失敗
皇妃となったランテラ、なんと、妊娠した。月齢は誤魔化せそうだな。
「あの女、お兄様というものがありながら、何てことしてくれてるの!?」
「皇族と貴族で、色々とやってくれたんだ。仕方がない」
いや、それだけじゃないんだけどな。
調べると、とんでもない事実が出てきた。この浮気騒動、筆頭魔法使いアイシャールもちょっとだけ関わっていた。いや、掠る程度だよ。罪に問われるようなことではない。ほら、命じられたんだ。アイシャールは実質、無罪のようなものだ。
普通、貴族の男なんて簡単に皇族の居住区に入れられない。許可をとらなければならないのだ。
アイシャールが戦争に行っている間は、ランテラ、浮気なんてしていない。許可が下りないからね。浮気をしたのは、戦争が終わってからだ。皇族がアイシャールに命じて、許可を秘密裡に下ろさせたのだ。そして、貴族の出入りが可能となり、ランテラは浮気しまくったわけである。
見た目のいい男が随分と相手してくれた。お陰で、どの男かわからないけど、妊娠したのだ。
何故、皇族はこんなことをしたのか? 皇位簒奪のためだ。ランテラを利用して、私を殺させようとしたのだ。妊娠したら、それは私の子ではない。その事実でランテラを脅すつもりだったのだ。
「それで、お子様はどうするのですか?」
心底、驚いたような顔で聞いてくるアイシャール。命じられたから、仕方なく、許可を下ろしたんだよね。
「私の子として育てる。魔法使いが見るには、双子だそうだ。産んでもらったら、ランテラは処分だ」
「そうですか」
嬉しそうに笑うアイシャール。喜ばないで!?
ランテラの両親である伯父夫婦は平謝りである。しかし、これはもう、許す範疇を越えた。私はな、誠実でないのは許せないのだよ。
確かに、アイシャールとは皇帝の儀式をしたけど、一度だけだ。あの儀式場は封印した。もうやらない、絶対にやらない。執務室のベッドは撤去した。私の私室にアイシャールは絶対に入れてなるものか!!
「皇族の最低限のお役目も終わったことだし、次だ、次!!」
そう、次の段階にいかないといけない。
「ナーシャの捜索だが、その前にやることはあるのか?」
皇帝としてやらなければならないことは、他にあるような気がした。
アイシャールは少し考えこんだ。
「そういえば、あの聖域にお連れしていませんね」
「どこの?」
「国境沿いにある聖域です。あの聖域は一度、皇帝は行くこととなっています。もし、力がるのでしたら、運命の人が見えるそうですよ。見えないといいですね」
見えないほうがいいんだ。何かあるんだろうな。見えませんように。
ご機嫌のアイシャールは、さっさと私の手を引いて、隠し通路を通って、王都に聖域に連れ出した。そこから、アイシャールは聖域間を飛ぶのだ。それは、一瞬のことだ。本当にすごいよ、妖精憑きって。
どこかの洞窟の入口だ。振り返れば、断崖絶壁だよ。上もそうだ。ちょっと登れそうな感じだけど、しない。落ちたら終わりだ。
そのまま、アイシャールに引っ張られ、洞窟の奥へと行く。そして、湧き水が溢れる所が行き止まりだった。
「綺麗だな」
どこに光源があるのかわからないが、辺りが青白く光っている。その光景だけでも、来た価値があるというものだ。
ふと、何か視界の端を横切った。そちらを見れば、見覚えどころか、よく見ていた人がいた。
「ラーシャ、そんな所で何をしてるんだ」
「イーシャ様?」
「なんだ、幻か。どうなってるんだ?」
「まさか、見えるのですか!?」
「アイシャールの悪戯か。ほどほどにしなさい」
真っ青になるアイシャール。また、私の手を引っ張って、洞窟を出る。だけど、そこから元の王都の聖域に飛ぶことはない。
「アイシャール?」
「イーシャ様は、妖精憑きなのですね」
「そんなバカな。儀式をしても、私は掠りもしなかったと聞いている」
だいたい、アイシャールが気づかないはずがないのだ。
