皇位簒奪は仕方ない
戦場に行く前日に、私は最後の別れかもしれないから、ラーシャと同じ部屋で過ごした。疚しいことなんてない。ナーシャを失ってから、ずっと、私とラーシャは互いを抱きしめあって、寂しさを耐えていたのだ。
ラーシャは最後のぬくもりかもしれないから、私をぎゅっと抱きしめる。
「いや、距離はとろう」
さすがに、ラーシャもお年頃だ。その、体もそれなりに育っているから、私のほうから距離をとった。
「もう、兄と妹だからいいではないですか」
「私は妻がいる」
「よくもまあ、子ども、作れましたね」
「作業だよ、作業」
瞬間、私は無表情になる。あの凹凸のない相手に、性行為が出来たものだ。驚きだな、私も。
「同じ血筋とは思えないほど、最悪な外見ですよね。それをどうにかしよう、と努力すらせず、それを最高なんて思い込んでいる。目が歪んでいるとしか思えません」
「君の義姉だぞ」
「わたくしの姉はナーシャ一人です。あの女は永遠にランテラとしか呼びません」
「ランテラもそれでいいと言っているからな」
「もう、あの女の話はやめてください。気持ち悪い」
ラーシャは、心底、ランテラのことを嫌っていた。努力一つしないランテラのことを、努力したラーシャは大嫌いなのは、仕方がない。
「聞きましたよ。ランテラ使って、他の皇族に嫌がらせですってね」
「ランテラは、勝手に色々とやらかしてくれるから、助かる。私は綺麗なままだ」
「どこまで計算づくだったんだか」
さすがにラーシャも私の腹黒さに距離をとった。笑顔で内心は、とんでもないことを企んでいるのだから、仕方がない。
「ラーシャには頼みたいことがある」
「誰と結婚すればいいの?」
「私はそこまで酷い兄ではない」
まさか、ラーシャの結婚相手を私の企みのために決めるはずがない。
ラーシャは、私が決めた相手ならば、なんて受ける気満々だったのだ。そういう話をされると、思い込んでいた。
「ランテラが産む子どものことだ。どうせ、戦争中に生まれるだろう。未婚で悪いが、ラーシャが面倒をみてくれ」
「使用人とかにまかせないの!?」
「ある程度はまかせていい。だが、監視しろ。あと、ランテラと伯父夫婦には絶対に手を出させるな。私の子どもを失敗作にしたくない」
「………子どもにまで、そんなもの持ち込むなんて」
ランテラが産む子どもまで道具扱いだ。ラーシャは言葉に詰まった。
「血筋的にはいいんだ。あとは、気性と教育だ。私はたまたま、運が良かったにすぎない。使用人がしっかりしていたし、あの両親は教育に口出しするどころか、皇族の仕事を私に押し付けてきた。お陰で、それなりの能力は手に入った。ランテラの子どもだから悪くなるわけではない。環境だ。ランテラは、環境によってああなったにすぎない。環境さえ整えれば、きちんとした皇族になる。別に道具にするわけではない。間違った道にいかないように、導いてやってほしい」
「仕方ないですね。いいですよ。わたくしがしっかり教育してあげます。ランテラにも、伯父夫婦にも、一切、手を出させませんから、ご心配なく。だから、生きて戻ってきてください」
また、私に抱きついてくる。もうやめろ、と言いたいが、我慢した。ラーシャが泣きそうな顔をしていたからだ。
ラーシャは私が戦場に行ったら、一人になってしまう。
「ある意味、この城も戦場だな」
「お兄様?」
「無理に戦わなくていい。上手に負けておきなさい。後で、私が大敗させてやる」
「ご心配なく。真っ二つにしてやります」
嫣然と微笑むラーシャ。城の中でも、人は死ぬのだ。皇族同士で殺しあえばいい。
だけど、ラーシャは容赦ない。常に帯剣しているのだ。その剣は、アイシャールお手製の妖精殺しの剣だ。どんなものも真っ二つの、とんでもない業物だ。力のない女でも、その切れ味だ。ラーシャは女でありながら、体術と剣術も身に着けている。よほどの油断でなければ、戦争に出ない腰抜け皇族には負けないのだ。
「お転婆め」
私は苦笑した。
戦場は一進一退である。ここに、戦争の小国の進軍があれば良かったが、戦争バカだから、交渉を失敗したのだ。本当に役に立たない使者だな。私だったら、口先三寸で、あの戦争バカの一族を連れ出したというのに。
私が交渉したい、と名乗り上げた。それを邪魔したのは、他の皇族だ。若造だと失礼になる、と言って、交渉に行って、見事、失敗したのだ。失敗したくせに「あんな失礼な国なんていなくても、我が国だけで戦争は勝利に導ける!!」なんて言いやがった。そのくせ、戦争には不参加だ。功績をそれなりに持って戻った時、そいつを殴ってやる。
少し、気になったのは、筆頭魔法使いアイシャールだ。どんどんと、鬼気迫る空気を感じる。ナーシャのために、随分と我慢していた。戦争に出ても、まさか、あの皇帝、アイシャールに無体なことをしているのではないな?
