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皇族姫  作者: 春香秋灯
賢者の皇族姫-公爵夫人と悪女-
133/353

入学式

 情報の共有は大事だ。学校で、サツキと賢者テラス様が秘密の関係であることを知る五人は、ともかく、どこまでの人たちが、それを知っているのか、私に聞いてきた。

「皇族ルイ様は知りません。つまり、誰も知らないんです。私は立場で知ったにすぎません」

「確か、舞踏会で、テラス様はどこかの伯爵令嬢をエスコートしたとか」

「サツキ嬢です。見ました。本当に扱い気を付けて!! まずは、首席合格だから、新入生代表挨拶を打診です。しなかったら、テラス様に不正だと疑っている、とバレますよ」

 すでに、首席合格をテラス様はご存知だ。しないといけない。


 それから数日して、校長が泣きついてきた。


「断ってきました!!」

 新入生代表挨拶を断る旨が書かれた返信だ。汚い字だな。あれだ、サツキの父だな。

「予想通りだな。だが、これ、よほどのことがない限り、断れないのが通例だ。ここから、皇族ルイ様に相談です。皇族が、しかも生徒会長をしている時に、このことが起こることは許されない。皇族に動いてもらってください」

 もう、誰が校長かわからんな。でも、仕方ない。普通だったら、校長だって判断出来ることだが、賢者テラス様が関わっているため、冷静に判断出来ないのだ。

 そこから、皇族ルイ様へと一教師を通じて相談である。

「断られるってことあるんだ」

 皇族ルイ様は、事情なんて知らないから、反応が軽い。

「夜遊びやら、何やら、酷い噂の令嬢ですよね。不正じゃないですか?」

「いや、不正だったら、学校側が調査しているだろう。調査しても、不正じゃなかったということは、実力だ。今年は彼女が生徒会役員か」

「イヤだな」

 今度二年となる生徒会役員が顔をしかめる。お前ら、そう言ってるけど、気を付けないと、大変なことになるぞ!?

「噂ねえ。正直、この目で見てないから、信じてないんだよね」

 皇族ルイ様、さすが、噂ごときで振り回されないな。立派だ。

「身内が言ってるって」

「父親は浮気して、その浮気相手と再婚して、浮気相手の娘が妹なんだって。よくある話だが、この面々が言っていると聞くと、信用度が低いな。だいたい、社交の場にサツキ嬢は出ていない。やっと出たのは、十年に一度の舞踏会だという。それまで、人前に姿を見せていない、と報告を受けている。言っているが、彼女の悪評通りの姿を見た者は、外部ではいないな」

「ほら、彼女の一族の者たちも言っているって。見たんだろう」

「それこそ、おかしいだろう。サツキ嬢は本来、跡取りだ。一族は、サツキ嬢を支えたり、盛り立てたりしなければならない。それなのに、悪評を広めているなんてな。これは、お家乗っ取りの典型的なやつだ。お前たち、使えないな」

 皇族ルイ様は時々、怖い顔を見せる。途端、他の役員たちは黙り込む。

「さて、見たこともない悪評の事実確認は後であするとして、今は、新入生代表挨拶だ。基本、拒否はしないこととなっている。病気だったり、怪我だったり、あと、入学意思がない場合はそうでもないけどね。これは、ただ、断っているだけだ。僕が生徒会長をしている時にやられるのは、まずいな。どうしようか」

 何故か私に聞いてくる。あえて、黙って見てたってのに。

「通例だと、皇族の使いを出すものだろう」

「皇権は使いたくない」

 ルイ様、皇族としての力を使いたがらないのだ。今まで、それの行使はしたことがない。

 たかが、新入生代表挨拶を断られたぐらいで、皇権を発動させるのは大袈裟なんだろう。

「よく見てみろ。断ったのは、父親だろう。字が汚い」

「確かに。なるほど、家族か。わかった。皇権を発動しよう。これは、皇族として、きちんと力を見せないといけない」

 サツキの父親は、皇族が生徒会長であることすら知らないのだろう。知っていれば、断ることはない。万が一、知っていたとして、それも断ったとなったら、皇族侮辱罪である。皇族が生徒会長している時に、恥をかかせたようなものだ。

 というわけで、皇族の使いを出したのだが、やっぱり、お断りされた。

「それよりも、あの悪評まみれの娘よりも、妹のクラリッサのほうがいいですよ。とても優しく、頭も良いそうですが、姉に勉強を邪魔されて、実力の半分も出せなかったとか。だいたい、その姉が首席合格なんて、不正があったに決まっています!!」

