影皇帝と才能の化け物
「ねえ、これって、乗っ取りですよね」
居心地の良い部屋に戻り、改めて、ハイムントに訊ねる。
ハイムントは邪魔となる執事や使用人、領民を綺麗に取り除いて、残るは従順な領民となった。そこに、影王としての配下である貧民たちを領地改革と称して取り入れたのだ。もう、領民よりも貧民のほうが多い領地は、乗っ取られているといっていい。
「結果的に、そうなってしまいましたね。当初は、これっぽっちも、そういうつもりはありませんでしたが、仕方がありません。男爵位を断り続けるのも、限界でしたから」
ハイムントは何故か外を気にしている。わたくしは釣られて外を見れば、賢者ハガルが偽装を解いた姿のまま、どこかに向かっている。一応、サラムとガラムがついて行っている。
「ラスティ様、こちらに座ってください。大丈夫です、私は座りません」
「だったら、立っています」
「上の者は立っていると、下は座れませんよ」
「わたくしよりも、あなたのほうが上でしょう。だって、賢者ハガルには皇族は誰も逆らえない。その息子ですもの。手を出すことすらしないでしょう」
「そんなことありませんよ。私は契約紋により、皇族に縛られています。それが、父上の唯一の誤算です。私の望みをぽんぽんと叶えたために、私を人質にとられてしまったのですよ」
「………」
まだ、何か隠しているような気がする。だけど、わたくしにはそれ以上、ハイムントの考えが読めない。だって、わたくしの頭は平凡なんですもの。才能の化け物の考えることなんて、これっぽっちも理解できない。
結局、わたくしはソファに座らせる。それにあわせて、ハイムントは茶と菓子を給仕する。菓子はいつものハガルお手製ものだ。
「ライオネル様、入っていいですよ」
ハイムントがそう言えば、ドアが開き、皇帝ライオネルが入ってきた。
「え? ええええええーーーーーー!!」
「声を小さくしなさい。はしたない」
「す、すみません」
わたくしは口を塞ぐが遅い。もう、すごい声だったろう。
「ご心配なく、魔法で防音しましたから」
「さすがだな。どうだ、魔法使いになるか?」
「………魔法使いになるための条件を満たしていません」
「大魔法使いの座が空いている。そこは、お前だったらなれる」
「そこは、アラリーラだけのものです」
「お前だったら、ハガルが許す。ハガルが許せば、誰も反対はしない」
「大魔法使いはまだまだ、ご存命でないと困る。退場には、もう少し、時間が必要です」
「………わかった」
あれほど、ライオネルが勧誘しているといのに、ハイムントはこれっぽっちも靡かない。
でも、おかしな話だ。大魔法使いアラリーラはまだまだ健在だ。ハガルはあれほど化け物じみていても表に出ないのは、戦争を終わらせた英雄である大魔法使いアラリーラの存在があるからだ。
大魔法使いアラリーラは、数年に一度は人々の前に姿を見せるという。その姿は、百年以上経った今もずっと変わらず、また、妖精使いも神がかっているという。
魔法使いはたくさんいるが、大魔法使い、と名乗れるのはアラリーラだけだ。その大魔法使いをハイムントならば名乗れるという。
ハイムントは余計なことは口にせず、ライオネルにも茶を出す。そして、頭を軽くおさえる。
「大丈夫ですか?」
「父上が、貧民街のほうに行ってしまいました。止めてきます」
「行ってこい行ってこい」
目に見えない妖精の報せを受けて、ハイムントはさっさと部屋を出ていく。
そうして、わたくしとライオネルは二人で茶を飲むこととなった。
「ハイムントの茶は、普通だな。あれだ、貧民だから、飲めればいい、という淹れ方だな」
「十分、美味しいです。わたくしなんか、泥水になりましたから」
「ハガルが、ラスティをはやめに城に迎え入れたいと言っている」
用件は、わたくしの入城だった。
表向きは皇帝のほうが上だが、実際はハガルのほうが上なのだ。ハガルが言えば、どんなことでも、皇帝は従うのだ。
