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笑顔の嘘

 グレンの探しているもの・・・それは連れ去られた父親。先王ダドリーはシーウェル王国の歴代の王の中でも最悪の部類に入る王だった。王に媚びへつらう臣を重用し、狂乱の宴が繰り広げられる宮廷は腐敗して民衆を苦しめ続けた。その中でも志しを高く持つ息子が頭角を出し始めると、自分の地位を危ぶみ我が子でさえも殺そうとしたのだ。

 グレンは彼を主君と仰ぐ臣と共にこの父親を排斥して王位に就いた。王は幽閉されたが対外的には病死となっている。虎視眈々としている諸外国に国が疲弊している上に国政の中枢が王位を巡って争っているという弱みをみせる訳にはいかなかったのだ。大国シーウェルは内側から崩れようとしていたのだった。それゆえ速やかに行なわれた王位の交代劇―――その秘密は共に苦楽を共にした一部の者達しか知らない筈だった。それなのに幽閉していた牢獄からダドリーを連れ出した者がいるのだ。誰が裏切ったのか?その誰かがどうしても分からなかった。

「あの時、迷わず殺しておけば良かった・・・」

 グレンは怨嗟を込めて呟いた。

「確かにそなたにしては甘かったな」

 ジャラは相変わらず楽しそうだ。グレンの窮地もまた愉快なのだろう。

 この同盟はエリカとその魔神の登場によって予想外の展開を余儀なくされたが、それでも同盟は成功させなければならないのだ。その為にはシーウェルが再び王位争いでガタガタしている訳にはいかない。先王の旧派閥だけで起こしたものでは無いとグレンは考えた。


 裏で糸を引く他国が存在すると―――


 そこでこの遊学という餌を投げかけ、更にオルセンの王女という刺激を与えた。難なく王宮奥深くに入り込んで何かと画策し易くなるが、先王を担ぎ出し覇権を狙う者にとってシーウェルとオルセンとの結び付きは最も避けたいと思うだろう。


(そう・・・彼女にちょっと気のある振りをすればいい)


 案の定、それに釣られて動きが出て来た。後はニーナが泣きついてくれば大義名分を掲げ彼女らを十分探ることが出来る筈だった。その中に姫を騙る偽者がいるとグレンは考えていたからだ。そこから糸口を掴む予定だったのだが・・・

「いずれにしてもあれを早く見つけて処分しないことには、ベイリアルと戦う前に此方が足をすくわれます」

「ふふふ・・・しかし敵はぬるい。まどろっこしい事をせずにあの娘をくびり殺せば良いものを。そうすればこの地で死なせた責任をオルセンが追及して同盟は決裂であろう?もしくは戦争だ。そうなれば我はアーカーシャと戯れよう」

「―――私ならしませんね。娘が殺されたぐらいであのオルセンの王は同盟を破棄したり、戦争は始めたりする事は絶対に無いでしょう。そういう人物です。逆に私と共に追求するでしょうね。様子を見ていましたが敵はそこまで愚かではないということでしょう」

「その割に先ほどは青い顔をしていたと思ったが?我の見間違いか?」


 ジャラは返してやったがグレンがその片目を自分に捧げた時からずっと見ていた。聡明に育ちつつある自分の息子を煙たがった王は嵐の多い季節にどうでもいい用件で出航させた。死んで来いと言っているような船出からジャラの気まぐれでグレンは生還したのだった。それから何度も生命を狙われながら生き抜く様は小気味よくジャラは見ていて飽きなかった。皆がグレンの手の上で面白いように踊っていたのだ。

 しかしエリカとの出逢いは彼に変化をもたらした。彼女と結ばれなかったとしても何時も張り詰めていた心にもたされた心地よい想いを知ってしまったのだ。その経験はもう以前のグレンには戻れないぐらいの衝撃だったに違い無い。その証拠に自分の計画で踊らせているニーナに心痛めている様子だ。今までのグレンなら考えられないものだった。彼女が特別なのかもしれない。しかしそれに本人が気付いているのか?気付かぬ振りをしているのか・・・素知らぬ振りをするのは何時ものグレンだ。