「まれに、あまりに力弱すぎて、儀式でも見つけられないことがあります。イーシャ様は、力の弱い妖精憑きです」
「それがどうした? 何も出来ない」
「この聖域では、皇族の血筋の妖精憑きは、運命の相手が見れます。その相手と子を為しますと、その子は、聖域の支配権を塗り替えられるのです」
「なるほど。そうやって、聖域を帝国のものにしたわけか」
元帝国領の小国群がどうして、帝国から切り離されたのか? それは、そういうことが出来る皇族が、切り離したのだ。つまり、逆も出来る。
「しかし、私とラーシャは兄妹だ。子を為せない」
「皇族で、妖精憑きが発現するのは、稀です」
「アイシャール、全ての皇族で試してから言いなさい」
何もしないうちに、私が動くわけにはいかない。
アイシャールは筆頭魔法使いの顔に戻り、私の前にひれ伏し、私の靴を舐めた。
「皇族の男ども全てで試します。ご報告、お待ちください」
「アイシャール、不埒なことをする男がいたら、絶対に従わないように。私から命じておく」
「ありがとうございます」
「あと、万が一、私の命令の上をいくようなら、報告しなさい」
「はい」
私よりも血筋が上ならば、排除だな。
私の命令の上をいった愚かな皇族の男は二人だった。仕方ないので、私の手で処分だ。、身の程をわきまえないのだ。生きている価値もない。
というわけで、ラーシャに報告だ。妖精憑きかもしれない皇族の男はなんと二人いた。いるんだな。
「イヤならいい。別に、私の代で、帝国統一なんてやらなくていいんだ。定期的に、こういう確認をしていって、後進に押し付けていいんだ」
「そうね。若すぎるものね」
そうなのだ。あの聖域でラーシャを見れた皇族の男子、なんとまだ、五歳と七歳だ。若いなー。
「相手がいい年齢になってから考えればいい。それまでは、誤魔化そう。これを表沙汰にすると、また、面倒臭いことになる」
ナーシャの二の舞だ。五歳と七歳の皇族の男子は、わけもわからないから、親にも話していないだろう。父親もよくわらず連れて行かれて、試練みたいなものです、とアイシャールに説明されただけだ。これの重要度はわかっていない。だから、ナーシャの時のような騒ぎは起きない。
だけど、子どもだ。すぐに話してしまう。
「幽霊を見たんだよ!!」
「見た見た!!」
「見えなかったぞ」
「えー、見えないのか」
「わかった、お前、好きなんだろう」
「そ、そんなこと!?」
「無意識に思ってたな!!」
まあ、子どもってすごいよね。勝手に好き嫌いとかに発展だ。大したことがない、で処理されていく。誤魔化す必要なんてないよ。
ラーシャの姿が二人も見えたのだ。自然と、ラーシャのことを意識する。それは、子どもの間で伝染していく。もう、あとはラーシャがちょっと思われる程度だ。おもしろいな、これ。
「面白くないわよ!! 子どもになんか、見られて、大変なんだから」
「男にもてもてで、兄としては鼻が高いよ」
「良かったですね、ラーシャ様」
「他人事だと思って!!」
相手は子どもだ。私は気長に待てて良かった。アイシャールが喜んでいるのがよくわからないが。
「これで、帝国統一の準備段階には入った。あとは、各地の小国と交渉だ。面倒臭いなー」
戦争するわけにはいかないのだ。つい最近、したばかりだから。
「辺境は遠いですね」
地図を広げて、改めて感じることだ。アイシャールは声を落とす。
「だから、分割したんだ。帝国には手が余る、と。だけど、もう統一していいだろう」
「このままではいけないのですか?」
「お互い、必要になってくる。私は皇帝になってわかる。王様とは、面倒くさいものだよ。私事は二の次にしなければならない。小国の国王たちも、最初は独裁で良かっただろう。だけど、小国同士で取引をするようになると、そういうわけにはいかなくなる。面倒くさいこともしなくてはいけない。それが王というものだ。外を見なければいいが、国民は外を見る。よりよい所を見ると、羨ましくなってしまう。そして、自国にも、なんて言い出すわけだ。それを抑え込めなくなっただろうな」