「ハガルが言ったのではないですか。成人してから、と。どうして、そんなに急ぐのですか」
「ハガルはな、ハイムントをどうしても閉じ込めたいんだ。そのために、ラスティを使おうとしている。ハイムントは随分と、ラスティのことを気に入っている。ラスティを使えば、ハイムントも大人しくすると考えたんだろう」
「そんな、買い被りすぎです。ハイムントは、わたくしをからかって遊んで、ついでに、領地を乗っ取ってるだけです。ここはもう、わたくしの知っている領地ではなくなりましたよ」
「怒ったか?」
「怒っていません。思ったよりも、気が楽になりました」
ハイムントの手によって、領地は大きく形を変えられた。
領地は、わたくしのただ一つの未練だ。両親が守った領地だから、どうしても守らなければ、と思ってしまう。だけど、蓋をあけてみれば、私だけが必死になっていただけで、使用人たちも領民たちも、騙されて踊らされているわたくしをいいように使っていただけだ。それがわかると、領地の未練がすっかりなくなってしまった。
城ではわたくしを貴族だとバカにする皇族は全て粛清された。
領地では、わたくしを騙していた使用人や領民たちは全て粛清された。
どちらも、もう、わたくしを害する者はいない。どちらにいても、わたくしは不幸になることはないだろう。
「ハイムントは、とてもハガルのことを尊敬しています。良い父親、素晴らしい父親、と言っています。だったら、ハイムントは喜んでハガルの元に行きますよ」
「ハイムントの母親ステラをハガルは閉じ込めて愛でようとした。だが、ステラは途端、別れを切り出した。結果、ハガルは閉じ込めるのを諦めた。それからステラを失い、今度は息子を閉じ込めた。どさくさに紛れて成功したが、結局、逃げられた。親子揃って、ハガル使いがうまいんだ。あまりにうまいから、私は息子を貴族にしようとした。もちろん、ハガルは喜んだ。しかし、息子は貧民であることを誇りにしているから、断ってきた。そこも、上手にハガルを操作したのは、息子だ。ハガルのことを尊敬もしているし、父親として愛してもいるが、籠の鳥になってくれない。
この領地だって、ハイムントはいらないんだ。貴族位だって、本当は、伯爵位が妥当だ、と宰相と話し合って決めたというのに、最底辺の男爵位にまで落としてきた。それも、説得が絶妙で、宰相はますますハイムントを欲しがって、孫の夫にしよう、と打診までしている。どんどんと人誑しをしていくのに、ハイムントは見向きもしない」
「貴族になる時、条件つきだと言っていました。どういった条件なのですか?」
「そなたの教育係りを続けることだ。そこだけは、どうしても、と言われた」
「わ、わたくし、きっと、ハイムントに玩具にされていますね」
思いあがってはいけない。だって、ハイムントだもの。わたくしに好意的に、そんな条件を出すはずがない。
きっと、わたくしが成人するまでは領地にいることとなっているから、教育係りになれば、しばらくは、ハガルの猛攻を避けられる、とハイラントなりに考えたからだ。そうに違いない。
わたくしは、皇族スイーズのことを思い出す。ちょっと口説かれたけど、ハガルが出た途端、熱意はハガルに向かった。思い上がりそうになった時は、いつも、それを思い出すようにしている。
「何を考えているのか、私もわからんが、悪事ではない。ハイムントはな、母親に随分と言い聞かされて育っている。考え方はハガル寄りではあるが、育てたのは母親だ。何度か会ったことがあるが、こう、痛烈な女性だぞ」
「ハガルが夢中になるのですから、さぞや、美人なのでしょうね」
「………」
「えっと、可愛らしい?」
「………」
想像がつかない。一体、ハイムントの母親は、どんな人なんだろうか。
ハガルの本当の姿を見る前までは、ハイムントは母親似だと思っていた。しかし、ハイムントは父親似だ。では、母親と似ているところはどこだろうか?
