入学式
情報の共有は大事だ。学校で、サツキと賢者テラス様が秘密の関係であることを知る五人は、ともかく、どこまでの人たちが、それを知っているのか、私に聞いてきた。
「皇族ルイ様は知りません。つまり、誰も知らないんです。私は立場で知ったにすぎません」
「確か、舞踏会で、テラス様はどこかの伯爵令嬢をエスコートしたとか」
「サツキ嬢です。見ました。本当に扱い気を付けて!! まずは、首席合格だから、新入生代表挨拶を打診です。しなかったら、テラス様に不正だと疑っている、とバレますよ」
すでに、首席合格をテラス様はご存知だ。しないといけない。
それから数日して、校長が泣きついてきた。
「断ってきました!!」
新入生代表挨拶を断る旨が書かれた返信だ。汚い字だな。あれだ、サツキの父だな。
「予想通りだな。だが、これ、よほどのことがない限り、断れないのが通例だ。ここから、皇族ルイ様に相談です。皇族が、しかも生徒会長をしている時に、このことが起こることは許されない。皇族に動いてもらってください」
もう、誰が校長かわからんな。でも、仕方ない。普通だったら、校長だって判断出来ることだが、賢者テラス様が関わっているため、冷静に判断出来ないのだ。
そこから、皇族ルイ様へと一教師を通じて相談である。
「断られるってことあるんだ」
皇族ルイ様は、事情なんて知らないから、反応が軽い。
「夜遊びやら、何やら、酷い噂の令嬢ですよね。不正じゃないですか?」
「いや、不正だったら、学校側が調査しているだろう。調査しても、不正じゃなかったということは、実力だ。今年は彼女が生徒会役員か」
「イヤだな」
今度二年となる生徒会役員が顔をしかめる。お前ら、そう言ってるけど、気を付けないと、大変なことになるぞ!?
「噂ねえ。正直、この目で見てないから、信じてないんだよね」
皇族ルイ様、さすが、噂ごときで振り回されないな。立派だ。
「身内が言ってるって」
「父親は浮気して、その浮気相手と再婚して、浮気相手の娘が妹なんだって。よくある話だが、この面々が言っていると聞くと、信用度が低いな。だいたい、社交の場にサツキ嬢は出ていない。やっと出たのは、十年に一度の舞踏会だという。それまで、人前に姿を見せていない、と報告を受けている。言っているが、彼女の悪評通りの姿を見た者は、外部ではいないな」
「ほら、彼女の一族の者たちも言っているって。見たんだろう」
「それこそ、おかしいだろう。サツキ嬢は本来、跡取りだ。一族は、サツキ嬢を支えたり、盛り立てたりしなければならない。それなのに、悪評を広めているなんてな。これは、お家乗っ取りの典型的なやつだ。お前たち、使えないな」
皇族ルイ様は時々、怖い顔を見せる。途端、他の役員たちは黙り込む。
「さて、見たこともない悪評の事実確認は後であするとして、今は、新入生代表挨拶だ。基本、拒否はしないこととなっている。病気だったり、怪我だったり、あと、入学意思がない場合はそうでもないけどね。これは、ただ、断っているだけだ。僕が生徒会長をしている時にやられるのは、まずいな。どうしようか」
何故か私に聞いてくる。あえて、黙って見てたってのに。
「通例だと、皇族の使いを出すものだろう」
「皇権は使いたくない」
ルイ様、皇族としての力を使いたがらないのだ。今まで、それの行使はしたことがない。
たかが、新入生代表挨拶を断られたぐらいで、皇権を発動させるのは大袈裟なんだろう。
「よく見てみろ。断ったのは、父親だろう。字が汚い」
「確かに。なるほど、家族か。わかった。皇権を発動しよう。これは、皇族として、きちんと力を見せないといけない」
サツキの父親は、皇族が生徒会長であることすら知らないのだろう。知っていれば、断ることはない。万が一、知っていたとして、それも断ったとなったら、皇族侮辱罪である。皇族が生徒会長している時に、恥をかかせたようなものだ。
というわけで、皇族の使いを出したのだが、やっぱり、お断りされた。
「それよりも、あの悪評まみれの娘よりも、妹のクラリッサのほうがいいですよ。とても優しく、頭も良いそうですが、姉に勉強を邪魔されて、実力の半分も出せなかったとか。だいたい、その姉が首席合格なんて、不正があったに決まっています!!」
「この使いを処刑しろ」
「え?」
「説得してこい、と言った。それなのに、何を説得されてくるんだ。役立たずめ。処刑だ」
