入学
学校で使う道具すら、サツキは準備されない。仕方がないので、私が用意する。どちらにしても、そこら辺の道具をサツキに使わせるなんて、私が許せないのだ。
「こんな、高級なもの、受け取れません」
なのに、サツキは申し訳ない、とばかりに突っ返してきます。
「そんな、サツキのために準備したのですよ!? 素材から、何から、最高のものを使いました。これをサツキが使ってもらえると思うだけで、私は楽しかったですよ」
「………テラス、散歩をしましょう」
サツキは何か考え込んで、席を立つ。
連日の健全な食事により、サツキはすっかり体型がよくなっていた。まだ、足りないが、急に体を戻すのは危ない。時間をかけなければ、体のほうが驚いて、壊れてしまうことがあるのだ。
私は妖精を使って人払いをする。それだけで、サツキは誰にも見られることなく、屋敷を抜け出せる。
サツキは先に歩き、どんどんと森の奥へと歩いていく。
「危ないですよ。毒を持つ蜂がいるというではないですか」
「ああいうのは、殺すのは簡単ですよ。勿体ないですが、薬で殺してしまいました。あれも、良い栄養源なんですが、そこは贅沢を言ってはいけませんね」
私が手を下す前に、サツキがやってしまった後だ。そういえば、歩いている先に、あの毒がある蜂が死んで落ちている。巣が近い所にあったのだろう。
そういう所を抜けると、突然、視界が開いた。
突然、大きな屋敷が目の前に現れた。作りは古いが、それは、ただの屋敷ではない。
「まさか、魔法具!?」
その屋敷は、魔法具だ。屋敷全てに、今は失われた技術によって施された魔法が息づいている。状態保存の魔法が働いているので、汚れ一つ、埃だってない。その屋敷に普通にサツキは入っていく。
こんなものがあるとは、私は知らない。一体、サツキは何者なんだ!?
そのまま、屋敷の地下に下りる。そして、見せられた。
魔道具と魔法具だ。それも、部品もあれば、未完成のままのものもある。完成品は、最後の仕上げである妖精憑きの魔法が施されていないだけだ。
「ここは、一体」
「わたくしの一族は、帝国を動かす道具を作る一族です。道具、作ることも修理も何も出来ないでしょう? あれは、わたくしの一族しか出来ません。いえ、簡単な修理は妖精憑きでも出来るでしょう。千年に一人生まれるという妖精憑きであれば、修理も作成も出来ます。ですが、ただの人では、わたくしの一族しかこなせません」
「そんな、こと、知りません」
「歴史の流れに、消えていったのです。道具作りの一族ではありますが、それを出来る者はどんどんと減っていきました。今では、わたくしだけですよ」
「それは、素晴らしいことです!! この事を公表しましょう」
「いいえ、これは、わたくしとテラスの秘密です。誰にも言ってはいけません」
サツキは道具を撫でて、静かに笑う。
今の帝国での致命的な問題は、道具だ。道具の作成と修理が出来ないため、壊れていく一方なのだ。道具をどうにかする方法も焚書によって失われてしまったため、ただ、壊れていくのを見ていくしかないのだ。
その問題をサツキ一人で解決出来るのだ。私が思っている以上に、素晴らしいことだというのに、隠せと命じられた。
「どうしてですか!?」
「わたくしは、平凡に生きたいのです。こんなこと出来ると知られたら、平凡にはなれません。わたくしは、復讐が終わったら、あなたは新しい身分と家を与えてくれるのでしょう?」
「ですが」
「いいように利用されるのは、うんざりです」
サツキの本音だ。サツキは、この素晴らしいと言える特技を捨てて、ただの人として生きたいのだ。
サツキは泣き出した。
「わたくし、最近、虫の子とか、虫を焼いたものとか、食べられなくなりました。テラスのせいです。責任とってください」
「ええ、もちろん、生涯、責任をとります」
手に入れた!! 私は泣いているサツキを抱きしめて、歓喜に震えた。
サツキから秘密を教えられ、私と出会う前に戻れないと泣かれ、嬉しかった。ただ、私はサツキのためにやっただけだ。そこに下心なんてない。その結果、サツキは私なしでは生きていけなくなったのだ。
口づけしたい。だけど、我慢した。段階を踏まなければならない。まだ、生活の一部だけだ。サツキの全てを私で満たすには時間がかかる。だけど、それは楽しいことだ。まるで、狩りをしているようだ。