「あの、ハイムントとお母様が似ているところは、その、ありますか?」
「………」
むちゃくちゃ悩んでる!?
性格はどう見ても、戦争バカではない。ハイムントは母親を含めて、一族のことを戦争バカと言っていた。しかし、ハイムントは政治も経済も謀もお手の物だ。
体格? ハガルは剣術も体術も技術を極めているという。ハイムントは、そんなハガルに手ほどきをされただろうから、そこも同じだろう。
「そうだな、ハガル使いが上手なところだな」
「………」
それはきっと、育った環境で、生まれ持ったものではない。そう口にしそうになって、わたくしは頑張って飲み込んだ。
「ハガル手製の肖像画をこの邸宅に運びこむ話があるから、そのうち、見れるだろう。驚くぞ」
「楽しみにしています」
どんなものが出るのやら。
しばらくお茶していると、ハガルがハイムントの手によって引きずられるようにして邸宅に戻されるのを見ることとなった。ハガルはぽいっとライオネルの横に放り出される。
「皆さんが、もっと頑丈にしたい、と言いましたから、手伝っただけではないですか」
「仕事をとりあげてはいけません。さあ、城に帰って、母上の荷物を運ぶ準備をしてください。部屋はもう、決めました。魔法具を使って、さっさと運び込んでください。城につなげてもかまいませんよ。その部屋は、父上の自由です」
「いいのですか? つないじゃって、いいのですか? 模様替えも好きにしていいのですか?」
「ええ、繋いでください。模様替えも好きにしてください。だから、領地に手を出さないでください。はやく、妖精を引き上げてください」
「あれは、防衛のために、残しておきましょう」
「僕が盗ってもいいなら、残しておいていいですよ。盗ります」
「そんなことをしたら、防衛が」
「父上」
「そういうところは、ステラにそっくりですね」
諦めたハガルは何かしたようだ。ハイムントは深くため息をついた。どうやら、防衛とやらで置いていかれた妖精をハガルが回収したようだ。目に見えないことだから、わたくしは気にならないが、ハイムントにとっては大変なことらしい。
「ほら、もう城に戻るぞ。偽装しなさい、偽装」
「疲れました」
「一日でもはやく、部屋をつなげれば、その姿でいられる部屋が確保できますよ」
「早く帰りましょう、ライオネル様」
ライオネルが言っても動かなかったハガルも、ハイムントが言えば、喜んで動いた。
そうして、やっと、大物二人がいなくなって、ハイムントは珍しく疲れたのか、ソファにどっかりと座り込んだ。
「一体、ハガルは何をしたのですか?」
わたくしはハイムントの隣りに座った。ハイムントは相当、弱っているのか、わたくしの膝に頭を乗せてきた。おい、誰も許可してないよ、これ。
でも、疲れた美しい顔で見上げられてしまうと、わたくしは逆らえない。この美形なら、何でも許されるな。
「貧民街と領地の境界に作った壁をさらに高さをあげただけでなく、落とし穴の罠まで作ってくれた。ついでに、壁を登ろうとしたら、妖精の可愛くない悪戯をされる、なんて命令をされた妖精をわんさか置いていってくれた」
「えっと、それって、すごいの?」
「落とし穴は全て塞がせた。壁の高さはまあ、仕方がないから、諦めた。妖精の可愛くない悪戯は死にはしないが、大怪我をするから、妖精を引き上げてもらうしかない」
「………」
死ななければいいじゃない、みたいにハガルは思ったのだろう。でも、大怪我って、とんでもないわ。
「母上の時もそうだった。散々、手を出し、口を出し、ついでに近寄る敵を攻撃し、と酷かったぞ」
「よく知っているわね」
「まれに、生まれた頃から記憶のある人がいるという。僕はそういう類だ。そういう光景をずっと見ていた。あの頃が、母上も父上も、手下たちも、皆、幸せだったな」
そう言って、ハイムントはすっと眠ってしまった。