アイシャールにとって、ナーシャは救いの神だ。ナーシャを皇帝にして、救われたかったのだ。だから、ナーシャに今も縋っている。
どうにか、アイシャールはナーシャに瓜二つのラーシャを側に置くことで、心の平穏を保っていた。ラーシャも色々と感じて、ことあるごとに、アイシャールの側について、皇帝の無体を邪魔していた。
それも、戦場ではない。アイシャールもさすがに危険な戦場にラーシャを同伴させるにはいかなかったのだ。
私も、まさか、戦場でアホなことしないよな? なんて思い込んでいた。だから、遅い時間といえども、私は現状の報告に、皇帝がいる天幕に行くのだ。
皇帝の天幕には見張りがいない。筆頭魔法使い妖精がついているので、迂闊に置けないのだ。万が一の誤作動で、見張りを殺すことがある。だから、天幕に近づけられるのは、私のような皇族である。
将軍との報告をまとめて、私は天幕に行った。これまでは、まずい状態を見ることはなかった。今回もそういうことはないだろう、なんて思っていた。ただ、いつもより遅いから、寝ているかな? 程度に考えていた。
確かに、皇帝は寝ていた。
皇帝の傍らで、素っ裸のアイシャールが、短剣を持って震えていたのだ。狂気に満ちた目で、眠る皇帝を見下ろしていた。私が入ってきたことすら、気づいていない。
だから、私はさっさとアイシャールから短剣を奪った。
「あっ」
ついでに、私は皇帝の首をその短剣で斬り落としてやった。やはり、妖精殺しの短剣か。軽いから、そうだと思った。切れ味抜群だ。
あまりに一瞬でされて、アイシャールは呆然となる。私は適当な布をアイシャールの全身を隠すように頭から被せる。
「皇位簒奪だ。これから私が皇帝だ。アイシャールは指定された天幕で待機しなさい」
「え、は、はい」
「不謹慎な爺め。死んで当然だ」
私は面倒臭いことになったが、もう、どうだっていい。今は戦争中だ。私だって戦場のど真ん中に出て、命張って戦っているってのに、クソジジイめ!!
ふつふつと怒りしか沸かない。アイシャールに狂ったのだろう。だが、時と場合を考えろ。それが皇帝なんだ!!
アイシャールは私が命じても、呆然としている。仕方なく、私はアイシャールのあの裸体が隠れるように、布を巻いて、外に押し出した。
「後始末がある。邪魔だ」
「でしたら、わたくしが」
「皇帝を殺そうとしていた奴を信用するわけがないだろう!? 頭を冷やしてこい!!」
「は、はい!!」
アイシャールは私に叱られ、逃げるように指定された天幕へと走って行った。よく見れば、裸足だ。
アイシャールがいなくなって、私は再び、皇帝の天幕に戻る。今更ながら、アイシャールが脳裏に焼きついて、体全体が熱くなる。そりゃそうだ。私の初恋だ。今だって、その初恋は継続中だ。あのランテラを抱く時も、頭の中はアイシャールを思い浮かべて耐えたほどだ。
しばらく、私は頭を抱えていたが、どうにか落ち着いた。何度か深呼吸して、私は天幕を出て、将軍たちの元へ戻った。
「どうでしたか、皇帝陛下は」
「もうそろそろ、魔法使いの進撃の許可は出そうですか?」
「報告がある」
将軍たち、戦争に出た皇族たちは、魔法使いの投入を期待していた。私が上手に皇帝を説得した、と思い込んでいた。
「私はついさっき、皇位簒奪した」
『………』
長い沈黙が続いた。そして、とんでもない叫びが外にまでとどろく。
「何をやってるんだ、あんた!?」
「戦争中に、何を皇位簒奪なんてして、卑怯きわまりないだろう!!」
「城に戻ってからやればいいだろう!!」
「むしろ、戦争前にしろ!!」
あの皇帝はそれなりに見限られていた。政治家としてはまあまあなのだが、戦争の指揮としては最悪なのだ。
そりゃそうだ。あの男、そういうゲームはからっきし弱いのだ。向いていないのだ。いつも私に負かされていた。ついでに、四歳のナーシャにも大敗させられていたな。