「この使いを処刑しろ」

「え?」

「説得してこい、と言った。それなのに、何を説得されてくるんだ。役立たずめ。処刑だ」

 さすが皇族様である。普段は優しい顔をしているルイ様だが、ここぞという時は、皇族だ。

 皇族だから、常にルイ様の側には騎士数人がついている。外で待っていた騎士数人が、使いを拘束する。

 それを見ていた生徒会役員たちは恐怖に顔を真っ青にする。

「今すぐ、首をきれ。魔法使いを呼んでこい。後始末を頼む」

「そ、そんな」

 言い訳なんて聞かない。さっさと使いの首は飛んだ。

「時間がないという時に、面倒臭いことになったな」

 生徒会副会長であるマクルスが、使いが目の前で処刑された、というのに、涼しい顔である。

「ルイ様が直接行くわけにもいかないから、入学式当日、捕獲ですね」

 私は死体を見ないようにして、無難な提案である。

「皇族に対して、随分なことをしてくれたな。場合によって、家を潰そう」

 剣呑な顔になるルイ様。私は入学式当日、死ぬ気で頑張ろう。





 入学式前日、普通に家で食事をとっていると、ものすごく憤っている母アーネットが遅れてやってきた。

「不正に決まっています!!」

「何があったんだ?」

 もう、離縁を決めているくせに、父は普通にアーネットと会話する。すごいな。私では出来ないな、そういうの。

「今年の新入生で首席合格したのが、サツキさんなんですって」

「ああ、カサンドラの娘か。カサンドラも首席合格じゃないか。出来ないことはないだろう」

「あの一族で才女と呼ばれている男爵令嬢マツキさんでさえ、五番ですよ」

「お前と同じ次席じゃなかったのか。大したことがなかったんだな」

 あれほど、自信満々なこと言っていたが、蓋をあけてみれば五番だとは、私も呆れてしまう。

 父に言われて、母アーネットも、マツキがそれほどの実力でない、と気づかされる。まあ、才女なんていっても、一族の中で言われているだけだ。外はもっと化け物がいっぱいだ。

 その化け物と競って、私は今も次席だが。

「その話は、私も聞いた。完璧回答で、これまで天才と言われた伯爵家次男マクルスを越えた、と言われてる。惜しいことをした。侯爵なんかに婚約者の座をとられるとはな。アーネットが教えてくれれば、彼女の婚約者の座は、マクルスだったな」

「そして、隠し子を跡取りにするのですね」

「皇族失格者を跡取りにするに決まっているだろう。我が家は、そういう家だ。まあ、使えるのがいればいいがな。だいたい、世間知らずだから、教育が大変だ」

「………」

 まだ、疑うように見る母アーネット。仕方ない、知らないんだ。浮気相手は実は違うということを。それを母に話せない父は、皇族に代わって、泥を被っているだけだ。

「明日、無事に入学式にこられればいいですけどね。私生活が乱れているそうですから、朝、起きることも出来ないとか」

 また、何かやったんだ。母アーネット、そんな、友人の娘を憎むようにしなくても。

 まあ、恥はかかされているな。茶葉について、根が深かった。賢者だけでなく、皇帝が愛飲している茶は、サツキ経由で販売され続けている。もう、定期的に城に卸されているのだ。もう、皇室御用達である。

 賢者テラス様が知ったら、もう、買い占めるな。もう知ってるかな?

 貴重な家族との食事は、サツキの話題である。もっと話すことがあるだろうに。父はさっさと席を立って、書斎に戻ってしまう。

 私も食べ終わったが、母の様子を伺う。

「明日は、皇族ルイ様の付き添いになります。お願いだから、妙なことしないでください。今回のことで、処刑者が出ましたよ」

「聞きました、皇族の使者が処刑されたとか」

「私の目の前ですよ。あの家には、これ以上、関わらないほうがいい。あの家に関わって、皇帝にも、賢者にも嫌われたじゃないですか。巻き込まれますよ」

 私からの忠告だ。入学式では何もするな、と言っているのだ。

 わかっていないんだ。賢者テラス様が本気になれば、不正の証拠だって作れるのだ。見つけなくてもいい。作ってしまえばいいんだ。作った証拠でも、皇帝は本物の証拠というだろう。

 ここまで言っても止まらないのなら、もう、私も母を見捨てるしかない。





 入学式当日、皇族ルイ様は早朝から頑張って待っていた。新入生たちは家族と一緒に登校である。

「もう、誰かわからないね」

「確かに」

 そう、肝心の顔を生徒会役員、誰も知らないのだ。

「私は知っています」

 だけど、私は知っている。ともかく、あの一家を皇族ルイ様の前に連れて来ないといけない。入学式くらい、四人で来るよな?

