十年に一度の舞踏会での出会い
私の寿命からいって、この目の前の男が最後の皇帝なんだろうな、とわかっていた。
今日は、十年に一度の舞踏会という大切な日だというのに、若い皇族の女を寝所に侍らせて寝ている。それを見ることになった私は、もう、溜息しかないよ。どうして、こんなの皇帝に選んじゃったかな!?
仕方ない、この男、物凄い女好きで女遊びが激しいが、能力はぴか一だ。こいつだけなんだ、それなりの血筋で、皇帝にしても問題ない皇族は。
いるにはいたが、この男はずば抜けていた。仕方なかった。皇帝の儀式も、お互い、嫌々ながら通過してしまったし、選びなおししたくない。
「起きてください、ラインハルト様」
触れるのもイヤなので、布団は魔法で吹き飛ばしてやる。途端、女ごと皇帝はベッドから落ちた。
「いったー、何するのよ、テラス!!」
一応、皇族の女だ。私に対して上から叱ってくる。
「やめろ。テラスに対して、失礼な態度をとるな」
途端、起きたラインハルト様が激怒して、皇族の女を素っ裸のまま、部屋から放り出した。気の毒に。
「たく、賢者テラスへの態度も口も最悪だ。二度と、あの女とは寝ない。除外しておけ」
「承知しました」
皇帝ラインハルト様は、妙なところで線引きをしっかりする。私に対しての態度が悪い女は絶対に許さない。だから、私とラインハルト様がそういう関係なんじゃないか、なんて皇族間で噂されているけどね!! 迷惑だ。
ラインハルト様は、品位や態度、そういうものを重視する。見た目が良くても、礼儀がなっていない女は相手にしない。生まれ育ちが悪くても、ラインハルト様は根気よく教育するのだ。その能力はずば抜けている。それでも、品性が悪すぎると、ラインハルト様は捨てる。捨てられた女たちは、生きて城から出られないけど。
今回は、皇族なので、とりあえず、生きてはいられる。が、皇帝に捨てられた、と瞬く間に噂になり、恥ずかしいことになるだろう。これから結婚を考えるような若い娘が、気の毒に。
少し気の毒には思う。が、ラインハル様の女癖の悪さは、誰もが知っていることだ。それで拒否しなかった時点で、その皇族の女も終わったようなものだ。
私が静観している間に、ラインハルト様はさっさと準備をすませる。
「今回は、貴族から、皇族が発現するかな? もうそろそろ、あってもいい頃合いだろう」
「そうですね。そこは神が決めることですから」
いくら私とラインハルト様が願っても、神の思し召しだ。
十年に一度、帝国中の十歳以上の貴族を城に集めることとなっている。表向きは、交流会みたいなものだ。
だが、実際は、貴族の中に皇族が発現したかどうか確認するためだ。皇族は、本来、血筋だ。城の奥深くで保護されながら保たれる。しかし、それでも皇族でなくなる者は出てくる。それなりに血も薄くなることだってある。いつも皇族同士で婚姻するわけではないのだから。時には、貴族から血を入れて、おかしな皇族が生まれないようにするのだ。そうすると、皇族の儀式を通過出来ない者が出てくる。儀式を通過出来ない者は、貴族になるか、平民になるか、場合によっては処刑されたこともあった。今は、処刑しない。皇族の儀式を通過出来なかっただけで、皇族の血筋は確かだ。少しでも生き残るように、身分を与えて放逐である。
皇族は世間知らずだ。それなりの教育を受けてはいるが、外では生き残るのは困難だ。だいたいは、騙されたり、その皇族の態度により嫌われたりして、生き残るのは稀だ。それでも、貴族に下った場合は、皇族の血筋だから、と尊ばれたりして、子孫を残せたりする。そうすると、稀に皇族が誕生するのだ。
貴族に発現する皇族は貴重だ。血筋は確かだし、なにより、濃くなり過ぎた皇族の血筋を健全にしてくれる。だから、もうそろそろ、貴族の中に皇族が発現してほしいのだ。
男だとなおいい。女だと一人二人がせいぜいだったら、男なら、種付けだから、増やすのが簡単だ。そんな失礼なことを頭の片隅で考えながら、私は皇帝を会場に放置して、やってくる貴族どもを離れた場所で見た。
皇族が発現するのは十歳以上だ。さすがに満十歳は危ういので、十一歳の子どもから上の年齢の貴族全てを集めた。招待状も精査し、漏れがないことを確認し、特殊な魔法をかけたのだ。だから、入場する時、不正は出来ない。
