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〝約束〟のために

 ニーナの頬に赤味がさし意識もはっきりとしてきたようだった。小さく咳き込んだ後、大きく何度か深呼吸をしていた。

「ありがとう、デール。また迷惑かけてごめんね」

「全く!オレがいなかったら死んでしまうところだったぜ!ちゃんと食べもん食べて寝てんのか?大体自分が身体弱いって自覚なさすぎ!」

「ごめんなさい・・・自由になったからちょっと羽目を外しただけなの・・・みんなには内緒にしていて」

「はぁ~羽目を外した?まさか日中ずっと起きていたんじゃないだろうな?」

 デールの追求に言葉を濁していたニーナにグレンが話しかけた。

「こんな発作を頻繁に起こしていると?」

 心配しているというよりも詰問のような口調のグレンにニーナは、びくりとした。

「あの・・・今日はと・・特別で・・・」

「ああ、そうだよ。こうなるからニーナは最近まで一日の半分は寝床の中さ。昔はもっと酷く成人前に死ぬって言われていたらしいしな。だから我が君が助けなければ死んでいたぐらいだ!」

 グレンに対する様子がおかしいニーナを庇うようにデールが言った。

「病弱だとは聞いていたが・・・そんなとは・・・」

 グレンは呟くように言った。ニーナは自由に舞う蝶や温かい食事の話を嬉しそうにしていたのを思い出した。寝台で外に憧れながらずっと寝たままのニーナの姿が目に浮かんでくるようだった。そして冷めたスープを飲む彼女の姿も―――でもきっと皆に心配かけないように微笑んでいたに違い無い。グレンは彼女の強さの源が分かったような気がした。

 グレンは父親から死を突きつけられ強くなった。ニーナもまた発作を繰り返しながら迫る死の恐怖に耐えて強くなったのだろう。


(いや・・・彼女の方が強いのかもしれない・・・)


 グレンは目の前の敵を倒せば良かったがニーナは天命に打ち勝つ術は無かった筈だ。ただ静かに自分の命の炎が消えるのを見つめているしかなかっただろう。そして色々な葛藤を全て浄化したのかもしれない・・・それでこの穢れのない真っ白な心の訳が分かった。強い精神力に惹かれるという異界のジャラが身震いする程に清らかな心と評したニーナ―――

 その彼女が言葉を急いで探しながら答え始めた。

「魔神が助けてくれたので今は無理をしなければ大丈夫です。心配かけて申し訳ございませんでした」

 無理したのも確かだろうが精神的な疲労が大きかったに違い無いとグレンは思った。その原因の大半は当然ながらグレンだ。

「無理をさせたようですね。私の配慮が足りなかったのをお詫びします」

 本心からか口先だけなのか分からない言葉をグレンは言った。

「そうさ!あんたが悪い!こんな悪巧みをするせいでいい迷惑だ!」

 デールは彼の真意は知らないが痛いところを突いてきた。しかしグレンを庇ったのはニーナだった。

「デール、シーウェル王は悪くないのよ。私達、仲良くしないといけないの。だからデールも仲良くして」

 デールは舌打ちした。サイラスにもシーウェルでは諍うなと注意を受けていたのを思い出したのだ。全ては同盟の為―――身体の弱いニーナも頑張っているのにグレンが気に入らないからと言ってこれ以上波風を立てる訳にはいかないだろう。

 大人しくなったデールにグレンが早速話を持ちかけた。

「デール殿には折り入って頼みたい事がある。此処での滞在を少し延長して貰えるだろうか?」

「頼みたい?あんたがオレに?何を?」

「実はニーナ姫の警護をして貰いたい」

「警護?」

「そう・・・護衛を。彼女は命を狙われるだろうから・・・」

 デールはもちろん当事者のニーナも驚いた。

「ここはあんたの宮殿だろう!そんな暴挙を許すぐらい警備は穴だらけとか言うのか!それに何でニーナが狙われるんだ!」

「私が彼女に求婚したから当然だろう?シーウェルとオルセンの結びつきはどの国も嫌がる。となれば私を狙うより彼女の方が狙い易いだろう。もちろん警護に力を入れるが誰が狙ってくるかも分からない状況で万全にとはいかない。シーウェルにも内通者がいる可能性もある。となれば完全に信用出来るものは多い方がいい」


 グレンが言い終わった後、沈黙が落ちた―――


「―――帰るぞ、ニーナ!こんな所に居られるか!だからお前のやり方は嫌いなんだよ!敵ばかり作りやがって!冗談じゃない!」

 デールはまだ驚いているニーナを引き寄せた。しかしその彼女の手をグレンが掴んで二人で引き合うような感じとなった。

「手離せよ!」

「―――駄目だ。帰国するのは許さない。分かっているだろう?ニーナ姫?」

 グレンは淡々と言いながらもニーナを掴んだ指に力を入れていた。

 ニーナはぐいっと掴まれた手首が痛くて熱かった。そしてその手に視線を落とした・・・

「デール・・・私は帰らない。帰る訳にはいかないの。約束したから・・・好きになるように努力するって。だから駄目・・・」

「好きになる?誰を?まさかこいつをか!」

 グレンを指差すデールにニーナは頷いたのだった。オルセンの王が二人の結婚はニーナの心次第だと返事しているのをデールも聞いていた。

「おいっ、あんた!ニーナに何を強要してんだ!こいつの気持ち次第だっていう条件の根回しかよ!馬鹿らしい!帰るぞ、ニーナ!引き止めるなよ。腕づくでも帰るからな」

 彼女は残ると言うだろうと予想していたグレンだったが、このままオルセンへ帰って欲しいと心の片隅で思っている自分がいた。

「帰っても構わない・・・」

 グレンは思わず出た言葉に、はっとした。こんなことを言うつもりは無かったのだ。

 ニーナは少し驚いた表情をしたが首を振った。

「いいえ、帰りません。私はまだ何もしていないから・・・帰れません」

 真っ直ぐな瞳でそう言った彼女からグレンは視線を逸らせた。純粋な光りを宿す瞳を直視出来なかったのだ。腕づくで、と言ったデールだったがニーナ本人が動こうとしないものをどうすることも出来なかった。だから天を仰いで大きな溜息をついた。