「気のせいでしょう。私は今、同盟の強化とシーウェルの憂いを取り除く事が優先ですから些細なことで心悩ますことはございません」

「くっくく・・・やせ我慢も程々にな。我でも身震いする程に清らかな心の主を相手にどこまでその態度が通用するのか見せてもらおう」

「・・・・・・・・・」

 返答の無いグレンに気にする事なくジャラは愉快そうに去って行った。


 〝やせ我慢〟確かにそうだとグレンは思った。ニーナは世間知らずどころか色に例えるなら純白だ。話せば話す程、見れば見る程・・・反対に我が身の穢れを感じて苛々してしまう。あそこまで綺麗だと穢したいと思う気持ちと、逆にその清らかさに浸りたいと思う気持ちがせめぎ合ってしまうのだ。

「―――後者のほうが強いだろう。ふふっ、私も情けなくなったものだ」

 エリカと出逢いによって自分にこんな気持ちが芽生えるようになったのを恨みたくなる。エリカが特別だったと思っていたから彼女の妹を特別に思うのか?それともニーナがまた特別なのかは分からない。また彼女のすすり泣く姿が目に浮かびグレンは舌打ちした。

「何れにしても次に進むしかないだろう・・・」

 グレンは湧きあがる想いを冷たい海底に沈めるかのように抑えたのだった。



 そしてその日は毎週行なわれる親睦を兼ねた同盟国の客人との昼食会だった。もちろんグレンも出席するその会は、彼の妻の座を狙う姫達にとって自分達を売り込む絶好の機会だ。姫達は国から持ち込んだドレスや宝石で自分を飾り立て出席する。それは毎回昼間とは思えないぐらい華やかなものだった。

「姫様、今日の昼食会は何を着られますか?」

 マーシャはニーナの衣装室を開けながら言った。他国の姫達は衣装室から溢れんばかりのドレスが本国から届けられて、その手入れが大変だと侍女仲間達が愚痴のような自慢のような事を言っていた。多分自慢の方だろう。姫達の奇妙な派閥と一緒でその主に仕える王宮の侍女達にもそれが伝染しているようだった。

 仲間であった筈の彼女達の中にも同じく派閥が出来ていた。だからニーナが同じドレスを着まわしするから馬鹿にしてその侍女であるマーシャにもそういう態度をとるのだ。確かにニーナの衣装室はガラガラで、彼女の国の気遣いの無さにマーシャは腹立たしく思っていた。もしくはニーナが国へねだればいいのにと思うのだが・・・


(はぁ~する訳ないかぁ~)


 ニーナは遠慮しているとかそう言う感じでは無くて関心が無いのだ。しかも競うという言葉をたぶん知らないかと思うぐらいそういう気持ちが無い。初めは呆れていたマーシャだったがこの頃では一緒にいるととても心が洗われるようで心地良かった。しかし今日は朝の事件で流石のニーナも沈んでいる感じだから自分も何だかそういう気分だ。

 その時、ニーナの部屋へ贈物が届けられた。贈り主はシーウェル王。開けて見るとそれは素晴らしいドレス一式だった。

「姫様、良かったですね!なんて素敵なドレス!早速これを着て行きましょう!」

 マーシャは興奮して言った。このドレスなら意地悪姫達が着ているものよりずっと良い品で勝てると思ったからだ。

 ニーナはそのドレスを手に取ってはみたものの考え込んでしまった。こんな贈物を貰うのは初めてで嬉しいのだが、これはいつも貰っていた気軽なものでは無いから蝶のようになるかもしれないと思ったのだ。特別に扱われることによって出来る溝をニーナは恐れた。自分は一生懸命に皆と仲良くしたいと思っているのにその想いがどんどん遠ざかるのだ。その原因がシーウェル王からの特別扱いだということがようやく分かってきたのだった。ニーナは嫉妬されるという負の感情を初めて知ったのだ。

