領民と貧民
元子爵領だったそこは、とうとう、とんでもない方向へと暴走していった。
新しく領主となった男爵は、元貧民という異色の経歴の持ち主である。それほどの底辺でありながら、皇帝ライオネルの覚え目出度く、平民となり、貴族となって、領地まで賜った。さらに、貴族の中に発現した皇族の教育係りとなり、帝国から、様々な恩恵を受けていた。
まず、元子爵領であり、現在は男爵領となったそこは、貴族に発現した皇族が成人するまでの住処となることで、皇族が暮らす間は、税の免除を受けられた。
貴族の中に発現した皇族の出身地ということで、領地の拡大を許可された。ただ、領地拡大は、男爵自身が持つ財力で行うこととなっている。また、どの貴族も支配されていない領地であることが条件となっている。男爵領は無法地帯である貧民街が近くにある。貧民街は、どうしても、帝国の手に余るものなので、どの貴族も手をつけない。だから、男爵が領地拡大をするとしたら、貧民街近辺となってしまう。
そこで、異色の経歴を持つ男爵は、貧民を雇い、貧民街のほうへと領地を広げていったのだ。そうして、男爵領は、貧民街と領地続きとなってしまった。
「やりすぎです!!」
ちょっと目を離した隙である。わたくしが城で皇族と食事会をしている間に、人海戦術で領地があっという間に貧民街を目の前になっている光景には、叫ぶしかない。
「意外と近かったな」
男爵位を拝命して、それほど時間の経っていないハイムントは、そこら辺の貴族よりも威厳がある。何せ、裏では海の貧民街を統べる影皇帝をしている。ハイムントが表向きは貴族、裏では影皇帝をしているのは、皇帝公認だ。もう、誰もこの男を止められない。
でも、止めないといけない!!
「これでは、領民たちが大変なことになってしまいますよ!?」
「大丈夫だ。あの貧民街は私の庭だ」
普段は妖精の力で偽装しているくせに、ここぞとばかり素顔を晒し、影皇帝の顔で言ってくる。
この男は、頭もいいし、妖精の力を使えるし、人脈もあって、生まれ持っての支配者だ。表向きの常識が通じない。
領民たちは、呆然と、開かれた領地の向こうに見える貧民街を見ていた。開いた口がふさがらない。わたくしだって、ちょっと前まで、そうでした。
「すぐに境界線をなくすのは危険だ。しっかりと、そこは作ろう。そうして、徐々に貧民街の中を開発していこう」
「どういう方向ですか? 犯罪はもうやらないのですか?」
「そこは、必要悪だ。だから、境界線を作る」
堂々と言い切るよ、この男は!? 貧民街は結局、なくす気はないのだ。だって、後ろ暗いことをする時に必要なんだもん。
ハイムントに平和な領地経営を望んだわたくしが愚かでした。それ以前に、素性を知ってしまったので、わたくしの手に余る存在だと思い知る。
最強の妖精憑きであり、最強の魔法使いの見た目と才能を受け継いだハイムントは、妖精憑きを除く能力は完璧だ。そこに、父ハガルが妖精憑きの力を人工的に与えたため、魔法まで使えるという。一応、皇帝ライオネル主導のもと、皇族に逆らえなくする契約紋を施されてはいるが、それ、絶対ではない。人が作った契約には隙がある。頭の良いハイムントは、その隙を知っているはずだ。皇族でも止められないかもしれない。
とんでもないのを懐に入れてしまった。わたくしの懐は、こんなの入れられません。もう、懐は破損しているでしょうね。
ハイムントは、わたくしを前に乗せて、華麗に馬を操作する。なんと、貧民街の方ですよ!!
「ちょっと、帰りたい!!」
「領地を見回りたいといったのはラスティ様ではありませんか。ほら、広くなりましたよ!」
物凄い笑顔だ。馬、乗れるようにしなきゃ。このままだと、とんでもない所に連れて行かれちゃう!!