「言い出したらきかないところなんかエリカそっくりだよな―――仕方がない。オレが守ってやる!どうせそのつもりだったし。我が君の予想通りだったって訳だ」

「魔神がそう言っていたのか?」

「ああ、そうさ。我が君は全てお見通しさ」

「・・・・・・・・・」

 目端の利くものなら簡単に思いつくだろうがそれでもグレンは改めて魔神という存在を不気味に思った。ジャラもそうだが彼らは何処まで知っていて何処まで関わろうとするのか?不鮮明なものは苦手で堪らない。彼らを利用しているつもりなのに踊らされているのは自分なのかもしれないと思ってしまうのだ。

 いずれにしてもデールという普通の人間には無い力を持つ強力な駒が手に入ったのだ。懸念していたニーナの安全はこれで保障され、もっと大胆に動けるということだ。

 新たな筋書き―――ニーナを姫君達の嫌がらせの標的にするだけでは無く、本格的に命を狙わせて囮とすることだった。食事への異物混入のように嫌がらせも度を越え始めた。次ぐらいから国へ逃げ帰りたくなるような脅しのようなものになるだろう。オルセンの王が結婚に条件を出してきたのをグレンは逆手に取った。ニーナが承知しない限り両国の縁談をまだ壊すことが出来ると周りは思うだろう。しかし脅しぐらいでは足りないのだ。一気に命ぐらい狙って貰わないと犯人の正体は掴めない。

 グレンは、ちらりとまだ顔色の悪いニーナを見た。暗殺の危険があると聞かされたのに此処に残る理由で〝約束〟を出してくるとは思わなかった。


(約束通りに私を好きになってくれる?この私を?)


 女性から好意を寄せられるのは慣れている筈なのに楽しみに期待している自分がいた。馬鹿なことだと思いながらも心は浮き立つのだ。しかしそれらをまた心の奥へと沈み込めると、にこやかに微笑んだ。

「では姫の護衛は任せた。それこそ飲み物、食べ物はもちろん靴に寝床までしっかりな」

「靴?寝床?何だそれ?」

 意外な言葉にデールは聞き返した。

「靴には毒針を仕込まれ、寝床は毒蠍や毒蜘蛛が放されるのが定番だろう?」

 ニーナはそれを聞いて恐ろしくなった。それにそれをにこやかに平気な顔をして言うグレンが怖かった。

「ひゃ~陰湿な方法だな。それが此処の定番!驚きだぜ!来るんなら堂々と切ってかかって来いって言いたいぜ!」

「それなら簡単に犯人も捕まって良いだろうがそうはいかない。精々用心してくれ」

 軽く笑いながら言うグレンをニーナは恐る恐る窺った。その視線に気がついたグレンが見返すとニーナは、すっとデールの後ろに隠れるような素振りをした。好きになるどころか怯えているのが手に取るように分かる。

「―――私が・・・私が怖いのか?ニーナ姫。私は貴女を守る者で危害を与える者では無い・・・それに貴女をとても気に入っていると言っただろう?好きになるとお互い約束したじゃないか・・・だから私はそうしている。愛しているよ・・・ニーナ」

 デールは白々しいグレンの言葉を聞いてせせら笑った。

 ニーナはと言うと更にそのデールの後ろに隠れようかと思ったが止めて一歩前に出た。そして瞳は宙を彷徨ったままだが、おずおずと話しだした。


「・・・今日はお天気が良いのでご一緒にお散歩に行きませんか?朝はとても爽やかで気持ちがいいので・・・」

 いきなりの誘いにグレンは驚き目を見張ったがデールは呆れた。

「ニーナ、さっき発作起こしたばかりだろう?今日は寝てな」

「私は大丈夫・・・寝ているなんて時間が勿体無いもの」

「あ~またそうやって無理するだろうが!もう婆さんになるまで時間はたっぷりあるんだ。そんなに勿体無がるなよ」

 デールはそう言ったが実のところニーナは誰にも言わなかったが未だに不安を抱えていたのだ。身体は前よりは良いかもしれないが死ぬのがほんの少し伸びただけかもしれないと疑っていた。何時ものように誰もが本当の事を言ってくれないだけなのかも・・・と。だからもしかしたらと思うと時間が勿体無くて仕方が無かったのだ。

「私も今日は休んでいた方が良いと思う」

 グレンとしては昨日今日で彼女が表に出ないと計画的には支障が出ると思っていたが口から出たのは反対の言葉だった。しかしニーナは首を振った。朝から寝床に入りたくなかったのだ。ずっとそのままになってしまうかもしれないと危機感を感じていのだ。生きている間に自分の足跡を少しでも残したかった。只の可哀想な王女では無くニーナがいてくれて良かったと皆に思って欲しい。

 それが彼女の小さな願いだった―――


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