私が皇帝となって、不満分子はそれなりにいる。それを上手に操作するのは大変だ。ただ、処刑すればいいわけではない。共存しないといけないのだ。ランテラの浮気を操作した皇族と貴族は処刑したけど、それは大事なことだ。牙をむいた時は、しっかりと処理しないといけない。
そういう腹の探りあいが面倒くさくなってきただろう。だから、もうそろそろ、お役御免にするわけだ。
「ラーシャ、別に無理しなくていい。だが、相手二人がそれなりの年齢になるまでは、頭の片隅にでも考えていてくれればいい。もちろん、気になる男がいるなら、結婚してもらっていい」
「本気で言ってるの? ナーシャがいないのに?」
「生きているかどうかわからない。だったら、ラーシャはナーシャの分まで、幸せになるべきだ。そう考えなさい」
正直、生きているとは私は思っていなかった。あんな小さい子どもが辺境で放り出されたのだ。助かるとしたら、奇跡でしかない。皇帝となり、私事な二の次となると、そう考えてしまう。
私がもう諦めているという事実に、ラーシャは怒りを見せた。だから、ラーシャはあんなことをしたんだろう。私は、本当に酷い兄だ。
ラーシャの夫候補である子どもがそれなりの年齢になった時、私はラーシャに襲われたのだ。女って、本当に恐ろしいね。
ラーシャは、父親不明の子を妊娠出産した。ラーシャもその子どもも色々と酷く言われた。だけど、私が側にいる時は、皆、静かになった。
だけど、ラーシャは子どもと一緒に部屋から出なくなった。あまりにも周りが酷くいうから、傷ついたのだろう。そう思った。
「わたくしに任せてください」
アイシャールがそういうので、私は任せた。逃げたんだな。
そして、ラーシャの子どもエウトが五歳になる頃、ラーシャは亡くなった。本当に忽然とした亡くなり方だった。
「ラーシャ様、気狂いを起こしていました」
「言ってくれれば」
「近づけられません。それで、その、あれほどの気狂いです。わたくしでは、どうしてもお止め出来なかったのです」
「仕方ない。エウトは私が引き取ろう」
「み、見てから、お考えください」
アイシャールが言いづらそうだ。説明してもらうよりも、見たほうが早い。
私はラーシャの葬儀の準備をしつつ、ラーシャの子エウトに久しぶりにあった。最後に会ったのは、歩き始めた頃だ。
これまた、可愛らしい服を着た子だ。とても似合うな。ニコニコと笑っている可愛い子だ。
「エウト、男の子だと聞いたけど」
「はい、男の子です」
「私の目が悪くなったかな? どう見ても女の子なんだけど」
「ラーシャ様、エウト様をナーシャ様の身代わりにしたのです!!」
とんでもない話だった。
ラーシャは最初、まともだったのだ。だけど、私との子を為したことで鬱となった。そうしていると、子どもエウトが三歳にして、かなりの天才児となったのだ。文字もすぐに覚え、それなりに難しい本も読めるようになった。言葉使いもしっかりしていたという。それを見て聞いたラーシャは、エウトをナーシャの生まれ変わりと思い込んだのだ。
ラーシャもまた、ナーシャの生存は諦めていた。もう、生きていないと思っていた。そこに、私が酷いことを言ったのだ。ラーシャは傷ついたが、すとんと納得もしてしまった。そこに、ナーシャの再来のように賢い子どもエウトが生まれた。
教えれば教えるほど、どんどんと吸収していくエウト。見た目だって、似て血の繋がりがあるのだから、幼いころは似てしまうことがある。気狂いを起こしたラーシャは、エウトをナーシャの身代わりにたて、女の子として育てたのだ。
まさか、久しぶりに見た隠し子が女の子として登場するとは、なかなか衝撃的すぎて、どうすればいいのか、困った。
「父上、この女の子は、これから引き取るのですか?」
私の長男イズレンが聞いてくる。イズレンは、ラーシャが天塩にかけて育てた子だ。とても立派になった。ラーシャのことも覚えているし、恩も感じているので、エウトのことはどうにかしたい、と思ったのだろう。
