二人の貧民の支配者
火柱はかなり遠くだ。それはかなりの広範囲である。それを起こしているのは、影皇帝ではないようだ。距離が遠すぎる。
「随分とはやかったな。あれか、皇族の犬になり下がって、魔法使いに縋ったか?」
「皇族の犬ではない。私は、ハガル様の犬だよ。ハガル様には逆らわないことにしている」
そうかな? 皇帝ライオネルの話を聞くと、影皇帝はハガルに逆らってばかりいるように聞こえる。あれで逆らっていない、というなら、逆らうというのは、どんなものなんだろう。
影皇帝は、わたくしの顔だけを見て、穏やかに笑う。無事そうに見えるのよね。でも、首から下は素っ裸だから。無事じゃない。
でも、そんなこと、口が裂けてもいえない。わたくしは最果ての貧民王の手を払ってやる。もう、触られたくない。
だけど、最果ての貧民王は容赦がない。素っ裸のわたくしを晒したのだ。
途端、影皇帝の笑顔が消える。剣呑となる目つきに、最果ての貧民王は楽しそうに笑う。
「そうか、お前はこんな、傷だらけの女が好みなのか!! 親子そろって、とんでもない趣味だな!!!」
「親とは、誰のことを言っているのかな? 母上か? 父上か?」
「お前のどこの誰かわからない父親だ!! あんな母親と子作りするなんて、正気の沙汰じゃないな!!!」
「………聞かれたぞ」
影皇帝は暗い笑みを浮かべる。影皇帝は、わざと、最果ての貧民王に言わせたのだ。
最果ての貧民王は、影皇帝の意図などわからない。ただ、悔し紛れに笑っている、その程度に思っていた。
「あら、物凄くいい男じゃないの。殺してしまうの?」
サラスティーナは最果ての貧民王の影から影皇帝を見て、見惚れる。仕方がない。恋人だろうと、妻だろうと、夫だろうと、子だろうと、孫だろうと、そういうものがいても、狂わせる魅力を父親から受け継いでいるのだ。
「手足を傷つけて、生け捕りだ。俺が犯してやる」
最果ての貧民王はとんでもないことを考えている。でも、そんな簡単なことではない。
影皇帝には、帝国所属の五人の魔法使いがついている。彼らには見覚えがある。城で影皇帝と仲良く話していた魔法使いたちだ。五人の魔法使いと影皇帝で、筆頭魔法使いとなれるという。
筆頭魔法使いの実力は、今もあちこちで火柱を起こしているものだろうが、あれは規格外だ、と皇帝ライオネルと皇族スイーズから言われた。賢者ハガルの実力は、筆頭魔法使いを越えた所にあるという。
「まずは、外装から剥がそう」
そう言って、最果ての貧民王が手をあげて、合図を出す。
途端、何かの音とともに、影皇帝の周りを囲んでいる貧民たちが倒れる。
「銃を手に入れたのか」
手や足をおさえる貧民たちはそれでも立とうとする。そこに、魔法使いたちが治療をしているが、数が多い。
「撃て!」
さらに音がして、無傷な貧民から傷がある貧民まで倒れる。
魔法使いたちだけは、無傷だ。妖精が守っているのだろう。だけど、味方の貧民たちまでは守れない。そうして、どんどんと外装を剥がされていく。
残るのは、無傷で残った影皇帝と魔法使い五人だ。影皇帝は、わざと外されたのだ。
仲間が傷ついていくも、影皇帝はつまらなそうに最果ての貧民王を見上げている。
「これで終わりか?」
「まだある。こっちは、妖精憑きも用意した!!」
目に見えない戦いが勃発した。魔法使いたちが身構える。何か、起こっているのだろう。そこに、また、何か音がする。そこに、魔法使いたちが傷ついた。
最果ての貧民王が所有する妖精憑きと魔法使いたちの戦いだけではすまないそこに、とうとう、影皇帝が動き出した。影皇帝の片目が色をかえる。
「許可を」
「許可します」
「許可します」
「許可します」
「許可します」