 しばらく新入生たちが歩くのを眺めてると、見つけた。

 三人だ!?

 本当に、何やってくれてるの!! 母がまたなにかやったのか、と疑いたい。だけど、きっと、違う。この家族は、こういうのが普通なんだ。だいたい、社交でも、この三人で参加して、サツキは屋敷に留守番だ。

 私はあの三人を皇族の前に連れて行く。

「サツキ嬢はどちらにいますか?」

「あの子は不真面目な子です。朝も満足に起きてこないので、置いてきました」

 皇族ルイ様の問に、父親はとんでもない答えを返した。それを聞いたルイ様は笑顔のまま、剣呑となる。

「満足に、娘一人を連れてこれないとは、随分な父親だな」

「何様のつもりだ!? 我が家のことには、口を出さないでいただきた!!」

「皇族だが」

「っ!?」

 真っ青になるサツキの父ブロン。皇族相手に、とんでもない口をきいたものだ。無礼な態度に、離れて護衛をしていた騎士数人が、サツキの身内を囲んだ。

 伯爵家は、大変なこととなった。皇族に楯突いたのだ。このまま、ただでは済まない。

「遅いですわね、お父様、お義母様、クラリッサ」

「な、サツキ、どうしてここに!?」

 遅れてやってきたサツキだ。置いて行かれたというのに、どうにか来たんだ。

「あなた方を待っていると、遅れてしまいますから、先に来ただけです」

「どうやって!? 馬車は、家にあったぞ!!」

「歩いてです。馬車の行列を見てみなさい。馬車に乗って来ていたら、馬車酔いしてしまいますわ。それで、どうして、お父様たちは、騎士の皆さまに囲まれていますの?」

「お前が勝手な行動をするからだ!!」

 この言い分に、見て、聞いていた教師も、皇族ルイも、護衛の騎士たちも、呆れてしまう。

 見ていても、状況なんてわからないサツキは、とりあえず、一番、位が高いとわかるルイ様に会釈する。

「わたくしの身内が、とんだ失礼をしました。どうやら、わたくしのせいのようです。どう、お詫びをすればいいでしょうか」

「いえ、サツキ嬢の責任ではありません」

「そうなのですか? お父様、わたくしのせいではないそうですよ。まさか、また、お友達に騙されたのですか? 借金はいくらですか? 契約書を見せてください。あなたは所詮、名ばかり伯爵なのですから、勝手なことをしてはいけませんよ」

「親に向かって、生意気なことをいうな!?」

「そうよ、お義姉さま、お父様に失礼なことを言わないでください!!」

「本当に、可愛げのない子ね」

 父親、義母、義妹から、サツキは責められる。

 サツキは悪く言われても、嫣然と微笑み、また、ルイ様に頭を下げる。

「わたくし、社交もしたことがない、世間知らずな女なのです。どこのどなたかわかりませんが、大変、失礼なことをしてしまったようです。申し訳ございませんでした」

「僕は生徒会長です」

「あら、皇族ルイ様ですか。お初にお目にかかります。お会いできて光栄です」

「こちらこそ、あなたような素晴らしい令嬢に出会えたことは、神と妖精、聖域に感謝します」

 社交はしていないが、身に着けた礼節は完璧だ。それを見るだけで、皇族ルイ様も落ち着いた。

 ルイはサツキの事と次第を説明する。それを聞いたサツキは。

「あら、お父様ったら、わたくしに相談もせず、お断りの返事をしたのですね」

「お前はやりたくないと」

「どうだったかしら。言ったのかしら」

「言ってましたよ!!」

「聞きました!!」

 またも、父親、義母、義妹がサツキを責める。複数でサツキが断るようなことを言った、と言われてしまったサツキは、嫣然と微笑むだけだ。

「そうかもしれませんわね。申し訳ございません、ルイ様。わたくし、本当に社交に疎い女ですので、大変、失礼なことをしてしまいました。新入生代表としては、相応しくありませんので、次席の方にお願いしたほうが良いと思います。成績が良くても、人間性が良いわけではありませんから」

