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閑話~水の王ジャラ<後編>

「ニーナ様、今日は特別日差しが強い感じですね?王様は離島の視察でお戻りは明日ですよね?離島もこの天気なら大変でしょうね。一雨くればもう少し涼しくなるでしょうけれど・・・ニーナ様?」

 外を見ながら話しかけていたマーシャがニーナからの返事が無いのに気が付いた。振向いたマーシャは主が胸を押さえて床にしゃがみ込んでいるのを見付けた。発作を起こしかけていたのだ。


「ニーナ様!」


 マーシャは急ぎ人を呼ぶと医師を呼びに行かせ、応急処置を行なった。しかしニーナの顔色は真っ青になるだけだ。最近小さな発作も無かったので油断していた。それはジャラもそうだろう。いつもなら現れてもいい筈なのに姿を見せないのだ。医師達が駆けつけたが、もしもの場合がある。マーシャは走り出した。


(海神様のお気に入りの場所・・・)


 以前、ニーナから聞いたジャラの好きな入り江に向った。そこに居なくても誰かが侵入したら分かるだろうとマーシャは思った。自分のお気に入りの場所に誰かが入るのを海神は嫌うと聞いていたからだ。お気に入り海域に入った密漁船が怒りに触れ木っ端微塵にされたとも聞く。

 マーシャは夢中で走った。砂浜に足をとられ転んで靴の紐が切れたがそれを投げ捨て、裸足で走り続けた。貝殻で足の裏が切れたが構わなかった。岩で何度も転び切り傷を作りながら叫んだ。


「海神様――っ!海神さまぁ――ぁぁ・・・」


 その頃ジャラはそのお気に入りの洞窟の海水の中で微睡んでいた。すると何者かが周辺に張っていた結界に触れた。何者かと耳を澄ませばあの娘の声が微かに聞こえてきたのだ。ジャラは直ぐにその場所へと飛んだ。

「どうした?」

 目の前に現れたジャラにマーシャは、ほっとした顔をするとジャラに突進して衣にしがみ付き急を告げた。

「海神様!ニ、ニーナ様が!助けて下さい!」

 必死に訴えるマーシャの手足は裂け血だらけだった。どれだけ急げばこういう状態になるのか・・・何故かジャラの胸に痛みが走った。あれこれ考える間もなくジャラはマーシャを抱き上げニーナのもとへと飛んだ。

 ジャラの到着がもう少し遅れれば危ない状態だったかもしれないが、どうにか間に合ったようだった。

「そなた、最近調子がいいと思って無理をしたのではないか?我とて万能では無い。そなたの身体は急に治せるものでは無いのだから無理は禁物だと言っておろう?今は特に一人では無いのだからな。そなた達に何かあれば我がシーウェルに恨まれる」

「ご心配をかけて申し訳ございませんでした。助けて頂いてありがとうございます」

「礼を言うのならその娘に言うがいい。手足を傷だらけにして我を呼びに来たのだからな」

 ジャラが視線を流した先には手足を包帯だらけにしたマーシャがいた。

「マーシャが?マーシャ、ありがとう」

「いいえ。私は何も・・・全て海神様のお力です」

 瞬時に場所を移動し、ニーナを助けたジャラをマーシャは改めて尊敬と憧れを込めて見た。またあの、きらきらとした瞳だ。また以前の状態に戻ったのだ。しかしジャラは面白く無かった。今度は自分の気持ちが少し変化していたからだ。


(この何ともいえない気持ちがアーカーシャやシーウェルと同じものだろうか?まさか?)


 唯一のものを見つけた二人。羨ましくもあったが、その気持ちが分からないジャラだった。この只の人間に?とも思うのだ。


(特別美しくもなく・・・いや・・・十分可愛らしいか?いや、やはり平凡か?)

 違う、違うと肯定したり否定したり・・・

(・・・それに何故か我の天敵ローザと似ている感じがする・・・気のせいか?)


