貴族の学校
とうとう、私も貴族の学校に通うこととなったのだ。母アーネストはもう妄執の塊だ。
「いいですね、あなたは首席をとるのですよ!!」
「もちろんです」
最高の教育を受け、それなりの実力も身に着けていた。私は首席など、簡単にとれるものと思っていた。
ところが、合格証書はきたが、首席としての挨拶の依頼は来なかった。母は公爵としての権力で私の順位を調べた。そして、私が次点であることを知った。
私はそれを知った母に鞭打ちされた。一体、誰が首席合格したのか、公爵家といえども、調べることが出来なかった。
「今回は皇族がいます。そのような情報を出すわけにはいきません」
それが、学校側の回答だったという。
「皇族が首席であるならば、仕方がありませんわね」
母はそう言って、溜飲を下げるしかなかった。だけど、私は痛い目にあったのだ。
そして、入学式の新入生代表は、皇族ルイ様が行った。
入学式が終わると、次は生徒会役員の勧誘である。生徒会役員は基本、入学試験の首席と次席がやるのが通例である。私は次席なので、誘われるものと思っていた。
ところが、勧誘を受けたのは、伯爵家次男マクルスだった。
「なんで、貴様が生徒会に勧誘されるんだ!?」
我が家と敵対している公爵家子息が叫ぶようにいう。学校、何を考えているのか、敵対しているとわかる公爵家二つを同じクラスにしたのだ。どうしても、私は聞くこととなってしまう。
伯爵家次男マクルスは、何か他事をしている所だった。そこに声をかけられて、首を傾げる。
「何か御用でしょうか」
「どうして貴様が生徒会役員になるんだ!? そこは、私のような高貴な者がなるべきだ!!」
「もっと高貴な人がいるので、あなたはいらない、と生徒会会長が判断しました。文句があるなら、会長に言ってください。確か、同じ公爵家ですよね」
「そうなのか!?」
知らなったのか、おい!!
あまりの反応に、私はあの間抜けな男を見てしまう。あれで、跡継ぎなんだよな。取り巻きにとっては、扱いやすいんだろうな。
そこから、暴力である。マクルスの胸倉をつかまれる。それには私は止めに入ろうと動き出す。
「こらこら、僕の同僚に何してるんだ」
そこに、皇族ルイ様登場である。
さすがに、皇族の前では、公爵子息といえども、無体なことは出来ない。
「で、どうして、こうなったの?」
まず、そこからである。皇族といえども、まずは、原因追及をするのだ。主観とかでは物事を決めないとは、素晴らしいな。
「伯爵のくせに、生徒会役員になったのです。公爵である私がいるというのに」
「ここには、もう一人公爵がいますね」
うわ、私に飛び火してきた。私は苦笑するしかない。
私とあの公爵子息は敵対している。私を見ると、公爵子息は睨んできやがった。私は何も言ってないってのにな。
「通例であれば、試験の首席と次席、もしくはそれなりの地位の者が生徒会役員となります。今回は、皇族である僕がいるので、席はあと一つです。そうなると、試験の首席が勧誘されます。君は、入学試験では、首席だったのかな?」
「………」
「そうですよね。首席はマクルスですから」
驚いた、首席は皇族ではなかった!? てっきり、皇族がとっているものと思っていた。
「皇族が首席だったわけではないのか!?」
アホだ、口に出しちゃったよ。公爵子息は皇族を目の前にして、失言の嵐だ。もう、あの公爵家は終わったな。取り巻きだって、絶望的に見てしまう。
「皇族の成績って、順位を出さないんだよ。だから、僕の成績はどこまでか、隠されている。でも、まあ、首席の点数ではなかったな。だって、今年の首席、満点なんだもん。僕は満点、とれないな」
とんでもない事実だった。
伯爵家次男マクルスは、まるで他人事だ。それよりも、他事をやっている。もう、ルイ様の話すら聞いていない。
「な、何故、手を抜かない!? それでは、公爵家が恥になるじゃないか!!」
「あの、もういいでしょう、順位なんて、バカバカしい。学校側が作った問題を解いて順位づけしただけでしょう。その順位で人生決まるわけじゃないんだから」
「なんだと!?」
「はい、そこまで。僕の前で暴力はやめてください。皇族としては、止めないといけません。騎士、呼びますよ」