サツキの貴族の学校の合格は、家族に知られることとなった。サツキに言われるままに、私は何も偽装させることなく、新入生代表の打診の手紙を出したのだ。
そして、サツキは顔に青い痣を作るほど殴られたのだ。それを見た私は怒りに震えた。
「殺してやりましょう、あの男どもを」
「我慢してください。殺しては、終わりです。殺さず、生かさずですよ」
サツキはいつものように笑顔を見せる。だけど、力がない。
「代表挨拶は、どうなりましたか?」
「お父様がお断りの手紙を書きました。本当に愚かですね。今回、断るのは悪手だといったのに」
「こんな顔にするなんて」
「化粧で隠せることですよ。痛みなんて、逃す方法はいくらだってあります。お腹がすきました。もうそろそろ、お肉が食べたいわ」
「柔らかく煮込みました」
時魔法を使えば、一瞬だ。サツキが幸せそうに食べる姿を見るだけで、私は嬉しい。はやく、あの家族を殺してやりたい。だけど、サツキはダメだという。だから、ぐっと我慢して、サツキを別の方向で喜ばせようと努力した。
「サツキの母親の形見だという服を作り変えましたよ」
「テラスって、何でも出来るのね!! すごい!!! わたくしよりも上手だわ」
「………もしかして、今、着ている服は、サツキのお手製ですか?」
「そうよ。針と糸を手に入れるだけでも大変なのよ。お陰で、刺繍は上手になったわ。見て、お礼にって、テラス用のハンカチを作ったのよ」
「この模様、妖精を弾いたあれですか!?」
「正解。妖精避けの効果あるの。これをあちこちに縛っておいたのよ。だから、あなたの妖精はわたくしにはつかないし、屋敷にも入れない。そんな効果のハンカチで、ごめんなさい」
「いえ、あなたが作ってくれたものです。とても嬉しいです」
先祖が残した技術をサツキは様々な形で見せてくれた。
「服にも、色々としているのよ。そういえば、テラスの服も、何かしているでしょ?」
「筆頭魔法使いの服ほどではありませんけどね」
「あれは、道具作りの一族と、妖精殺しの一族の合作よ。作り方だけ、帝国に教えたのよ。作り方がかなり面倒だから、筆頭魔法使いの試験に使われるようになったのよね」
「そうなのですか!?」
「二人だけの秘密よ」
こうして、どんどんと、私とサツキだけの秘密は増えていく。
本当は、どういうつもりで、サツキは秘密の共有を言い出したのかわからない。こう私に言っているだけで、サツキは他にも言っているのでは? と疑う時もある。しかし、サツキの周囲にいる味方は私のみだ。
サツキは私の手をとって、青あざとなった頬にあてる。
「テラスの手って、気持ちいいわね。冷たいとか熱いとかではないけど、なんとなく、そう感じるの」
「ずっと、こうしていましょうか?」
「いけないわ。あなたは城に戻らないと。いつもありがとう。わたくし、人並の幸せを享受出来て、幸運だわ」
「私の元に来てくだされば、あらゆる幸福をさしあげますよ?」
「人並でいいの、人並で」
ちょっと誘惑してやると、サツキはしっかり距離をとってくれる。まだ、早いか。
「それで、これからどうするのですか? 新入生代表は断られてしまいましたよね」
「皇族が生徒会長をしているのよ。次は、皇族の使いがやってくるわ」
サツキはよくわかっている。貴族の学校は前代未聞の話なので、皇族ルイ様に泣きついた。生徒会長でもある皇族ルイ様だが、あまり皇権を使いたがらなかった。それを恥と思っているところがあった。
しかし、今回の騒動は、皇権を使うしかなかった。学校より上となると、皇族しかないのだ。
そして、皇族の使いをさすがに追い払うわけにはいかないサツキの父ブロンは、サツキは体調が悪い、と言い張り、サツキの義妹クラリッサを同席させたのだ。
「あれほどの素晴らしい成績です。あなたも親として、鼻が高いでしょう。ぜひ、ご息女を説得してください」
表向きは、サツキが断ったこととなっていた。だから、そういう話になるのだ。
「あの子はたまたま、調子が良かっただけでしょう。クラリッサはその日、体調さえ崩していなければ、もっと素晴らしい成績をおさめたはずです」
「お義姉様が勉強の邪魔さえしなければ、もっといい成績でした」
「そうですか。それで、サツキ嬢を説得してもらえますか? 出来ないようでしたら、我々が話したいのですが」
「サツキは本当に性格の悪い子です。あの子を代表なんかにしたら、我が家の恥だ。ここは、クラリッサが代表として挨拶をします」
「………」