「許可します」
五人の魔法使いの許可に、風向きがかわる。
何か攻撃のような音はするものも、何も起きない。そして、とうとう、攻撃のような音すらなくなる。
そして、物凄い風が辺りを吹き飛ばす。それまで気持ち悪くなるんじゃないか、というほどの香の匂いだったのが、火すら吹き飛ばされてしまった。
「ぎゃああああーーーーー!!」
「痛い痛い痛い!!」
「ゆるしてくれえええーーーーー!!」
途端、元領民たちが苦しみだした。香の効果がなくなって、わたくしに付いているハガルの妖精が復讐したのだ。
だけど、散々、蹴ったりしてくれたサラスティーナには復讐してくれない。なにか、しているのだろう。苦しんでいる元領民たちを嘲笑うように見ている。
「ち、妖精憑きどもも役立たずな。まあいい、この女がいれば、また、おびき出せる」
そう言って、わたくしの体を抱えて連れていこうとする。
冗談じゃない。わたくしは最果ての貧民王にまた、膝で蹴ってやる。両手両足が拘束されているのだから、それしかない。そして、わたくしは見晴らし最高のそこから転げ落ちてやった。もう、こんな体見られて、生きていけない!!
だけど、やっぱり、死なせてくれない。影皇帝はわたくしを抱きとめてしまう。
「死なせてください!!」
「どうして?」
「こんな、傷だらけの体、もうイヤです!!」
「治せばいい」
たったそれだけだ。影皇帝がわたくしを抱きしめるだけで、わたくしの傷が消えていく。
「傷なんて、簡単に治せる。そんなに気にしているなら、命じればいいのに。いつだって、消してやれた」
「………う、ううう」
死にたくなるほどの体の傷は、こんなに呆気なく消された。あまりのことに、泣くしかなかった。
両手両足の拘束は影皇帝の手で解かれて、魔法使いの一人が持ってきていた清潔な布をわたくしにかけてくれる。
「立てますか、私の皇族姫」
「立てないぃ」
「仕方のない方だ」
影皇帝はわたくしを抱いたまま、嫣然と笑って、先ほどまでわたくしがいた建物を見上げる。視線の先には、悔しそうな顔をする最果ての貧民王とサラスティーナがいた。
「あんな、面倒な銃をよくもまあ、使ったな。一度使うと、色々と面倒な作業をしなければならないから、数が必要だったろう」
「だから、放置されていたのを俺の親父が集めたんだよ! 大量にあれば、その作業さえこなせば、立派に使えるからな!!」
「妖精憑きもまあまあだな。しかし、可哀想に。妖精を全て私が盗ったから、使い物にならなくなったな。貴族から借りたんだろう。金の無駄だったな」
「妖精を盗っただと!? 貴様は妖精憑きではないだろう!!」
「私は、妖精を盗れるんだよ。ついでに、妖精を操って、魔法だって使える。お前の父親が頑張って集めた銃な、全て、妖精を使って暴発させてやった。あれの欠点は、暴発すると、使用者も死ぬことだ。随分と犠牲が出たな。こちらは、魔法使いがいるから、即、回復だ」
そう話している間に、怪我していたはずの貧民たちは回復して、立ち上がっていた。
「妖精憑きは妖精を盗られたら、ただの人以下だ。盗った妖精は塗り替えて、帝国の魔法使いの支配下に置き換えた。いくらでも連れて来い。私は全ての妖精を盗って、塗り替えてやる。そうして、帝国の魔法使いの力を増大させてやる」
嘲笑う影皇帝。この男には、誰も敵わない。
「ハイムントぉおおおおお!!!」
そこに、裏切者の執事が短剣を持って襲い掛かってきた。わたくしを抱きかかえているので、影皇帝は動けない。
そこに、素早く動いたのはハイムントの秘書兼護衛のサラムだ。体を持って、攻撃を受け止める。
「邪魔だーーーーー!!!」