「何かありましたか?」
廊下から顔を見せる騎士たち。呼んでないけど、教室の中の雰囲気で感じたのだろう。
忌々しい、とばかりに公爵家子息はマクルスを睨むも、引き下がった。
「大丈夫?」
「もう、暴力沙汰で、謹慎させればいいのに」
「そのつもりだったの!?」
「駆け引きをわかっていないな」
すっかり、マクルスは皇族ルイ様と仲良くなっていた。もう、私は皇族に取り入る隙すらなかった。
「ほら、もう一人の出来がいい公爵の所に行きなさい」
なのに、マクルスはルイ様のことを邪険に扱う。
「もう一人って、どこかな」
「こっち」
仕方なく、マクルスはルイ様の腕をつかんで、私の元にやってくる。
「君が、次席の公爵くんか」
「それはあの公爵と被るからやめなさい。この方も公爵家の跡取りのレイウス様です。初めまして、伯爵家次男のマクルスといいます」
「ご丁寧に、ありがとうございます。公爵家レイウスです。初めまして、皇族ルイ様」
「初めまして。噂では、その、あなたのお母様はちょっと怖い感じでしたが、あなたは普通に話しやすいですね」
「あー、すみません。あれですね、数年前の夜会ですね」
母は、皇帝ラインハルト様と賢者テラス様に目をつけられてしまい、社交の場では散々な立場となってしまった。その煽りを私も受けてしまったのだ。すっかり、学校でも、誰も話しかけてこない。
「本当は、レイウス様に生徒会役員をお願いしたかったんだが、あのもう一人の公爵家が目ざわりで、私が受けるしかなかったんですよ。あいつ、退学になってくれないかな」
「退学かー、出来ないことはないな」
皇族ルイ様、実は怖い人なんじゃないか、なんて思わず、私は恐怖を持って見てしまった。ルイ様は人畜無害な笑顔なんだけどね。
最初に言い出したのは、もちろん、公爵家子息である。
「社会勉強になりますから、ぜひ、やってみましょう」
そう言って、カードゲームに皇族ルイ様を誘ったのだ。ルイ様はルールすら知らない、ということで、熱心に遊び方を聞いていた。
遠くから、私とマクルスは、ルイ様がカモられるかな、なんて見ていた。さすがにイカサマなんてしないだろう。だけど、ルイ様、きっと弱いよね、なんて見ていた。
そうして、クラス中が興味を示している中、皇族ルイ様は、面白いくらいに負けていた。もう、イカサマしてるんじゃないか、というほどルイ様だけが負けているのだ。
この公爵子息、皇族のことを随分と甘く見ていた。もう、公爵が世界の覇者か何かかと思っているのだろう。だから、こんな恐ろしいことが平気で出来るのだ。それは、取り巻きたちもだ。皇族を敵に回すことは、帝国を敵に回すということだ。
ルイ様がニコニコと笑っているから、猶更、安心感があったのだろう。だから、どんどんとルイ様を負かしていた。
「皇族にイカサマをしてはいけない」
それも見ていられなくなって、マクルスが口出しをすることとなった。
実は、このイカサマ、私は見つけることが出来なかった。一体、どうやってイカサマしているのかわからなくて、仲裁に入れなかったのだ。
「へえ、イカサマって、どんな方法なんだ? 僕にはわからないけど」
皇族ルイ様は面白そうにマクルスに聞いた。わかっているのか、それともとぼけているのか、この皇族もわかりにくい。
「簡単です。互いに札を教えあっているんですよ」
「そうなのか。それで、僕はずっと負けっぱなしなのか。それは、後が大変だな。僕は一応、皇族の儀式を通った立派な皇族だ。君たちに、妖精の復讐が行くかもしれないな」
『っ!?』
瞬間、緊張が走る。ゲームの参加者たちは、自らの身を見回した。何か起きているか、心底、心配していた。
妖精の復讐は決して、暴力や毒殺だけではない。こういう賭け事でも起こるのだ。賭け事は金銭などを使う。そういうことでイカサマをすると、体の一部が変異することがあるのだ。
皇族には、賢者テラスの妖精が守護としてついている。どういう命令を下されているのか、それは秘密とされている。だが、結果だけは伝わっている。毒を盛られれば、毒は持ち主に返されてる上、関わった者たちは皆、死ぬこととなる。殴ったりすれば、もちろん、体の一部が変異させられる。そして、騙して金銭をとった場合は、その金銭に妖精の呪いがかかり、触れた者全てが呪われるという。
