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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-貴族の中の皇族姫-
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貧乏子爵

 今日も子爵家の台所事情は最悪だ。子爵領は普通の領地だというのに、贅沢三昧な叔父家族が散財しているからだ。

 わたくしは、酷い状態の帳簿とにらめっこしていた。子爵家の当主は将来、わたくしになるのだけど、叔父はわたくしの後見人だ。本来ならば、わたくしが婿をとって子爵となるはずだったのだが、両親がわたくしが成人する前に亡くなったため、わたくしの後見人として叔父が子爵家を乗っ取ったのだ。

 血筋的には、絶対にわたくしが跡継ぎとなるのだが、後見人の権利を振りかざし、勝手に財産を食いつぶし、ついでに、わたくしの悪評をばら撒き、後継者失格としたのだ。

 他に頼る家などわかるはずもないわたくしは、叔父によって屋敷に閉じ込められ、昔から仕えている使用人たちに領地経営を教え込まれ、どうか領地をよろしく、と泣きつかれた。叔父は、本当に使えない人なのは、使用人たちは知りつくしていた。だから、領地経営に一切、口を出させないようにして、どうにか、領地を平穏にしようとした。

 しかし、叔父家族は勝手に子爵家名義で買い物をして、借金までして、贅沢三昧。

「もう、こんな無駄な買い物はやめてください!!」

「ふん、サラスティーナの美しさに嫉妬か。見苦しい」

 叔父アブサムはわたくしを上から下まで見て、嘲笑った。

 わたくしの姿は、正直、醜い。服一つ、酷いものだった。その上、子爵家の財政状況が酷いため、わたくし自身はまともな食事にありついていないため、やせ細っていた。

 それなのに、叔父家族はしっかりと食べて、服だって上級なものを身に着けている。それだって、借金だ。

「これ以上、借金をすることは出来ません!! 自重してください!!!」

「だったら、税を上げればいいだろう」

「これ以上、あげたら、領民が逃げますよ!! 領民がいなくなったら、税収が得られないことくらい、知っていますよね」

「逃げる領民にきつい罰則を与えればいいだろう」

「罪のない領民に、貧民になれというのですか!?」

「税が払えない奴らは罪人だ。罪人は皆、貧民になるしかないだろう」

「っ!?」

 話がまるで通じない。この叔父は、後見人という立場を利用して、領民が収めた大切なお金を湯水のごとく使っているだけだ。

 このままでは、子爵家は終わりだ。怒りに震えるが、どうしようも出来ない。叔父アブサムの代わりとなる後見人がいないのだ。

 この叔父は、最悪だ。領地経営は出来ないというのに、外との連絡手段を上手に奪ったのだ。手紙は一切、私の手元には来ない。かといって、私から手紙を出そうにも、誰に出せばいいのかわからないため、そこで止まってしまう。

 私には、肝心の、知識が足りなかった。

 叔父アブサムの娘サラスティーナは私が悔しくて震えているのを嘲笑った。美しく着飾り、贅沢三昧をするサラスティーナにも、怒りしかない。

「ご心配なく。わたくしが、立派な婿を迎えますから。わたくしの美貌にかかれば、侯爵家でも、見染めてくださいますわ、お父様」

「さすがサラスティーナだ。それに比べて、色気も何もないお前には、縁談一つこないな」

「………」

 茶会にすら参加させてもらえないわたくしに、そんなものはこない。わたくしはただ、睨むしかない。

 叔父はわたくしには手をあげない。万が一、顔に傷でも作ろうものなら、後々、大変なことになるからだ。

 帝国では、十年に一度、貴族は全て、城の舞踏会に参加しなければならない。それは、貴族の子女も含まれている。貴族の子女は学校に通う年頃には参加となっていた。わたくしは、今、その年頃となっている。もうすぐ、城の舞踏会に参加しなければならない。

 サラスティーナは、城の舞踏会でそれなりに金のある若い貴公子を狙っている。そのために、茶会では、わたくしにいじめられている、なんて言いふらしているのだ。

 逆にいじめられているのはわたくしだ。散々、蹴られて、階段からも落とされて、と酷い目にあってばかりだ。


 それでも、叔父家族がわたくしを秘密裡に殺せないのは、帝国の捜査が入るからだ。


 わたくしのような跡継ぎで、後見人に殺害されて、後見人が家を乗っ取る、ということはよくあることだった。しかし、帝国ではこの悪行を許すわけにはいかない、と帝国主導で捜査が入ることとなっている。

