死にそうになってばかりです
神、お前、どこまでわたくしに対して、試練とか苦行とか与えるわけ!? せめて、いい両親を準備しなさいよ!! 最悪!!!!
皇族の儀式が終わって、すっかり泣きつかれた妹ラーシャの隣りで大人しくしていました。眠くないから。それよりも、色々と準備しなきゃ、とポケットとかに物をいれたりしていると、お兄様イーシャが入ってきました。
「お兄様、今日は大変でしたね」
「明日には、安全な場所に移動しよう。ここも危ない」
何か感じているのでしょう。イーシャはわたくしを抱きしめて言います。優しいイーシャ。この人が兄で、本当に良かった。
わたくしもお兄様の背中に腕をまわしてやります。お兄様の体温とか、体臭とか、しっかりと覚えておこう。次、会う時は、変わっているかもしれないけど。
「お兄様、ほら、今日はお疲れでしょうし、ゆっくり寝てください」
「ナーシャ、何も食べてないだろう。ほら、お菓子、持ってきた」
「それは、起きたラーシャに食べさせましょう。わたくしは、気持ち悪くて食べられません」
「大人顔負けなことしておいて、やっぱり、子どもだな」
色々と緊張したと思ったのだろう。イーシャは笑って、わたくしの頭を優しくなでてくれる。
「明日、一緒に食べよう。ゆっくり休むんだよ」
「イーシャ、口づけしてください」
「………」
わたくしが三歳になってからずっと、わたくしは、イーシャとラーシャに口づけを強要してきた。両親? しないしない。あれは、ただ親だっただけだから。
イーシャもいい年頃だ。妹相手に口づけなんて、恥ずかしくてしたくないだろう。だけど、わたくしが目を閉じて待っているので、仕方なく、触れるように口づけする。
目を開ければ、イーシャは走って部屋を出て行ってしまった。もう、真っ赤な顔が見たかったのに。
ラーシャはわたくしとの口づけに恥ずかしいなんてない。眠っているラーシャに軽く口づけしてやると、ラーシャの寝顔が笑顔になる。
「可愛いラーシャ、皇族の儀式通過、おめでとう」
眠っているラーシャには届かないけど、お祝いの言葉を言った。そして、その横で寝たふりをした。
しばらくすると、外は賑やかになる。何かが押し入ってきた。
「おい、子どもが二人だぞ!?」
「どっちだ!?」
複数の男たちだ。目を閉じているが、どこかで雇われた、柄の悪い人たちなんだろうな、なんて頭の隅で思っていた。
「おい、どっちの子どもを連れて行くんだ!?」
「どっちって、どっち?」
「わからない」
声だけでわかる。わたくしの両親だ。驚きだ。実の子どもなのに、どっちが誰か、わからないなんて!? お兄様イーシャだって、きちんと見分けられるというのにぃ。
酷い両親だな、なんて雇われた人たちも思っているが、口には出さない。でも、黙り込んでいるから、思っているんだね。本当に最低な両親だ!! 遊んでばっかりで、皇族の仕事を皇族教育を受けている最中のイーシャに押し付けて、手柄を横取りして、わたくしの立場を利用して威張り散らして、考えるだけで、最低最悪なことしか出てこない。いいトコって、ないわ。
「もう、面倒だから、両方連れて行ってちょうだい」
「帝国を出たら、殺してくれ」
やばい!! このままでいくと、ラーシャが道連れだ。本当に最低な両親だ。でも、ラーシャは皇族の儀式を通過しているから、この後、必ず助けられることは決定だ。
でも、わたくしは起きたふりをする。
「もう、騒がしいですね。眠れません」
「この子よ!!」
「間違いない!!」
ちょっと生意気な口をきいてやれば、さすがの両親も、わたくしがナーシャだとわかります。もう、ここまでしないといけないなんて。
そうして、わたくしは汚らしい袋にぽいっと入れられて、荷物のように担がれて、そのままどこかに連れて行かれました。
しばらくの移動は、もう、最悪です。走っているから、揺れるし、気持ち悪いし、もう、わたくしの扱いは酷いのですよ!! 荷物だから、荷馬車の荷物置きに乗せられるから、乗り心地最悪なんですよ。
そうして移動して、どんどんと城から離れて行ったのでしょう。帝国は、大昔は広大でしたが、現在は手に終えない領地を切り離してしまったので、そこまで広くありません。だから、帝国の国境沿いって、すぐに到達してしまいます。
このまま、袋の上から殺されるだろう、そう思っていました。
「う、うう、怖いぃ」