今、目の前で起こっているのはイカサマです。これは、騙して金銭をとるようなものだ。間違いなく、妖精の呪いが発動している。
だけど、誰も妖精の復讐をうけていない。だから、勝ち誇ったように公爵家子息は言い放った。
「そ、そんな嘘、通りませんよ。だいたい、我々がイカサマをしているという証拠はないでしょう!!」
「下手くそすぎて、見ていて、恥ずかしい」
マクルスは、興味津々と見ている者たちの中で、一人の生徒の耳を引っ張って中心に連れ出した。そして、腕をさらしてやる。腕が見事に、妖精の呪いで変異していた。
「妖精は、イカサマは札を教えるこの男、という認識なんだろう」
「そ、そんな!? 言われた通りにやっただけなのに!!」
「知らん!!」
ただ命じられただけの貴族子息は泣くしかない。公爵子息は助けない。
「次期公爵というが、見苦しいな。だから、生徒会役員に選ばれなかったわけだ」
「すでに公爵が一人、在籍しているからだ!!」
「一応、私からあんたのこと推薦したが、使えないからいらない、と生徒会長が言ってたよ」
「あいつは、我が家とは敵対しているから」
「仲間を切り捨てるような奴は、さっさと見限られる。ほら、きちんと皇族に謝るんだ」
マクルスは呪われた生徒を立たせ、皇族ルイの前に連れて行く。生徒はすぐに地べたに這いつくばらい、額をすりつけて、謝罪した。途端、腕の変異は消えてなくなった。
しかし、あの公爵子息、もう一つの公爵家とも敵対していたのか。また、敵が多いな。我が家は、もう一つの公爵家とは、特に諍い事はない。不可侵なだけだ。
だが、これでこの問題は終わらないのだ。
「これに懲りたら、もう二度と、関わらないように。この事は、学校にも報告しておこう。皇帝にも報告がいくだろうな。妖精の復讐が発生したんだ。すぐに調査が行われるだろう」
「そんな報告、私からする。余計なことをするな!!」
「生徒会役員としては、やらないといけないんだ。だいたい、妖精の復讐が起きたことを簡単に済ませてはいけない。妖精の復讐が起きた、ということは、皇族の身に危険が及んだ、ということだ。これは、帝国の問題だ」
「なんだと!?」
短気な公爵子息は、マクルスに殴りかかった。マクルスは受け止めるつもりだったのだ。
しかし、その間に皇族ルイ様が入った。殴られたのはルイ様が殴られた。
皇族を殴った上、この公爵子息は誰もが見てわかるほど、顔が変異してしまった。この変異、公爵子息が謝罪したのだが、謝り方が悪かったのだろう。結局、妖精は公爵子息を許すことはなかった。
あれほどの呪われ方をしたのだ。公爵子息が皇族に手をあげたこともあって、廃嫡となり、そのまま神殿送りとなった。
そこで、話はおさまれば良かったのだ。忘れた頃に、皇帝ラインハルト様はふと、暴力事件を起こした公爵家のことを口にしたのだ。
「公爵家、一つ減らしてもいいんじゃないか? ほら、皇族に手を上げるようなダメな子どもを作るような家だぞ。なくていいだろう」
「一応、血筋はいいんですよ。血筋だけは」
いくらなんでも、簡単になくすわけにはいかない、と賢者テラスは一考を願った。公爵家、皇族の受け皿、というだけでなく、様々な血筋からの婚姻で、確かにいいのだ。そう簡単になくすわけにはいかないのだ。
「わかった。では、貴族らしく、男爵からのし上がってもらおう」
「そうですね。貴族、皆、最初は平民から男爵に這い上がるものですよね」
そうして、公爵は一気に男爵に下げられたのだ。持っていた領地も全て召し上げられてしまう。何故って、帝国への借金がすごかったのだ。公爵はある程度、品位を保つために帝国から予算が組まれるのだ。その予算の前借をその公爵はしまくって、借金まみれだった。だから、領地でどうにか、借金を支払ってもらうしかなかったのだ。
結果、公爵家は男爵となり、領地もなく、商売も失敗していて、と何もないところから再出発となったのだ。
「ルイ様、こわっ」
私は心底、皇族の恐ろしさを口にして、身震いしていた。
「そんな怖がらなくても、ねえ」
「いや、怖いって」