そうして、何度も何度もサラムを刺した。サラムはどんどんと血まみれになる。その光景にわたくしは声も出ない。
そうして、裏切者の執事が刺す力を失った頃に、サラムの手が動く。裏切者の執事の首をつかんで、高く持ち上げたのだ。
「随分と傷つけてくれたな。ハガル様に叱られるじゃないか」
そう言って、裏切者の執事の首を片手でへし折った。
傷だらけのサラムは、笑顔のままだ。あれほどの怪我をしても、まるで、気にしていない。
「サラム、そんな、動いたら」
「大丈夫です。僕は妖精ですから」
「………は?」
言っている意味がわからない。サラムは普通の人だ。血だって流れている。
魔法使いたちは、サラムの周りを囲む。
「これが、ハガル様お手製の戦闘妖精か」
「契約紋はどこにあるんだ?」
「見ろ、背中だ。うわ、古代文字だから読めない」
「素材がまた、贅沢なものを使っているな。おい、俺たちの力を吸うな!!」
「こいつ、俺たち通して妖精の力を吸ってやがる!!!」
「離れない!?」
そうして、バタバタと倒れる魔法使いたち。
「ごちそうさまでした。治りました」
「気の毒に」
見た目は血みどろなのに、サラムは治ったらしい。影皇帝は、憐れみをこめて膝をつく魔法使いたちを見た。
そうしている間に、最果ての貧民王も、サラスティーナもいなくなっていた。貧民たちが建物の中を探すも、怪我をした貧民か、力を失った妖精憑きしか見当たらなかったという。
そうして、貧民街のあちこちで起きていた火柱はぴたりと収まっていた。
「父上も、久しぶりに出来て、すっきりしただろうな」
「そういうものですか!?」
「父上の憂さ晴らしは、違法店を潰すことと、人を壊すことです。これで、しばらくは平和ですよ」
とんでもないな、ハガル!!
そうして、わたくしは影皇帝の腕の中、最果ての聖域に連れて行かれる。
そこには、偽装を解いたハガルと、ガラムに捕らえられた最果ての貧民王、ハガルの顔に魅了されたサラスティーナがいた。
「ラインハルト、無事でしたか!!」
ハガル、わたくしよりも影皇帝の無事に喜ぶ。
「私の皇族姫は、無事、取り戻しました」
「当然のことです。お前は腕や足を失ってでも、ラスティ様を救うのです。それでも出来なかった場合は、敵全てを私が消し炭です」
そうでもない。わたくしの無事は、ハガルの中では決定なのだ。わたくしは心配する必要がない存在だった。
そして、ハガルはガラムが捕らえている最果ての貧民王の頭を踏みつける。
「まだ、あの男の残党が残っていたか。ステラの心を少しでも奪った男の血族は根絶やしと決めている。そのくせ、私のステラを悪く言ったな。お前には、父親と同じ拷問を受けてもらう」
「貴様、何者だ!?」
「ラインハルトの父親だ。見ればわかるだろう。こうすれば、何者かもはっきりする」
途端、ハガルの姿は老人となる。その姿は、一般的には公開されているので、知る者は多い。
「賢者ハガル!!」
「私のステラが貴様の父親のことを少しでも気にかけていたことが許せない。私はな、情が怖い男だ。愛するステラに手を出した者、心をかけられた者、悪く言った者、全てを許さない。ガラム、このまま王都の聖域に直行だ。もう、城と部屋は繋がっているから、そこから帰るがいい」
「喜んで、ハガル様!」
ガラムは嬉しそうに最果ての貧民王を引きずっていく。抵抗すら出来ない。だって、最果ての貧民王は、手や足がおかしな方向に曲がっていた。
ぞっとする。ガラム、手足を折ったんだ。あの人畜無害な顔で、とんでもないことをやっている。
聖域がちょっと光ると、ハガルとガラム、そして最果ての貧民王がいなくなった。
そして、サラスティーナが一人残る。これまで、庇護してくれた最果ての貧民王は帝国に捕らえられた。周りは、サラスティーナにとって敵ばかりだ。
