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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-公爵夫人と悪女-
136/353

最後の審判

 サツキは、別に悪いところはないのだ。サツキ、実際に学校で見てみれば、噂で言われるようなこと、何もしている様子がない。

 我儘、とか、無駄遣いが激しい、とか、頭が悪い、とか、素行が悪い、とか、色々だ。その全てを見た者はおらず、サツキはただ、口が悪いだけで、何もしていない。頭はものすごくいい。授業でも、教師側から無理難題の質問をされても、サツキは平然と答える。それどころか、サツキは教師へと質問を返して、困らせたりした。

 噂は嘘だった。

 それを知った時は遅かった。サツキは噂に踊らされた者たちによって、窮地に立たされたのだ。

 サツキは親切な騎士に家まで送り届けてもらっただけだ。それを見た者たちは、浮気だ、とサツキの婚約者エクルドに言ったのだ。そして、その事をエクルドはサツキに問い詰めたのだ。

 サツキは笑顔で認めた。そして、エクルドを散々、貶した。騎士に比べて、その貧相な体は我慢するしかない、と。

 その口の悪さが災いしたのか、伯爵家は婚約者交代をした。エクルドの婚約者をサツキから義妹クラリッサに変更したのだ。そして、サツキを追い出した。

 学校中は、サツキの口の悪さや悪い噂から、悪は葬り去られた、と言われた。

「やっと、真実の愛が打ち勝ったのですね」

「おめでとう!!」

 のんきにお祝いするエクルドとクラリッサの友人たち。

「なんだ、あいつらも、浮気してたのか。真実の愛とかいって、あの義妹は、サツキの婚約者を寝取ったわけだ」

 皇族ルイ様は、容赦なく、二人を嘲笑う。ルイ様にとって、あの二人よりも、サツキのほうが価値が高い。そんなサツキが、父親の一存で学校を退学する手続きまでされたのだ。ルイ様の中では、怒りしかない。

 そんなお祝いでにぎわっている中、怒りに震える者がいた。

 サツキの浮気相手とされた騎士アルロである。騎士アルロは、婚約者エクルドから暴力を受けるサツキを助けたことをきっかけで、気にかけていたのだろう。だから、魔がさしたのか、たった一度だけだというのに、サツキに近づいたのだ。

 騎士アルロが怒気をはらんで、割って入る。そして、サツキの元婚約者エクルドを殴ったのだ。

 アルロ、ただの騎士ではない。帝国の生きた伝説と呼ばれる軍神コクーンが弟子である。アルロが本気で殴れば、エクルドの顔は簡単に変形して、吹き飛ばされる。それを見た皇族ルイ様は、笑った。

「とうとう、やってくれたか」

 こうなるとわかっていて、ルイ様が情報をアルロに流したのだ。

「なんてことするのよ!! 騎士のくせに、武器を持たない人を殴るなんて!!!」

 クラリッサは吹き飛ばされたエクルドの側に行き、批難するようにアルロに叫ぶ。たったそれだけで、周囲はアルロへと批難の目を向ける。

「何が真実の愛だ!! そんなもののために、か弱い貴族令嬢が、家を追い出されていい理由にはならないだろう!!!」

 さすが騎士だ。その声は、建物中にとどろくほどの大きさである。

 出て行った、と、追い出された、とでは話が違う。まさか、サツキが追い出されたなんて知らない貴族の子息令嬢たちは黙り込む。

「お義姉様は、勝手に出て行ったんです!!」

「そうだ。僕の婚約者はイヤだと、出て行ったんだ!!」

 強く否定するクラリッサとエクルド。二人と一人では、数でアルロの主張は負けてしまう。

「だったら、何故、止めなかった? か弱い女を一人、外に出ていって、家族であれば、元婚約者であれば、探すものだろう!! 貴様は、騎士を目指したというのに、彼女がいなくなって、何故、探さない? 悪く言われているが、簡単に力でねじ伏せられてしまうほど、彼女はか弱かったぞ」

