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皇族姫  作者: 春香秋灯
契約紋の皇族姫-外伝 真の皇族-
103/353

妖精憑きの小国

 牢みたいな所に入れられたけど、食事はしっかり病人用でした。お陰で、どうにか人並に動けるようになりました。

「ほら、果物、とってきたよ」

 何故か、王族の子どもが、わたくしに随分と親切にしてくれた。お兄様イーシャと年頃が同じだ。だから、この子が来ると、わたくしはついつい、こう呼んでしまう。

「お兄様、ありがとうございます」

 記憶のないわたくしが、兄と呼ぶのは、矛盾がある。だけど、相手の子は嬉しそうに笑う。

「そう、兄と呼んでくれ。これから、ナーシャは私の妹だ」

 わたくしの名を呼ぶ王族の子はカンダラという。次の国王に一番近い男、と言われているという。

 カンダラがあまりにもわたくしのことを構うから、入れ替わり立ち代わり、女の子がやってきては、そう話していうの。

「思いあがらないように。ただの人は、我々妖精憑きとは違うんだから」

 わたくしが到達したのは、辺境の最果てにあるという妖精憑きの小国だった。

 妖精憑きって、普通は、偶然で生まれる存在だ。血筋なんてない。妖精憑きを親だからといって、子も妖精憑きになることはない。妖精憑きって、神が気まぐれに人に与えるものだ。

 だけど、妖精憑きの小国は違う。ここの国民な、必ず妖精憑きとして生まれる血筋なのだ。だから、国民はほとんど、妖精憑きだ。

 そんな中で、ただの人であるわたくしが迷い込んできた。この国にとって、ただの人は、蔑む存在なのだろう。わたくしの身の上を質問する人たち全て、わたくしのことを見下していた。近づくだけで、汚らわしい、みたいに距離をとりたがる。

 そんな中、カンダラだけは、わたくしに親切だ。最初、食事は酷いものだったのに、カンダラが激怒して、すぐに病人食に替えられた。服だって着の身着のままだったのに、カンダラが綺麗な服を持ってきてくれた。体の汚れも、カンダラが全て取り除いてくれた。

 お腹にいっぱい、土が詰まっていたから、カンダラ、物凄く驚いていた。

「どうして、こんなに土がいっぱい」

「だって、食べるものがなかったから、お腹すくんだもの」

 ある程度は、体の外に排出されるのだ。だけど、それは、食べ物と一緒だからだ。一緒に排出出来るものがなくなって、そのまま、お腹に詰まったままだった。それもカンダラのお陰で、良くなった。

「すごいね、お兄様。あんなに苦しかったのに、楽になった」

「他に何をしてほしい?」

「こっち来て」

 鉄格子越しに、顔を近づける。

「口づけして」

「な、何をっ!?」

「だって、家族になるって。家族は、口づけで挨拶するものでしょ?」

「妙なことを覚えているね、君は」

 顔を真っ赤にするカンダラ。記憶がない、ということは信じてくれている。だけど、妙なことを言い出すから、カンダラ、困っている。

「そうか、お兄様とわたくしは、本当の家族じゃないから、出来ないのね」

 カンダラならいいのに、と思っていた。こんなに親切にしてくれて、手厚く守ってくれて、この牢屋からも出してくれるのだ。家族となるのだから、口づけしてもいい、と思っていた。

「あ、いや、違うんだ。その、外に出てからにしよう」

「うん!!」

 カンダラは、鉄格子ごしにわたくしを抱きしめてくれる。嬉しい、人肌だ。

「そういえば、わたくしを助けてくれた人たち、狩りから帰ってきましたか? 会いたいです」

「………」

 暗い表情をするカンダラ。言ってはいけないことだったようだ。

 わたくしは、ここに閉じ込められて、色々と知った。そして、色々と気を付けないことを思い知らされた。

 この小国では、ただの人は、危うい立場だ。妖精憑きの一族からであっても、ただの人が生まれてしまう。ただの人として生まれると、例え、親兄弟といえども、冷たい仕打ちをしてくる。それが普通なのだ。

 わたくしは運がいい。カンダラという最高の保護が出来た。だから、牢から出ても、わたくしは心配していない。少しずつ、この小国のことを知っていって、今後のことを考えていけばいい、そう思っていた。