だけど、サラスティーナは諦めない。一番の有力者とわかる影皇帝に迫る。
「そんな女よりも、わたくしのほうが、ほら、胸がありますよ。それに、見た目も綺麗です。最果ての貧民王の女を征服してみませんか?」
すっかり、女の使い方を覚えたサラスティーナは、確かに色っぽい。貧民の何人かは生唾を飲み込む。あの露出の高い服もまた、女の武器を最大限にしてくれる。
影皇帝は、サラスティーナの頭から足のつま先まで見た。
「私の理想は、母上だ。将来は、母上と結婚すると言って、今もそう考えているほど、母上は理想の女性だ」
「さぞ、美しい人なのでしょうね」
「見た目か。父上は美しいというが、私は逞しいというな。つまり、私は逞しい女が好みだ。お前のような女には興味がない。ほら、最果ての貧民王の女だ。好きにしろ。そのまま、連れて行ってやる」
貧民たちから歓声があがる。
サラスティーナは絶望で真っ青になる。何故って、影皇帝はその場にいる全ての貧民にサラスティーナを下げ渡したのだ。一人ではなく、複数だ。
そして、影皇帝の腕の中で抱きかかえられたままのわたくしを見て、サラスティーナはとんでもない形相でつかみかかってきた。
ところが、わたくしに触れるか触れないかのところでサラスティーナが吹き飛び、手がぼっと燃える。
「な、何? あついいいいいいーーーーーー!!!!」
途端、サラスティーナは火だるまになり、暴れる間もなく、消し炭となった。
わたくしは、つい、影皇帝の服をつかんだ。瞬きをしている間に、サラスティーナがそれだったものになったのだ。この光景は、さすがに恐ろしい。
「さっきまで、サラスティーナは無事だったのに」
「妖精が、父上に捧げものとして導いたのですよ」
「捧げものって、どういうこと?」
「妖精は全て、父上のことを愛しています。父上が喜ぶと思ったのでしょう」
「どうして?」
「父上は怒っています。人を壊して憂さを晴らしたい。だから、壊していい人を連れてきたわけです。ただ、妖精はどっちなのかわからなかったから、両方連れてきました。結果、あの女は選ばれなかったので、燃やしていいと判断したのでしょう」
神様の使いと呼ばれる妖精は、決して善ではない。そこは、神視点、妖精視点だ。人ごときが理解出来るものではない。
そうして、影皇帝は五人の魔法使いたちとともに、最果ての聖域から海の聖域へと飛んだ。
わたくしの誘拐されてから、随分と時間が経ってからの救出となった。わたくしは眠っていたが、三日は経っていたという。帝国は広大だ。わたくしを連れての移動とはいえ、人の力では、どうしても時間がかかる。その間に、ハイムントは帝国に報告し、魔法使いを使い、ついでに、賢者ハガルを連れて、聖域を使って一っとびである。移動時間もわずかだ。
邸宅に戻ると、ハイムントはしばらく眼帯をつけていた。
「大丈夫なのですか? あまり、無理をしないでください」
「そういうなら、抱き枕になってください」
「膝枕なら」
「抱き枕です」
「………」
「大丈夫ですよ、寝るだけですから」
こういうことをいうので、膝枕は簡単に許してしまうのだ。
そうして、わたくしがハイムントを甘やかしているところに、皇帝ライオネルと偽装と解いた賢者ハガルがやってきた。
「ラインハルト、もう、無理はしていけないと言ったではないですか。さあ、いらっしゃい」
「もう、子どもではありませんから」
さすがに恥ずかしいのか、慌ててハイムントは起き上がる。わたくしも見られて恥ずかしい。
「妖精の力を使いすぎた時は、私とステラで抱きしめて寝ましたね。もう、ステラはいません。私が抱きしめてあげましょう」