 正論だ。生徒たちは、途端、黙り込む。当たり前のことを言っている。

「あなたは知らないのですよ!! お義姉様の横暴ぶりを」

「横暴か。おかしいな。だったら、何故、あの女は、毎日、歩いて学校に行き、歩いて学校から帰っているんだ? 横暴な女が、歩くわけがないだろう!! 馬車で通うものだ。彼女の家は、それなりにいい家柄だとコクーンが言っていた。だったら、馬車で行くものだ、と断言していた」

「み、見間違いですよ」

「軍神コクーンにも確認してもらった。騎士数名にも、皇族にも、確認してもらった。歩いている女生徒は、サツキだ」

 私は皇族ルイ様を見る。ルイ様は苦々しいという顔で、アルロの話を黙って聞いていた。

「あの女は、入学式からずっと、歩いていた。お前たちは誰も、彼女に見向きもしない。歩いているというのに、その横を馬車で通り抜けて行っている。か弱い女が一人で歩いているというのにだ。あの女は言っていた。貴族から落ちたら、最悪だ、と。最高を知ってしまっているから、平民貧民の生活を貴族には耐えられないと言っていた。そんな女が、出ていくわけないだろう!!」

 アルロだけは、ずっと、気づいていた。見ていたのだ。

 そんな扱いを受けているなど、私ですら、想像していなかった。サツキの見た目と、あの言動で、皆、サツキのことを勘違いしていた。

 騎士が貴族子息を殴ったのだ。さすがに責任者らしきものは呼び出される。よりにもよって、軍神コクーンが、その場にやってきた。

「アルロ、なんてことを!! 武器を持たない相手を殴るなど」

 それを聞いたアルロは、腰にある剣をコクーンに投げ捨てる。着ている騎士服まで、脱いで、投げ捨てた。

「バカバカしい。なにが騎士だ!! あんなか弱い女一人守れない騎士なんて、なったって無駄だ!!」

「アルロ!?」

「俺は降りる。我慢したって、あのか弱い女は不幸のままだ。こんなに言ったって、誰も、あの女を助けない!! 動かない!!! 身分なんて無駄だ。コクーン、言ったよな。待っていろ、と。俺は待った。待って、見守って、ちょっと目を離した隙に、あの女は、家を追い出された!!」

「な、なんて、ことを」

 その事実に、コクーンは愕然となる。

「違います!! 家を出て行ったんです!!」

 それでもなお、クラリッサは強く否定する。追い出した、と、出て行った、では、感じ方は違う。

 だけど、それを聞いて、コクーンは殺気立つ。その殺気は、素人娘のクラリッサでも声が出せなくなるほどの恐怖を与える。

「アルロ、すまなかった」

「ああ、あんたも悪い。俺はあんたを信じたんだ。信じた結果が、これだ。騎士の力では、あの女は救えなかった。こんな屑どもがのうのうと貴族に残って、か弱い女は、平民としても、貧民としても生き方を知らず、苦しんでいる。俺は今から、騎士ではない。貧民だ」

 騎士となるのは、栄光だ。それをアルロはサツキのためにあっさり捨て去った。




 ここからが始まりだ。サツキがいなくなったことで、帝国中が伯爵家のお家乗っ取りで注目することとなったのだ。

 サツキが出奔してからしばらくして、帝国中の新聞が、お家乗っ取りを記事にしたのだ。

 帝国でも、伯爵家のお家乗っ取りの調査をしていたが、表沙汰にはしていなかった。よくある話ではあるし、表沙汰にするにしても、と帝国は発表しなかったのだ。

 サツキの追跡を皇族ルイ様から頼まれて、息抜きに新聞読んでいたら、大変なこととなっていて、私は驚いたよ!! 誰だよ!?

 そこから、帝国中の新聞を取り寄せて調べてみれば、さらに驚いた。王都だけだったら、まあいっか、なんて軽く見ていたら、帝国中が大騒ぎだよ。たかが伯爵家のお家乗っ取りにお祭り騒ぎになっていた。

 そこから調べてみれば、匿名の告発文が出てきた。あの綺麗な字は、サツキのものだ。生徒会でよく見たよ!! これはまた、大変なことになった、ということで、皇族ルイ様に報告だ。

 もう、この頃には、皇族ルイ様と賢者テラス様は全て話していた。ルイ様、サツキがテラス様の恋人? みたいな人だと知ってしまったんだ。大変だな、ルイ様。ほら、サツキのこと、伯爵家次男マクルスも好意持っているから。挟まれちゃってるよ。

