皇族姫を騙した者たち
わたくしの世話をする人がいなくなったことで、新たに人を雇う必要が出てきた。でも、領民は誰も、皇族の使用人になりたいとは思わないだろう。
何せ、わたくしがお世話になっている男爵ハイムントが、悪行を働いた領民と元使用人を掃除してるから。
悪行を働いた領民は、本当に即、領地を追い出された。一応、書類も作ったので、近くの領地が受け入れるはずだ。しかし、そこからが酷い。
ハイムントは貧民の諜報機関を使って、噂を流したのだ。男爵領を出された領民は、貴族の中に発現した皇族に対して悪事を働いた、と。悪事を働いた当時はただの一貴族の小娘であったが、現在は皇族である。言葉を上手に変えて噂を流されてしまったので、追い出された領民たちを受け入れる領地はいない。
結果、領地に戻ってきたのだ。
領地の出入りを制限していないので、勝手に戻ってきた。そして、他の領民たちに縋ったのだ。
「お願いだ、俺たちを受け入れてくれ!!」
「もう、行くところがないの!!!」
「か、金も、もう底をついていて」
そう言って、土下座する元領民たち。一族総出で追い出されてしまったので、かなりの数だった。
ところが、領民たちは冷たかった。
「男爵様が教えてくれたよ。あんたたち、随分と昔から、執事と一緒になって、横領してたんだってね」
「隠されてた貨幣を見せてくれたよ。あんなにたくさん、いつ頃からやってたんだ?」
「真面目に納めてる俺たちに、その隠された横領貨幣で、納税の免除をしてくれると男爵様は言ってくれた。だけど、さらに税率を下げると言われたから、俺たちは納税すると断ったんだ」
「それよりも、ラスティ様を助けられなかった私たちも悪かった。あんなやせ細った、一人の女の子に全部、押し付けたんだ。あの金は、ラスティ様のために使われるべきだ」
「横領をして犯罪者になったんだ。すぐそこに貧民街がある。そこに行けばいい。上手に生きていれば、きっと、男爵様が救ってくれる」
全て、ハイムントは領民たちに伝えた。領民たちの中には、横領した仲間が残っているのは、元領民たちもわかっていた。
遠くで他人事のように見ている横領した仲間たちにつかみかかる。
「お前たちも一緒になってやってたじゃないか!!」
「そのまま逃げるつもりか!? 金をよこせ!!!」
「俺は関係ない!!」
「知らないわ!!」
こうなると、もう、阿鼻叫喚である。横領した仲間同士で殴り合いの喧嘩が始まったのだ。
「こらこら、ボスが治めるここで、喧嘩をしてはいけない。俺たちはボスには、絶対に喧嘩はするな、と命令されている。ということは、喧嘩はしちゃいけないのだろう」
そう言って、貧民の若者が他の貧民を連れてきて、止めに入った。
「触るな!!」
「貧民の分際で!!!」
「俺たちの領地だぞ!!!」
どちらが悪者かわからないほど、横領した仲間たちは口が悪かった。
貧民たちだって、口は悪い。育ちが悪いのだから、仕方がない。だけど、物腰は柔らかい。
「でも、喧嘩はダメだって、ボスに命じられてる。それは、絶対だ。喧嘩をするなら、こっちだ」
そう言って、貧民たちは、喧嘩をする横領した仲間たちを力づくで、貧民街に引きずり出した。
悪事なんて何一つしたことがない領民たちは、事の成り行きを見て、呆然となった。
さっきまで、頑張って領地を支えよう、なんて話していた領民が、実は横領をしていたのだ。その事実を元領民が暴露したので、お互いの不信感が募った。
そして、横領を表沙汰とされた領民の家族たちをどうするのか? 領民たちは戦々恐々と見守る。誰も、その家族たちに近づかない。だって、巻き込まれて、領地から追い出されたら、大変だ。
そういう報告をわたくしの前で受けるハイムントは、笑っただけだ。何も答えない。
「ラスティ様の使用人は、なかなか難しいようですから、僕の部下にやらせましょう。料理のほうは、ハガル様がくださるそうですよ」
「どうやって!?」