でも、ハガルは全くもって、わたくしなんて眼中にない。ハイムントの手を引っ張って、部屋を出ていく。
残されたのは、羞恥にもだえるわたくしと、ニヤニヤと笑っている皇帝ライオネルである。
「お恥ずかしい所を見せてしまって」
「聞いたぞ。あのハイムントを眠らせたんだってな」
「遊ばれているだけです!!」
「ハイムントはな、眠れないんだ」
「………え?」
初めて聞く話だ。毎日見ているが、眠っていない様子はない。いつも平然としている。
ライオネルはわたくしの向かいに座る。誰も給仕をしないので、わたくしが動こうとするが、それを手で制された。
「ハイムントはハガルの手によって作られた妖精憑きだ。ステラ亡き後は、ハイムントは影皇帝として海の貧民街の支配者となったが、その傍ら、ハガル主導で動いていた筆頭魔法使いを作り出す実験に参加していた。複数の妖精の力はあるが、魔法使いとしての能力が足りない妖精憑きと、妖精憑きではないが、化け物じみた魔法使いの能力を持つハイムントをあわせれば、筆頭魔法使いに出来るのではないか、と考えられてたんだ。実際、能力については、ハガル並となった。だが、ハイムントは魔法使いにはなれなかった。
最後の実験として、ハイムントは聖域の穢れを身に受けることとなった。ハイムントは才能はあったんだ。穢れを取り出すことは出来た。しかし、その身はただの人だ。ほんの少しの穢れを身に入れて、死にそうになった」
ハイムントは、穢れを受けたことがあるのだ。だから、地下牢で、穢れを受けることの痛みがとんでもないことを知っていた。
「ハガルがいち早く動いて、ハイムントは助かった。その時、ハイムントは意識を失っていたから、ハガルはそのまま、屋敷に閉じ込めてしまったんだ。筆頭魔法使いの屋敷には、執着が強い人を閉じ込めるための部屋がある。そこは、一度入ると、絶対に出られない。出よう、という意思を塗り替えられてしまう魔法が施されている。そこにハイムントを閉じ込めた。だが、ハイムントはそこから出られた」
「魔法がかかっていたんでしょう? ハガルは本気になれば、ハイムントよりも強い妖精憑きですよね」
「妖精の目と、ハガルから受け継いだ才能のせいだ。ハイムントは、部屋の魔法を潜り抜けて、出ていってしまったんだ。だけど、屋敷を脱出するには、どうしてもハガルを説得しなければならない。そして、ハイムントはハガルがやってくるのを待っていた。
とんでもないぞ。ハイムントはな、ハガルに言ったんだ。
『ぜひ、父上と同じ生き方をしたい』
こう言った。今でも覚えている。どう生きたいのか、と聞いてみれば、自ら囮となって腐った皇族や貴族を潰して遊びたい、なんて言ったんだ。だったら貴族に、なんて話をしたら、まずは平民から、という始末だ。しかも、貧民という身分も隠さないという。ハイムントにとっては不利なことばかりだ。私もハガルも反対した。だが、ハイムントはな、『それでは詰まらない』と言ったんだ」
茨の道をわざわざ歩こうとするハイムントの考え方が理解できない。だって、貴族としていれば、もっと、簡単だ。ハイムントのあの見た目の頭脳だ。そこに妖精憑きの力が加われば、最強だ。裏では隠れて貧民の支配者をしていれば、悪事だって働きたい放題である。
わたくしだって、そう考えてしまう。随分とハイムントに毒されたけど、そこは、仕方がない。染まってしまったんだ。
「ハガルはどうにか説得しようとしたが、ハイムントは逆にハガルを説得したんだ。見ていて、恐ろしかったぞ。ハガルが普段、懐柔する技をハイムントが使ってハガルを懐柔しているんだ。ハイムントにとっては、ハガルは父親だ。男も女も魅了するあの見た目は通じない。だが、ハガルにとってはハイムントは愛する息子だ。ずっとハイムントの望みを叶え続けていた。妖精憑きになりたい、と願われれば、ハイムントにのみ使える妖精の目を与えた。ハガルのように背中に契約紋をつけたい、と願われれば、私まで巻き込んで儀式を行った。