将軍たちにとっては、どうしても、皇帝の首をすげ替えてほしかった。だから、祈ったくらいだ。誰か皇位簒奪して、まともな指揮をしてほしい、と。
それなのに、戦時中に皇位簒奪である。そりゃ怒るよ。
「不可抗力だ。怒りが頂点に上って、やってしまった」
「あれか、許可が下りなかったんだな」
「黙秘する」
「仕方ない。このまま、消耗戦では、戦力で負けるからな」
「………」
墓場まで持っていこう。心の底から、私は決心した。私の皇位簒奪の理由なんて、周りが勝手に決め込んでくれる。
そして、私が皇帝となったのだが、魔法使い投入は保留とした。
「なんで!?」
「皇帝!!」
「そんな!?」
「いいか、私はまだ、筆頭魔法使いとの信頼関係がない。だから、まずはそこからだ」
皇帝となったからといって、そう簡単に事は進まないのだ。
皇帝は筆頭魔法使いが選ぶのだ。それでも皇帝になりたい場合は、筆頭魔法使いが選んだ皇帝を殺すのだ。それは、筆頭魔法使いの意思に反することとなる。場合によっては、筆頭魔法使いは、契約紋に逆らって、命令に従わないことがあるのだ。
私とアイシャールは、親子みたいなものだ。アイシャールは私のことは子どものように見ているだろう。だから、一晩経てば、アイシャールも落ち着いて、私の命令に従ってくれるだろう、そう考えていた。
戦争の再開はまだなさそう、という魔法使いたちの報告を聞いてから、私は筆頭魔法使いアイシャールの元に足を運んだ。
アイシャールの天幕は、皇帝の天幕のすぐ隣りである。そういえば、皇位簒奪された皇帝の遺体、魔法使いに消し炭にしなきゃいけないんだよな。ほら、帝国では敗者は罪だから。
戦時中だけど、色々とやることがある。私は憂鬱になりながら、天幕に入った。
アイシャールは、昨夜の恰好のままである。
「アイシャール、服を着てほしいんだが」
「このまま、皇帝の儀式を行うのですから、必要ありません」
また、狂気に満ちた目をして、私を見てくる。それを見て、私は天幕の入口から先に進まない。
「私には、妻がいる。そんなことはしない」
「政略的に迎えた妻でしょう」
「悪いが、私は誠意だけは妻に向けることにしている。二心は持たない」
ランテラ抱いた時は、アイシャールを思ったけど。
驚いたようにアイシャールは私を見返す。
「何も、しない?」
「さっさと服を着なさい。私の目的は、ナーシャを見つけ出すことだ。死んでいても、生きていても、必ず、ナーシャを見つけ出す。アイシャール、協力しなさい」
「で、ですが、皇帝の、儀式を」
「戦時中に、そんな不謹慎なことしない!! あのクソジジイ、ここまで戦争長引かせておいて、天幕ではとんでもないことしてくれたな!? お陰で、私は子どもの出産にすら立ち会っていない。元気な男の子が誕生しました、と魔法使い使って報告されたよ!!! 嫌味か!!!!」
ラーシャめ、ここぞとばかりに、どうでもいい手紙を寄越しやがる。こっちは、生きるか死ぬかって時だってのにな。
私は地団太を踏んで、怒りを地面にぶつける。
「さっさと準備をしなさい。魔法使いを投入する。これ以上、無駄に帝国民の命を散らさない」
「は、はいっ」
アイシャールは体を覆っていた布を放り捨てて、服を探し出した。私はもう、目の毒だから、さっさと天幕から走り出した。どうせ、アイシャールにとって、私は子どもだ!! ちくしょー--!!!
戦争は魔法使い、というより、筆頭魔法使いの化け物じみた一撃で終了した。見渡す限りを蹂躙するような炎により、戦場はとんでもないこととなっていた。
「イーシャ様、御覧ください!! 敵を全て、骨まで焼き尽くしました!!!」
あまりの威力に、将軍たち、騎士たち、兵士たちは呆然となる。無邪気に笑っているアイシャール、君は今、恐怖の対象として見られていることに気づいているか?