でも、わたくしだって悪あがきです。ラーシャを見習って、泣いてみせます。憐れっぽく泣いて震えてやります。
「お父様、お母様ぁ」
「可哀想に、実の親に捨てられたなんて」
「バカ、金を貰ったんだぞ」
仲間割れが起こりそうです。よし、このまま口先三寸で、と泣きながら様子見をしていると、袋から出されました。
たぶん、信用されていなかったのでしょう。大人の皇族数人が、わたくしの目の前にいました。
わたくしが憐れにも泣き腫らしている顔を見せてやります。ほら、どんなに偉ぶったって、わたくしは無力な子どもですよ。
「この、口先ばかりのガキが!!」
蹴られました。
「なんだ、大した力もないじゃないか!!」
殴られました。
「よくも処刑なんて言ってくれたな!!」
首を絞められ、投げ捨てられました。
無力な子ども相手に、やりたい放題です。わたくしは意味もなく「ごめんなさいぃ」と泣きながらいうだけです。どうにか、この場を抜け出せるなら、謝罪いくらだってしてやる。後で覚えていろ。
一通り、わたくしを痛みつけて満足したのでしょう。大人の皇族たちは笑います。
「ここは、帝国に近い。もっと遠くに連れて行って、殺せ!!」
もう、ボロボロのわたくしは、そのまま、荷馬車に放り込まれます。袋に入れられません。
わたくしは、まだ暗い空を見上げて、無駄に泣きます。このまま、殺されるのかな、なんて空を見ていました。
でも、人って、意外と丈夫なんですよ。
大人に力いっぱいやられても、ただの暴力です。首を絞められた時は、さすがにひやっとさせられましたが、それだけです。暴力なんて、ちょっと受け流せば、見た目は酷いけど、やり過ごすことは簡単です。ちょっと派手に飛んでやって、満足したのでしょう。
帝国から随分と離れたところで、わたくしは起き上がりました。
それには、誘拐兼殺害のために雇われた者たちは驚きます。
「依頼料は全て、受け取りましたか?」
「お前を殺した後、半分貰うことになってる。だから、命乞いは無駄だ」
わたくしは、服に隠した宝石類の一部を出す。
「わたくしを殺して、帝国に戻れば、そこでお前たちは終わりだ。わたくしの死体を確認する、と言って、そこには、皇族殺害という罪状で、帝国の騎士たちが待ち構えている。明日には、わたくしが誘拐された、と大騒ぎとなっているでしょうね」
「お前は、皇族じゃないと」
「皇帝は、考えを変えたのですよ。わたくしをまだ生かしておこう、と。なのに、勝手に殺したとわかったら、大変なことになる。その罪をわたくしの両親とあなたたに全て押し付けるのですよ」
「そんなっ!?」
「この宝石をさしあげます、わたくしを逃がして、帝国に戻りなさい。わたくしのいう通りにすれば、帝国はまだ平和です」
「どこに逃げるつもりだ? すぐそこの中央か?」
「いえ、わたくしは、辺境に行きます。中央では、帝国から近いですし、何事かあると、真っ先に戦争です。だから、あなたがたは、わたくしを辺境に捨ててください。そうしたら、もっと宝石をあげます」
わたくしは宝石をもう一つ、出した。この男たちは愚かだ。言われるままに信じて、利用されて、処刑される。
きっと、わたくしを誘拐して、殺害するのは、はした金だったのでしょう。ですが、目の前に転がる宝石類はそれを上回るものです。
「別に、わたくしを殺して、全て手に入れるでもかまいませんよ。ですが、その結果、帝国が滅びます」
お前たちの頭の中なんて、お見通しだ。わたくしを殺して、宝石を奪って逃げればいいのだ。だけど、帝国は滅び、小国だって蹂躙される。
「お前を殺した程度で、帝国が滅ぶわけがないだろう!!」
「愚かですね。わたくしを取り戻したい魔法使いたちが暴走するのです。わたくしは、皇族ではありませんが、魔法使いたちにとっては、皇族よりも大事な存在です。皇族どもはわたくしの両親に全ての罪をなすりつけます。わたくしの両親は正直に話すでしょう。わたくしが死んだとなったら、皇族は魔法使いたちによって皆殺しにされます。そして、暴走した魔法使いを抑え込む首輪は永遠に失われます。魔法使いたちは、あなたがたの家族、一族に復讐するでしょう。それは絶対です。隠しても、妖精を使えば、あなたがたのことなど簡単にわかります」
「………そんな、嘘だろう」
「こんな子どもに、何が出来るというんだ!!」
「わたくしには何も出来ません。やるのは、魔法使いですよ」
皇族の儀式失敗から、神の試練は始まっている。皇族もそうだけど、帝国民も、本当に愚かだ。