 私は、外側で作業だ。報告はしっかりしているよ。学業だって頑張っているよ。もう少しで卒業だ。卒業すれば、ほら、時間がもっと自由に使える。だから、成績なんていいや、とかなぐり捨てていた。もう、悪い点数とっても、卒業できるし、公爵家の跡取りだから、栄光ある成績いらないや。

 そう開き直っていると、母アーネットが激怒するわけだ。

「成績を落とすなんて、恥ずかしいことを」

「もう卒業なんだから、いいだろう。レイウスは今、私の仕事を手伝わせている。成績が下がったといっても、十番以内に入っている。もう、それで十分だ」

 父上も忙しいんだな。母アーネットの癇癪なんか相手にしていられない。ほら、帝国中、サツキのことで大騒ぎである。



 さて、ここで、お家乗っ取りとなった理由を説明しよう。

 帝国は跡取りは血族と決まっている。ここが引っかかったのだ。伯爵家、実は血族はサツキのみである。サツキの父ブロンは入り婿だ。元は侯爵家だという。義母カーサは男爵令嬢だが、全く違う血筋だ。ブロンとカーサの間に生まれた義妹クラリッサ、伯爵家の血、一滴も流れていない。

 この事実に、継承権のある血族たちが立ち上がったのだ。一斉に帝国に、お家乗っ取りだ!! と騒いだのだ。何せ、サツキは追い出されてしまったのだ。

 このお家乗っ取り、サツキが成人していれば、犯罪ではなかった。まあ、血縁じゃないので、正しい継承者に爵位は引き渡されるのだ。しかし、成人前のサツキを追い出したことは、立派な犯罪である。帝国では、成人前の者から権利を取り上げることは、恥で最低だ。だから、守らなければならないのだ。

 この事、貴族の学校でしっかりと教えているのだが、父ブロンと義母カーサは残念な頭で、知らなかったのだろう。本当に、救えないな。

 だから、犯罪となったのだ。血族からの訴えに、父ブロン、義母カーサ、義妹クラリッサは逮捕された。この事、逮捕された当時は、まだ、表沙汰にされていなかったのだ。それを匿名の告発で、新聞で表沙汰にされ、サツキの父と義母、義妹は犯罪者として帝国中に知れ渡ったのだ。

 さらに、サツキの亡くなった母は毒殺という告発が血族からされた。今更のことだが、皆で言えば怖くない、とでも思ったのだろう。一斉に告発された。それと同時に、義母カーサに毒を売ったという貧民が名乗り出てきた。こうして、義母カーサはお家乗っ取りのための殺人罪として、処刑されたのだ。

 どんどんと表沙汰にされていくから、もう大変だ!! どこまで匿名の告発が続くのかな!? 帝国のほうは、後手になるものか、と必死だよ!! 新聞よりも先に調査進めないといけないからね。

 ここから、次の段階だ。サツキの捜索である。伯爵家の正しい跡継ぎサツキは家を追い出されたという話だ。大がかりな捜査だったが、残念なことに、遺体で発見された。しかも、これ、殺人の遺体だ。これは大変だ!! となったわけである。死亡時期は、賢者テラス様がいうには、生家を追い出された後だという。怖い怖い怖い!! テラス様、こわっ!!!

 というわけで、一度、釈放されたサツキの父と義妹は再逮捕。

 ここで、大変なこととなった。新聞が先に、サツキが追い出された時に、サツキの婚約者とその両親が屋敷にいたことを発表しちゃった!! やばい!! と帝国は慌てて、サツキの婚約者とその両親も逮捕だよ。危ない危ない危ない。情報収集、毎日、大変だ。