貧民街の境界線辺りとする所には、一応、縄が張られていた。そこに、作業の手を休める貧民たちがハイムントの姿を見て、素早く跪く。
「そういうのはいらない。随分と短時間で進んだな」
「すみません、時間がかかってしまって」
「いや、早いと誉めているんだ」
「いえ、俺たちの予定では、内陸のほうにも進めていました。そこは、領民たちに止められてしまいました」
「そう、急ぐな。生き急ぐ必要もないだろう」
「………」
何かもの言いたげにハイムントを見あげる貧民の若者。ハイムントは何かを感じたのか、馬を降りた。
まだ、わたくし一人では馬に乗っていられないので、ハイムントの手で降ろしてもらう。
「領民と話してもらっていいですか? 僕は貧民と話します」
「わかりました」
まだ、領民とはうまくいっていないのだろう。だから、わたくしを使うのだ。
わたくしは領民の元に行く。すると、わたくしは領民たちに囲まれてしまう。
「もう、恐ろしいです!! これまでは、樹木がいい感じに貧民街との境を作ってくれたというのに、このような何もない状態にされてしまっては、逃げるに逃げられません!!」
「貧民を引き入れて、領地を乗っ取るつもりなんです!!」
「子どもたちも外で遊ばせるわけにはいきません。一体、何を考えているかわからなくて」
どんどんと苦情が吐き出される。一応、聞くだけだけど、わたくしはもう、領主でも何でもない。ただの一皇族だ。この苦情に答えるのは、領主であるハイムントだ。そのハイムントは貧民の支配者だから、どうするのか、読めない。
こうやって領地を拡大しているのを見ると、貧民たちを引き入れようとしているのはわかる。だけど、ハイムントは犯罪行為をするための貧民街をなくすつもりはない。だから、貧民街の解体はしない。
領民からは、似たり寄ったりの苦情を訴えられる。もう、領民は、貧民をどうにかしてほしいのだ。
どんどんと距離を詰められていくと。
「それ以上、近づくことは無礼だ」
「たかが平民の分際で、皇族に随分な態度だな」
ハイムントの秘書兼護衛のサラムとガラムが領民たちを押しのけて、わたくしから一定距離まで離す。
「ですが、ラスティ様は元は、領主様です!!」
「我々のために、随分と優しくしてくださいました!!」
「僕が初めて見たラスティ様は、貧民のようにみすぼらしい姿をしていた。用意された服に着せられているような、やせ細った姿だ。今も、まだまだやせ細っているな。それに比べて、お前たち平民は、随分と太っているな」
「………」
「ラスティ様の優しさに付け込むお前たち平民もまた、ラスティ様を虐げていた偽物の親族と変わらない。さっさと離れろ!」
サラムとガラムは領民たちに叫ぶようにいう。
領民たちは、気まずい、みたいに視線を落とし、わたくしから距離をとる。それでも、わたくしの情にどうにか縋ろうとして、その場を去らないのだ。
「何があった、サラム、ガラム」
貧民たちの話を聞き終えたハイムントがやってきた。
「領民たちが、あまりに見晴らしが良すぎて、隠れる場所がないと言っています」
「隠れる必要があるのか? だったら、家から出るな。そうやって、自由に歩いていて、隠れる場所がない、とは、随分な話だな」
「領民たちには、仕事があるでしょう!」
「その仕事も、貧民たちも手伝うから、手が余るようになるだろう。この者たちは、平民としての仕事は何も知らない。教えてやってくれ」
「む、無理だ!!」
とうとう、領民のほうが我慢の限界だった。
「貧民を受け入れるというのなら、俺はここを出ていく!!」
「私も、出て行きます」
「僕も!!」
一人が言い出すと、どんどんと増えていく。このままでいくと、昔からいる領民はいなくなって、貧民の領地になってしまう。
そんな抗議を受けても、ハイムントは冷静だ。紙とペンを取り出す。
「出ていくのなら、名を名乗れ。領地の移動の申請が必要だ」