「私の責任だな」
私はエウトを片手で持ち上げた。思ったよりも軽いな。あれだ、色々とまずいことになっているな。触れる感触に、私はエウトの扱いを改めないといけないと思わされた。
「イズレン、この子はこんな恰好をしているが、男の子だ」
「お、叔母上は、何を考えていたんですか!?」
「気狂いを起こしてたんだよ。全て、私の心無い発言が悪かった。この子は、その犠牲者だ。気の毒な子だ。私が責任をとって、育てよう」
「わかりました。お手伝いします」
「それはいいが、お前たちは独り立ちの時期だろう。もう、部屋だって準備されている」
「通いで手伝います」
「色々と言われる子だぞ」
「覚悟の上です」
エウトは何もわかっていない。女の子のように可愛らしい笑顔を向けてくる。これも、ラーシャが教え込んだんだな。ナーシャに対して、随分と夢見過ぎだ。本当のナーシャは、こんな可愛い笑顔は………思い出せない。
もう、随分と昔の話だ。だから、覚えているはずがない。笑った姿も、歪んでいる。今のナーシャの姿は、ラーシャだろう。そのラーシャも、気狂いがひどすぎて、すっかり様変わりをしていた。アイシャールが支えていたとはいえ、酷いものだ。
「アイシャール、長い事、ありがとう」
「エウト様も一緒に面倒をみさせてください」
「そうだな、女の力は必要だな」
もう、私の私室には、女はいない。ラーシャは私を嫌って近寄らなくなり、妻のランテラは秘密裡に処刑していない。伯父夫婦ももう寿命でいなくなった。
私が引き取るということは、あの部屋でエウトは一人で過ごすことになる。
何もわかっていないエイトに私はわらいかける。
「これから、皆で、お前を育てよう」
「よろしくお願いします」
まだ声がわりをしていないので、女とも男ともいえる高い声だった。
ナーシャの夫であり、妖精憑きカンダラから、ナーシャの遺書を受け取った。確かに、それは私宛となっていた。
開けてみて、私は笑ってしまった。中からは複数の宛先の手紙が入っていた。
父宛。
母宛。
ラーシャ宛。
私宛。
皮肉としか思えない。ナーシャは、両親が処刑されるなんて、思ってもいなかったのだ。生きているかも、もしかしたら、寿命で死んでるかも、そんな書き出しだった。
辺境は遠い。さらに、帝国の中でのことだ。皇族の生死になんて、表に出ない。全て、城の奥で終わるのだ。皇族の生死は帝国民には関係ない。皇族はたくさんいるのだ。死んだって、まだまだいるのだから、問題はない。皇族がいなくなるのが問題なのだ。
だから、ナーシャは両親は生きているものと思って、遺書を書いていた。
私が宛先となっていたのは、私が皇帝となったことをナーシャが知っていたからだ。ただ、それだけだった。
「アイシャール、ナーシャは、優しい女だった」
ベッドで眠るアイシャールの手を握る。アイシャールは傷ついた顔を見ないで、と泣いて訴えたのだが、私は見た。随分な姿となっていた。
だけど、今の私には一番、お似合いだ。
アイシャールの顔をそっと隠した。
ナーシャの遺書の読み手は私だけだ。だから、私は全て、焼き捨てた。もう、誰も見ることはない。
思い出の中のナーシャは強かで、もっと腹黒いと思っていた。そう思い込んでいた。
しかし、実際のナーシャは、裏切った両親をも許してしまえるほど、心優しい子だった。
「もっと早く見つけてあげられなくて、すまない」
謝るしかない。
女運の悪いお兄様へ
最初の出だしはこうだ。だから、遺書は本物だとわかった。捨てられた時はどうだったか、なんて欠片ほども書いていない。ただ、家族がいて、帝国には挨拶に行きたかった、と書いてあっただけ。恨み事はない。最後は家族の心配で締めくくられていた。
お兄様は女運が悪いのですから、気を付けないといけませんよ。
女には、わたくしを含めて、本当に警戒してくださいね。