いるんだ。貴族でもなんでもない女を連れてくるバカが。あと、お家事情で、少なかったりすることもある。そういう場合は、絶対に入れない。万が一、入れるようなバカがいたら、その場で処刑だ。私は容赦しない。その権限を皇帝から与えられている。
そうして、気配も何もかも消して、受付を見ていた。どんどんと進む行列。なかなか、終わらないが、仕方がない。帝国は広い。貴族の数だって相当なものだ。普段は貧しくて、こんな所に来られない貴族だっている。そういう貴族にも手当を出して、強制参加させるのだ。参加は義務だ。欠席は許されない。欠席した場合は、反逆の意思あり、として、やはり処刑だ。そこは、帝国、厳しいのだ。
そうしていると、とうとう、騒ぎが起きた。三人連れの貴族だ。
「何故、入れないのですか!?」
「招待状はある。入れてくれ」
「わたくしは貴族ですよ!!」
三人三様、耳障りな声で叫ぶ。離れている私のところまで届くとは、下品極まりない。こういうの、皇帝ラインハルト様は大嫌いなんだ。
私はさっさと現場に行く。
「どうした?」
「それが、招待状は本物なのですが、不正の反応が出ました」
確認作業は、門番と魔法使いだ。門番は表面上の文章を見て、魔法使いは招待状にかけられた魔法で確認するのだ。
この招待状からは、二つの不正が出ている。
一つは、人数が足りないということだ。文章でもわかる通り、本来は四人だ。四人分の名前が書かれているというのに、三人しかいないのだ。
もう一つは、招待状の正式な持ち主でない、ということだ。これは、当主宛に出されたものだ。
目の前にいるのは、親子だろう。父、母、そして娘だ。もう一人足りないということは、その上に祖父母がいるのか?
「名前を名乗ってくれ」
私がどこの誰なのか知らないようで、三人は偉そうな態度だ。覚えておくから、後で覚悟するように。
「私は伯爵家当主ブロンだ」
「ブロンの妻カーサです」
「娘のクラリッサです」
娘のほうは、気持ち悪い品なんぞ作ってくる。そういうのは、ラインハルト様が最も嫌うやつだ。私も気持ち悪いから、関わりたくない。
「ここに、サツキという名がある。どこにいる?」
「あの娘は、寝坊したんだ。起こしても、起きてこない」
「本当に愚図な上、夜遊びなんかして、迷惑しています」
「お義姉様ったら、どうしようもない女ですから」
途端、サツキという女の悪口が炸裂する。聞いていると、気持ち悪くなってくる。これはもう、悪意しかないな。
「まず、サツキを連れて来なさい」
「どうして!?」
「貴族ということは、貴族の学校を卒業したんだろう。貴族の学校では、この舞踏会の絶対は教育される。それは、どんな田舎の貴族の学校でもだ。招待状に書かれた者全てが揃わないと、ここに入れない。万が一、参加しなかった場合は、反逆罪として処刑される」
「そんな、聞いてない!!」
「どこの学校だ? 今すぐ言いなさい。学校を処分する」
「え、その」
「調べればわかることだ。後で学校に報告する」
「忘れていました!!」
ちょっと脅してやれば、すぐに意見を変える。最悪だな、この男。
しかし、当主と名乗るブロン。当主と主張しているが、招待状はそれを認めていない。ということは、この場に来ていないサツキという女が正式な当主ということだ。
話を聞いていればわかる。サツキは、ブロンの娘だ。しかも、母親が違うのだろう。そういうことは、よくある話だ。
私は招待状をブロンに返した。
「邪魔になる。さっさとサツキという女を連れて来い」
「それでは、遅れてしまうではないですか!? 友達とお約束しましたのに」
「ここは入れない。お前たちが入った瞬間、この門番と魔法使いは処刑される。そして、お前たちも処刑だ。それでいいなら、入れ」
「何様のつもりだ!? どこの誰か、名乗れ!!」
「賢者テラスだ」
相手が雲の上の人だと、今更知ったのだ。ブロンは震えて尻もちまでつく。
この騒ぎで迷惑している後続は、それなりに私のことを知っている貴族も多い。蔑むように、この家族を見ていた。
触るのも気持ち悪いので、家族ごと、そこからどけた。通路の端に吹き飛ばされる三人は、私に恐怖して震える。
「さっさと、娘を迎えに行け。遅刻しても、問題ない。舞踏会が終わるまでには入城しなさい」
そう言ってやれば、転びながら、三人は別の通路で下りていく。
こういう騒ぎを起こすと、色々とまずいと感じる貴族が出て、慌てて戻る者が出てきた。本当に、どういう教育をしてるんだ、学校は!?
