秘密の邸宅
茶会からしばらくして、サツキ様は領地視察をこっそりとしていました。公には出来ないのは、生家にいるサツキ様の家族のせいでした。
この領地視察の力となったのは、魔法使いハサンです。ハサンは、特別な魔法使いだといいます。それは、わたくしとハサン、サツキ様との秘密となりました。
そのきっかけとなったのは、この秘密の領地視察で、サツキ様が再び、こっそりとですが、わたくしを見つけたことにありました。
といっても、これは、少し違うのです。わたくしはただ、たまたま、隠れ家を見つけて、そこに隠れていたところをサツキ様がやってきただけです。
わたくしはいつもの通り、男爵家から逃げて、外で過ごしていました。領地民もわたくしのことを蔑んでいます。ただ、歩いているだけなのですが。
「貧民の娘が、男爵様を騙して」
「貴族みたいな顔をして、厭らしい」
「母親がそうだと、子もそうなんだね」
「近寄るんじゃないよ。子が出来た、なんて言われちまうよ」
酷い言い方だ。こう言われると、領地民の子どもたちも、わたくしを蔑んで、石やら泥やら、投げてきます。服を汚すと、「これだから母親が卑しいと」なんて言われてしまうので、避けたけど、全ては無理でした。
そうして、森に入っていきます。そこから先は、領地民でもなかなか入りません。危険なわけではありません。何かされているのかもしれません。わたくしだって、入るのは、ちょっとイヤな感じがするのです。だけど、それを通り抜けると、とんでもない豪華な邸宅が突然、目の前に現れるのです。その邸宅、男爵家なんか目じゃないくらい大きいです。ただ、様式がとても古いな、なんてわたくしでもわかる。だけど、この豪華な邸宅、鍵がかかっていて、中に入れなくなっていました。
邸宅の周囲は、空気だけでなく、何もかも違いました。外が雨でも、この邸宅の周辺だけ、晴れています。熱くもなく、寒くもなく、ちょうどいい感じなのです。
その日も、ただ、そこに隠れているだけでした。誰も来ないですし、汚れた服もついでに綺麗にして、乾くのを待っていました。
男爵家では、わたくしには何も与えません。服は全てお古です。食事だって、残り物です。教育だって、見ているのも許されません。本に触れようものなら、ものすごく叱られます。
このままでは、貴族の学校にすら行けないかも、なんて思っていました。同い年のマツキは、どんどんと勉強をすすめ、天才児ともてはやされています。
手段も何もかもないわたくしの目の前に、誰かがやってきました。
玄関の前で座り込んでいるだけのわたくしは顔をあげます。とうとう、この隠れ家を見つけられてしまった、と恐怖に震えました。
「あら、ササラではありませんか」
「まさか、君がここに来ているとは」
「サツキ様、ハサン伯父様!!」
つい数日前に会った伯爵令嬢サツキ様と魔法使いハサンが目の前に立っていました。
「ここで話すのもよくありませんわね。中に入りましょう」
「あの、鍵が」
サツキ様が手をかけると、玄関のドアは開きました。
あれほど、わたくしが引っ張ったり、押したり、としたのに開かなかったドア。驚くわたくしをハサンが押します。
「服も濡れているな。中に入れば、勝手に乾く。ほら、入りなさい」
大人の力に勝てるはずもなく、わたくしはただ、押されるままに邸宅に入りました。
サツキ様が入れば、邸宅の中は明るくなります。窓から覗いても豪華だとわかる中の作りを灯りの元に見れば、わたくしは見回してしまいます。
サツキ様は馴れているのでしょう。適当な部屋に入り、道具を使って、お茶を淹れてくれました。
「あの、わたくしがやります」
「道具の使い方、知らないでしょう。それ以前に、許可のない者は、この屋敷の道具も使えないのよ」
ハサンに押されるままに、わたくしは、座り心地がよすぎる椅子に座らされました。
「お久しぶりですね、ササラ。お元気そうで何よりです」
「サツキ様は、大変なことになっているではないですか!?」
改めて見れば、サツキ様の服は、酷いものです。平民だって、もう少しましなものを着ています。
「まだ、お裁縫はうまく出来なくて。ハサンに教えてもらっているところです」
平然というサツキ様。それは、つまり、今着ている服は、サツキ様が作ったということですか!?