ルイ様、人も殺さないような笑顔を向けるけど、伯爵家次男マクルスでさえ、距離をとり、私と一緒に震える。
「退学どころか、人生終わらせたよ、この人」
「皇族というか、ルイ様が怖いね。お願いだから、優しくしてね。私はあんなことしないから」
「二人とも、そんなふうに言わなくても!? 僕はただ、マクルスを庇っただけなんだから。それがあんなふうになるなんて、驚きだよ、驚き」
本当に、悪気なんてないような顔をしている。
「もう、マクルスは退学になってほしいって言ったじゃないか」
「言ったけど、実際になると、怖いよ!!」
「確かに、怖いね」
言い出したのはマクルスである。だけど、それは願望だ。それがルイ様の行動で本当になっちゃうんだから、恐怖だよね。
「そうだ、もうそろそろ、生徒会長の公爵跡取りが引退するから、もう一人の公爵跡取りを生徒会の役員にいれてくれ、と言われちゃったよ」
「どうして!?」
一応、生徒会役員、一学年に二人と決まっている。これでどうにか成り立つので、それ以上の人数を増やさなかったのだ。
「公爵と皇族がいるなら、生徒会には普通にいれるのは通例だから。というわけで、僕が生徒会会長となった時は、副会長二人になるから」
「えー、私は下でいいよ」
皇族ルイの話に、不満を述べるマクルス。私だって、副会長はイヤだよ。
「公爵の跡取りだから、それなりの肩書はないといけない。かといって、会長は皇族と決まっている。かといって、入学試験で学年首席の満点とっちゃうような人を下にするわけにはいかない。というわけで、僕の時は特別に副会長は二人だ。いいな、僕、楽だよ!!」
「うーわー、働かせるつもりだ」
「横暴だー」
「皇帝って、人を上手に使ってで実力がはっきりするから。皇帝にはなれないけど、それなりの立場にはなるから、いい予行演習になるね!!」
見た目よりも腹黒だな、この皇族。
笑顔で、人当たりのいい感じなのに、その内面はとんでもないよ。
だけど、それはそれで良かった。家では、母は社交の場では酷い扱いを受けていたところに、目ざわりな公爵家が窮地に立たされているのだ。もう一つの公爵家は、社交でも温和で、特に中心に立ちたいわけではない。身の程をしっかりと見ているのだ。だから、母アーネストが社交界を牛耳られても、どうぞどうぞ、である。お陰様で、機嫌がいいんだな。
私は生徒会のお誘いもないことで、母も酷く怒っていたが、それもこれでなくなるな。本当に、女は恐ろしいものだ。
何より、学校は楽しい。皇族ルイ様もそうだが、マクルスも話しやすい。身分だなんだ、と威張り散らすのは、私の性に合わない。こうやって、温和にやっていくほうが良かった。家にいるよりも、学校にいるほうが、楽に生きている感じだった。
学校では生徒会役員になりました、と簡単に報告した。言わないと、後で叱られそうだからだ。
「当然だな」
父はもう、私のことなど見ていない。母アーネストが皇帝と賢者を敵に回してしまったことで、父は母の血筋を見限っていた。なんと、若い貴族の女と浮気で子まで作ったのだ。私をどうにか廃嫡したいのだが、なかなか、その機会がなくって、内心では舌打ちしているのだろう。
「お前は母親に似て、次席か」
「申し訳ございません。化け物がどこにでもいます。首席は、満点だったそうです。そういえば、父上は成績、どうでしたか?」
「そんなこと、どうだっていい!!」
そりゃそうだろう。この男、大した成績ではなかったのだ。ただ、身分の上に胡坐をかいていたにすぎない。母アーネストが次席だったことを嫌味をこめていう資格なんてない。むしろ、そんなことを言おうものなら、優秀さは母親譲りなのですね、なんて言われてしまうのだ。
それでも、次席という言葉は、母アーネストにとっての屈辱なんだろう。父に言われて、悔し気に顔を歪める。次席でもいいと思うんだけどな。なかなかとれないよ、それ。
「そういえば、あの首席のカサンドラはどうなった?」
父は母アーネストに訊ねた。また、今更だな。
「随分、前に亡くなりましたよ」
「聞いてないぞ!?」
珍しく父が声を荒げていう。
アーネストは父を睨み返した。まさか、サツキの母カサンドラのことで、父がこんな反応をするとは、私も思っていなかった。