 何事にも一生懸命で突っ走る無邪気だったローザ。その熱心さでアーカーシャの心を掴んだ強き心の持ち主―――



「ねぇ、あれからジャラ、何も言ってこないけれどどうしているのかしら?」

 エリカが、ふと思い出したかのようにサイラスに言った。

「・・・・・・ジャラの言っていた侍女・・・汝に似ていた」

「え?私に?」

「姿とかでは無く雰囲気と言うか・・・」

「良く見ているのね。私なんか侍女は皆同じに見えて誰が誰だか・・・で?私に似ているから何?」

 興味津々のエリカに対してサイラスは少し言いたくなさそうな顔をしたが小さく溜息をついて話だした。

「ジャラは・・・あれは無自覚だったと思うが・・・憎まれ口を叩きながらローザが好きだった・・・」

 エリカは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「ええっ――まさか!ジャラが?私を?冗談でしょう?」

 サイラスは驚くエリカを、ちらりと見た。

「汝は分からなかっただろうが私には直ぐに分かった。しかし奴自身にそれを気付かせたら厄介だと思っていた。本気で汝を取り合ったらどうなっていたことか・・・幸い奴は自分の気持ちに気付かなかった。私も気付かぬよう邪魔をしたし・・・」

 エリカは唖然と聞いていた。そんな裏話があるとは知らなかったのだ。

「びっくりした・・・ジャラのあの態度からしたらとてもそう思えないわよね・・・」

「だから奴は子供だと言ったのだ」

「関心を引きたくて好きな子を苛める?」

 サイラスが頷いた。

「いずれにしても好みは変わらないようだ―――」

「そしてまた気が付いていない?」

「気が付いていないのなら少し我が儘な程度で無害に等しいが、気が付いているのなら・・・悲惨だろう。奴は興味の無い者はその視界からさえも抹消しているがそうで無い場合、構い過ぎる。それが特別となれば・・・」

「世話を焼いて構って、構いまくって溺愛?」

「間違いなく」

 エリカは呆れたように肩をすくめると遥か遠くのシーウェル王国の方角を見たのだった。



 シーウェルではエリカとサイラスの予想通りになっていた。噂のジャラは生き生きし、逆に困り顔なのはマーシャだ。

「海神様!私、歩けない訳でも物を持てない訳でも無いから仕事させて下さい!」

 マーシャは椅子に座らされたまま何もさせて貰えていないらしい。しかも動こうとする彼女をジャラが見張っているのだ。彼女の訴えに白銀の切れ長の目が、ちらりと動いただけで無言のまま駄目だと圧力をかけてくる。

「マーシャ、お互いまだお許しは出ないけど・・・裂傷は塞がってみえても直ぐに傷口は開くらしいから用心した方がいいわ」

 ニーナはグレンから同じように何もするなと言われている。ニーナが倒れたその日のうちに、戻る筈の無かったグレンが知らせを受けて真っ青な顔をして駆けつけた。その時の取り乱した彼の様子を思えばニーナも大人しく言う事を聞くしか無いだろう。

 裂傷ぐらいジャラの力をもってすれば容易く治せる。病気と違って外傷を治すのは簡単なものだった。しかしそれをしてしまうと彼女といる口実が無くなるからしなかった。

「海神様!私、歩けます!下して下さい!」

 陽が差し込み始めた場所を移動しようとしたマーシャをジャラが抱きかかえたらしい。

「・・・気に入らぬ。そなたは海神では無く我の名を呼ぶがいい。我が名はジャラだ」

「は?はぁ~」

 前代未聞の命令にマーシャは驚くよりも呆れてしまった。

「呼ばぬか」

「ジャ、ジャラ様?」

 我が儘な魔神は気に入らない様子だ。

「ジャラさん?」

 それでもまだ、むっとした顔をしている。

「ジャラ?」

 今度は正解のようだ。にっと微笑んだ。その様子を不思議そうにニーナは見ていた。


 その日の夜、グレンと二人だけになった時に話してみた。くつろいだ様子でそれを聞いていたグレンは最後には笑い出してしまった。

「何がそんなに可笑しいのですか?」

「海神はかなりマーシャを気に入っていると思って・・・かなりね・・・くくくっ」

「それが何か?」

「私にあれこれと諭したのに自分の事はさっぱりだとは・・・意外と言うか・・・」

 グレンは腑に落ちない顔をしているニーナを大事なものでも扱うように、そっと抱き寄せた。

「海神は君に恋していた私にあれこれと忠告した癖に、それが自分のことになると手をこまねいている・・・それも可愛らしいと言うか・・・くくくっ」

「もしかして・・・魔神はマーシャのことが好き?」

「そうだろう。間違いなく」

「只のお気に入りではなくて?」

「お気に入りのニーナ、君は海神に名前で呼べと言われたことある?」

「無いです」

「だろう?私も君からグレンでは無くシーウェル王と呼ばれていた頃は同じ気分だった。名前で呼んでもらえないと寂しいというか・・・心の距離が遠く感じるような物足り無さ・・・好きな相手にはそう感じる。だからお気に入りの種類が違うのだよ」