「だから、私が作ると」
「それでは、大人の協力者がいると、家族にバレてしまいます」
「さっさと私にお任せくだされば、あれらを始末してあげますよ。殺せばいいんです、あんな奴ら。領地の肥しにしてやります」
「それでは、わたくしの気がすみません。ここぞという所まで、絶望させないと。それに、わたくしの恨みは、あの家族だけではありませんよ。血族も、母の友人知人も含めてです」
わたくしと同じ年頃だというのに、口を開けば悍ましいことをいうサツキ様。とても、同じ年頃とは思えない。
そして、魔法使いハサンの口から出る言葉も、悍ましい。簡単に人を殺すというのだ。
わたくしはガタガタと震える。それを聞かされるということは、わたくしもまた、口封じされるかもしれないということだ。
ところが、サツキ様とハサンは震えるわたくしを不思議そうに見ている。
「寒いですか? 空調は完璧なはずですが」
「何分、古い邸宅ですからね。管理も私一人ですし、手が届いていない所があるかもしれません」
「いえ、ハサンは完璧です。他の要因ですね」
サツキ様はわたくしが震えている理由に気づいて、優雅にお茶を飲んだ。
「毒なんか入っていませんよ。別に、ササラのことは何かしようとは思っていません。あなたは、間違えませんでしたから」
「わ、わかりません。何が、違うのですか?」
子どもですから、何が間違いで、何が正しいのか、わからない。だから、恐怖に震えるのだ。
「だって、ササラは茶会で、きちんとわたくしに挨拶しました。わたくしに挨拶したのは、ササラだけですよ。母の友人知人、血族すら、わたくしに挨拶しませんでした。わたくしは、礼儀として、きちんと帰りの挨拶をしましたけどね。本当に、礼儀のなっていない奴ら」
「それは、たまたま」
「知っています。あなたは母親が貧民だから、血族からも、領地民からも、蔑まれているのですよね。それで、わたくしに同情したのでしょう。かまいませんよ、それでも。挨拶は挨拶です。あなたの父親なんて、女遊びが激しくて、皇族が手をつけた女にまで口説いたのですよ。そのことで、皇族侮辱罪にされて、大変なことになったんですから」
男爵、学生とはいえ、とんでもないことをしていたのだ。その内容に、わたくしは、男爵のことを心底、幻滅した。家では、偉そうにふんぞり返っているが、その下半身は最低なんだ。
「さて、この邸宅を知られてしまったのですから、口封じをしないといけませんね」
やっぱり怖いことになるのね!? 悪戯っこみたいな顔でいうサツキ様。だけど、内容は物騒ですよね!!
「私の姪をいじめないでくれ」
「あはははは、あなたにも、血族の情なんてあるのですね!!」
「この子だけだ。他はこれっぽっちもだ。弟なんて、同じ血筋だとは思いたくない」
ハサンは何故か、わたくしに対してだけは好意的だ。
サツキ様は子どものように笑った。だけど、すぐに顔をしかめる。
「あいたた、もう、まだ顔が痛いわ」
「治しましょうか?」
「いりません。迂闊なことして、あなたの存在を知られるわけにはいきません。少しずつ、計画を進めましょう。絶対に、全ての奴らを死にたくなるほどの苦界に落としてやるのですから」
憎悪をこめていうサツキ様。それを心配そうに見ているハサン。
サツキ様の姿と言動を見れていればわかる。本当に酷いことになっているのだ。次期当主だというのに、身に着ける衣服ですら、自らの手で作るというのだ。
「あの、わたくしに出来ることはありますか?」
バカなことを言っている。だけど、わたくしよりも不幸なサツキ様を助けたいと思った。サツキ様だけだ。わたくしのことを悪く言わない、暴力もふるわない、それどころか、お茶までご馳走してくれる人は。
サツキ様は驚いたようにわたくしを見返した。ハサンは、わたくしの隣りに来て、優しく抱きしめてくれた。
「本当にいい子だ。そこは、教育とかではなく、気性だな。恨んだっていいんだぞ」
「カサンドラ様が、何かにつけて、気にかけてくれました」
亡き伯爵カサンドラ様が存命中は、教育だって受けられたのだ。よく、話だって聞かせてくれた。
帝国は、神と妖精、聖域の教えを教育に使われる。わたくしは、その教えをよくかみしめるように身に着けた。男爵家では、バカバカしい、といい加減に聞き流していたが、わたくしはしっかりと心にとどめるようにした。
「では、わたくしも、ササラのことを気にかけないといけませんね」
それどころではないだろうに、サツキ様は立ち上がって、部屋を出ていく。
どうすればいいのかわからないわたくしは、ただ、座っているだけ。ハサンもまた、そのまま座って、サツキ様を待っていた。
「あのどうしようもない弟はどうだい?」