たかが十年に一度だ。だが、その一度で、実際に家が潰されるのだ。場合によっては、一族ごとだ。あれほど厳しく教え込まれているはずなのに、出来ていない。もう、これが答えられない奴は貴族にするな、と皇帝に命じてもらおうか。
そうしないのは、無駄な貴族を処刑するためだ。こうやって、教育の出来ていない貴族を大義名分を掲げて処刑して、皇帝の権威を高めるのだ。だから、どうしても、こういう穴は必要なのだ。
そうして、どんどんと確認作業は終わりを迎える頃、最後尾に、あの騒ぎを起こした一家がいた。
これはまた、と私は目を見張った。あの騒ぎを起こした三人は、こういってはなんだが、品性のない服だ。あと、姿勢も良くない。それに対して、散々、悪く言われていたサツキという女は、姿勢よく、嫣然と微笑んでいた。母親は違う。もう、顔立ちが別物だ。かといって、父親に似たところもない。妹にもない。この四人家族、誰も似ていないのだ。
なのに、クラリッサは父ブロンと母カーサの間で仲良くしている。対して、サツキは一歩下がって、三人の背中を眺めている。
まるで、嘲笑うように。
あれだけの騒ぎを起こしたのだ。門番も魔法使いも覚えている。そして、私もいるのだ。城側の態度は悪い。それなのに、ブロンは堂々と招待状を出してくる。
だけど、不正が出た。
「入れませんね」
「サツキを連れて来たのにか!? わかった、この招待状が悪いんだ!!」
ブロンは私の魔法にケチをつけてくれる。いい度胸だ。今すぐ消し炭にしてやる。
私が殺気立つので、門番も魔法使いも逃げる準備だ。
「お父様、渡し方がなっていませんのよ」
これまで黙っていたサツキが前に出て、ブロンから招待状を取り上げる。両手で持って、門番に差し出す。
「どうぞ」
丁寧に頭を下げるサツキに、門番も魔法使いも蟠りをひっこめる。三人の態度は最悪だが、サツキは丁寧なのだ。
そして、招待状は無事、受理された。
「お父様、物のやり取り一つ、なっていませんのね。それでも貴族の学校は卒業できるのですから、わたくしの卒業は、簡単そうですわね」
「この、生意気いうな!!」
ブロンは人前だというのに、サツキの長い髪を引っ張った。サツキ、少しバランスを崩して、倒れそうになる。
それを私は咄嗟に腕を引っ張って、引き寄せて助けた。
腕に抱きしめて、驚いた。軽くて、骨ばかりみたいにガリガリしている。近くで見れば、化粧で、その顔色の悪さや、細さを誤魔化していた。
「大丈夫ですか!?」
「このような場で、娘に暴力をふるうなんて!!」
門番と魔法使いは目の前のことに怒りを見せる。明らかに、父親ブロンがやったことは、人道的に許されないことだ。
「あの、お放しください」
おずおずというサツキ。しかし、私はどうしても彼女を手放したくない。
サツキは皇族だ。しかも、かなり血が濃い。ここまで濃い皇族はなかなかいない。手放したくないくて、つい、力が入る。
だが、理性の部分で、言い訳を考える。
「足をくじいたかもしれません。医務室に行きましょう」
「いえ、くじいておりません」
サツキは頑なに拒否して、私から離れてしまう。無理矢理するわけにはいかない。私はぐっと我慢した。
「サツキ嬢、お話があります。どうか、このまま、一緒に来てください」
どうせなのせ、私はこのまま、皇帝の前にサツキを連れて行こうとした。
「申し訳ございません。婚約者を待たせてしまっています」
だが、サツキはまた断ってきた。
門番と魔法使いに責められている家族の元にサツキは行く。
「わたくしの髪がお父様の手に引っかかってしまっただけです。責めないでください」
「そんな、どう見ても」
「髪の手入れも満足に出来ませんでしたので、ご迷惑をおかけしました。婚約者を待たせてしまっていますので、どうか、お通しください」
サツキは父親に代わって深く頭を下げた。それには、門番も魔法使いも大人しく下がった。
忌々しい、みたいにブロンはサツキを睨み上げる。
「お前が来ないばかりに、とんだ遅刻だ!!」
「準備に時間がかかりましたのですから、仕方がありませんわ。何せ、使用人は馬車も出してくれませんでしたもの」