え、寝ちゃうの!? わたくしは動くに動けなくなった。どうしようか、と悩んでいると、様子を見に来たハイムントの秘書兼護衛のサラムとガラムが部屋に入ってきた。
「あれ、ハガル様は?」
「ハイムントが説得して、城に帰っていきました」
「おや、珍しいですね、若が寝てる」
「おお、珍しい。ぐっすりだ」
サラムとガラムが眠っているハイムントを突いたりしている。
「ちょっと、可哀想ではないですか! よっぽど疲れたんでしょうね。寝かせてあげましょう。ほら、運んでください」
「このままでいいですよ」
「そうそう。動かしたら、起きちゃいますよ」
「わたくしはどうなるのですか!?」
「あ、部屋の鍵あけないと」
「ハガル様に消し炭にされちゃう」
逃げた!? サラムとガラムはハガルを理由に部屋を出ていった。
もう、わたくしについている使用人はいない。この屋敷にいる使用人は、全て、ハイムントの配下だ。結局、外が暗くなっても、誰も助けてくれなかった。
目を醒ましたら、真夜中だった。何故かベッドに寝かされているのだけど、場所が悪い。
だって、そのベッド、ハイムントのベッドだ。わたくしが使っているものとまるで違うのでわかる。
ついでに、ハイムントがわたくしを抱きかかえるようにして眠っているのだ。
ハイムントを見上げれば、妖精の目のほうを眼帯で隠して眠っている。この眼帯姿でも、危険な感じがして、魅入られてしまいそうだ。皇族スイーズのことを思い出そう。思いあがるな、わたくし。
随分とぐっすり眠っているようで、わたくしがハイムントの腕から逃れても、ハイムントは起きる気配がない。ただ、ちょっとだけ、表情を険しくする。それを見ると、離れがたい。
でも、淑女として、わたくしはハイムントのベッドから抜け出した。
当主となったら使う予定だった部屋は、以前は偽物の叔父が好き勝手に使っていた。内装も偽物の叔父が勝手にかえたのだ。それをそのままハイムントは使っていた。どうせ、使えればいい、なんて貧民としての考えなんだろう。
わたくしはそのまま、音をたてないように私室に戻った。そして、机の上になにやら、大きな箱が置かれていることに気づいた。朝はなかったものだ。
部屋の灯りをつけて、箱を開けてみれば、中には、借金返済のために売り払った両親の遺品が入っていた。中には、両親がわたくしに、と贈られた子ども向けの貴金属もあった。
思いあがってしまう。こんなことをされたら。
わたくしは必死になって、皇族スイーズのことを思い出そうとする。だけど、思い出すのは、城から飛び降りた時のことだ。飛び降りる先に影皇帝の姿のハイムントが待っていた。
あの時は、ハイムントの魔法の力で助かった。だけど、魔法がなかったら、ハイムントは道連れで死んでいた。それほど、高い場所から飛び降りた。
飛び降りた時、思ったことは、この綺麗な男の腕で死にたい、ということだった。だって、最高な死に場所だ。あんな、顔も覚えていない皇族かどうかもわからない男どもに凌辱されて生き残ったって、きっと死ぬだろうけど、最低な場所だ。
死に場所くらい、最高のところがいい。
結局、死にぞこなったけど、生きてて良かった、なんて思ってしまう。こうやって、無造作に置かれた思い出は、とても嬉しい。
そうして、思い出にひたろうとしている所に、隠し通路の扉が開かれ、複数の見知った者たちが入ってきた。
「あなたたちはっ」
叫ぶのが遅かった。口を塞がれ、知らない薬品の臭いをかいで、すぐ、意識を失った。
酷いものだ。誘拐された時のことを思い出す。両手両足を縄で拘束され、外が見えないようなずた袋にいれられていた。
物凄く頭がいたい。わたくしを強制的に眠らせようとした薬とわくたしの体があわなかったのだろう。ついでに、乱暴に運ばれたとわかるほど、あちこちが痛い。もう、痛い目にあいたくないってのに、皇族になってもあってばかりだ!!