アイシャール、何故か私の腕を組んで、これでもかと体をつけてくる。なので、私は反射的に距離をとろうと、その手を解く。
「アイシャール、近い。君は女性なんだから、男性とはきちんと距離をとるべきだ」
「皇帝と筆頭魔法使いが仲良くすることは、とても大事なことですよ」
「距離は大事だ」
「そんなこと言わないでください。あなたの側は心地よいのです。もっと側にいたい」
そういう、男だったら勘違いしちゃうようなこと言うから、先帝のクソジジイもダメ皇帝になったんだよ!?
私は笑顔で距離をとりながら、心の中で叫んだ。
ここに、とんでもない悪女がいる。いや、悪いことはしないんだ。だけど、清廉潔白な男をダメにする悪女だ。しかも、アイシャール、これっぽっちも自覚ないよね?
羨ましそうに見てくる皇族、将軍、騎士、兵士ども。お前らね、この女は男を破滅させるんだよ!? 見てないで、助けろ。
「ほら、皇位簒奪された先帝も骨すら残りませんでしたよ!!」
ついでに、この火の海に、アイシャールは恨みを晴らすためか、先帝の遺体を魔法で放り投げた。一瞬で、じゅっという音をたてて消えてなくなる先帝の遺体。もう、骨もないよ。
帝国と敵国の国境線って、不毛地帯だな、なんて見ていたが、その理由がよくわかった。筆頭魔法使いが焼野原にするからだ。そりゃ、不毛地帯になっちゃうよ。解決した!!
焼野原の向こうでは、敵兵は影も形もいない。最初は、水とか一生懸命投入してたんだ。だけど、火に油みたいに火力増大していった。燃え盛る炎は、あれだ、獲物を呼ぶのだろう。ちょっと近づいただけでも、敵兵は火の中に突っ込んでいき、一瞬で燃えて、影も形もなくなるのだ。こんなトコ、一分一秒でもいたくないだろう。さっさと逃げていった。
「あの、皇帝陛下、これ、いつまで燃やすんですか?」
「一晩くらいは燃やしましょう。そこまですれば、よい肥料になります」
私が答える前に、アイシャールが笑顔で言った。こわっ!!
アイシャール、先帝が死んだことで、色々と吹っ切れたみたいだ。また、私に近寄って、腕まで組んできた。まるで、恋人を相手にするみたいに、甘えてもくるのだ。
もう、誰も羨ましい、なんて見てこない。むしろ、アイシャールがちょっと目を向けると、皆さん、人払いされるみたいに、消えてなくなる。おい、置いていくな!!
「イーシャ様、綺麗ですね」
綺麗って、人燃やしてるんだけどね。
「知っていますか? わたくしの残りの寿命とイーシャ様の寿命、意外と近いのですよ」
「そうなんだ。よくわかるね」
「力ある妖精憑きは、人の寿命がわかります」
「それじゃあ、私が生きている内に、新しい筆頭魔法使いを見つけないといけないのか。もう、育成はしている?」
「百年に一人生まれるか生まれないかの妖精憑きです。なかなか、見つかりませんよ。だから、わたくしは、その、に、に、二百、年、生きているのですから!!」
「? うん、そうだね」
年齢のところで、アイシャール、とっても言い辛そうだ。そりゃそうだ、アイシャールも女だ。いつまでたっても、年齢は気になるだろう。無理しなくていいのに。
「これから、戦後処理か。敵国も敗戦をしっかり自覚してほしいな」
「お任せください!! しっかり敗戦を認めさせてみせます」
「そこは大丈夫。私がやるよ。アイシャールは表に出てはいけない。敵国が妙な考えを出すといけないからね。代理の魔法使いをたてよう」
「イーシャ様、そこまでわたくしのこと」
「女だから、と舐められるからな。それに、アイシャールは綺麗だ。妙な欲を敵国が出してもらっては困る。再戦しよう、なんてアホが出てくるからな。後方で大人しくしていなさい」
「は、はい」
物凄く落ち込んでいるが、仕方がない。アイシャールを表に出すと、違う戦争が始まる。
「帰って、息子の顔が見たい」
「………」
何故か、胸まで押し付けてくるアイシャール。もう、やめてほしい、そういうの。