サツキ様がいないからか、ハサン様は男爵のことを聞いてきました。
一年前の亡き伯爵カサンドラ様の葬儀で、わたくしは男爵の子であることを魔法使いハサンによって宣言されました。
これまでは、父親不明だけど、貧民の言いがかりに仕方なくわたくしを男爵家に引き取った体をとっていました。それも、魔法使いによって宣言されてしまっては、男爵も扱いを悪くするわけにはいかない。片方でも貴族であるので、わたくしは貴族の子にしなければならないのだ。それが、帝国の法律だ。
だからといって、家の扱いは変わるわけではない。領地民だってそうだ。
「相変わらずです」
「どうして、この邸宅にいたんだ? ここは、人払いの強力な魔法が施されている。普通なら、入ろうとは思わない」
「隠れる場所を探していたんです。人がいる所では、石をなげられたりしますから」
誰が、とは言わない。だけど、何か悟ったのか、ハサンは詳しくは聞かない。ただ、「そうか」というだけです。
待っている時間はわずかです。サツキ様は戻ってきました。
「この邸宅の使用者にササラを加えました」
「そんな、いいんですか!? この子がその、裏切るかも」
「そこは、神と妖精、聖域の導きです。ここにいたんです。そうしろと、神がおっしゃっているのですよ」
「ありがとうございます」
ハサンは深く頭を下げた。サツキ様はそれを苦笑して見ている。
どういう話なのか、わたくしはわからなかった。だから、戸惑うしかない。
サツキ様は何故か座り心地の悪そうな椅子を持ってきて、わたくしの近くに座りました。
「ここからは、本来、血族も知っていなければならない話です。わざわざ、わたくしから話すことではないのですよ。ですが、血族の皆さん、すっかり伝達をやめてしまったのですね」
それは、想像すらしたことがない話だった。
サツキ様を含む血族は、大昔、道具作りの一族と呼ばれていました。今、帝国中で使われている魔道具や魔法具は、道具作りの一族が手がけたものだといいます。
大昔は、道具作りの一族はたくさんいました。ですが、帝国中に道具が行き渡り、道具を作る機会が減っていくと、どんどんと数を減らしていったといいます。
結果、道具作りが出来る者は一人二人となってしまいました。その頃には、帝国の貴族として、領地運営やら、社交やら、道具作りをやる者がいなくなったこともあります。その頃には、道具作りをしていたのは、当主のみでした。
道具作りが出来ない者たちは、道具作りに嫌気をさしていたのでしょう。それよりも、もっと楽しいことがあります。もっと楽なことがあります。道具作りは、知ればわかりますが、とても大変なんです。
だけど、当主はどうしても、道具作りが出来ないといけない。そのため、当主は道具作りが出来る者がなることとなりました。
「サツキ様は、血族の中で唯一、道具作りが出来る方です」
「え、聞いたこと、ない」
本当に知らない。男爵からも聞いたことがない話だ。
「私は、道具作りの中に生まれる妖精憑きです。何十年かに一人は必ず、生まれるんです。道具は、ただ錬成して組み立てるだけでは動きません。最後、妖精憑きの力で作動させるのです。妖精憑きは帝国の所有物です。血族は妖精憑きが生まれるとさっさと帝国に引き渡します。ですが、魔法使いとなった血族が秘密裡に血族の妖精憑きの元につき、教育するのです。私もまた、血族の魔法使いに教育されました。だから、道具作りの一族のことを知っているのです」
だから、魔法使いハサンは、サツキ様の味方なのだ。今、やっとわかった。
「本来は、このことは血族が子々孫々伝えるべきことなのです。当主の一族で、常に道具作りが出来る子が生まれるとは限らないのですよ。わたくしだって、たまたま、なんです。父があの最低最悪な男でも生まれたのは、奇跡ですよ」
サツキ様、父ブロンのことを心底、蔑んでいました。それはそうでしょう。入り婿なのに愛人がいますし、同い年の子までいるのです。
それよりも、もっと驚くことがあるとすれば。
「あの、カサンドラ様は、その、夫のことを随分と嫌っていましたが、どうやって、その、子が出来たのでしょうか」
まず、子作り自体知らないのですけどね。きっと、神様が運んでくれたんだろう、程度に考えていました。
「わたくしもよくわかりませんが、一回で出来た、と母は話していました。魔法使いに協力してもらったそうですよ。どういうことですか?」
「………」
唯一の大人であるハサンは固く口を閉ざした。
わたくしとサツキ様、二人がかりで聞き出そうとしましたが、どうしても話してくれないハサン。魔法使いの協力で、というので、やはり、神様か何かだろう、とわたくしとサツキ様で話し合って納得することにしました。その答えを聞いたハサン様は、乾いた笑いをしていましたが。