皇族の使いは困惑する。いきなり、別の娘を代理として代表挨拶させろ、なんて父親がいうのだ。
「貴様ら、何をふざけたことを言ってるんだ!? これは、皇族が決めたことだ。それをたかが一貴族が曲げるというのか!!」
「しかし、サツキは本当にどうしようもない女で」
「お義姉様は、やること全て、酷いのです!!」
「具体的に言ってください。どう酷いのですか? 調査します」
皇族の使いは、とうとう怒り出した。そして、サツキの身の上の証言を、父、義妹に求めたのだ。
サツキの悪評はひどいものだった。夜は男漁りをしている、無駄に散財をしている、気に入らないことあがると使用人に暴力をふるう、領地の視察にも田舎だからと参加しない、と噂そのままを話されるのだ。
確かに、聞くに堪えられない話である。だから、一度、持ち帰ることとなったのだ。
「これは、皇族が決めることですから、持ち帰ります。素行に問題があるようでしたら、貴族の学校の入学もなくなるかもしれませんね」
「まあ、可哀想」
「仕方ない。日頃の行いが悪すぎるのだ」
憐れむ義妹クラリッサに、皇族の使いは心打たれた。
「私からも、あなたを代理にするように、進言しておきます」
「本当ですか!? では、文章、考えておきます」
「期待してください」
そんなやり取りの後、クラリッサはサツキに新入生挨拶の文章を考えさせた。
いつもの通りに食事を運んで、そういうことを聞いて、呆れる。
「それで、サツキが考えているのですか。その義妹のために」
「ありきたりな文章ですよ」
すぐに文章は出来上がる。完璧だ。あとは、当日の天気がどうなるか、である。
「あの義妹のために、あなた手を動かさなくてもいいではないですか」
「何を言っているのですか。これは、わたくしが発表するのですよ。愚かですね、たかが皇族の使いごときが、皇族に意見をいうなんて、愚かなことを仕出かして、ただで済みませんよ」
「確かに、そうですね」
笑ってしまう。あの皇族の使いは、もう、生きていないな。
皇族は絶対だ。皇族の決め事に意見を言えるのは、同じ皇族か、それ以上の存在だ。たかが皇族の使いが、物を考えるとは、愚かでしかないのだ。
「となると、説得しに皇族が来るわけですか」
「来ませんよ。皇族は動きません」
「それもそうですね」
私よりも皇族というものをよくわかっているサツキ。
「もう、入学式まで時間がありません。当日、説得することとなります。どうせ、皇族は生徒会長ですから、学校にいます。そこで、わたくしの家族をつかまえて、説得するでしょう。そして、散々、わたくしの家族は意見を言って、皇族を怒らせます。その、ちょうどいいところで、わたくしが助けてあげます」
新入生代表のあいさつ文が書かれた紙は完成した。あとは、その日を待つだけだ。
制服だけではない。学校までの足である馬車すら、サツキは与えられなかった。そういうのはお見通しなので、私はサツキの制服を当日、手渡した。
「母のお古で誤魔化すしかないわね。テラス、ありがとうございます」
「髪を綺麗にしましょう。せっかくの晴れ舞台ですよ」
「いりません。どうせ、あの男にめちゃくちゃにされるのですから」
「………」
殺意がどんどんと膨らんでいく。サツキがいうから、あの下劣な家族は生きていられるだけだ。サツキは殺すことを望んでいない。生かさず殺さず、生きたまま、苦しめることだ。
一体、どうするのか、私はわからない。サツキの計画まで、私は聞かされない。信用されていないとか、そういうものではない。
サツキは自ら、やりたいのだ。
「サツキ、私との連絡手段は覚えてますか?」
「覚えているわ。あなたに手紙を書くことなんてあるかしら」
「私の元に真っすぐ来てくれないでしょう。追い出された時、私があなたを見つけられなかったら、せめて、手紙をください。やってほしいことがあれば、何でもしてあげます」
「もう、急にどうしたの」
「もうそろそろ、始めるのでしょう」
サツキは貴族の学校に無事、入学する。制服は私から贈った。道具等も私から提供した。大事なものだから、サツキは、例の秘密の屋敷に隠している。万が一のことがあっても、私はあの屋敷に十分の数を置いた。盗まれても、壊されても、いくらだって、私は準備してやる。そして、壊したり盗んだりした奴らには、いつか、私から復讐してやる。ただ、生きてられると思うな。私の大事な皇族の物を壊したり、盗んだりしたのだ。私も、サツキに見習って、生かさず殺さずをしてやる。