「そこは、色々とあります。ハガル様、手先も器用ですから、色々と魔道具も作れるのですよ。僕の妖精の目だって、ハガル様の自作です。はやく城に来てほしい、と言っていました」
とうとう、ハガルはわたくしの胃袋を掴もうとしている。これ、本当は逆よね。女のわたくしが男のハガルの胃袋掴む立場なのに、おかしい。
「ハイムントも、料理、出来るって、聞いたわ」
ちょっと、気になったので、わたくしは聞いてみた。皇帝ライオネルも、賢者ハガルも、ハイムントの料理はまあまあ美味しい、と言っていた。
「ハガル様の料理は一流です。僕の料理は、家庭的ですね。まあまあ美味しくて、食べられればいい、という料理ですから。それでも、部下たちには評判が良いですよ」
「ハイムント様の料理は美味しいですよ! 久しぶりに食べたいです!!」
「ステラ様がご存命時は、毎日のように作ってくれましたよね。食べたい!!」
食べたことがあるサラムとガラムは食べたそうだ。ちょっと、気になる。
「わたくしも、食べてみたいわ」
「立場が立場なので、もう作ってはいけない、とハガル様に叱られました」
「ハガルは作るのに?」
「ハガル様は魔法の鍛錬です。僕は魔法使いではないので、そういうことをする必要はありません」
ハイムントは、どこか寂し気な顔を見せる。きっと、昔はハガルと同じように、魔法の鍛錬と称して、料理してたんだ。
「料理が魔法の鍛錬なの?」
そして、ふと、おかしな事に気づく。魔法と料理って、関係ない。
「料理には、火、水、土、風、と色々と使う要素は多いです。ついでに、時魔法を使えば、一瞬で煮込み料理の完成です。そういうことを同時進行で行うのは、かなりの高等魔法です。時魔法を使えるのは、今では、僕とハガル様だけです」
「そんなに凄いのに、どうして、魔法使いにならないの? 嫌がらせを受けたわけでもなさそうだし」
城で会った魔法使いたちとは、ハイムントは仲良くしているように見えた。実際、楽しそうに話し込んでいた。
「魔法使いとして、どうしてもやれないことが一つ、あったんです。だから、僕は魔法使いになれませんでした」
「たった一個? 時魔法なんて、ハガルとハイムントしか使えないというじゃない」
「魔法使いとしては、時魔法は使えなくてもいいんですよ。魔法使いと名乗るには、絶対に出来ないといけないことがいくつかあります。僕は、一つだけ、どうしても出来ませんでした。その事実のために、父上は一時期、狂ったんです」
そういう話を使用人たちを粛清している時にしていた。ハガルは、ハイムントをどうしても側に起きたくて、狂気に飲まれたという。
「今は、大丈夫なの?」
「母上直伝の、父上を宥める方法があります。そこは、僕の方が上ですよ」
「ハイムントのお母様って、すごいのね」
会ったことも見たこともないハイムントの母親には、とても興味が惹かれる。
年に一度の皇族の食事会で城にいた時に、ハガルのことは色々と聞いた。ハイムントは聞けば話すが、積極的には話してくれないので、ハガルに現在進行形で狂っているスイーズにお茶を飲みながら教えてもらったのだ。
ハガルのことを裏では皆、こう呼ぶ。
才能の化け物
皇族狂い
狂皇帝を作った男
皇帝の娼夫
不死身の化け物
悪名がいっぱいだ。だけど、当のハガルはそんな風に見えない老人だった。でも、その姿は偽物だ。本当は、ハイムントに似通った、絶世の美人だ。男も女も魅了するその姿に、皇族スイーズは、妻も子も孫も捨てたのだ。ついでに、貴族の中に発現した皇族であるわたくしを口説いていたというのに、ハガルを見た途端、わたくしは視界の端にも入らなくなった。
「一度、見てみたいわ、ハイムントのお母様。肖像画とか、ありませんか?」
「ありますよ。父上がいくつか描いたものが。ですが、その肖像画のある部屋に入れるのは、特別な者だけです。皇帝でも、入れません」
「ハイムントでも?」
「………」