「社交にも出ていて、気づかないなんて」
「どういうことだ!?」
「カサンドラの夫は、カサンドラが亡くなって一年後に再婚していますよ。もう、社交界でも顔を合わせていませんか?」
「合わせない。あんないい女がいながら、男爵の女に夢中になっている、最低な男だ。近寄りもしない。まさか、カサンドラが死んだとは。確か、娘がいたな」
「どうするつもりですか?」
「レイウスと婚約させる。ちょうど、レイウスは婚約者がいない」
とんでもないことを言い出す父。一体、どうなっているのか、私はわけがわからなくなってきた。
「残念でした。カサンドラの娘にはもう、婚約者がいますよ。侯爵家の次男です」
「すぐに婚約破棄させてやる」
「できません。わたくしが仲立ちをしました」
「お前、なんてことをしたんだ!? カサンドラの二の舞にするつもりか!!」
父は目の前にある物を全て乱暴に払い落した。
「彼女とは、生前、そういう約束をしていた!!」
「そう言って、愛人の子を跡継ぎにするつもりでしょう!! 絶対にさせません。跡継ぎは、レイウスです。そのために、教育も施しました」
「まだ、根に持っているのか!? 私がカサンドラに交際を申し込んだのは、入学して間もない頃のことだ。それからは、良い友人関係だったと言っているではないか」
学生時代の色恋沙汰まで遡っていく。これはもう、聞いていたくない話だ。私は席を立った。
「どこに行く!?」
「座りなさい!!」
「宿題ですよ。皇族ルイ様と首席マクルスと合同で発表することになっています。足を引っ張るわけにはいかないでしょう」
ごめん、言い訳で使った。もう、発表内容も学校で終わらせたんだよね。見直しするだけだよ。
皇族と首席が出てきてしまうと、二人も私を止められない。私はさっさとその場を退散した。
この後、かなりの言い争いをしながらも、お互い、さっさと別れてくれたのだが、父は私の部屋にやってきて、愚痴っていった。
サツキの母カサンドラは、それは綺麗な人だった。一目惚れする貴族は多かった。だいたい、皆、婚約者がいますから、と断られていた。それは父も同じだ。公爵という肩書にも惑わされない芯のしっかりした女性だった。
しばらくは、父も執念深く追いかけたのだ。そこで、利用目的で近づいたのが、アーネットである。かなり失礼な話、アーネット経由で、カサンドラの好みとかを聞き出そうとしたのだ。
ところが、話してみると、アーネットもまた、魅力的な女性であった。カサンドラのような目を瞠るような美しさではないが、こちらが安堵する優しい美しさであった。何より、努力家で、何事も一生懸命。アーネットのことを知らず知らずのうちに好きになっていたという。
そんな甘酸っぱい話をされても、浮気してるじゃん、と思っていても、黙っていた。
結局、父が言いたいことは、カサンドラは憧れの女性だが、アーネットは大事な女であった、ということである。
「私がカサンドラに告白したことを今でも根に持っているんだ」
「だからって、カサンドラの娘にあんなことしなくても」
さすがの私も、あれは見ていて、気分が悪い。口出し出来る立場ではないから、黙っているしかないが、やり過ぎなところがある。
今も、水面下で、母は、サツキの周りに何かしている。
「カサンドラの娘は、どんな感じだ?」
「とても頭がいい子なのは確かだ。だけど、それだけでは、無事ではいられない」
「妙なことに手を出してくれたな。私は社交に疎い。まさか、カサンドラが亡くなったとは」
「疎すぎでしょう!?」
「帝国は大きすぎるんだ。本当に手に余ることが多すぎる。人が一人死んだとしても、話題にのぼっても、すぐにどこかに消える。カサンドラが亡くなったことも、すぐに消えたのだろう。あと、アーネットが上手に隠したんだな。そういうものだ」
「そう、ですね」
身近だから、私は知っていた。だけど、帝国中の全てが、カサンドラの死を知るわけがない。誰も興味なんて持っていない。まず、関係なんてないのだ。
「レイウス、どうしても、話さねばならないことがある」
そこから、私は父から妙な話を聞かされることとなった。