「ごめんね、まだ、言えなくて」

「いいですよ。わたくし、何も覚えていないですし、何も知りません。これから、少しずつ、教えてください」

 カンダラに甘えるようにすり寄って、そう言った。





 カンダラの両親は、やはり、わたくしのことを蔑んでいた。だけど、カンダラがわたくしからべったりくっついて離れないので、迂闊なことは言わない。

「お父様、お母様、と呼んでいいですか?」

「………」

「………」

 無言だ。ダメなのね。別にいいけど、実の両親なんて、わたくしを殺すように命じたんですもの。親なんて、ろくな存在じゃないわ。

「ナーシャ、ほら、服、綺麗に戻したよ」

 わたくしが妖精憑きの小国にたどり着くまでに着ていた服をカンダラが持ってきてくれた。

「ここに、ナーシャって、刺繍されている。これで、君の名前がわかったんだ」

「そうなんですね」

 わたくしがした刺繍です。下手くそだわ。でも、こうしないと、ラーシャの服と間違って着てしまいますから。こうやって、わたくしの服にだけ、名前を刺繍しました。誰も、わたくしの服に刺繍してくれる使用人も、大人もいませんでした。それが、こんな形で役に立つとは、驚きです。

 わたくしは大事に抱えます。この服は、わたくしを証明するただ一つのものですもの。万が一、帝国の捜索がここまで及んだ時、これが証明となるでしょう。誰も探すどころではないでしょうけど。

 あと数年で帝国は戦争です。わたくしのために戦力やら何やら割いている場合ではないのですよね。今から、戦争準備です。アイシャールは、わたくしが生きていることを祈るしかない、みたいに神に祈っていそうです。

「ナーシャ、一人で寝られる?」

「一人は怖い」

「小娘、いい加減にしろ!!」

「父上」

 わたくしがカンダラにしがみつくのを注意するカンダラの父。だけど、それをカンダラが怖い声を出して威嚇する。わたくしは顔をあげて見れば、カンダラ、笑顔だけど、持つ空気が怖くなっている。

 カンダラ、特別な存在なのでしょう。わたくしを抱きしめ、実の両親を睨む。

「ナーシャは、特別な子だ。大事にしないといけない、そう予感がする」

 わたくしにべったりなのは、カンダラ、妖精憑きの本能ですか。なーんだ、がっかりだ。

 カンダラがわたくしに親切なのも全て、妖精憑きの本能です。たぶん、カンダラは、その本能が顕著に出てしまったのでしょう。

 詰まらないと思ってはいけない。だって、わたくし自身だって、そんな存在です。神の言いなりですよ。死ぬようなことだってしています。もっと楽に生きたい。

 カンダラの本能のお陰で、わたくしは妖精憑きの小国では、それなりに安全な感じに生きていけそうでした。

 だけど、わたくしは、本当に残念で、神の言いなりなのです。






 獲物一つを持って戻ってきたのです、わたくしを救ってくれた大人たちが。わたくしは、それを見て、駆け寄りました。

「おかえりなさい!!」

 わたくしは笑顔で戻ってきたことを喜びました。

 でも、狩りから戻ってきた大人たちは暗い表情です。そういえば、人数が減っている。

「たったそれだけか!?」

 妖精憑きの大人が怒鳴ります。あまりの声に、わたくしは怖くなって、狩りから戻ってきた人たちにしがみつきます。

「こんなわずかでは足りない」

「もう一度、行ってこい!!」

「そんな、やっと、戻ってこれたというのに!? せめて、何か食べ物を」

「手に持っているだろう」

「っ!?」

 妖精憑きたちは、彼らがどうにか持ち帰った獲物を嘲笑う。それを持って、また森に戻れ、というのだ。

 まだ、ここでのやり取りを理解していなかったわたくしは、狩りから大人たちにしがみついた。

「ほら、離れるんだ。一緒に行くわけにはいかない」

「一緒に行きます」

「いや、しかし」

「ナーシャ!!」

 騒ぎを聞きつけたカンダラがやってきます。

「ナーシャ、離れるんだ。ナーシャは行ってはいけない」

「恩返しをしたいのです。この人たちのお陰で、わたくしはやっと人並になったのですよ。わたくし、力はありませんが、頭がいいはずです」

 たぶん。知識、それなりに詰め込んできました。神から与えられた知識と、その後の知識と、ともかく、二年もかけて準備したのです。力は大人たちが持っているので、もっと獲物を手に入れてやりますよ。