「・・・・マーシャ、これは着ないわ・・・」

「えっ!どうしてです!」

「・・・たぶん・・これを着て行くと・・・みんなが嫌な気分になるでしょう?」

「でも――」

 マーシャは反論する言葉を呑み込んだ。マーシャは自分がお世話している姫は王からこんなものを貰ったと自慢したいぐらいだがニーナの性格を考えればそうはいかない。

 結局それに手は通さず何度か着たことあるドレスに着替えて行ったのだった。


 そして会食会場に着いたニーナは真っ青になって立ち尽くしてしまった。会場内にいた姫達の殆どがいつもより沢山の蝶で自分達を飾っていたのだ。ニーナはそれが蝶の墓場を見ているようだった。思わず今朝の出来事を思い出して吐き気を覚えてしまった。震える足でその間を抜け用意された席に腰掛けた。そこは何時もと同じく羨望の的・・・正しく言えば嫉妬の的となるシーウェル王の隣。

 冷ややかな視線を注がれながらもニーナは何時もの様に皆に微笑みかけた。もちろん誰も微笑み返しをしてくれるのでもなく話しかける者もいない。聞こえるように誹謗中傷を言うだけだ。今日の話題はもっぱら昨日の蝶のことについてらしい。だから申し合わせたように蝶を多量に飾っているのだ。

 少し遅れて到着したグレンはその異様な様子に直ぐ気が付いた。思った通り、今朝の件をニーナは言って来なかった。申し立ての無いものを追求する訳にはいかないが厨房関係の調べは内密に行なうように手配した。それだけでも手がかり一つ無かったのに比べれば前進したと言えるだろう。

 食事中は礼儀として喋らない。煩くなるのはそれが終わってからだった。自由に席を立って食後の飲み物を楽しみながら歓談するのだ。

 しかしその食事の途中で立ったのはグレンだった。

「ニーナ姫、庭でまた蝶を見ましょう。青い空に舞う蝶が美しいから」

「あの・・・まだ皆様は食事の途中ですが・・・」

 全く手を付けていないニーナの料理にグレンが視線を落とした。今朝の件で食欲が無いのは当然だろう。

「姫は食欲が無いようですね。私も今朝が遅かったので今、欲しくありません。先に失礼して参りましょう」

 ニーナは困ってしまった。王の誘いを断るのは失礼だがみんなの気持ちを考えると行けば恨まれる。でも、さあと言って手を引かれてしまっては断れ無くなった。仕方なく付いて出る所にグレンが話しかけてきた。

「そう言えば、ドレスは気に入りませんでしたか?今日着てきて頂けるかと思っていましたが?それとも届けが間に合わなかったとか?」

 聞き耳を立てている姫達の視線が一斉に突き刺さるようだった。

「あの・・いいえ・・・素敵なものありがとうございました。でも私には勿体無くて・・・頂く訳には・・・」

「どうして?とても似合うと思いますよ。貴女は悪戯に命を弄ぶような美しさより、ずっと似合うと思います。そう思って選びましたから」

 グレンは優しく微笑ながら言った。彼は姫達が好んで付けている蝶の飾りをまた批判している。ニーナはそれをハラハラしながら聞いていた。昨日と同じだ。そして更にニーナは困って硬くなってしまった。


(手・・手が腰に・・・ど、どうしよう・・・)


 グレンの手が自然に伸びてきてニーナを引き寄せたのだ。たぶんもう顔は真っ赤になっているだろう。その状態でぎくしゃくと歩きながら会食会場から繋がる庭先に出て行ったのだった。これも当然犯人を煽る為のものだったが、ニーナの様子にグレンは内心それを忘れて楽しんでいた。真っ赤になって手と足が同時に出て歩いている姿がとても愛らしかった。しかし仕事は忘れていない。