 何故、悪行が許されないのか? 簡単だ。わたくしたちが生きている世界では、悪行を積み重ねると、神の恩恵が受けられないからだ。

 海も山も大地も、全て、神の恩恵で与えられている。天候一つもそうだ。しかし、悪行を積み重ねると、それらの恩恵を与える元となる聖域が穢れる。結果、神からの恩恵がどんどんと滞ってしまうのだ。

 恩恵が受けられないと、海も山も大地も皆、荒んでしまう。結果、人は生きていけなくなる。

 こういうことを防ぐために、帝国は、悪行の芽を摘むことにした。

 家の乗っ取りは、悪行の一つだ。帝国の捜査が入る。しかも、捜査には、魔法使いが来るという。

 魔法使いは、神の使いである妖精を持って生まれた妖精憑きがなる職業だ。妖精には嘘は通じない。妖精憑きである魔法使いが来た時点で、罪は暴かれる。

 だから、叔父家族はどうしても、私を殺せないのだ。もし、私を殺すなら、私が成人して、当主となってしばらくして、殺すだろう。一度、私が当主となってからの乗っ取りには、帝国の捜査は入らない。そこは、弱肉強食の帝国主義である。


 わたくしの寿命は、もう、片手で数えるほどしかない。


 わたくしは、もう、城で行われる舞踏会に賭けるしかない。どうにか、わたくしの力となってくれる人を探さなければならない。

 そのために、わたくしは、亡くなった母の古いドレスをどうにか繕って、舞踏会に参加することとなった。もう、それしか着れるものがないのだ。

 どんどんと減らすしかない使用人たちには、紹介状を出して、領地の外に出してはいる。きっと、わたくしのことを使用人同士で話してくれている、と信じたい。

 やれることは全てやった。わたくしは、見えない所には酷い怪我をさせられながらも、どうにか、舞踏会に参加した。


 帝国は巨大だ。貴族なんていっぱいいる。その中で、知り合いを探すなんて、不可能だった。


 参加してみれば、わたくしは壁の置物となった。サラスティーナはわたくしを嘲笑いつつ、酷い従姉が、と茶会で知り合った友達に泣きついた。そして、友達は、わたくしを見て、なんともいえない顔をする。

 サラスティーナは愚かだ。

 こんな時代遅れのドレスを身にまとった、ガリガリのわたくしを見て、サラスティーナのいうことを信じる者なんていない。ただ、サラスティーナの嘘を心の底で嘲笑っているだけだ。

 お陰で、サラスティーナの男探しは停滞している。わたくしを使って同情を誘おうとしても、わたくしを見れば、嘘だとばれるのだ。

 サラスティーナは本当に愚かだ。

 だから、とんでもない男ばかりが、サラスティーナの周りに集まる。皆、サラスティーナと遊んで、捨てる気満々だ。わたくしでもわかる。その中には、侯爵家、伯爵家と色々だ。散々、遊ばれて、捨てられるのは目に見えている。だから、わたくしは黙っていた。

 そうして、わたくしは舞踏会を眺めるしかなかった。両親の知り合いがいればいいが、今のわたくしを見て、手を差し伸べるような人がいるとは思えない。いたら、もっと前に助けられているだろう。