「ナーシャが行くなら、私も一緒に行こう」

「………お兄様は、留守番ですね」

「どうして!?」

「この森では、妖精憑きの力は使えないのですよね」

 一応、森の話をわたくしは聞いていた。子どもだったら、絶対に入ってはいけないよ、という注意をこめて。

 この森は、妖精が支配する森だ。妖精憑きといえども、森に住まう妖精憑きによって、大変な目にあうという。妖精憑きでも死ぬことがあるって。

 この狩りから戻ってきた人たちは、全て、ただの人だ。そんな人たちが、狩りをしろ、と森に送り出された。ここまで聞けば、わたくしだってわかります。森は、処刑場として使われている。

 別に、妖精憑きのことを慈悲の存在、なんてわたくしだって思っていない。神を見てみなさい。五歳児を何もない辺境で昼も夜も歩かせたのですよ!! 慈悲なんてない。ただ、人の命を弄んでいるだけだ。

 同じだ。妖精憑きは、ただの人の命を弄んでいるのだ。子どもの内は虐待とか迫害して、大人になったら、森へ送って、生きるか死ぬか、ということをして遊んでいるのだ。

 だから、わたくしはカンダラを通して言ってやる。

「妖精憑きって、力ないじゃない。お兄様、わたくしにも負けちゃうくらい、弱いんだもん」

 わたくし、なんだかんだと鍛えています。だから、カンダラとちょっと力比べをすると、わたくしは勝ててしまうのですよね。

 カンダラ、カーと真っ赤になります。妖精憑きの力がなければ、年下のわたくしにも負けてしまう事実が恥ずかしいのです。

「ただの人のくせに、生意気な!?」

「だったら、森に行ってみればいいではないですか。あそこ、妖精憑きの力も負けるのですよね。残るは、ただの人としての力ですって。悔しかったら、森で、狩りなり実りなり、持って帰ってみなさいよ」

「お前みたいな小娘が、食い物持って帰ってきたら、行ってやるぞ」

「そうだそうだ」

「言いましたね」

 わたくしは妖精憑きたちを嘲笑う。

「お、おい、やめておけ。いくらなんでも」

「荷物持ちしてください。食べ物なら、何でもいいみたいですから」

「ナーシャ、いけない!!」

 辱めたってのに、カンダラはわたくしを止める。

「わたくし、この森に入った時、いっぱい、果物を見つけたのですよ。ただ、お腹が良くなかったから、食べても吐いてしまったんです。でも、とても美味しい果物でした。また、食べたくなりました」

 水と土だけで飢えを凌いだ。そこに、お腹は受け付けない果物は、最高だった。

「だったら、私が手に入れよう。名前はわかるか?」

「取りに行くとは言わないのですね」

「っ!?」

 カンダラは、安全な方法で手に入れようとしている。果物の名前がわかれば、小国の外から取り寄せればいいのだ。

 それを言葉裏で腑抜けと言われたようなものだ。

 子どもが言ったことです。大人なんて気にしません。だけど、わたくしと長く接していたカンダラは、わたくしの言葉裏を読み取ります。

 わたくしはカンダラの止める手から離れます。

「わたくしは、いつだって果物を手に入れる方法を模索するだけです。これで、わたくしが独り占めですよ!!」

 わたくしは強欲ですから。そんな遠くからのお取り寄せで満足なんてしません。

 わたくしの言葉に、呆然となる皆さま。なんと、狩りに行くただの人の皆さんまで呆然となって、そして、笑いだします。

「子どもだな」

「そうだ」

「わかった、今度も、絶対に助けてやる」

「荷物持ちいっぱいだ。いいですか、誰にも分けてやらないですからね。持って帰ってきても、欲しいといっても、あげませんからね。あ、でも、お兄様は特別です。一緒に食べましょうね」

「………帰ってきたら、もう、離してやらない」

 泣きそうな顔をするカンダラ。そんな大袈裟だ。

 そうして、わたくしは、狩りに出る大人たちに同行して、森に行きました。





 結果からいくと、大変なことになりました。ほら、わたくしの前に、動物が「殺してください」と倒れてくるのですよ。大きいのから、小さいのまで、いっぱいです。ちょっと「お腹空いたな、お肉食べたい」と呟いただけなのに。