そして、妙な香が焚かれている。煙いので、息が苦しい。このまま、火あぶりにされるんじゃないか、なんて勘違いしてしまう。
無駄に抵抗はしない。動いたって、きっと、意味がない。そうしていると、思いっきり蹴られた。蹴られ方が女っぽい。男だと、もっと痛いのだ。
「いたっ!」
でも、痛いものは痛い。わたくしはついつい、声を出してしまった。もう、最悪だ!
「なんだ、起きてたのか。ほら、開けろ」
男の声を合図に、わたくしはずた袋から出された。結果、汚い床に放り出され、顔も服も汚れる。掃除されていないそこに芋虫みたいにされて、さらに最悪だ。
「無様な姿ね!」
「………えっと、サラスティーナ?」
綺麗な顔で嘲笑う女の顔を見て、わたくしは、ちょっと、首を傾げる。服装がね、品がないのよ。肌をあんなに露出させて、遊女みたいなんだ。
「そうよ、サラスティーナよ! あんたは相変わらず、無様に転がっている姿がお似合いね!!」
そう言って、また、わたくしの腕を蹴った。
「ほどほどにしろ。妖精を狂わせる香とはいえ、限界があるぞ。あまり怪我をさせると、復讐される」
「忌々しいわね」
わたくしに唾を吐き捨て、サラスティーナは男の元に行く。
眼帯をした男は、サラスティーナの体を抱きよせ、わたくしを見下ろす。
「これが、お前の従姉? これっぽっちも似てないじゃないか。ほら、ここが、ない」
わざと、サラスティーナの胸をもんでいう眼帯男。お前、言ってはならないことを言ったな。絶対にいつか、皇族の力で復讐してやる!!
「きっと、子爵の血筋でないのよ。子爵の血筋は、わたくしだけ。あんたは、どこかの皇族の隠し子よ。だから、血の繋がりがなかったのね」
「可哀想にな。この女の親に陥れられたんだな。本当は、お前が子爵家を継ぐはずだったのに、皇族の力で捻じ曲げられたんだな」
「そうなんです!」
「この女をどうにかすれば、子爵家再興も出来るな」
「はい!」
二人芝居をわたくしはただ、呆れたように見ているしかない。
だって、子爵家なんてもうない。今更、サラスティーナが名乗り上げたって、皇帝は子爵家を再興なんてしない。領地だって、ハイムントが男爵位を拝命した時に、男爵領となってしまったのだ。邸宅だって、ハイムントの支配下だ。
「海の貧民王が助けに来るとでも思っているのか? ここに来ることはないぞ」
「ここは、どこですか?」
雰囲気は、ハイムントが支配する貧民街と同じ感じだ。ただ、海の匂いがしない。
「ここは、最果ての貧民街だ。海の貧民街とは規模が違うぞ。それ以前に、最果ては、貧民王の拠点地だ! 俺は、二十年以上前に帝国に滅ぼされた貧民王の息子だ!!」
「すみません、学がなくて、知りません」
「そうよね。貴族の学校にすら通っていなかったものね」
嘲笑うサラスティーナ。そういうあなたは知ってるっていうの? 正直、知らないでしょうね。
目の前にいる眼帯男は、どうやら、ハイムントと同じような立場だという。帝国には聖域の数分、貧民街も存在するという。それぞれ、独自の支配組織があるとは聞いていたが、まさか、サラスティーナが最果ての貧民街の支配組織の上層部の女となっていたのには、驚きだ。
「サラスティーナ様、この女を捕らえました! 次は、あの男をぜひ、殺す力を貸してください!!」
暗闇にたたずむ一人の男は、地下牢にいるはずの執事だ。薄汚れた執事服のまま、狂ったような笑いを顔に貼り付けている。普通にしているが、聖域の穢れを受けているから、苦痛がすごいのに、大丈夫だろうか。
「やはり、偽りの貴族には、誰も従わないわね。領民も皆、わたくしに従うと言っていたわ!」
そうサラスティーナが叫べば、ハイムントに追放された領民たちが執事の向こう側から姿を表す。その中には、わたくしを誘拐した者がいる。
「あの邸宅の抜け道は、こいつらが教えてくれた」
最果ての貧民王はそういう。
わたくしよりも昔、きっと、ハイムントの先祖の代から、ずっと、領民と使用人の間で、勝手にされていたのだろう。ハイムントが見つけた隠し通路の入口は一つだが、もっとあるはずだ。ハイムントは、まだ、そこまで調査をしきれていなかったので、今回、侵入を許されたのだ。
最果ての貧民王を芋虫となっているわたくしの体を乱暴に引っ張って、みすぼらしい寝具の上に乗せる。そこも、埃やらなにやらすごい。
「さて、海の貧民王の女は、どんな味かな」
「違う!」
冗談じゃない。そんな関係でもないってのに、純潔を奪われるなんて!!
