたくしに、ただ、勉強を教えるだけでなく、礼儀作法まで厳しく教育した。

「勉強は勝手にやっていくから、もういいな。本は適当に読んでいけばいい。知識は、力のない者の武器だ」

「………」

「どうした?」

「その、気持ち悪くて」

 礼儀作法、どうしても、執事役やら、ダンスの相手役やら、必要となってくる。だけど、これ、ハサンがやるわけではない。

 人の大きさをした複数の人形がやってくれるのだ。全て、邸宅にあるものだという。顔もないから、こんなのをダンス相手にすると、気持ち悪い。

「きちんと制御かけて動かしてるんだ。完璧だぞ」

「ハサンがやってくれればいいではないですか!?」

 もう、その頃にはハサンのことは呼び捨てです。伯父様、と呼ぶのを禁止されました。迂闊に口にしてしまうといけないからだ。名前だったら、誤魔化しがきく、ということで、伯父相手に呼び捨てです。

「お前な、魔法使いだったら、何でも出来ると思うなよ。私は体を動かすほうは全然なんだ。いや、体術はいいんだよな。こういう面倒臭いのは、無理だ」

 堂々というハサン。

「胸張っていうことではありませんよ!? 一緒に練習しよう、と思いませんか?」

「社交に出ないから、思わない」

「絶対に社交の場に引きずり出してやる!!」

「拒否する。だいたい、魔法使いが社交なんて仕事必要ないんだ。なのに、ダンスが必須とか、わけわからん。単位さえとってしまえば、さっさとダンスの作法は忘れてやった」

 嬉しそうに笑うハサン。そうか、この人、かなり雑なんだ。今、わかった。

「わたくし一人だけ苦労するなんて、イヤです!!」

「この人形の制御だって、かなり高等なんだぞ!! 同じもの、サツキ様も使って練習してる」

「可哀想!!」

「そうなのか?」

 本気で、これがいい方法だ、なんて思っているハサン。きっと、サツキ様、ハサンが笑顔でやるから、我慢しているのよ。そうに違いない。

「こんな気持ち悪いの相手にするのは、誰だってイヤです。見た目は大事ですよ」

「見た目かー。仕方ないな、見た目だけは良くしてやろう」

 何かした。人形が人になったのだ。

「何をしたんですか!?」

「私の妖精を憑けたんだ。こう見えても、私はかなり強い妖精憑きなんだよ。テラス様には敵わないけど」

 そういえば、賢者テラス様にお茶を勧められるほどの立ち位置である。ハサン、実は、かなり位の高い魔法使いなのかもしれない。

 普通に口答えしているが、本当は、ハサンは貴族でいうと、侯爵くらい高い地位の人なのだろう。だけど、わたくしは身内というだけで、ついつい、甘えていたのだ。

 そんな疑問が脳裏を過ぎるも、その答えは、なかなか教えてもらえなかった。

「さっさとやるぞ!! くそ、義体に憑くなんて、ハサンの命令でなければ、絶対にしたくないってのに」

 人形に憑いた妖精が舌打ちなんかした。とても綺麗な見た目だってのに、それだけで、残念なものになる。

「そんなに怒るな。可愛い姪のために、やってくれ」

「わかったわかった!! ほら、やるぞ」

 こんな時ばかり、ハサンはわたくしのことを姪扱いだ。妖精は舌打ちしながらも、ダンスの相手をしてくれた。人形の制御がされているからか、妖精は完璧だ。対するわたくしは、たぶん、ハサンに似たのだろう。もう、最悪だった。社交、わたくしもやりたくない。





 サツキ様は領地の視察をこっそりするついでに、わたくしに会いに来ます。堂々とやればいいのですが、こっそりとやることで、領民の本音とか見るんですって。何を考えているのやら。

 その日も、サツキ様はほくほく顔で小瓶を持ってきて、やってきました。

「見てください、蜂の子ですよ!! 油で素揚げにしました」

「それをどうして、ここに?」

「試食です」

「絶対にイヤです!!」

「仕方ないではないですか。自給自足するためには、どうしても、動物性が足りなくなるんです。木の実や野草では限られているのですから、ここで、栄養源が高いと本に書いてあった虫を取り入れるしかないんです!!」