 この情報、王都のどこの新聞社が先に出すか読めない。だから、全ての新聞社から新聞を買うしかない。ほら、教えてくれないんだよ、どこの新聞社も必死だから。

 そして、サツキが亡くなったことで、大変になったのは、サツキが受け継ぐはずだった爵位と領地である。



 笑えないんだな。もう、縁を切りたいのに、なりふり構わずやってくるんだよ。

「お願い、力を貸してください!!」

 学校って、もう、逃げ道がないよな。はやく卒業したい、と心底思うんだよ。男爵令嬢マツキが人目無視でやってきたのだ。

 ちょっと前に、皇族ルイ様に、ひどい目にあわされたというのに、マツキ、懲りないな。

「ここは学校だ。それ以前に、君に力を貸すなんて断る」

「公爵家がつけば、わたくしが伯爵になれます」

 今、伯爵家の爵位と領地を受け継ぐための当主を血族で奪い合っていた。そこにマツキは学生ながら参戦したのだ。身の程を知らない女は、恐ろしいな。

「だいたい、わたくしが一番、優秀なのよ。わたくしが受け継ぐべきなのよ」

「お前よりも優秀だったのはサツキ嬢だけどな。お前は、どんどんと成績下げていっていてるよな」

「ちょっと調子が悪いだけです!!」

 そうではない。勉強についていけなくなってきたんだ。

 最初の頃は、簡単なんだ。それも、急に難しくなる。こうなると、先に教育を受けている高位貴族が有利なんだ。男爵令嬢であるマツキは、習っていないので、負けるのだ。

 意味のない威勢でマツキはどうにか、私から協力を得ようとしている。しかし、これは手を出していけないのだ。

「これは、他家の問題だ。公爵家は、こういうのには手を出していけないんだ。不平等になる」

「そんな!? アーネット様が力になると言ってくれたのに」

「契約書があるのか?」

「あり、ません」

「たかが口約束、言ったかどうか、証明すら出来ないだろう」

 バカだな。よく使われる方法だ。母アーネットは、マツキを捨て石に使っただけだ。

 人前でも構わず泣き出すマツキ。私が悪いみたいだ。だけど、私は容赦なく離した。

「お前は、血族が一人死んだというのに、爵位のほうが大事なのか!!」

 だから、正論をぶつけてやる。

 マツキは周囲を見る。マツキは、きっと、自慢するみたいに、次の伯爵はわたくしだ、とか言ったのだろう。だけど、それは、サツキの死があってのことだ。笑っていうことではない。

 私が言ったことで、マツキが心無いことを公言していたことに、皆、気づいた。これまで、マツキと友達として付き合っていた者たちも、マツキを蔑むように見る。

 マツキは泣きながら、その場を走り去っていった。もう二度と、私に縋ってこないだろう。



 帝国は話し合いで終わらない時は、内戦である。次期伯爵が決まらないため、とうとう、血族同士で内戦となった。

 伯爵家の領地は、なかなか豊かだ。サツキの父、義母、義妹の散財が新聞によって表沙汰とされた時、その財産に、周囲の貴族たちは群がった。少しでも有利かもしれない血族に味方したのだ。わけのわからない利権を契約させ、内戦を激化した。

 最初の一年は、まあ、サツキの先見の明で、領地民は飢えることはなかった。サツキ、きちんと食料の備蓄をしていたのだ。そして、それは二年目に突入しても、サツキのお陰でどうにかなったのだ。

 ここにきて、領地民も気づいた。サツキは本当に素晴らしい当主だったんだ、と。そして、サツキを追い出したサツキの父、義母、義妹を恨んだ。

 だけど、もう遅い。新聞でも、領地民の行為は取りざたされた。領地民は、サツキの悪評をそのまま信じ、領地の視察に来たサツキに石を投げるは、泥をぶつけるは、食事すら準備しなかったという。

 何故、この事が表沙汰となったのか? この領地の視察に、魔法使いが関わっていたからだ。この魔法使い、サツキの母カサンドラの葬儀の時からずっと、サツキのことを心配して、何かと力になっていたのだ。ただ、魔法使いは不可侵なことであるため、サツキを助けることが出来なかったという。

 せめて、何か力になれれば、と言ったところ、サツキは領地の視察の同行をお願いしたのだ。この時、魔法使いはただの人として、サツキに同行した。そして、領地民からの酷い仕打ちを受けるサツキに、魔法使いはいつか訴えよう、と機会を待っていたのだ。

 そして、領地民が内戦によって苦しみを新聞で訴えているところに、魔法使いはサツキへした領地民の仕打ちを暴露した。これにより、領地民の同情はなくなり、自業自得となったのだ。