さすが皇族様である。普段は優しい顔をしているルイ様だが、ここぞという時は、皇族だ。
皇族だから、常にルイ様の側には騎士数人がついている。外で待っていた騎士数人が、使いを拘束する。
それを見ていた生徒会役員たちは恐怖に顔を真っ青にする。
「今すぐ、首をきれ。魔法使いを呼んでこい。後始末を頼む」
「そ、そんな」
言い訳なんて聞かない。さっさと使いの首は飛んだ。
「時間がないという時に、面倒臭いことになったな」
生徒会副会長であるマクルスが、使いが目の前で処刑された、というのに、涼しい顔である。
「ルイ様が直接行くわけにもいかないから、入学式当日、捕獲ですね」
私は死体を見ないようにして、無難な提案である。
「皇族に対して、随分なことをしてくれたな。場合によって、家を潰そう」
剣呑な顔になるルイ様。私は入学式当日、死ぬ気で頑張ろう。
入学式前日、普通に家で食事をとっていると、ものすごく憤っている母アーネットが遅れてやってきた。
「不正に決まっています!!」
「何があったんだ?」
もう、離縁を決めているくせに、父は普通にアーネットと会話する。すごいな。私では出来ないな、そういうの。
「今年の新入生で首席合格したのが、サツキさんなんですって」
「ああ、カサンドラの娘か。カサンドラも首席合格じゃないか。出来ないことはないだろう」
「あの一族で才女と呼ばれている男爵令嬢マツキさんでさえ、五番ですよ」
「お前と同じ次席じゃなかったのか。大したことがなかったんだな」
あれほど、自信満々なこと言っていたが、蓋をあけてみれば五番だとは、私も呆れてしまう。
父に言われて、母アーネットも、マツキがそれほどの実力でない、と気づかされる。まあ、才女なんていっても、一族の中で言われているだけだ。外はもっと化け物がいっぱいだ。
その化け物と競って、私は今も次席だが。
「その話は、私も聞いた。完璧回答で、これまで天才と言われた伯爵家次男マクルスを越えた、と言われてる。惜しいことをした。侯爵なんかに婚約者の座をとられるとはな。アーネットが教えてくれれば、彼女の婚約者の座は、マクルスだったな」
「そして、隠し子を跡取りにするのですね」
「皇族失格者を跡取りにするに決まっているだろう。我が家は、そういう家だ。まあ、使えるのがいればいいがな。だいたい、世間知らずだから、教育が大変だ」
「………」
まだ、疑うように見る母アーネット。仕方ない、知らないんだ。浮気相手は実は違うということを。それを母に話せない父は、皇族に代わって、泥を被っているだけだ。
「明日、無事に入学式にこられればいいですけどね。私生活が乱れているそうですから、朝、起きることも出来ないとか」
また、何かやったんだ。母アーネット、そんな、友人の娘を憎むようにしなくても。
まあ、恥はかかされているな。茶葉について、根が深かった。賢者だけでなく、皇帝が愛飲している茶は、サツキ経由で販売され続けている。もう、定期的に城に卸されているのだ。もう、皇室御用達である。
賢者テラス様が知ったら、もう、買い占めるな。もう知ってるかな?
貴重な家族との食事は、サツキの話題である。もっと話すことがあるだろうに。父はさっさと席を立って、書斎に戻ってしまう。
私も食べ終わったが、母の様子を伺う。
「明日は、皇族ルイ様の付き添いになります。お願いだから、妙なことしないでください。今回のことで、処刑者が出ましたよ」
「聞きました、皇族の使者が処刑されたとか」
「私の目の前ですよ。あの家には、これ以上、関わらないほうがいい。あの家に関わって、皇帝にも、賢者にも嫌われたじゃないですか。巻き込まれますよ」
私からの忠告だ。入学式では何もするな、と言っているのだ。
わかっていないんだ。賢者テラス様が本気になれば、不正の証拠だって作れるのだ。見つけなくてもいい。作ってしまえばいいんだ。作った証拠でも、皇帝は本物の証拠というだろう。
ここまで言っても止まらないのなら、もう、私も母を見捨てるしかない。
入学式当日、皇族ルイ様は早朝から頑張って待っていた。新入生たちは家族と一緒に登校である。
「もう、誰かわからないね」
「確かに」
そう、肝心の顔を生徒会役員、誰も知らないのだ。
「私は知っています」
だけど、私は知っている。ともかく、あの一家を皇族ルイ様の前に連れて来ないといけない。入学式くらい、四人で来るよな?