「姫、先ほどスープなどは全く手を付けていませんでしたが口に合いませんか?」

 ニーナは、はっとした。まさか今朝の件を言うことは出来ない。

「えっと・・・いいえ。いつも美味しく頂いています・・・とても温かいし・・・」

「温かい?スープは温かいものでしょう?」

「すみません。言い方が足りなくて・・・私は体が弱かったので・・・体に悪いと言っていつも冷めたものしか食べられなかったから・・・だから本当に何でも美味しいです」

 グレンはそれを聞くとそれ以上追求する言葉が見つからなかった。それならばと今度はニーナをふわりと抱き上げた。

「シ、シーウェル王!」

 グレンは彼女を抱き上げたものの予想外の軽さに驚いていた。まるで羽でも生えているかのようにニーナは軽かったのだ。

「あっ・・すみません。足元に小石があったので危ないと思いまして」

「あ、ありがとうございます」

 足をすくい上げているのでドレスの裾がまくれ上がって素足が見えていた。そこには昨日足蹴にされた痣が数箇所あった。白い肌とそのうっ血した痣の対比が鮮明でグレンは自分が予想していたにも関わらず何故か、かっと頭に血が上ってしまった。


「痣!何故こんな!」


 グレンの大きな声にニーナの方が驚いてしまった。二人の様子を窺っている姫達の中には、びくっと肩を揺らしている者がいた。グレンはどの国の誰がしていたと報告は受けていたが、実際彼女の被害を目の当たりにして怒りが込み上げてきてしまった。芝居では無く本気で追求したい気分だ。しかしニーナは、さっとグレンの腕の中から降りてしまった。そしてドレスを整えるとぽつりと答えた。

「あの・・昨日転んだので・・・」

 固唾を呑んでニーナの言動に耳を傾けていた犯人達が、ほっと息を吐いて胸を撫で下ろしている感じだった。それらにグレンは、さっと視線をめぐらして確認した。ニーナにはこれだけ此方から話をふっても彼女らの所業を訴える様子が無かった。彼女の広く無垢な心は全てを許しているのだろうか?そう思うとその彼女らを増長させ煽っている張本人のグレンはまるで自分がニーナから許されているような錯覚を感じた。心の奥が、ちくりと針を刺したように痛む。

「そうですか。気をつけて下さい。姫が怪我をしたら私が悲しい・・・貴女は私にとって大事な人だから・・・」

「え?」

 グレンの大胆な言い回しに聞き耳を立てていた姫達は、小さな悲鳴を上げたものまでいた。しかし言われた本人は、意味不明の顔をしている。

「姫、私の気持ちを察して貰えませんか?私は貴女に夢中なのです。この想いは日に日に強くなるばかりで・・・先日オルセンの王にその旨の親書を送りました。返事は貴女の気持ち次第で祝福するとのこと・・・」

 結婚の申し込みを既にオルセンにしているという衝撃的な話だった。端から見ればシーウェル王がニーナに恋をして申し込んだかのようだった。

「あの・・・シーウェル王・・もしかして・・・私のことが好きとか言っているのですか?」

 グレンはニーナからそういう切り替えしがくるとは思わなかった。しかしそれはそつなく微笑みを作り答えた。

「ええ、とても好きです」

 ニーナはそれが全部嘘だと気が付いた。声は心を込めた優しさで溢れているし、微笑んでもいるが瞳がそれを語っていないのだ。隻眼だから表情が分かり難いとか言う感じでは無い。ニーナは何時もそういう顔をした家族を見ていたから分かった。母も父も兄や姉も周りにいた者全てが〝もうすぐ元気になる〟とにこやかに笑って嘘を言っていたのだ。その時のみんなの瞳だけは悲しみに暮れていた。それと同じだった。

ニーナは悪意を表に出す姫達を怖いと思ったことは無かった。でもこの時初めて他人を・・・そしてグレンを怖いと感じてしまった―――彼の嘘が怖かった。


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