無言だ。言いたくないか、説明か難しいのか、どちらかだ。見てみれば、ハイムントは考えこんでいる。頭の回転がはやいハイムントが考えこんでいるということは、説明が難しいほうだ。
「そうですね、もうそろそろ、見れるようになるかもしれませんよ」
そうして、答えを導き出したハイムントは嫣然と微笑む。悪い顔してる。何をしようとしているのやら。
わたくしは今日もハガルお手製の菓子をいただいている。それを一枚、ハイムントの口元に持っていく。
「たまには、家族が作ったものを食べてみたらどうですか」
「………僕は実は、かなりの甘党なんです。ハガル様の初代皇帝の菓子は、口にあわないのですよ」
「そうなの!? もっと苦いものとか好きそうなのに」
「甘味は贅沢品です。貧民は皆、甘党ですよ。昔はよく、僕が鍛錬で作った菓子を食べさせました。それもあって、今では私に忠実です」
途中、影皇帝の顔になるハイムント。
「さて、残党の処理ですね」
「もう、いいじゃありませんか。悪事をしたら酷い目にあう、そういうことが目に見えるようにわかりました。残された家族が可哀想です」
横領をした元領民と、横領をしていながら居残った領民の喧嘩は、そのまま貧民街に放り出され、その後、戻ってくることはなかった。残されたのは、横領を告発されながらも、何もされていないその家族だ。
まだ、小さな子どももいるという。肩身が狭くて、つい最近まで友達だ、と一緒に遊んでいたというのに、今では誰も近づいてこないという。
「そこは、領民たちがどうするか、です。僕の部下たちは、この領地では平等です。相手が犯罪者だろうと、領民だろうと、聖人だろうと、悪人だろうと、貴族だろうと、皇帝だろうと、命じられた通り、同じ対応をします。それしが出来ないんです。ですが、平民はそうではありません。このままでいい、とは思えないでしょう」
「あなたは、こうなるとわかっていて、わざと野放しにしたのですね」
「戻ってきたのは彼らだ。僕は戻る許可を下していない。この領地は、関所なんか設けていない。必要がない。何せ、要所となれる場所ではないからだ」
「だから、勝手に戻ってくることは、わかっていたのでしょう」
「さすが、ラスティ様。よく出来ました」
「誤魔化さないでください!! これから、どうするのですか!? あなたは何もしないわけがないでしょう」
「僕は何もしませんよ。僕の部下も、何もしません。僕がやるべきことは、ラスティ様の皇族教育ですよ。普通の皇族では経験できないこと、いっぱい、しましょうね」
「こんな心が痛くなる経験はしたくないです!!」
「ライオネル様も、昔は貴族に騙されたそうですよ。それから、ハガル様に色々と世の中の辛酸を教えられたとか。スイーズ様もそうです。立派な皇族は皆、城の中では教えられないことを身を持って体験します。ラスティ様、城に入れば、一生、出られません。今のうちに、色々と学んでください」
そう言って、ハイラントはわたくしの横に跪き、足に口づけした。
わたくしは生まれてからずっと暮らしている邸宅に地下牢があることを知らなかった。偽物の叔父家族が出て行ったあとも、わたくしは誰からも教えられなかった。執事でさえ黙っていた。
それをハイムントは知っていた。ハイムントは、一族が持つ記録で知ったのだろう。そう思って聞いてみた。
「戦争バカですからね。戦争バカというと、猪突猛進と思われがちですが、独自の暗部や拷問、私刑だってやっています。だから、貧民街の水があったのですよ。こちらに来てしばらくして、隠された地下牢を見つけはしました。元子爵家の使用人どもの目がうるさかったので、地下牢の掃除は出来ませんでしたが、やっと、掃除が出来ました」
地下牢だけ? なんて言ってしまいそうになる。いかんいかん、どんどんとハイムントの悪い部分に毒されてきた。わたくしの善性、城に入る頃にはなくなっていそうだ。気を付けないといけない。