 帝国は弱肉強食だ。

 弱い人間は淘汰される。わたくしは、叔父家族によって、いつかは淘汰される、と見られていた。

 仕方がないので、わたくしは食事だけを楽しむことにした。随分とまともに食事をとっていない。食べられそうな草とか、そういうものばかりだ。

 食べられそうなものは、甘い菓子くらいだ。わたくしはそれを食べる。見た目は地味だけど、とても美味しい菓子に、涙が出た。

「泣くほど、美味しいですか?」

 突然、わたくしは老人に声をかけられた。わたくしは慌てて涙を拭った。

 とても優しそうな老人だ。わたくしに笑顔を向けてくれる。こんなふうに優しく声をかけられたのは、本当に久しぶりだ。

「はい、とても美味しいです」

「それは、私が作ったものですよ。ラインハルト様が随分と気に入られました。甘さが控え目で、物足りないことはありませんでしたか?」

「わたくしには、丁度良い甘さです」

 城の料理人か。こういう場で、作った料理の感想をわざわざ聞きに来たのだろう。

「持って帰りたいくらい、美味しいです」

 この菓子ならば、しばらくは、日持ちするな、なんて酷い考えが浮かぶ。でも、仕方がない。食べることすら、困窮しているのだ。

 老人はにこにこと笑って、わたくしの手を握ると、引っ張る。

「こちらに来てください」

「え、どこに?」

「さあ、こちらです」

 わたくしはわけがわからないままに、老人に引っ張られる。別に力が強いわけではない。振り払ったら、老人が怪我をしてしまうかもしれないので、わたくしはただ、大人しく、ついていった。

 そのまま、どんどんと高位貴族を通り過ぎ、なんと、皇族が座る高い場に連れて行かれ、さらに高い皇帝がいる場で、やっと老人の手は離された。

「ライオネル様、貴族の血筋に、皇族が発現しました」

 老人は皇帝の前でうやうやしく跪き、そういう。

 わけがわからない。わたくしは呆然としてしまう。

「ラスティ、なんて所にいるんだ!!」

 叔父アブサムが、わたくしを連れ戻そうとやってきた。

 ところが、アブサムは途中、騎士たちが抜き放った剣によって、止められた。

「あれは、姪だ!!」

 叫ぶが、アブサムは通されない。

 わたくしはどうすればいいのかわからないので、とりあえず、目の前の皇帝を見る。

 皇帝ライオネルは、物珍しそうにわたくしを上から下まで眺めた。

「確かか?」

「確かです。私の妖精がこの者を守っています」

「初めて見たな、貴族の中に皇族が発現するのは。しかし、少々、育ちすぎだな。皇族教育は間に合わないな」

「今からでも、やればいいことです。生家に教師を派遣し、早急に行いましょう。そして、成人後は、城に移しましょう」

「今からでも、城にいれればいいだろう」

「皇族の水は、まだ、合いません。まずは、徐々に慣らしておくものですよ、ライオネル様」

「………わかった。では、新しき皇族よ、名を名乗れ」

 わけがわかないまま、話は進み、終了し、わたくしにライオネル様が声をかけてくる。

 舞踏会の会場はしーんと静かになった。その中で、叔父アブサムと、従妹のサラスティーナが何か言っている声がする。その声も、周りの重い空気に黙らされる。

 わたくしは礼儀なんて子どもの頃に習ったっきりだ。十に満たない頃なので、カーテシーだって、無様だ。それでも、相手は皇帝なので、貴族らしく、カーテシーをする。

「わたくしは、ラスティと申します」

「皇帝といっても、私は一皇族だ。礼儀は省略でいい。帝国のために、その身を削るがいい、ラスティ」

 そう言って、皇帝ライオネルはわたくしの肩を抱き寄せて立つ。

「新しき皇族の発現だ! 皆、喜ぶがいい!!」

 舞踏会会場に、拍手の嵐が起こった。


 こうして、わたくしは貧乏子爵令嬢から、皇族となった。


 一体、どうしてこうなったのかわからない。戸惑っているわたくしを老人は舞踏会会場から、城を出て、とても豪勢や屋敷に連れて行かれた。

 質素だけど、物がいい調度品が並ぶ客室に入れられた。そこで、わたくしは老人と向き合った。

 老人はわたくしが泣いて喜んだように見えたのか、あの質素な菓子と、良い香りがする茶を給仕してくれた。

「ラスティ様、突然のことに、戸惑われたでしょう」

「あの、その、はい」

「まず、十年に一度開催される舞踏会の目的を話さなければならないようですね。学校、通っていませんね」

「………通って、いません」

 物凄く恥ずかしかった。貴族の子女ならば、学校に通うものだ。学力が足りなくても、貧乏でも、それなりの学校に通えるようになっている。逆に、学校に通っていない貴族の子女は、問題ありとして、貴族社会に入れない。わたくしは、叔父のせいで学校に通えないので、成人したとしても、子爵家を継げない可能性が高い。