わたくしは出来るかぎり暴れる。両手両足を縛られたって、動けるのだ。皇族になった頃に比べれば、それなりに肉付きもよくなって、力だってついた。ハイムントなんな、好みにするために、何故か運動させるのよ。あいつの好みって、一体、何なのよ!?
だから、抵抗してやった。あまりに抵抗するから、最果ての貧民王が舌打ちする。
「おさえつけろ」
そうして、元領民たちに命令する。
わたくしを騙しまくった元領民たちは、遠慮がない。だって、わたくしを騙して嘲笑っていたんだもの。簡単にわたくしはおさえこまれてしまう。
「皇族についた妖精の攻撃はな、閨事では起きない」
「離せ!」
「さてさて、どんな姿か、見せてもらおう!!」
そう言って、わたくしの服を乱暴に引き裂いた。
そして、最果ての貧民王は息を飲む。わたくしをおさえこんでいた元領民たちでさえ、力がゆるむほどだ。
「なんだ、傷だらけじゃないか!!」
そうなのだ。わたくしの体は、小さな傷がいっぱいだ。だって、偽物の叔父家族に散々、虐待されたのだ。熱湯だってかけられたことがある。
真実、わたくしの夫となる男は、この傷だらけの体を見たら、子作りなんて出来ないだろう。それほど、醜いのだ。
それでも、容赦なく、最果ての貧民王は、わたくしだって触ったことがない所に触れる。
「痛いっ! もう、痛いじゃない!! 最低!!!」
領民たちの力がゆるんだので、わたくしは膝で最果ての貧民王を蹴ってやる。それには、最果ての貧民王は吹っ飛んでくれる。やった、当たった!!
だけど、大したことがないのだろう。最果ての貧民王はすぐに立ち上がり、笑った。
「あはははははは、あまりにみすぼらしくて、あいつも手が出せないか!!! だったら、尚更、手を出してやらないとな。あいつには、片目を抉られた借りがある」
眼帯をしているのは、ハイムントに怪我をさせられたからだ。残った目には、憎しみが宿る。
「随分と大事に大事にしているから、さぞや、と思っていたが、そうでもないのかもな。まあ、皇族を相手にすることなんて、そうそうない。俺の子どもを産ませてやるよ」
「わたくしにだって、選ぶ権利はあるわ!」
「その醜い体でか!! その体を見たら、海の貧民王だって、見向きもしなくなるだろうな」
「っ!?」
「可哀想にな」
悔しい。言い返せない。だって、そうだ。こんなガリガリでみすぼらしくて、傷だらけの女、よほどの物好きじゃないと、相手にしてくれない。貴族の中に発現した皇族だから、あの皇族もどきだって夜這いしたんだから。
悔しくて涙を流していると、遠くで、とんでもない火柱が起きた。
最果ての貧民王は、わたくしから離れて、外を見て、笑う。
「来たか!!」
そう言って、わたくしの頭をつかんで、引きずるようにして、外が見える所まで連れていく。
建物の外には、影皇帝と五人の魔法使い、そして、見覚えのある貧民たちがいた。
「私の皇族姫を返してもらおう」
影皇帝は、甘い笑みを浮かべて、そう言った。