 内戦勃発から数年して、ある貴族の提案から、領地を分割統治することとなった。これにより、内戦は収まったのだが、荒れた領地はもとには戻らなかった。

 残ったのは、莫大な借金だという。





 母アーネットの所業が、とうとう、新聞で取りざたれた。サツキの母の親友として有名だったアーネットが、実はサツキを陥れるために、裏で様々なことをしていた事実が暴露された。しかも、サツキを助ける機会があったにも関わらず、見捨てたという証言まで出てきた。アーネットについていた貴族たちは皆、アーネットを裏切ったのだ。

 そして、この事実が表沙汰にされると、とうとう、皇帝ラインハルトに家族全員が呼び出された。

 城に行けば、案内として皇族ルイ様が出てきた。そのまま、私、父、母アーネットは賢者テラス様の執務室に連れて行かれた。そこには、皇帝ラインハルト様が先に来ていた。

 母アーネットはもう、震えるしかない。全てを表沙汰にされ、公爵家として、やってはならないことをしてしまったのだ。これはもう、粛清だろう。

 私もそれなりの覚悟を決めていた。命はあるけど、爵位が男爵まで落ちるかな、という覚悟だ。悪いが、母アーネットは死んだな。

 怒りに震える賢者テラス様。彼にとって、サツキはかけがえのない存在なんだろう。そのサツキが出会う前、散々な事となっていた。そのきっかけを作ったのは、母アーネットである。元凶だ。

「さて、弁明を聞こう」

 三文芝居でも見る感じで座っている。楽しいんだろうな。

 アーネットは椅子になんか座れない。床に正座である。父も私も正座だ。本当に迷惑な話だ。

「さて、アーネット、こちらは、公爵から渡された離縁の書類だ。公爵からはすでにサインされている。あとは、アーネットがサインするだけだ。サインしてもらおう」

 先に縁切りである。拒否は出来ない。騎士と魔法使いが無理矢理、アーネットの手をとる。アーネットは抵抗しない。言われた通り、大人しくサインした。てっきり、拒否するかと思っていた。

「随分と素直だな。どうしてだ?」

 ラインハルト様は、アーネットの素直さに疑問を口にする。

「もう、何も残っていませんから。友だと思っていた者たちは皆、裏切りました」

 アーネットの周りには、何も残っていなかった。全て、アーネットのせい、と群がっていた者たちは皆、逃げていったのだ。

 力なく座り込むアーネット。それを父はそれでも愛情をこめて見ていた。

「アーネット、お前は本当に、人を見る目がないな。あんなどうしようもない奴らを信じ、カサンドラを裏切るなんて」

「あなたは、わたくしを利用して、カサンドラに近づいたではないですか!?」

 そう、元はこれが原因だ。父が悪い。

「カサンドラとの子とわたくしの子を結婚させようとしたのも、カサンドラに近づくためですよね」

 そうだよな。そう聞こえる。でも、気を付けて。賢者テラス様の目が怖い!!

「わたくしと結婚したのも、カサンドラの近くにいるためですよね」

 確かに、そう見えないこともない。一目惚れしたって言ってたしな。

「誰に言われた?」

 父は母に情報源を訊ねた。母の思い込みだけで、ここまでこじれるとは思っていなかったのだろう。

「学校の友達や、社交でも、それは有名でした」

「社交には疎くて、そんなこととなっているとはな」

 これは、父の失態だった。

 父は、ラインハルト様の前に出て、首を差し出した。

「どうか、アーネットのことは許してやってください。代わりに、私の首を差し出します」

「ど、どうして」

 母は呆然となる。父が命をかけて、母の助命をするなど、思ってもいなかったのだろう。

「私は、その女の身柄が欲しい」

 しかし、賢者テラス様は容赦ない。気狂いでも起こしているように、目がおかしい。それほど、テラス様はサツキのことに思いを募らせていたのだ。

「全ては、私の不徳のために起こったこと!! 公爵家の失態は、当主の失態。全て、私の責任です!!!」

 だが、父は諦めない。母を離縁したのは、このためだ。公爵家から切り離すことで、母を助けたのだ。

 新聞で取りざたされたのは、公爵夫人のアーネットだ。離縁することで、アーネットは伯爵に戻る。もう、関係ないのだ。

 先に離縁の書類にサインさせたことで、アーネットには手を出せなくなった。それでも、皇帝と賢者には関係ないのだ。そんなの、どうだっていいのだ。賢者は、アーネットの身柄を手に入れ、苦しめたいのだ。