「何故、俺たちが出ていかなければならない!? 出ていくのは、貧民どもだ!!」
「この領地の領主は僕だ。イヤなら出ていけばいい。ほら、名乗れ」
「手ぶらで、出て行けるわけがないだろう!!」
「なんだ、金か」
ハイムントは領民の姿を頭から足のつま先まで見て嘲笑う。
「僕はラスティ様を初めて見た時は、貴族とは思えない、みすぼらしさだった。やせ細っていて、貧民みたいだったな。それに比べて、お前たちは、ラスティ様よりも、随分と豊かな生活をしていたのだな。ラスティ様が身を削って領主をしている時、お前たちは何をしていた? どうせ、ラスティ様に泣いて縋って、税を上げないで、と訴えていたのだろう。それで蓄えがないというのだからな。優しい領主で良かったな。
学のない元貧民と思ったのだろう。だが、僕は皇帝ライオネル様の元で、帝国の政治を学んでいる。この領地の税率が随分と低いことは調査済みだ。せっかくなので、他の領地にあわせて、税率をあげようではないか。お陰で、お前たちが領を出ていく支度金が出来る」
「………」
「実は、ラスティ様が領主をしている間、税率がおかしいということで、帝国から調査が入ることとなっている。ラスティ様は正式には領主ではないので、外部の不正があったのではないか、と言われている。さて、どこの誰が、不正したのか、調査しようではないか。きっと、領民の中にも、犯罪者が出てくるだろう。犯罪者はそのまま貧民だ。ついでに、過去五年に遡って、税の徴収だな。これで、支度金に箔がつくな」
「………」
「あまりラスティ様を困らせるな。大人しくしていれば、僕は全て、良いように処理してやろう。それで、金を持って出ていくのか? それとも、着の身着のままで出ていくのか? 選べ」
もう、出ていく一択だ。領地に残す気がない。名乗らなくても、ハイムントはどこの誰なのかわかっている。だって、随分と内部に入り込んだ貧民の若者がハイムントに耳打ちしている。
「ここに書いてある者どもの一族全て、領地移動の手続きをしておけ」
「お許しください!!!」
領民のほうがハイムントの前に土下座する。
ハイムントは元貧民と、領民たちは随分と下に見ていたのだ。ついでに、新しい領主なので、色々と誤魔化せるだろう、なんて甘く考えていた。
蓋をあけてみれば、ハイムントは皇帝のお膝元で、とんでもない教育を受けていた。それはそうだ。皇帝ライオネルは、何度もハイムントを貴族にしようとしたほどだ。それほど、優秀で、手放してはいけない人材なのだ。
ハイムントはわたくしを馬に乗せて、領民を見下ろす。
「私は、身の程をわきまえない者は嫌いだ。ラスティ様にはその空っぽな頭を下げれば、優しく許してくれるだろうが、私は違う。貧民を使う私をそこら辺の領主と一緒にするな。さっさと出ていけ」
「これまで、俺たちは正しい領民だったんだぞ!! 出ていくのは、あんたたちだ!!!」
「だったら、なぜ、ラスティ様の偽物の叔父家族を追い出さなかった。明らかな諸悪の根源だと、誰もがわかっていただろう。それすらしないで、私を追い出そうとはな。いいぞ、帝国に訴えてみろ。何にする? そんな学が、お前たち平民にあるとは驚きだ。きっと、どこの領地でも受け入れてくれるぞ。良かったな」
「くそぉおおおおーーーー!!!!」
口で勝てない領民たちは、とうとう、暴力に訴えた。
が、そういうところは、貧民が上だ。領民たちがハイムントに殴りかかると、それ以上の数の貧民たちが取り囲み、瞬間で制圧してしまう。
「貴様ら、よりにもよって、この御方に手をあげるとは!?」
いつも、人の良い笑みを浮かべて、領民に対して親切にしてくれていた貧民の若者は豹変する。他の貧民たちに領民たちを拘束させ、ハイムントの元に駆けてくる。
「お怪我はありませんか?」
「ラスティ様、お怪我はありませんか?」