 そして、木の実やら果物も行った先でいっぱい手に入りました。

「実は、わたくし、料理が出来ないのですよね」

「出来たら驚きだ」

「危ないだろう」

 そうか、わたくしが出来ないのは、別に問題ないんだ。良かった。

 そうして、次の日には、わたくしが指さす方に行けば、普通に森から街へと到着です。

「ナーシャ!?」

 カンダラったら、寝ずに待っていました。わたくしが普通に歩いて帰ると、カンダラに抱きしめられます。ついでに、軽く口づけされました。うん、挨拶は大事。

「無事で良かった。もう、離さないから」

「ほら、果物とか木の実もいっぱい持って帰りましたよ。でも、他の妖精憑きには分けてやりません」

「そ、それはっ!?」

 わたくしが森に入って初めて食べた果物を見て、カンダラは驚いた。

「?どうかしましたか?」

「それは、神の恵みという果物だ。普通では手に入らない、とても貴重なものだよ」

「いっぱいありますよ。ねえ」

 わたくしは一つしか持てませんでしたが、大人たちは籠にいっぱい持って帰ってくれました。

「大変なことになる。すぐに隠すんだ」

 だけど、誰か見張っていたのでしょう。すぐに妖精憑きたちが集まってきました。

「その果物をこちらに渡しなさい」

 なんと、国王まで出てきました。偉そうにふんぞり返っていうのですよ。

 渡そうとする大人たち。だけど、わたくしがその前に立って邪魔をします。

「言いましたよね、分けてあげない、と」

「私は聞いていない」

「他の大人は聞いていない、というのですか? 大人のくせに、嘘つきなんて、最低な妖精憑きですね。妖精憑きのくせに、嘘つきだ!!」

「この、子どものくせに」

「嘘ついていることは、どうなのですか。妖精憑きって、ものすごく偉いんですよね。嘘ついていいのですか? わかった、偉い人だから、嘘つきなんだ」

「っ!?」

 相手が悪いですよ。子どもだけど、神によって作られた真の皇族です。

 言っていない、とか、聞いてない、とか、色々と回避方法はあります。だけど、妖精憑きという自尊心がありますので、そういうことが出来ないのですよね。ほら、神の教えに従って、なんて偉そうなことを言ってますから。嘘つきはダメに決まっています。

「でも、まあ、一個くらい、いいですよ」

 わたくしはすぐに意見をかえてあげる。わたくしは持っていた果物を国王に手渡した。

 途端、果物は腐って真っ黒になった。

「神の恵みは、人を選ぶようですね」

 知っていた。この果物は、人の心がけに左右される。わたくしは、いやいやながら、神に従って行動している。だから、果物はみずみずしく、美味しい状態で手に入れられる。

 だけど、志が最低な者の手に渡ると、途端、果物は腐って食べられなくなるのだ。神の恵み、と言われるだけあって、妖精憑きの力をもってしもて、その果物を手に入れるのは不可能なのだ。

 小国でも、神の恵みのことは知られているのだろう。カンダラが見ただけでわかったのだから、実物は、何らかの形で手に入ったのだろう。

 わたくしは、手伝ってくれたただの人の大人たちを見る。たぶん、彼らのような人が、持ち帰ったのだ。

 そして、取り上げられて、腐ったわけだ。

 わたくしが普通に持っているので、皆、大丈夫と思ったのだ。だけど、国王の手に渡ると、一瞬で腐ってしまった。

 どうして腐ったのか? 彼らは一生、わからないだろう。そして、甘美な味を味わうことは、一生ない。





「美味しい!!」

 でも、これ、実は食べる方法があるのだ。収穫者が切り分けてあげれば、食べられるのだ。

 カンダラと、カンダラの両親は、初めて食べる神の恵みという果物をわたくしの手から分け与えられ、お腹いっぱい、食べたのでした。





 この後、狩りに出されたただの人たちは、小国の外にある、別の小国にこっそり移住した。わたくしが狩りに出て行った彼らをこっそり、外に逃がしたのだ。

 こうして、妖精憑きの小国で生まれたただの人は、わたくしの手によって、外に逃げて行った。

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