「それは、お義姉様の日頃の行いが悪いからです。使用人だって人です。お義姉様に従いたくないのですよ!!」
「ふーん、そうですのね。よくわかりませんが、全て、わたくしが悪いのですね」
「そうよ!!」
とんでもない言いがかりだ。聞いていて、私でさえ、憤りを覚える。
だけど、これは全て、サツキが誘導したものだ。あの父親も、義母も、義妹も、サツキに誘導され、言わされていた。
どんどんとサツキが悪者にされていく。外野は面白おかしく聞いて、噂するだろう。それをあえてさせているのは、実はサツキだ。
「あら、待ちきれない男ですね」
サツキは一人の若者がやってくるのを呆れたように見ていた。あれが、サツキの婚約者なのだろう。
「遅いじゃないか、クラリッサ!!」
婚約者じゃない? 男は、サツキの義妹クラリッサを抱きしめた。そして、サツキを睨んだ。
「なんだ、その地味な服は!? 俺の婚約者として、随分と時代遅れの地味な服を着るなんて、恥をかかせるつもりか!?」
サツキの婚約者だった!? あまりの言葉に、聞いていた門番も魔法使いも、信じられないように男を見てしまう。
それはそうだ。サツキの婚約者だというのに、義妹を抱きしめているのだ。そして、婚約者の服を批難する。
見ていて呆れるばかりだ。義妹と婚約者の服は、見事に対となっている。明らかに、婚約者は義妹に、今日のために服を贈ったのだろう。
サツキは義妹と婚約者の服をじーと見て笑った。
「仕方ありませんわ。贈られてきた服、クラリッサにぴったりで作られていましたもの。婚約者ですのに、わたくしの体型にあわせて作れなかったなんて、情けない」
「み、店が、そう、店が間違えたんだ!!」
苦しい言い訳だ。婚約者は、サツキではなく、義妹に服を贈ったのだ。それを言葉裏にサツキは批難した。
私は我慢できなくて、サツキの手をとる。
「どうか、私と同行していただきたい」
こんな所に置いてはおけない。彼女は、もっと、尊ばれるべき存在だ。
「申し訳ございません。亡くなった母のご友人にご挨拶せねばなりません。舞踏会の時間は思ったよりも短いので、急ぎませんと」
「では、ご一緒させてください」
「婚約者がいますので、それはちょっと」
婚約者は義妹とべったりだというのに、サツキは私から距離をとろうとしている。
「また、お義姉様ったら、男を誑かして」
「とんだ恥知らずだな!! そなたも、サツキの本性を知らないから」
「黙れ!!」
とうとう、私の我慢の限界がきれた。今なら、皇帝ラインハルト様の気持ちはわかる。品性の下劣な者は、虫唾が走るほど気持ち悪い。消し炭にしてやりたいほどだ。
クラリッサは、サツキの婚約者の後ろに隠れる。
「こ、怖い」
「貴様、どこの誰だ!?」
「無礼者、賢者テラス様だ!!」
とうとう、魔法使いもきれた。魔法でサツキの婚約者だけでなく、クラリッサも吹き飛ばしたのだ。この男は、城にありながら、魔法が使えるほど有能な魔法使いだ。
皇帝の次に偉い私に対して、とんでもない口をきいたのだ。サツキの婚約者は震えて、座り込んだ。クラリッサは、ひれ伏すほど、震える。
「まあまあ、賢者テラス様だとは知りませんでしたわ」
こんな時に、サツキは朗らかな声をあげた。見れば、サツキは嫣然と微笑み、綺麗な礼を見せた。
「ご無礼いたしました。伯爵家長女のサツキと言います。あなたのお誘いをお断りするなど、大変、失礼なことをいたしました。どうか、お許しください」
耳に心地よい声、礼儀もわきまえ、ともかく、サツキの動作一つ、言葉一つ、全て完璧だ。ここまでのものを見るのは、高位貴族でも珍しい。
「いや、婚約者のいるあなたに、私が立場を悪くなるようなことをしてしまった。出来れば、後で、お時間をいただきたい」
「母のご友人へのご挨拶、なかなか大変ですから、お待たせすることとなってしまいます」
「かまわない。私から、迎えに行こう。絶対に、帰らないように」
「承知しました」
サツキは笑顔を絶やさず、礼を尽くした。その姿に、私は胸を打たれ、感動した。
彼女を手に入れて、閉じ込めてしまいたい。
心底、そう思った。