「地下牢、行ってみたいのだけど」
「掃除は終わりましたし、いいですよ。酷かったですよ」
隠さないんだ。ハイムントはわたくしに真っ黒なものを遠慮なく見せてくる。ハイムントの中での、禁忌の部分の基準がわからない。
そうして、ハイムントの案内で地下牢に連れて行ってもらう。地下牢の出入口は、代々の当主が使う寝室にあった。そこから、隠し扉を作動させると、地下へと続く階段が出てくる。
ハイムントが足をかけると、真っ暗だった階段に灯りがともる。
「え、なに?」
わたくしは驚いて、隠し扉から離れてしまう。だって、勝手に灯りがともるなんて、怖い。
「今では失われてしまった魔道具の技術ですよ。母の先祖は戦争バカではありましたが、かなり歴史が長かったので、こういう魔道具が息づいています。これは、血族が来ると、作動するようになっています。初めて地下牢を使うことになった時は、真っ暗で、大変だったと言ってましたよ。貧民は、暗闇で生きていますから、すぐに馴れましたけどね」
そこは、貧民たちだ。失われた技術なんて必要ない。
そして、ハイムントは再び、わたくしの手をとる。わたくしは今度こそ、地下牢へと続く階段に足を踏み込んだ。
踏み込んでわかる。そこは、隠し通路だ。途中、どこかへと抜ける通路があったりする。そこを迷うことなく抜けていくハイムントの手を離さないようにした。ずっと階段を降りているだけだけど、この手を離したら、迷ってしまいそうだ。
そうして、地下牢に到着する。
そこには、地下牢の汚れで酷いこととなっている執事と使用人たちがいた。ハイムントが来るまで、真っ暗闇で過ごしていたので、魔道具の作動で灯ったあかりに眩しそうに目を細めていた。
そして、わたくしを見て、皆、動き出す。
「ラスティ様! どうか、お助けください!!」
「誠心誠意、お仕えいたします!!!」
「全て、執事のいう通りにしただけです!!!」
口々にわたくしに助けを求め、手まで伸ばしてくる。手が届かない所にハイムントは私を離すが、それでも、怖い。掴まれたら、引きずり込まれそうだ。
「ラスティ様、満足しましたか?」
「彼らをどうするのですか? ここに閉じ込めたままですか?」
そこは、ただの地下牢ではない。拷問するための道具も備えられている。ハイムントが来たことで、部屋の全貌が明らかとなる。
掃除をしたって、過去の穢れは隠せない。地下牢にこびりついていた血や誇り、汚物の臭いがどうしても鼻につく。
わたくしの問いで、静かに事を見ることにした使用人たちは、初めて、地下牢の全容を見て、恐怖に震える。ハイムントは、使用人たちを閉じ込めてからずっと、地下牢に足を踏み入れていなかったのだろう。だから、使用人たちは知らなかったのだ。
「どうか、お助けください!!」
「ハイムント様、逆らったりしません!!!」
「ラスティ様を不幸にするようなこと、絶対にしませんから!!!」
縋るべき相手がハイムントだと、やっと気づいた使用人たち。だけど、ハイムントは笑って、拷問の道具を眺めている。
「こういうものは、使わないと錆びるというが、これは素晴らしいな。そうならないように、随分な魔法が施されている。これを見たら、父上が喜ぶな」
まるで聞いていない。ハイムントは、過去の遺物に夢中だ。道具に触れて、道具の具合を楽しんでいる。
それを見ている使用人たちは戦々恐々だ。だって、使ってみたい、なんて話になったら、拷問が始まるのだ。
「ハイムント、その、本当に、どうするつもりなのですか?」
もう一度、聞いてみる。ハイムント、わたくしの質問に答えてない。
ハイムントは拷問道具を眺めている目を地下牢に閉じ込められている使用人たちに向ける。そして、適当な箱を持ってきて座った。
「戻ってきた使用人については、聞き取り調査中です。ラスティ様の亡き両親の遺品がないのは、どうしてですか?」
「そこは、借金を返済するために処分を命じました」