「話が逸れましたね。一応、母の葬儀の時に、試験をしました」
「どうやって!?」
「蓋をあけてほしい、と頼みましたよね」
「ありましたね」
葬儀が終わって、それぞれ帰る時、サツキが見送りに来た。その時、よくわからない物の蓋をあけてほしい、と渡してきた。中には、亡き伯爵カサンドラの遺品が入っているという話だった。だけど、誰も開けられなかった。
「あれが開けられる人は、当主になれたんですけどね」
「そうなんですか!?」
「血族は誰も開けられなかったので、当主はわたくし一人です。残念でした」
残念、というのは、サツキ様の本音だった。思い出したのか、とても落ち込んでいた。
そして、葬儀の時に持ってきた物を目の前に置いた。わたくしはためしに触れて、いろいろとやってみたけど、蓋は開かない。
サツキ様がその物を持って、指ではじくと、蓋はあっけなく開いた。あまりにも簡単に開くので、同じようにしてみたけど、わたくしでは開かない。
「道具作りの一族は、道具を組み立てるだけでなく、分解も出来ないといけません。これは、分解が出来るか試したんです」
「そんな、何か仕掛けが」
「道具には、特殊な材料を使います。全て、聖域に関わる物です。道具を作動させるのは妖精憑きの力です。ですが、道具を錬成、組み立て、分解は道具作りの一族しか出来ません。そういうふうに、神が使命を与えました」
どれだけ触れても、仕掛けは見つからないのだ。サツキ様がいう通りだ。わたくしは道具を机に置いた。
「血族は誰もわかっていません。わたくしを排除することは、本当の意味で、一族を滅ぼすことです」
「でも、生まれるかもしれませんよ。道具作りが出来る人が」
「技術の伝達はわたくしだけですよ。わたくしは母から受け継いでいます。本当に愚かな血族ですね。わたくしとしては、領地ごと滅ぼしてやろうと考えていましたが、ササラは除外します。あなただけは、助けてあげます」
「どうやってですか?」
笑ってしまう。だって、助けられなければいけないのは、サツキ様だ。
「わたくしは、領地を見捨ててしまえば、助かれます。だけど、それが許されません。そういう教育をされていますから。仕方がありませんので、血族にも、母の友人知人にも、助かる機会を与えてあげるだけです」
「強がりを」
「そう、強がりです。ですが、必要な作業です。わたくしはただ一人の神によって作られた道具作りの一族です。神と妖精、聖域の教えに従い、機会を与えます。それには、時間がかかります。あと一回、十年に一度の舞踏会の時に、血族どもが心を入れ替えなければ、領地ごと滅ぼします」
それは、とても気の長い話だ。
体は傷だらけ。食事だって満足に得られていないだろう。教育だって、受けられていないのは、見ていればわかる。とても、他人を救うような立場ではない。
「サツキ様、ありがとうございます」
なのに、ハサンはサツキ様に深く頭を下げる。違う、見捨てているだけではないですか!?
「その代わり、ハサンは協力してくださいよ。あ、ササラもですよ。一緒に、わたくしが生き抜く方法を考えましょう
「そんなの、簡単です。ハサン伯父様に頼めばいいんです」
「そうですよ、頼ってください」
「母はわたくしに復讐を望みました。だから、最低最悪の復讐方法を考えました。ですが、それはわたくし一人では出来ないことです。ハサンの協力は絶対です。ササラは、まあ、これからどこまで賢くなるかにかかっていますね」
笑顔で妙なことをいうサツキ様。一体、何を考えているのか、わたくしはわからない。
サツキ様はまた、部屋から出ていきます。今度は、ハサンも一緒です。しかも、ハサンはわたくしを引っ張っていきます。
少し奥の部屋に入れられるそこには、とんでもない量の蔵書がおさめられていました。
「これから、毎日、ハサンがあなたの教育をします。そのために、この邸宅の使用者にあなたを加えました。わたくしとハサンがいなくても、あなたは自由に入れますよ」
わたくしはよく聞いていなかった。それよりも、手身近にある本を手にして開く。わたくしではまだ、難解すぎる本だ。
「あら、本が好きですか? ここの本は全て状態保存がかかっていますから、破れたり、汚れたり、傷んだりすることはありませんのよ。文具は残念ながら、準備できませんから、ハサン、お願いします。可愛い姪のためなら、出来ますよね」
「もちろん。ササラ、私が全て、教えよう」
「頑張ってくださいね。あの天才児と浮かれているバカな小娘を負かしてください。それが、あなたの最初の役目です」
「はい」
わたくしはまだ読めない本を抱きしめた。