「こ、怖い!」
領民の襲撃に、馬が興奮して、ちょっと暴れた。わたくしはしがみついても落ちそうだったのをハイムントが支えてくれたので、落ちなかった。だけど、もう、馬の上にいたくない。
ハイムントはわたくしを優しく馬から降ろしてくれる。もう、怖くて、足が震えて、わたくしは倒れそうになるのをハイムントが支えてくれる。
「う、馬はもう、乗りたくない!!」
ボロボロと泣きながらいうわたくしに、ハイムントは苦笑する。
「せっかく、堂々とあなたを抱きしめられるというのに」
「っ!?」
かーと顔が赤くなるのがわかる。わたくしの耳元に囁くから、タチが悪い。
「もう、わたくしのための復讐はやめてください!! 知ってました。わたくしが領民たちに騙されていたこと!!! もう、いいです」
優しく笑いかけてくれるハイムント、あんな怖いことをいうのは、わたくしのためだ。
わたくしはハイムントの腕から離れ、拘束される領民たちを見下ろす。
「ハイムントがやることに不満があるのですから、出ていきなさい。お金は出しません。ここで、あなたたちにお金を出したら、税を上げなければなりません。あなたたちは、一緒に苦労してきた他の領民たちを食い物にするのですか? 一度、出ていくと言ったのです。取返しがつきません。そして、他の領地に行って、学び、生きていきなさい。
ハイムント、手続きを今日中に終わらせましょう。わたくしも手伝います。皆さん、彼らの家族も含めて、領地から出すお手伝いをしてください」
「ラスティ様!?」
「騙されていること、知っていました。何度も、死のうとしました。でも、両親が守った領地です。どうにかしようと、城の舞踏会で救ってくれる人を探したのです。でも、誰も手を差し伸べてくれなかった。皇族でなかったら、きっと、わたくしは今、生きていません。そうして、あなたたちは、あの偽物の叔父家族の食い物にされていました。
運が良かっただけですよ、あなたたちは。そのことも気づかず、新しい領主に不満を訴え、甘え、脅して、そんな領民、どこが受け入れてくれますか。残念ながら、ハイムントはもう、あなたたちを受け入れません。皇族となったわたくしの故郷から出ていったあなたがたは、これから、苦労するでしょう。さようなら」
わたくしは、この不満ばかり訴える領民たちを切り捨てた。
こういうやり取りを遠くで傍観していた多くの領民たちは静かになった。
だって、今の領地は悪くはない。実りはあるし、帝国からの優遇措置で税が免除されている。ついでに、貧民たちは、ハイムントに逆らわなければ、とても親切だ。
大人たちが仕事で忙しい時、子どもたちの面倒を手のあいた貧民たちがみていた。ついでに、青空学習なんてして、文字や計算まで教えていたのだ。
犯罪さえしなければ、貧民たちは、普通の平民と変らない。
そうして、貧民街と領地との境は、最初はただのロープだったが、立派な壁が作られて、領民たちが間違って貧民街に入る危険はなくなった。
そして、ハイムントの大掃除は佳境を迎えていた。
ハイムントの執務室に、以前は子爵家であったが、現在は皇族所有となった使用人たちが集められた。
わたくしはただ、領主が座る椅子に座らされた。わたくしをエサにして、使用人たちを執務室に閉じ込めたのだ。
執務室の中も、外も、邸宅の外側も、全て、ハイムントが支配する貧民に囲まれていた。
何をしようとしているのか、わたくしはわからない。皇族所有となった使用人たちに何かする権限は、一貴族のハイムントにはないのだ。
だけど、そんなことわからない使用人たちは震える。ハイムントから罰を与えられる、なんて思い込んでいる。
「ハイムント様、我々は皇族所有の使用人です。あなたの命令を拒否します。ここから出してください」
昔から子爵家に仕える執事はわかっている。堂々とハイムントにいう。