しばらく新入生たちが歩くのを眺めてると、見つけた。
三人だ!?
本当に、何やってくれてるの!! 母がまたなにかやったのか、と疑いたい。だけど、きっと、違う。この家族は、こういうのが普通なんだ。だいたい、社交でも、この三人で参加して、サツキは屋敷に留守番だ。
私はあの三人を皇族の前に連れて行く。
「サツキ嬢はどちらにいますか?」
「あの子は不真面目な子です。朝も満足に起きてこないので、置いてきました」
皇族ルイ様の問に、父親はとんでもない答えを返した。それを聞いたルイ様は笑顔のまま、剣呑となる。
「満足に、娘一人を連れてこれないとは、随分な父親だな」
「何様のつもりだ!? 我が家のことには、口を出さないでいただきた!!」
「皇族だが」
「っ!?」
真っ青になるサツキの父ブロン。皇族相手に、とんでもない口をきいたものだ。無礼な態度に、離れて護衛をしていた騎士数人が、サツキの身内を囲んだ。
伯爵家は、大変なこととなった。皇族に楯突いたのだ。このまま、ただでは済まない。
「遅いですわね、お父様、お義母様、クラリッサ」
「な、サツキ、どうしてここに!?」
遅れてやってきたサツキだ。置いて行かれたというのに、どうにか来たんだ。
「あなた方を待っていると、遅れてしまいますから、先に来ただけです」
「どうやって!? 馬車は、家にあったぞ!!」
「歩いてです。馬車の行列を見てみなさい。馬車に乗って来ていたら、馬車酔いしてしまいますわ。それで、どうして、お父様たちは、騎士の皆さまに囲まれていますの?」
「お前が勝手な行動をするからだ!!」
この言い分に、見て、聞いていた教師も、皇族ルイも、護衛の騎士たちも、呆れてしまう。
見ていても、状況なんてわからないサツキは、とりあえず、一番、位が高いとわかるルイ様に会釈する。
「わたくしの身内が、とんだ失礼をしました。どうやら、わたくしのせいのようです。どう、お詫びをすればいいでしょうか」
「いえ、サツキ嬢の責任ではありません」
「そうなのですか? お父様、わたくしのせいではないそうですよ。まさか、また、お友達に騙されたのですか? 借金はいくらですか? 契約書を見せてください。あなたは所詮、名ばかり伯爵なのですから、勝手なことをしてはいけませんよ」
「親に向かって、生意気なことをいうな!?」
「そうよ、お義姉さま、お父様に失礼なことを言わないでください!!」
「本当に、可愛げのない子ね」
父親、義母、義妹から、サツキは責められる。
サツキは悪く言われても、嫣然と微笑み、また、ルイ様に頭を下げる。
「わたくし、社交もしたことがない、世間知らずな女なのです。どこのどなたかわかりませんが、大変、失礼なことをしてしまったようです。申し訳ございませんでした」
「僕は生徒会長です」
「あら、皇族ルイ様ですか。お初にお目にかかります。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、あなたような素晴らしい令嬢に出会えたことは、神と妖精、聖域に感謝します」
社交はしていないが、身に着けた礼節は完璧だ。それを見るだけで、皇族ルイ様も落ち着いた。
ルイはサツキの事と次第を説明する。それを聞いたサツキは。
「あら、お父様ったら、わたくしに相談もせず、お断りの返事をしたのですね」
「お前はやりたくないと」
「どうだったかしら。言ったのかしら」
「言ってましたよ!!」
「聞きました!!」
またも、父親、義母、義妹がサツキを責める。複数でサツキが断るようなことを言った、と言われてしまったサツキは、嫣然と微笑むだけだ。
「そうかもしれませんわね。申し訳ございません、ルイ様。わたくし、本当に社交に疎い女ですので、大変、失礼なことをしてしまいました。新入生代表としては、相応しくありませんので、次席の方にお願いしたほうが良いと思います。成績が良くても、人間性が良いわけではありませんから」