 サツキが受けた虐待は、少し見ただけでも酷いものだった。賢者テラス様は、屋敷の周囲にいる妖精の記憶を見て、サツキの受けた虐待を知ったのだ。帝国最強の妖精憑きは、過去を知り、気狂い一歩手前の状態だ。皇帝としては、アーネットの身柄は、賢者を落ち着けさせるための玩具だ。

 もう、人が決めた法律なんかで、賢者を止められない。常に理性的に動いていた賢者には、犠牲が必要なのだ。

「わかりました。私が代わりに受けましょう。アーネットが受けるだろう事すべて、私が受けます」

「どうして、そこまでする?」

 私だって、そう思う。母アーネットは自業自得だ。もう、ひどい目にあえばいいんだ。あんなに止めたというのに、止まらなかった。

「私は、口下手です。それがそもそも、事の起こりでした。私が愛しているのはアーネットだ。カサンドラは、あれだ、敵だ」

「は?」

「どういうこと?」

「どうして?」

 賢者まで、正気に戻った。この告白、とんでもない話だった。

 最初こそ、確かにカサンドラには告白したんだ。だが、カサンドラにはこっぴどく振られた。それでも諦められない父は、アーネットに近づいたのだ。そこまでは、確かに正しい。

「私にとって、アーネットのほうが、安心できた。話すのにも、気構えはしなくてすんだ。何より、アーネットは綺麗だ。カサンドラは強烈な女だが、アーネットは落ち着いていて、ほっとする女だ。だから、アーネットと付き合いたい、とカサンドラに相談した。そこから、カサンドラとの戦いだ。カサンドラは、アーネットのことを親友のように気に入っていた。そこに、男が割り込んできた、となったわけだ。私とカサンドラでアーネットを取り合ったんだ」

 まさか、そんな三角関係となっているなど、誰が想像しただろうか。誰も想像しないよ、こんなこと。

「私たちの子とカサンドラの子を結婚させよう、と言い出したのはカサンドラだ。私は拒否したんだが、勝負に負けて、誓約書まで書かされた。その誓約書が生きているから、婚約させるという話をしたんだ!!」

 やめてぇええええ!!! 賢者の顔が、視線が、怖いって!!!!

「アーネット、すまなかった。むしろ、カサンドラが嫌われていて良かった、なんて思った私が悪かった」

 本当ですね。この男が死ぬべきだ。

 ものすごくばかばかしい話だった。だけど、これ、話すのは難しい。父が命まで差し出したから、真実だとわかる。そうでなかったら、きっと、母は信じなかっただろう。

「わかりました。サツキの母がそこまで慕ったのであれば、見逃しましょう」

「ありがとうございます!!」

「しかし、あなたは死んでもらいます。いいですね」

 だが、父は死ななければならない。ここまで、帝国を騒がせた責任をとらなければならないのだ。

「覚悟の上です。私の役割は全て、息子に引き継ぎました」

 だから、私は学生の頃から、色々とやらされていたわけか。父はいつか、母アーネットのやらかしで、死ぬこととなると覚悟していたのだろう。

「アーネットは、妖精の復讐を受け、神殿に入ってもらいます。一生を祈り捧げ、献身を尽くしてください」

「はい」

 母も無事ではない。一生を神殿で暮らすのだ。その生活は、大変だろう。

「レイウスは、援助しないように」

「はい」

 賢者テラス様にくぎを刺された。そう、神殿は生家の援助があれば、それなりの扱いをしてもらえる。それがないと、大変なんだ。

 こうして、私だけ五体満足で帰された。

「そうそう、結婚の誓約書、見つかったら、私にください」

「はい!!」

 まだ無事ではない。私は屋敷に帰るなり、どこにあるかわからない、私とサツキを結婚させる、という、親が勝手にやった誓約書を使用人たちと探すのだった。

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