ハイムントは怪しい笑顔を浮かべ、いくつかの書類を手にする。
「僕の父は才能の化け物と呼ばれている。あらゆるものに秀でている。頭も、体術も、剣術も、全てだ。その才能を僕はあますことなく受け継いだ。だから、この元子爵領の過去百年の領地の記録を城で見て来た。すると、ラスティ様のご両親の代よりも前から、おかしな会計処理がされていた。計算はあっている。だが、城とこちらの記録があっていない。帝国に支払われた税が、子爵家で支払ったという税よりも少ないのだよ。税率もいじられている。
そういうものをまとめた結果が、こちらになる」
そう言って、執事とわたくしに手渡す。
その差額はわたくしが想像していたよりも多い。
「あと、納税率の一般的な数値はこちらだ。ラスティ様は随分とお優しい領地運営をしていましたね。まあ、僕はそれよりもさらに下げますけど。ほら、優遇措置を受けていますから、取りすぎるのは良くない」
実際に見せられると、わたくしは目の前が真っ暗になる。使用人たちに、執事に言われるままに、最初、行っていた。過去を振り返るような能力がなかった。だって、子どもだったのだ。
後見人と居座った偽りの叔父は、領地運営なんて出来ない。書類仕事も出来ないから、子どものわたくしに全て押し付けた。だけど、わたくしが自力で出来るはずがないので、知識のある使用人たちに頼るしかない。
「領民を扇動してくれたんだ。こういうものを出しても、文句は言えまい。あと、領地拡大を随分と嫌っていた内陸部のほうは、調査をいれた。運び入れろ」
ハイムントの命令で、執務室にいくつかの布袋が運び込まれる。その一つを開くと、貨幣が零れ落ちる。
「言ってないことがある。私の先祖は、元はこの領地の領主だったのだよ。政権争いに破れ、貧民となったのだが、その頃の領地運営の記録が残っていた。私の暇つぶしは、後ろ暗い秘密を見つけることだ。私の先祖もまた、こういうことをされていた」
そういうと、ハイムントは執事の首をつかんだ。
「な、なんの話だ!?」
「手口がずっと同じだと言っているのだよ。母上までは気づきもしないが、才能の化け物の血を受け継いだ私は気づく。
別に、表沙汰にするつもりはなかった。ラスティ様が幸せであれば、それでいい。しかし、裏で手を組んだ領民どもを使って、散々、私の皇族姫の心の平穏を乱してくれたな。皇族の所有物となって、偉くなったつもりか? お前たちはまだ、仮採用だ。皇族の所有物ではないのだよ」
「ラスティ様、信じてはなりません!! この男は、元は貧民ですよ!!!」
「ラスティ様、お助けください!!」
「ラスティ様!!」
縋る執事と使用人たち。皆、両親の代から仕えてくれていた。苦しい時も、屋敷に残ってくれたのだ。
ハイムントを見れば、笑っている。この男の素性が新たにわかった。
「ハイムントは、この領地を乗っ取りたかったのですか!?」
ハイムントの先祖が貴族だとは聞いていた。それが、まさか、わたくしの一族の前の領主だとは、知らなかった。
ハイムントが次の領主となったのは、先祖の領地を取り戻すためだ。そうに違いない。だって、皇帝ライオネルはハイムントのことをとても気に入っている。それに、ハイムントは賢者ハガルの愛する息子だ。ハガルはきっと、ハイムントの先祖のことを知っているから、手助けするだろう。
「はははははは!!! こんな領地、いるわけがないだろう!! だって、私の先祖は戦争バカだ。領地運営は領民と不正をする執事任せなんだぞ。無用の長物だ。母上が言っていた。あんな面倒なものがなくなって良かった、と。貴族にも、領地にも、これっぽっちも未練なんかない!!! 未練があるのは、父上だ。私をどうにか側に起きたくて、貴族にして、領地を与えようと躍起になっていたんだからな。そのせいで、ライオネル様は眠れぬ夜を過ごしたものだ。母上を亡くして、私まで側に置けないとわかった時の父上は狂気だった。父上は、母上が亡くなる前から、お前たちが不正処理していることを知っている。だから、虎視眈々と狙っていたんだ。それを亡くなった母上の慈悲で止めてやっていたというのにな。止める母上はもういない。私はどうでも良かったが、ラスティ様の足枷となるならば、父上に言おう。ぜひやってください、と」