ハイムントにくっついているサラムとガラムは、人ではない。ハガルが作った、戦闘妖精だ。ハガルの手で作った義体に妖精を憑りつかせて、契約紋で縛っているんだ。あれはな、ハガルが愛するステラの血族に永劫的に服従する契約が施されている。だから、あの二人はハイムントに絶対服従の不死身の兵士だ。義体は壊れても、魔法使いを通して妖精から力を貰えば、即時、元に戻る。あの戦闘妖精のすごいところは、ハガルがこれまで蓄積した知識や剣術、体術を全て詰め込まれていることだ。ハイムントの教育は、サラムとガラムが行った。
そうして出来たのが、ハガルを手のひらに転がす息子だ」
とんでもない話だ。さっきまで、わたくしの膝に甘えていた男は、実は、ハガル以上の化け物なのだ。
ライオネルはわたくしをじっと見てくる。
「私としては、ハイムントが望むならば、ラスティと結婚することを許してもよいと思っている。ハイムントは、随分とラスティのことを気に入っているな」
「遊ばれているだけです!!」
思い出せ!! 絶対に罠よ。だって、わたくしは血筋とかで狙われているだけで、それがなくなったら、誰も見向きもしないんだから!!!
皇族でない頃のことを頑張って思い出す。ほら、いっぱい、酷い目にあったじゃない。傷は………もう、ない。
ちょっと袖をめくれば、古傷が見えたのに、そこはない。戒めとして、よく、それを見ていた。
「もう、いい加減にしてください!! 僕はもう、父上とは寝ません!!!」
そこに、ハイムントがドアを荒々しく開けて戻ってきた。ハガルはハイムントの腕にすがって引きずられている。ついでに、サラムとガラムも部屋に入ってくる。
「ラインハルト、恥ずかしがらなくていいではないですか。ちょっと妖精で眠りやすくしてあげます」
「そう言って、また、屋敷に閉じ込めるつもりですね!! 危なかった。あの時だって、サラムとガラムは裏切ったからな。あいつら、私よりも父上を優先するって、どんなポンコツ妖精なんだ!?」
「若、ほら、父君にそんなこと言ってはいけません」
「そうそう。ちょっと閉じ込められても、出られるからいいではありませんか」
「あれは、物凄く面倒臭いんだ!! 簡単だと思うなよ。ライオネル様、父上を連れて帰ってください!!」
「いや、しかし、ほら、部屋! ぜひ、見せてほしい、ハガル」
「どうしましょうか。私のステラを見せたくない」
話を違う方向へとライオネルは頑張って逸らした。でも、いい方向だったようだ。
「わたくしも、ぜひ、見てみたいんです。ハイムントが理想の女性というのですから、さぞや素晴らしい女性でしょうね」
「美人ですよ」
そう言って、ハガルは部屋に案内してくれた。
何故だろう、ライオネルだけでなく、ハイムント、さっきまで笑っていたサラムとガラムまで鎮痛な面持ちをしている。
そうして、案内された部屋に入って、一枚の肖像画を見せてくれた。そこには、赤ん坊を抱いた人が描かれていた。
「私のステラです」
自慢げに見せるハガル。
確かに、逞しい女性である。いや、精神的にではなく、肉体的にだ。逞しくて、男性なんじゃないか、と思ってしまうほどである。
わたくしは、ばっとハイムントを見た。こいつ、確か、わたくしを鍛えると言ってた。それは、こういうふうにするつもりか!?
ハイムントはにっこりと笑って、頷く。口にしなくても、わたくしが言いたいこと、しっかりと伝わっていた。