 サツキ様、本当に可哀想なんです。もう、自給自足まで始めてしまいました。

 魔法使いハサンはというと、たぶん、こういうゲテモノを食べることもあるのだろう。平然と食べています。

「塩が足りないな。補充しておきます」

「岩塩見つけました」

「………」

 どこまで、サツキ様はやるのだろう。ハサン、それを聞いて、ちょっと泣いてた。わたくしも泣きたくなる。男爵だって、もう少しましですよ。

 結局、ハサンは裏切って、わたくしを羽交い絞めにして、サツキ様は笑顔でわたくしの口にゲテモノを突っ込んできます。イヤだっていったのに!?

「まあ、普通に、食べられます」

 目を閉じて、触感は我慢すれば、食べられないことはない。

「でしょう!! ハチミツも美味しいの!!! 蜂の巣を壊すと、一石二鳥でいいことがあるわね。でも、料理出来ないから、こういう簡単なのしか作れないのよね」

 聞いていて、わたくしはとうとう、泣いてしまう。笑顔でいうサツキ様、不憫でならない。もっといいもの食べられる立場だってのに。

「もう、あいつら殺しましょう!! 私が殺してやります。大丈夫ですよ、自然死として処理してあげますから」

「出来るのですか!?」

 わたくしは驚いてしまう。そんなこと、ハサンの一存でやってしまえるんだ。

「よくある話だから。皇帝が気に入らない、と一言いえば、皆、自然死だ」

「………」

 笑顔が怖い!! わたくしにはとても親切で優しい魔法使いハサンだが、やはり、怖い人だった。

 ハチミツを舐めるサツキ様は、少し考え込む。わたくしまで同情するので、自らの環境が悲惨だと、今更、気づいたのだ。もっと早めに気づいて!!

「あと少しだし、頑張ります。ハチミツ独り占めできるし」

「もっと美味しいもの食べましょうよ!! そうだ、お菓子を持ってきましょう」

「いらない。復讐心を育てているから、そういうのは食べないって、決めています」

「英気養うのに必要ですよ!!」

「いらない」

 わたくしまで説得してるってのに、サツキ様、妙な所で頑固です。もう、美味しいもの、ハサンから貰えばいいのに、サツキ様、ずっと自給自足ですよ。

「そんな食生活よりも、ササラの学力です。どうですか?」

「ご心配なく。あの自称才女よりも優秀ですよ」

 ハサンは自信満々に言い切る。だけど、わたくしはいまいち、自信がない。

「マツキだって、それなりの教育を受けていますよ。わたくしは、ただ、本を読んでいるだけです」

 邸宅にある本をなんとなく読んでいるだけだ。それだけで、勉強になっているとは思えない。

「貴族の学校の入学試験って、それほど難しいわけではないですよね」

 確認するみたいにいうサツキ様。サツキ様は、一度、問題を解かされているので、その難易度がわかっていた。だけど、わたくしは知らない。

「最近、天才児が入学したらしく、入試試験の難易度を上げたという噂があります」

「そうなの!? 過去問はそれなりに手に入れたけど、役に立たないかもしれないわね」

「どうやって過去問を手に入れたのですか!?」

 ハサンは、違う意味で、サツキ様に驚いていた。

 わたくしも驚いた。サツキ様の協力者って、ハサンだけのはずだ。たまにわたくしは社交に連れて行かれるけど、血族でサツキ様の味方をしている人はいない。皆、サツキの父、義母、義妹にすり寄っているばかりだ。