これまで、ハイムントのことをただ、運の良い元貧民と、執事も、使用人たちも思っていた。しかし、話せば話すほど、とんでもない後ろ盾がいることがわかる。
それは、皇帝ライオネルを動かすほどの後ろ盾だ。
「脅したって無駄だ。お前の父親も貧民なんだろう!!」
「私の父上は、賢者ハガルだ」
「っ!?」
つい最近、多くの皇族が皇族の儀式を通過出来ず、貧民に落とされたことが表沙汰となった。それは、賢者ハガルが主導で行った粛清だと新聞で書かれた。
過去に遡れば、賢者ハガルは、皇族に対して、随分なことをしていた。表向きは皇族の犬、皇帝の番犬と呼ばれているが、裏では皇族の粛清をしているのでは、と言われるほどの多くの皇族を都落ちさせていた。
ハガルは、才能の化け物とも呼ばれるほど、才能に恵まれている。政治、領地運営、災害など、大きな問題が起きた時は、ハガルに相談を向けられる。だいたいの問題は、ハガルが解決してしまえるほどの知識は、不死身の化け物と呼ばれる長命ゆえだ。
「さて、私の父上の名を知ってしまった以上、お前たちを出すわけにはいかないな。地下牢に閉じ込めろ」
「嘘だからだろう!! 賢者ハガル様が、お前のような貧民の父親が嘘だから、閉じ込めるのだろう!? いいか、僕に何かあったら、家族が訴えるぞ!!」
執事が必死になって叫んだ。この執事には身内がいる。確かに、連絡がとれなくなったら、どこかに訴えるだろう。
「サラム、連れて来い」
ずた袋をいくつか、羽交い絞めにされた執事の前に投げ出される。
「ラスティ様、お目汚しとなりますので」
ハイムントはわたくしの目を綺麗な両手で塞いだ。
途端、執事の悲鳴が轟いた。
人が動く音と、悲鳴と、そういうものが耳に入った。それも、しばらくして静かになった。そうなって、やっと、ハイムントはわたくしの目から両手を外した。
執務室は、わたくしとハイムントの二人だけとなっていた。先ほどまでの私刑のような光景は影も形もない。
窓から外を見れば、あれほどいた貧民たちもいなくなっていた。いつもの平和な光景が広がる。
わたくしは椅子に座り込んで、動けなくなる。先ほどまでの光景が嘘であってほしかった。
「ラスティ様は女帝になりたくない、とおっしゃっていましたから、最終判断は僕がします」
「だったら、何故、わたくしに見せたのですか!? あんなもの、見たくも聞きたくもなかった!!」
「私の皇族姫を苦しめた奴らを見逃そうとしているからです」
「だ、騙された、わたくしにも、問題が」
「母上に、この不正会計のことを話したことがあります」
見たことも会ったこともないハイムントの母。きっと、優しい人だろう、そう思った。
「悪い事をする奴は、どこまでもやるから、処刑だ、と言いました。私の先祖は、戦争バカです。騙されたとわかった時は、容赦がないのですよ」
「………」
優しいけど、容赦がないのだ。一度の不正を許さない。それは、信頼していたからだ。信頼を裏切ったのだ。その使用人たちは、また、同じことをするだろうから、処刑したほうがいいのだ。
処刑するほど、ハイムントの先祖は、不正を犯した執事や領民を信じていたのだ。
「父上なんか酷いですよ。向かってくる敵は全て、消し炭にすれば、その内いなくなる、ですから。証言すら、とらない」
そして、賢者ハガルは、向かってくる敵全てを殺して終わりだ。力ある妖精憑きは、攻撃する敵の力がなくなるのをただ、待っているだけだ。だって、ハガルにとって、人は玩具だという。人を壊すほうが簡単なんだ。