 わたくしは泣きたくなった。恥ずかしくて、悔しくて、でも、弱肉強食の帝国では、これは仕方のないことだ。

 老人は、わたくしの内面を知ってか知らずが、ニコニコと笑っている。

「学校に行ったって、聞き流されているでしょうね。知っている者は半数もいないでしょう。だから、不届きなことをする貴族が出てきます」

 言葉裏に、わたくしの叔父と従妹のことを言っていることがわかる。二人とも、貴族の学校に行ったというのに、皇族の席にまで上がろうとしたのだ。あれは、かなり無礼なことだ。

「あなたは私が認めた皇族です。誰も否定はしませんよ」

「あの、あなたは、誰なのですか?」

 ただの料理人だと思っていた老人は、そうではない。よく見れば、服装が料理人ではない。

「私は賢者ハガル。今のところ、最強の魔法使いです」

「賢者? すみません、わたくし、本当に無知で」

「いえいえ、普通に生きていれば、私のことなど、不必要な知識です。ですが、あなたは皇族。私のことを知らなければならない」

「何故、わたくしは皇族なのですか? その、皇族は、そういう血筋の者のことでしょう。わたくしは、ただの一貴族です」

 さすがにわたくしも皇族というものはわかっている。

 皇族とは、皇帝に連なる血筋だ。わたくしが皇族となるということは、こう言ってはなんだが、母と皇族の不貞があったといわれるようなものだ。

「まず、皇族というものの説明が足りませんね。皇族は、大昔の一皇族の血筋をある一定の濃さで受け継ぐ者のことをいいます。血筋の濃さが足りませんと、皇族から貴族落ち、もしくは平民落ちすることがあります。そのため、まれにですが、貴族や平民の中に、皇族の血が発現することがあります。それを確かめるため、十年に一度、十歳以上の貴族を集めて、城で舞踏会を行うのです」

「どうやって、皇族だと証明するのですか?」

「簡単ですよ。筆頭魔法使いの儀式を行った魔法使いを跪かせればいい。ほら、命じてください」

「は、はあ。跪いてください」

 途端、賢者ハガルはわざわざ立ち上がり、わたくしの横に跪く。

「や、やめてください!! そんな、わたくしをからかうなんて!?」

 こんな簡単に跪くなんて、おかしい。わたくしは、この程度のことで信じれなかった。

「では、靴を舐めろ、と命じてください」

 さらに上のことを言ってくる。それはさすがにイヤだ。わたくしだって、イヤなことを叔父家族は、無理矢理、わたくしにやらせたことがある。

「そ、そんなこと、命じれません」

「皇族となる以上、出来るようにならなければなりません。ほら、言ってください」

「冗談でも、言いたくないことです! もっと、誇りを持ちなさい」

「背中が痛くなりますね。私に誇りなんて、欠片ほどもないというのに、持てなんて、とんでもない命令です」

 苦痛に顔を歪める賢者ハガル。わたくしには、何が起こっているのか、わからなかった。

「その命令を解除してください。でないと、私は痛いだけです」

「あ、その、ごめんなさい、生意気なことを言ってしまいました」

 それだけで、賢者ハガルは穏やかに笑い、立ち上がった。

「私は今でこそ賢者と名乗っていますが、元は筆頭魔法使いです。筆頭魔法使いの儀式では、神と妖精の元に、皇族に絶対服従の契約を結びます。そのため、私は絶対に皇族には逆らえません。その契約には、皇族に妖精をつけて守る、というものがあります。ラスティ様には、今、私の妖精がついています」

 わたくしはどこにいるのか、と見回してみるも、妖精なんて見えない。それはそうだ。わたくしはただの人だ。

 妖精を見たり、声を聞いたり、感じたりするのは、妖精を生まれ持つ妖精憑きのみだ。

「驚きましたよ。私の妖精が、あなたに付いたのですから。貴族の中に皇族が発現したのは、この私でも初めて見ました」

「本当ですか? 見えないので、どうしても、信じられません」

「これから、はっきりします。あなたを傷つけようとする者は皆、妖精に復讐されます。ですが、例外はあります。あなたと同じ皇族は、あなたを傷つけられます。

 本来ならば、すぐ、城に入ってもらいたいのですが、皇族同士の争いの火種となるかもしれません。ですから、まずは、あなたは皇族教育を受け、一定の能力を身に着けてもらいます」