少し、髪を整えた。毛先も随分と傷んでいたが、それも、随分と綺麗になった。
本当は、魔法や妖精の薬を使えば一瞬だ。だが、こうやって少しずつ、整えるのは、私の楽しみだ。少しずつ変化していくのを見るのは楽しい。
私が少しずつ手をかけて、少しずつ育てていく。
顔の傷は化粧で隠した。さすがに完治は不可能だった。治してやりたかったが、サツキが頑なに拒否したのだ。
そして、私は遠くから見守るしかない。サツキを見送り、城に戻り、いつもの作業だ。今日は、入学式なので、午前で終わりだ。午後は、また、一人で歩いて帰っているのだろう。
そんなことを考えながら、皇帝と公務である。
「お気に入りの女は、どうだ? もうそろそろ、篭絡できそうか」
「彼女は、そんな安い女ではありませんよ」
言い方が悪い。私は怒りを見せた。
皇帝ラインハルト様、時々、迂闊なことを言ってしまう。サツキの事に関しては、話題にするなら、本当に気を付けないといけない。
「ルイから報告を受けている。新入生代表がなかなか問題児だ、と。噂を集めたんだが、酷いものだな。本当か?」
「嘘です。清廉潔白です。彼女は素晴らしい女性です。見る目のない、真実を見極められない愚か者ばかりが跋扈しているのですよ。これを機会に、掃除をしましょう」
「そ、そうだな」
カタカタと震えるラインハルト様。本当に、余計なことを言ってくれる。その噂だって、腹が立つというのに。
「ラインハルト様、例の捕虜、今日から皇族の護衛になりましたね。後で、報告を聞きたいのですが」
「もう、そんなに大きくなったのか、あの子ども」
「そうですよ、立派な騎士に偽装しています。見ると、あの屈辱がどうしても蘇る」
苛立ちが募る。アルロはあの学校にいるのかと考えると、イヤな予感がする。まさか、あの男がサツキのことを気にかけるとは思えないが、どうだろうか。
アルロは、個がない。ただ、命令されるままに動くだけだ。余計なことなんてしない。だから、アルロとサツキが重なることはない。そう思った。
サツキが暮らす屋敷とは違って、貴族の学校は余計なことはされないので、私の妖精は普通に忍び込ませられる。サツキの雄姿をぜひ妖精を通して見たかった。
その前に、サツキが無事、学校に到着しているか気になった。あの家は使用人も含め、本当に最悪だ。誰が真の主かわかっていない。馬車だって二つある。もう一つ、置いていかれたサツキのために動かせばいいのだ。
それすらされず、サツキは黙々と歩いていた。早朝の、まだまだ時間が早いというのに、サツキは綺麗な姿勢で、周りの景色を眺めながら、笑顔を見せる。
彼女が泣いたのは一度きり。食が辛いと吐き出しただけだ。どれだけ暴力を受けても笑顔で返し、毒舌で返し、さらにひどい目にあって、笑顔で沈黙する。
送り迎えします、と私は言ったのだ。秘密裡にしてあげることは簡単だ。せめて、入学式の晴れ舞台は、楽をさせたかった。
「舞踏会に行くために歩いた時は、楽しかったわ。外、綺麗ね。わたくし、歩くのが好きだと知ったわ」
そう言われてしまうと、私は手を出せない。
そして、実際、歩いて、笑顔を見せるサツキが見れた。そのまま、早すぎる登校となった。このまま、私はサツキの護衛のごとく、妖精を少し離した所に置いた。
「おい、何をやっているんだ、テラス?」
妖精が見える者で、それを見て私とわかる者など、ただ一人だ。
私は妖精を使って、話しかけてきた者に近寄った。
「アルロ、随分と早いな。まだ、皇族は移動中だ」
「皇族の護衛じゃないのか?」
「私の妖精がついているのだ。その必要はない。私用で、ここにいるだけだ」
「あんたでも、私用で力を使うんだな」
「私も清廉潔白なわけではない。悪用にならない程度に、力は使用する」
「そうか、そういうものか」
私に話しかけているが、アルロの視線は別にあった。その視線の先には、笑顔で校舎に入っていくサツキの姿があった。
私はアルロの視線をさえぎるように妖精を動かした。
「お前、見えないだろうが!?」
「何を見ているんだ?」
「綺麗な女だ。男なら、気になるものだろう」
「そういう芝居か?」
「芝居? どうだろう。俺は、感じるがよくわからない。わかるのは性欲程度だ。だが、あの女が美しいのだろう。そうか、これが、美しいと感じることか」
ただ、サツキを見ただけだ。アルロは目の色をかえた。