わたくしが出来るのは、選択肢を与えることだ。わたくしの生死と、帝国の生死が、この目の前の帝国民次第なんて、バカげている。
殺すかな? なんて見ていた。わたくしは、ここで死んでもいいのだ。それもまた、あるがままだ。帝国が滅びたけど、仕方がないよね、と思うだけ。神だって同じだ。人の選択で決まったのだから、傍観するだけでしょう。
男たちは震えていた。いつの間にか、荷馬車が止まっていた。一人二人で決められることではないから、その場にいる全員で話し合うのだろう。
「おい、どうすれば、俺たちは助かるんだ?」
何故か、子どものわたくしに聞いてきます。
「え、あなたがたは助かりませんよ。それは絶対です。悪い事をしたのです。金も受け取っておいて、助かろうなんて、愚かです。子どもでも知っていることです。悪いことはしていけません、と」
「この、クソガキ!」
「そういうものです。でも、帝国の延命は出来ます。帝国はまだ、試練の時なのです。わたくしはただ、神に与えられた試金石として動くだけです。面倒なら、わたくしを殺せばいいではないですか。帝国滅べば、そこで終わりです。面倒はなくていいですよ」
「………」
「小国に逃げてもいいのですよ。ただし、魔法使いたちは、あなたがたに復讐するために、絶対に戦争を起こします。あなたが逃げて逃げて、と頑張っても、いつかは見つかり、とんでもない拷問を受けての処刑ですよ」
「こんな、ことになる、なんて」
「知らなかったんだ!?」
泣くしかない。大の大人が泣き叫んでいる。はした金で受けてみれば、帝国が滅ぶかもしれない、なんて言われる大事だ。
「でも、わたくしが言ったことは、嘘かもしれませんよ」
そして、さらに揺さぶりをかけてやる。ほーら、揺れる。誰を信じればいいのか、わからなくなってきた。
「さて、帝国を滅ぼすか、延命するか、選んでください。帝国を滅ぼしたいのなら、わたくしを殺せばいい。延命したいのなら、辺境に逃がしてください」
「お前を戻せば」
「わたくしを殺したいばかりの皇族がいっぱいいるのに? 戻れば、間違いなく、わたくしは殺されます。そして、帝国は滅びますよ」
もう、皇族たちはわたくしを生かしておかない。戻ってきたら、力づくで殺すだろう。殺した後、帝国が滅ぶなんて考えてもいない。
「そんな、お前みたいな子どもがここまでわかっているってのに?」
「わたくしは神から使命を与えられた存在です。生まれた時から違います。皇族は、基本、世間知らずなのですよ。自らが絶対だと思い込んでいます。だから、より上の存在であるわたくしは邪魔なんです。どうにか出来る、と考えていますよ」
愚か者ばかりだ。だから、神は試練を下したのだ。こんな五歳児を使うなんて、本当に、最低最悪な神だ!! もっと、楽なのにしてほしい。
悪い仕事を引き受けてしまった彼らは、死ぬしかない。それは絶対だ。筆頭魔法使いアイシャールは絶対に許さない。だけど、彼らの死のお陰で、帝国は延命する。
誰だって、死ぬのは怖い。わたくしだって、怖いのだ。だって、殴られたりして、痛かったんだよ。死ぬって、もっと痛いし、怖い。
「お前を、辺境に逃がそう」
「ありがとうございます。悪あがきになるかもしれませんが、そこにある宝石を差し出してみてください。運良ければ、助かるかもしれませんよ」
それから、誰も無言となった。黙々と荷馬車を動かし、辺境へと向かって行った。
それにしても、本当に酷い大人たちだ。怪我だらけの子どもであるわたくしは放置だ。誰も治療してくれない。お前たちは、処刑されればいいのよ!!
本当に最低な男ども。わたくしを辺境辺りに捨ててくれた。本当に置き去りですよ。せめて、どっかの小国の近くとかにすればいいのに!?
何もなしです。わたくしは持っている宝石全て渡したってのに、何も言ってくれない。あんな奴ら、処刑されればいいのよ。生きていたら、絶対に天罰が下るんだから。でないと、おかしい!!
食べるものも、飲むものも、何もない。天からの恵みとかで雨が降ってきてくれる。でも、それを保存するための道具もないのよね。
怪我だって酷い。それなりに流したけど、やっぱり痛いし、きちんと治療されていないから、腫れてきたりしてきた。
ただ、進めとばかりに、何かが背中を押してくる。本当に酷いわね。幼児虐待よ!! 神だからって何やっても許されると思わないでよ!!!