 その特別なお気に入りになったマーシャは戸惑うばかりだった。ジャラの特別扱いが日増しに酷くなるばかりだからだ。傷が治って仕事に復帰してもまともに仕事が出来ない有様だった。今まで時々しか現れなかったのに毎日来てはマーシャの後を付いて回って構うのだ。今やニーナの侍女では無くてジャラの世話係みたいな状態だ。

「マーシャ」

 隣の部屋からジャラの呼ぶ声が聞こえる。彼女の姿が見えなくなると直ぐ呼ぶのだ。

「マーシャ、魔神が呼んでいるわよ。ここはもういいから」

「ニーナ様・・・すみません」

 マーシャは困ったような顔をして本当の主に謝った。

「は~い、ただいま参ります!」

 マーシャはバタバタと戻って行った。

「お待たせしました。何か?」

「これが取れたから付けよ」

 ジャラの差し出したものにマーシャは呆れてしまった。魔神の指先に揺れるのはいつも付けている耳飾りだった。自分でも簡単に付けられるものを付けろと言っているのだ。早くしろと言うようにシャラシャラと音を立てて催促している。


(困った方!我が儘な姫君と少しも変わらないんだから!)


 マーシャは心の中で悪態をつきながらその飾りを受け取った。それはよく見れば今まで見た事無いような宝石だった。水色なのに光りの加減で七色の光りが宿る不思議なもので思わず溜息が出てしまった。

「とっても素敵ですね」

「素敵とは気に入ったと言うことか?それならそうと言え」

「え?どういう・・・」

 マーシャが聞き返している間にジャラは付けていたもう片方の耳飾りを外してしまった。そしてそれをマーシャに差し出したのだ。マーシャはジャラが何をしたいのかが分からなかった。ジャラはそれを受け取ろうとしない彼女に腹が立ってきた。

「受け取らぬか!」

「は、はい!すみません!」

 海神が何をしたいのか意味が分からず受け取ったマーシャだったが、それを渡したと同時に魔神は、くるりと背を向けて去って行こうとした。

「待ってください!これっ!」

 マーシャは慌ててその飾りを差し出した。するとジャラが、むっとした顔をして振り向いた。

「いらないのか?」

「え?」

 マーシャは訳が分からなかった。海神は何を言いたいのだろうか?

「あの・・・何を?海じ――」

 海神と言おうとした彼女をジャラは、じろっと睨んだ。マーシャは仕方なく言い直した。

「ジャ、ジャラ?」

 それを受けたジャラが満足そうに微笑んだ。その麗しい笑みをまともに見てしまったマーシャは思わず、どきりとしてしまった。


(な、何?ドキドキする?)


「それが気に入ったのであろう?そなたにやると言っているのだ。早々手に入らぬ代物で我も気に入っていたが構わない。蜜色のそなたの肌に映えるだろう」

 ご機嫌な様子で言うジャラにマーシャはもうただ驚くだけだった。海神でも手に入れるのが難しいと言う宝石ならば高価で誰も持っていないだろう。

「そ、そんな!頂けません!」

「気に入らぬのか?」

「そ、そうでは無くて高価過ぎて身に余ります!」

「高価?我は価値など知らぬ。気に入っていたから付けていたのだ。ただそれだけであってどうでも良いことだ。その我がそなたに使えと言っているのだ。言う通りにすれば良いだけの事」

 変な理論にマーシャはやっぱり唖然とするだけだった。

「何を呆けておる?貸してみろ」

 ジャラはそう言いながらマーシャから飾りを取り上げると、あっという間にそれを彼女の耳へと飾りつけた。そして満足そうに微笑んだ。

「なかなか良い。しかし髪が邪魔か?」

 マーシャの頬にかかる左右の髪が気に入らない様子でそれを両手ですくい上げると、いつの間にか手に持っていた飾り櫛で留めあげた。マーシャは驚いて固まったままなされるままだ。しかし器用に髪を結い上げたジャラが顔を覗きこむようにして微笑んだ時は、かっと頬が熱くなってしまった。見る間に顔が赤らんでくるのが自分でも分かる。

「?赤い顔をしておる。熱でもあるのか?」

 ジャラが少し心配そうにマーシャの額に手のひらを当てた。マーシャの鼓動が一気に跳ね上がってしまった。ドキドキどころかバクバクと言う感じだ。


(わ、私、どうしたっていうの??)