「確かにそうだな」
「全くその通りです」
「本当に」
名誉あることだというのに、サツキは父親、義母、義妹の言いなりのように意見を変える。
いつも、こうなんだろう。サツキは家でも、こうやって、のらりくらりとして、暴力を受けたりもしたのだろう。理不尽な扱いをされているのが、垣間見えた。
皇族ルイや護衛の騎士、教師までいるのだ。どうしても、目立ってしまう。多くの貴族たちは、サツキの器量を見て、人を見る目があれば、サツキのすごさに気づくだろう。
だから、ルイはサツキを新入生代表の場に立たせようと、説得した。
「こういうのは、成績順と決まっている。通例だ」
「でも、やれと言われて、簡単に出来るものではありませんわ。ほら、挨拶用の原稿は、それなりの時間をかけて考えるものでしょう?」
「数年分の挨拶文の原稿を持ってきた。優秀な成績をとるような者なら、これで出来るだろう」
無理矢理、サツキに過去の原稿を渡す。サツキは面倒臭そうに原稿をペラペラとめくって、ルイに返した。
「ありきたりな文章ばかりですね」
たった数秒で読んだという事実に、誰もが驚いた。サツキは、とんでもない才女だ。
「また、いい加減なことをいうな!?」
「痛いっ!?」
しかし、父ブロンは信じない。サツキの頭を乱暴につかみ、後ろに下がらせた。
「サツキよりも、クラリッサのほうが優秀です。見てください。クラリッサが考えた挨拶文です!!」
そして、ブロンは義妹クラリッサを売り込むために、前に出た。
「おい、誰か、皇族の許可なく話に割り込んだ無礼者がいる。牢に入れろ」
とうとう、ルイ様の怒りが頂点に達した。サツキの父ブロンの行動に、ルイ様は我慢ならなかった。ルイ様の命令に、騎士たちはサツキの父親を捕縛する。
入学式前で、前代未聞なことが起こった。教師たちは真っ青になる。まさか、皇族の怒りを買うようなことをする貴族が出てくるなど、誰も想像すらしていなかった。
「まあまあ、クラリッサも、ありきたりな文章ですわね」
大変な場だというのに、サツキは父ブロンが持ってきた挨拶文を見て、嘲笑う。それを聞いて、クラリッサは顔を真っ赤にして叫んだ。
「それは、お義姉様が考えたものではないですか!?」
「嘘でも、自分で一生懸命考えました、というものですよ」
呆気なく暴露する義妹クラリッサに、サツキはあきれ果てた。そして、挨拶文の原稿を皇族ルイ様に渡す。
「よくわかりませんが、わたくしが考えたものがあったようです。これで良いようでしたら、そのまま使いましょう」
「………ああ、これで十分だ」
「ですが、新入生代表の身内が、牢に入っているというのは、なんとも体裁の悪い話ですわね。やはり、新入生代表は次席の方に」
「今回は、特別に、許してやろう。次はない」
ルイ様は仕方なく、サツキの父ブロンを許すことにした。
あまりに鮮やかな口上と手腕に、私は見惚れた。それは私だけではない。伯爵家次男マクルスもだ。この男、女っけなんてこれっぽちもないくせに、それなりにもてていた。跡継ぎではないが、首席の実力から、宮仕えをするだろう、と噂されていた。
異性には、これっぽっちも興味なさそうな顔をしていたのに、マクルスはサツキに興味を持った。
それは仕方ない。悪評で、見方を悪くする者は多いが、そういうものを抜けば、サツキは美人だ。
舞踏会では、あれほどやせ細っていたサツキは、すっかり見違えていた。まだ、痩せすぎではあるが、見苦しいものはない。目に見える所の傷は薄くなっているように見える。全体的に綺麗になってきた。
こうなると、一年もすれば、サツキは男に囲まれるな。危ない危ない。
噂を鵜呑みにして、サツキに無体なことをしようものなら、血を見るな。私は改めて、気を引き締めた。
入学早々、一波乱あったが、サツキは新入生代表挨拶を無事、終えた。悪評が多すぎて、来賓からは、色々と出てきたが、サツキの口上は見事だった。