今更、そんな質問をされても、そう答えるしかない。その遺品整理を提案してきたのは、執事だ。借金をどうしよう、と相談すれば、そう提案してきた。
「ラスティ様は何も知らなかったから、そうなったのでしょうね。だいたい、あの偽物の叔父家族があなたの名前を使って借金が出来てしまったこと自体がおかしいのですよ。買い物もそうです。だから、調査しています。誰が、出来るようにしたか、と」
ハイムントはじっと使用人たちを見る。全ての人が、執事を睨む。
執事はすっかり様変わりしていた。何を見たのか、人の良い顔がすっかりなくなり、憎々し気にハイムントを睨んでいた。執事だけは、一人用の牢に入れられていた。そこには、いつぞや見せられたいくつかのずた袋があった。何が入っているのかはわからないが、執事と同じ牢に入れられるということは、執事に関わる何かなのだろう。
「父上は、違法店を潰すのが趣味なのだが、母上を手に入れてからしていなかった。母上が亡くなって随分経った。だから、私がお願いしたら、喜んで、調査に乗り出してくれた。今頃、妖精の呪いが発動しているだろうな」
「この、貧民が!! こんな非道なことをしたって、貧民は貧民だ!!」
執事は憎しみを吐き出す。もう、ハイムントのことを敬ったりしない。わたくしのことなど、娘や孫とも見ていない。
「こんな穢れた者を取り入れて、何が皇族だ。やはり、何も知らない小娘だ。また、騙されているな」
「………」
何も言えない。わたくしは、本当に騙されてばかりだ。しかも、両親も騙されていたという。もう、救いようがない。
「私の皇族姫のことを悪くいうな。だいたい、お前たちの悪事の尻ぬぐいをしているのは、誰だと思っている?」
「尻ぬぐいだと? これから、僕たち自身がするのだろう!!」
「お前たちが悪事をすればするほど、聖域が穢れる。その穢れを浄化するのは、筆頭魔法使いだ。しかし、現在は筆頭魔法使いがいないから、元筆頭魔法使いであり、賢者であるハガル様が行っている。聖域の穢れは帝国を滅ぼす。だから、賢者ハガル様は常に、帝国に十もある聖域の穢れを身に受け、浄化している。お前たちが安穏と悪事を働けるのは、ハガル様のお陰だ。偉そうな口を叩いているが、生かされているのだよ、帝国全土はハガル様にな。ハガル様が帝国全土を遊び場としたから、生かされているだけだ。だから、お前たちもハガル様の遊び道具だ」
そう言って、ハイムントは口を閉ざす。そして、階段のほうを見る。
誰かが階段を降りてくる。その音に、その場にいる誰もが息を飲む。
魔道具の灯りによって照らされたその姿は、影皇帝に似通った、だけど、男も女も魅了する美しさを持つ者だった。
偽装を解いた賢者ハガルが、サラムとガラムを引き連れてやってきた。見方によっては、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
「ラインハルト、調査は終わりました。関係者全ては、妖精の呪いの刑にしましたよ。久しぶりの妖精の呪いです。どれほどの関係者が出るのか、楽しみですね」
誰もが魅了する笑顔で、悍ましいことを口にするハガル。
だけど、ハガルと知らない使用人たちは、ハガルの言葉など理解しない。声を聞いて、呆然となる。
ハガルは失われた技術で作られたという地下牢や魔道具を眺める。
「地下牢は汚れが酷かったでしょう。魔法がきれかかっています」
そう言って、ハガルは何かしたのだろう。途端、地下牢は綺麗になった。あの悍ましい臭いすら消えてなくなる。
「呼んでくれれば良かったのに」
「人の掃除が終わっていませんでしたので、呼べませんでした。ですが、やっと、呼べるようになりました、父上」
ハイムントはハガルに抱きつく。
「ステラが望めば、ここを綺麗に掃除をしてやったというのに、それを望まなかった。だから、お前たちはそのまま、見逃してやったのだ。なのに、私の愛する息子に随分な口をきいたな。貧民と、罵って」