そうして、ただ水だけ与えられ、押されるままに歩き続けた。何度も朝日を見た。最初は綺麗だな、なんて見ていたけど、どんどんと、うんざりしてくる。
空腹が辛いけど、辺境って、食べ物が転がっているわけではない。本当は良くないのだけど、土とかを食べて、どうにかお腹を満たした。土だったら、きっと、大丈夫なはず。
水だけ与えられて、数えきれない朝日と夕日を眺めて、気づいたら、骨と皮だけの両手を見ることとなった。今のわたくしを見ても、誰も、ナーシャだって、わからないよね。
ところが、突然、緑あふれる世界に入った。歩いていくと、久しぶりの果物が普通に実っている。大丈夫、食べられるものだ。それを食べると、美味しいけど、気持ち悪くて吐いた。そりゃそうだ。久しぶりのまともな食べ物だもの。お腹の中は土やら砂やらで詰まっている。体はおかしくなっている。
「おい、子どもがいるぞ!?」
久しぶりの人がいる。随分と歩いたけど、そういえば、誰にも会わなかったな。
「こんなガリガリの子ども、一体、どこから」
「ほら、水だ」
「ここだと、病人食はないし、それ以前に、俺たち、生きて出られるかどうか」
せっかくわたくしを助けようとしてくれる人たちは、同じように生きるか死ぬかみたいです。どこまでも、わたくしは試練を受けないといけないのですか、神!!
もう、動けないわたくしを抱き上げてくれる人たちは、久しぶりのぬくもりです。それを感じて、わたくしは子どもみたいに泣きました。あ、わたくし、子どもだわ。
「うぇえええー-----ん」
「ああ、泣くな。ほら、一緒に行こう。この子だけでも、どうにか助けよう」
「そうだな。この子は、まだ、死ぬべき時ではない」
大人たちは、わたくしを代わる代わる抱いて運んで、森の奥へと進んでいきます。
「どうして、森の奥に行くのですか?」
「いや、戻ろうとして」
「違います、逆です」
どんどんと街? から離れて行っている。わたくしが指さすと、大人たちは半信半疑ながら進んでいく。
かなり歩いて、暗くなる。そでも歩いて行こうとする大人たち。
「夜は危ないですよ。休みましょう」
「だが、あと少しかもしれない」
「旅人は、夜は動きません。夜は、危ないのですよ」
「そうだな」
「確かに」
わたくしに指摘されて、大人たちは半信半疑ながら、休むために火をおこした。
大人たちは、すっかり弱ったわたくしのために、残り少ない食料と水で、食べやすいように煮込んでくれた。
「美味しい」
泣いてしまう。ものすごく久しぶりの、美味しい食べ物だ。
「どうして、ここにいるんだ? どこから来た?」
「………わかりません。覚えていません」
隠した。ここで、下手に帝国のことを話すのは、危険だった。どこから、わたくしの情報が流れてしまうか、わかったものではありません。
もう、ガリガリにやせ細った子どもです。何かあったのは、大人たちでもわかります。だけど、知らない、わからない、覚えていない、と言われると、それ以上、追及はしません。だって、五歳児なんて、上手に説明できないお年頃ですもの。
そして、朝日が上ると歩き、わたくしが指した方へ行ったお陰か、街に到達したのでした。
街に入れたことで、わたくしは救われたような気になっていました。だけど、そこにいる住人たちは、蔑むように、わたくしを救おうとした大人たちを見ています。
「狩りが終わったのか?」
一人の大人が聞いてきます。随分と立派な身なりの人だ。
「あ、いや、子どもが死にかけていて」
わたくしを見せる大人たち。
「ただの人じゃないか!? おい、誰の家の子どもだ!! まさか、隠していたのか!?」
物凄く怒る立派な身なりの大人。
誰も何もいわない。それはそうだ。わたくしは、外から来たんだ。それよりも、ただの人って呼び方が気になる。
「まさか、外から? そんなことはありえない。許可のない者は入ってこれない」
「国王様、森の奥にいたんだ。この子に言われた通りに進んだら、街に戻ったんだ」
「まあいい。その子どもはこちらで保護しよう。お前たちは、狩りに戻れ」
「わかった」
わたくしの身柄を差し出した大人たち。わたくしは離れたくない、としがみついてしまう。この街に人たちからは、イヤなものしか感じない。
「大人しく、ここにいるんだ。俺たちについてきても、死ぬだけだ」
そう小声で囁かれると、わたくしは大人しく、離れるしかなかった。