「あの、わたくしが皇族となったら、子爵家はどうなりますか?」

 名目上、叔父はまだ、わたくしの後見人だ。子爵ではない。現状では、わたくしが次期子爵となることとなっている。

「ラスティ様にはお身内がいますので、そちらが子爵位と領地を継ぐこととなります」

「そ、そんな!?」

 ぞっとする。そんなことになれば、領地は滅茶苦茶だ。もう、領地経営が出来るのは、わたくしと数少ない使用人のみだ。その使用人だって、もう給金が支払えなくなってきたので、解雇しなければならない。

「その、子爵位も一緒に継承は出来ませんか?」

 皇族というよくわからない権力で、どうにかしようと考えた。両親が大事にした領地だけでも守りたかった。

「ラスティ様、皇族は帝国全土のために働きます。一領地にかまけてはいけないのですよ」

「叔父家族は、領地を破綻させます!!」

「帝国として出来ることは、ラスティ様を一皇族にするための費用を出すだけです。まずは、その姿を整えませんと。そのための人も帝国から出します。ですが、皇族には基本、護衛はつきませんので、気を付けてください」

「………皇族って、やはり、狙われたりするのですか?」

「危険な目に遭えば、わかります。そのことを含め、今、あなたの叔父家族に宰相が説明しています。ま、言ってもわからないのなら、体験するしかないでしょうね」

 人の良さそうな笑顔で、物凄く他人事のようにいう賢者ハガル。

 結局、わたくしは、わけがわからないまま、叔父家族の元に返された。





 叔父家族はもう、不機嫌だった。何せ、待遇が変わったのだ。王都まで行く時は、わたくしは御者の横に座っていた。ところが、帰りは皇族が乗る豪華な馬車にわたくし一人が乗るのだ。叔父家族は、行きと同じこじんまりした馬車だ。

「何故、ラスティだけ乗るんだ!! 私はラスティの後見人だぞ!!!」

 もちろん、叔父アブサムは後見人の立場で訴えた。

「こちらは、皇族のみに許された馬車。一貴族は乗れません」

 しかし、見送りにわざわざ来てくれた宰相がしっかりとそれを否定する。

「私たちも同じ皇族の血筋だ!!」

「家族といっても、皇族でなくなる者は普通だ。お前たちは、一貴族だ。これ以上、皇族を貶めるようなことを口にするな。不敬罪で消し炭にするぞ」

 ついでに、賢者ハガルが怖い顔で言ってくる。さすがに、相手は帝国最強の魔法使いなので、叔父家族も黙り込むしかない。

「あの、わざわざ、ありがとうございます、ハガル様」

「ハガル、とお呼びください。あなたは、皇族です。誰に対しても、敬称をつけてはなりません」

「………気を付けます」

 もう、わたくしの皇族教育は始まっていた。ハガルは、容赦がない。

 こうして、わたくしは宰相と賢者ハガルに見送られて、帰りは揺れなんてない馬車で領地の邸宅に戻った。


 邸宅に戻ると、見知らぬ者が待ち構えていた。馬車が止まると、ドアをあけ、わざわざ、わたくしに手を差し出してくれる。

 貴族令嬢としての扱いなんて、随分ぶりだ。だから、わたくしは戸惑った。それでも、笑顔で手を差し伸べたままの相手に悪いので、その手をとり、馬車から下りた。

「お帰りなさいませ、ラスティ様」

「あの、あなたは?」

「僕は、あなたの教育係りとなりましたハイムントと申します。以後、ハイムント、とお呼びください」

 わたくしの前でわざわざ跪き自己紹介するハイムント。

 随分と遅れて到着した叔父家族は、わたくしとハイムントのやり取りを見て、睨んでくる。でも、この男は帝国から派遣された教育係りだ。迂闊なことは出来ない。

「全て、僕にお任せください。あなたを立派な皇族にしてみせます」

 そして、ハイムントはわたくしの手に軽く口づけをした。

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