「父上、私は貧民であることを誇りに思っています。だから、誉め言葉ですよ」
「そこまで、ステラに似なくてもいいのに」
「あなただって、最低、最悪、と呼ばれることを誉め言葉としているではありませんか。私は、父上にも似ています」
「確かに、そうですね。悪名は、私の誉め言葉です。わかりました、貧民のことは、もう言いません。
それで、これらはどうするのですか? これだけの数に妖精の呪いの刑を起こすと、壮絶になりますよ」
「あの、妖精の呪いの刑とは、どういったものですか?」
聞いたことがない刑罰に、わたくしはついつい、口を挟んでしまう。内容によっては、止めないといけない。
ハガルはわたくしを見て、とても嬉しそうに笑う。
「ラスティ様、また、綺麗になりましたね。随分と食事量も増えたと聞きました。もう少し、増やしてみましょう」
この顔に誤魔化されそうだ。だけど、わたくしはじっとハガルを見る。
「妖精の呪いの刑は、なかなか、壮絶ですよ。まず、その呪いを受けた者の一族全てが呪われます。呪われた者は、何も食べられません。手にするもの全てが腐りますから。飲み水も腐ります。そして、呪われた者を受け入れた領地も呪われてしまうので、領地から追い出されます。結果、呪いによって、一族全てが滅びます。
この呪いのすごいところは、呪いを受けた者が、罪状にある悪事さえしていなければ、呪いが発動しない、ということです。呪いが発動した時点で、有罪です」
楽しい遊びを説明するみたいだ。内容は、全然、楽しくない。
でも、罪状に関係なければ、呪いは発動しない、という。有罪無罪を神様に決めてもらうということだ。冤罪ではない。
「この呪いの恐ろしいと言われるのは、関係ない者も一族というだけで呪われます。一族の中には、善人だっていますが、一族ですので、道連れです。そこは、運が悪かったというしかありませんね」
やっぱり、最悪だ!! 関係ない人にまで飛び火するって、どうなの!?
「そこの男は先ほど、尻ぬぐいは自分たちでするのだろう、と言いました。なので、尻ぬぐいをしてもらいましょう」
「尻ぬぐい? 奴隷にして、肉体労働ですか? それとも、貧民に落として、貧民街のど真ん中に落とすのですか?」
「妖精憑きごっこをしてもらいましょう」
ハガルの表情が凍り付く。ハガルにとって、イヤなことがあるのだろう。
「彼らの悪事の尻ぬぐいは全て、父上がしているというのに、そんなこと知りもしない。酷い奴らです。父上があんな苦しいことをしているというのにです」
「苦しくありません。あんなこと、これっぽっちも苦しくありませんよ」
「私は苦しかった」
「ラインハルト、まさか、まだ、体の中に残っているのですか!? 見せてください」
「父上の対応がはやかったので、残っていません。ですが、あれは、すごく苦しく、痛かった。だから、彼らにも味合わせてあげてください。聖域の穢れを」
「少しだけですよ」
ハガルは悪戯するみたいな顔でいう。どんな顔をしても、ハガルは全ての人を魅了する。わたくしだって、見ていて、まあいっか、なんて思ってしまう。
だけど、そうじゃない。ハガルがちょっと牢のほうに目を向けるだけで、閉じ込められた者全ては、苦痛の声をあげて、悶絶をうちだした。
わたくしは恐ろしいものを見た。聞いていたけど、これほどのものだとは知らなかった。
「スイーズ様の弟君は一カ月苦しんだと聞きました」
「一カ月もったのですね。興味がありませんでしたから、知りませんでした。どれほどもつのか、記録をとっておいてください。年齢、性別、色々と調査しましょう。
そうそう、ラインハルト、部屋を一つ、開けておいてください。私も、いい歳です。次代の筆頭魔法使いのために、部屋を明け渡す準備をしなければなりません。ステラのものをこちらに移動します。ステラの骨も、埋葬します」
そうして、最強最悪な魔法使いは、地下牢から去っていた。