「わたくしだって、他にも協力者はいます。ハサンが知らないだけですよ」

「教えてください」

「内緒です。その内、知ることになりますよ。それよりも、ササラに過去問を解かせてください。出来具合で判断です」

 容赦ないことを言われた。

 結果としては、わたくしが思っているよりも、難しくなかった。むしろ、簡単すぎて、呆れてしまう。

「首席か次席を目指せますね」

 結果を見ていうハサン。

「そんな、持ち上げすぎです。上には上がいますよ」

「入試が楽しみだ。結果次第で、お祝いしましょう」

「そうですね」

 サツキ様が珍しく同意する。こういうお祝い事、サツキ様はいつも不参加だ。

 わたくしは誕生日一つ、お祝いしてもらったことがない。だけど、ハサンとサツキ様から、出会ってからずっと、お祝いしてもらっている。ハサンはきちんとケーキを持ってきてくれる。サツキ様は、うん、ハチミツを持ってきてくれる。サツキ様にとって、それが一番のご馳走なのよね。

 だけど、サツキ様はそれを全て拒絶する。誕生日なんて一年に一度なのに、という。

「その日は、家から出られないから」

 サツキ様の誕生日、なにかされているのだ。

「別の日にお祝いしましょう。何か持ってきます」

「いらない」

 サツキ様は暗い笑みを浮かべて拒絶する。だったら、わたくしをお祝いなんてしなくていい、というと。

「お祝いはしたいのよ。やらせて」

 笑顔で言ってくる。卑怯だ。だけど、サツキ様がやりたい、というのだ。拒絶出来ない。だから、わたくしは毎年、サツキ様からお祝いを受けた。





 領地視察は、いつもサツキ様の父、義母、義妹である。サツキ様は表向きではしていない。領地民は皆、サツキ様の家族が広めた悪評を信じていた。

「あの我儘な女が次期当主だって」

「金使いもあらいって」

「俺たちが汗水流しておさめてるってのにな」

「田舎はいやだ、と言ってるらしいぞ」

 そんなことを好き勝手言われるサツキ様。実際は、魔法使いハサンの魔法で、定期的に領地を視察している。何かあると、すぐに指示を出しているのだ。だから、領地は何が起こっても、すぐに問題解決する。

 その中で、大きな事業とされたのは、いざという時の災害用備蓄です。この災害用備蓄をする倉庫を作るために、随分なお金がかかったといいます。何しろ、倉庫は一つ二つではすまない。しかも、魔法使いを使うのだ。魔法使いの召喚だって、ただではない。それなりにお金がかかるのだ。

 無駄なことをされている、と言われていた。領地が大がかりな飢饉になることはない、と過去を見て、領地民は言ったのだ。

 それに対して、サツキ様の意見は。

「領地だけではありません。他領地で万が一のことが起きた時、これらは支援として使えます。自領だけがいい、という考え方は、教えに反します。これらは、絶対に必要です」

 サツキ様は、何かの備えは、帝国に対してのものとして、推し進めていた。それを説明するために、わざわざ、領地視察をしたのだ。

 それを聞いた領地民や、血族たちは。

「無駄遣いしておいて、なにが備蓄だ!?」

「我儘放題しているんだってな!!」

「お前の口には、俺たちが作ったものはあわないだろうな!!」

 口々に罵り、石をなげたという。

 領地視察には、魔法使いハサンが、ただの人になり済まして付き添っていました。領地民のあまりの行為に、ハサンは怒りに震えた。

「何も知らないくせに、好き勝手いって!! サツキ様のどこを見てるんだ!? 領地民よりも、やせ細っているサツキ様のどこを!!!」

 視察が終わってから、わたくしの元にやってきたハサンは、わたくしにそう叫んだ。

 わたくしも見ていた。酷いものだ。しかも、領民を煽っていたのは、血族だ。男爵もそうだ。酷いものだ。

「後で知ることになるな。あの倉庫は、領民どもの細い生命線だ」

 ハサンは何か知っているのだろう。サツキ様がわざわざ備蓄用の倉庫を作るのは、これから起こる何かのためだ。

 だけど、わたくしはわからない。この領地は本当に豊かだ。他領では飢饉とか起こると聞いたことがあるが、伯爵領は、そういうことがない。記録を随分と遡っても、出てこないのだ。だから、備蓄は本当に必要ないと思われた。

 わたくしはまだ、全てを教えられていないのだ。サツキ様とハサンは、まだ、何か隠していた。

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