「確かにそうだな」

「全くその通りです」

「本当に」

 名誉あることだというのに、サツキは父親、義母、義妹の言いなりのように意見を変える。

 いつも、こうなんだろう。サツキは家でも、こうやって、のらりくらりとして、暴力を受けたりもしたのだろう。理不尽な扱いをされているのが、垣間見えた。

 皇族ルイや護衛の騎士、教師までいるのだ。どうしても、目立ってしまう。多くの貴族たちは、サツキの器量を見て、人を見る目があれば、サツキのすごさに気づくだろう。

 だから、ルイはサツキを新入生代表の場に立たせようと、説得した。

「こういうのは、成績順と決まっている。通例だ」

「でも、やれと言われて、簡単に出来るものではありませんわ。ほら、挨拶用の原稿は、それなりの時間をかけて考えるものでしょう?」

「数年分の挨拶文の原稿を持ってきた。優秀な成績をとるような者なら、これで出来るだろう」

 無理矢理、サツキに過去の原稿を渡す。サツキは面倒臭そうに原稿をペラペラとめくって、ルイに返した。

「ありきたりな文章ばかりですね」

 たった数秒で読んだという事実に、誰もが驚いた。サツキは、とんでもない才女だ。

「また、いい加減なことをいうな!?」

「痛いっ!?」

 しかし、父ブロンは信じない。サツキの頭を乱暴につかみ、後ろに下がらせた。

「サツキよりも、クラリッサのほうが優秀です。見てください。クラリッサが考えた挨拶文です!!」

 そして、ブロンは義妹クラリッサを売り込むために、前に出た。

「おい、誰か、皇族の許可なく話に割り込んだ無礼者がいる。牢に入れろ」

 とうとう、ルイ様の怒りが頂点に達した。サツキの父ブロンの行動に、ルイ様は我慢ならなかった。ルイ様の命令に、騎士たちはサツキの父親を捕縛する。

 入学式前で、前代未聞なことが起こった。教師たちは真っ青になる。まさか、皇族の怒りを買うようなことをする貴族が出てくるなど、誰も想像すらしていなかった。

「まあまあ、クラリッサも、ありきたりな文章ですわね」

 大変な場だというのに、サツキは父ブロンが持ってきた挨拶文を見て、嘲笑う。それを聞いて、クラリッサは顔を真っ赤にして叫んだ。

「それは、お義姉様が考えたものではないですか!?」

「嘘でも、自分で一生懸命考えました、というものですよ」

 呆気なく暴露する義妹クラリッサに、サツキはあきれ果てた。そして、挨拶文の原稿を皇族ルイ様に渡す。

「よくわかりませんが、わたくしが考えたものがあったようです。これで良いようでしたら、そのまま使いましょう」

「………ああ、これで十分だ」

「ですが、新入生代表の身内が、牢に入っているというのは、なんとも体裁の悪い話ですわね。やはり、新入生代表は次席の方に」

「今回は、特別に、許してやろう。次はない」

 ルイ様は仕方なく、サツキの父ブロンを許すことにした。




 あまりに鮮やかな口上と手腕に、私は見惚れた。それは私だけではない。伯爵家次男マクルスもだ。この男、女っけなんてこれっぽちもないくせに、それなりにもてていた。跡継ぎではないが、首席の実力から、宮仕えをするだろう、と噂されていた。

 異性には、これっぽっちも興味なさそうな顔をしていたのに、マクルスはサツキに興味を持った。

 それは仕方ない。悪評で、見方を悪くする者は多いが、そういうものを抜けば、サツキは美人だ。

 舞踏会では、あれほどやせ細っていたサツキは、すっかり見違えていた。まだ、痩せすぎではあるが、見苦しいものはない。目に見える所の傷は薄くなっているように見える。全体的に綺麗になってきた。

 こうなると、一年もすれば、サツキは男に囲まれるな。危ない危ない。

 噂を鵜呑みにして、サツキに無体なことをしようものなら、血を見るな。私は改めて、気を引き締めた。

 入学早々、一波乱あったが、サツキは新入生代表挨拶を無事、終えた。悪評が多すぎて、来賓からは、色々と出てきたが、サツキの口上は見事だった。

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