 とにかく急いでこの場から逃げないとどうにかなってしまいそうだった。

「い、急ぎの・・・し、仕事があったのを思い出しました!し、失礼します!」

 マーシャはジャラの手を払いのけるように立ち去ろうとした。しかしそれは許されない行為だったようだ。上機嫌から一転したジャラが怒ったように後ろから彼女を腕の中に抱き込んでしまった。

「我より大事な用とは何だ?」

 ジャラの体温がマーシャの背中から伝わってくる。それを感じるだけでマーシャはどうかなってしまいそうだった。


(な、何?これ?)


「マーシャ、我を無視するのは許さぬ」

 ジャラの今まで聞いたことの無いような切ない声で囁かれたと思ったら、ぐるりと身体の向きを変えられ、まともに目が合ってしまった。その我が儘な海神は少し悲しそうな顔をしていた。マーシャはそれを見ると今度は胸が、きゅんと締め付けられそうな感じがしてしまった。


(これって・・・もしかして?)


 マーシャはジャラを見上げた。そして自分の気持ちを確かめるように、じっと見つめる。物怖じせず真っ直ぐに見つめてくる彼女にジャラの方が怯んでしまいそうだった。


(我がこれほど気持ちを示していると言うのに気付かぬばかりか気にも留めないとは・・・自信が無くなるではないか・・・)


 ジャラは嫌々ながら特別を認識していた。自分は皆とは違うと思いつつもマーシャから目が離せなかった。心がどんどん惹かれているのがはっきりと分かるのだ。そうなると相手も当然同じ気持ちになって貰わなければ嫌だった。それなのに自分がそういう対象だと全く気付かない彼女に苛立ちが募る。自分から追い掛け回すのは性に合わないと思いながらもそうしてしまうのはこの厄介な気持ちだからだ。アーカーシャのローザのようにグレンのニーナのようにマーシャにそれを感じてしまったのだ。しかし・・・


(待つのも追いかけるのも我慢出来ぬ!)


「マーシャ!我を愛せ!」

 気持ちを整理していたマーシャに飛び込んできたジャラの命令に驚いて腰が抜けてしまった。へなへなと崩れる彼女をジャラが力強く支えた。

「な、な、な・・・何をいきなり」

「いきなりでは無い。そなたがはっきりせぬからだ」

「はっきりって・・・わ、私は!」

 マーシャは自分の気持ちが分からなかった。今の感情が異性としてこの神に等しい魔神に恋をしているのかどうか?普通の人間と余りにも違う存在のこの人にこんな気持ちを抱いていいのか?という思いが心に警告を鳴らすのだ。


(この方が好きかもしれない・・・でも駄目!)


 マーシャは違い過ぎる二人は結局どちらも不幸になるだろうと思った。特にジャラの方が悲しい思いをするだろうと―――人の命は短い。気まぐれなのかもしれないがもしこの気持ちがずっと続いてしまったら?最後はこの寂しがり屋な魔神を残してしまうのだ。マーシャはジャラが寂しがり屋だと感じていた。好き嫌いが激しく他人を寄せ付けないのに寂しがり屋。本当に困った魔神だ。


(駄目だけど・・・でも・・・私に興味を持ってくれているのは短いかもしれないじゃない?その間だけでも・・・)


 マーシャは考え直した。しかしそれでもまだ少し怖いから答えは・・・

「ど、努力します」

 そんな答えが返ってくるとは思わなかったジャラだったがニーナも最初、グレンを好きになる努力をすると言ったのを思い出した。満足出来る答えでは無いが今回はそれで良しとしようと思った。

「分かった―――嫌いでないのなら良い」

 それからもジャラのマーシャに対する溺愛ぶりは同じくニーナを溺愛するグレンでさえも苦笑いだった。そしてニーナが無事に出産を終え、新しい命の誕生はジャラを喜ばせた。

 お気に入りが増えて良かったと思っていたマーシャだったがジャラの自分への態度は変わるどころか益々酷くなる一方だった。


「赤子がこのように愛い者とは思わなかった」

 ジャラはそう言いながら、すやすやと寝ている赤子の揺りかごを揺らしている。その様子を微笑ましくニーナが側で見つめていた。

「魔神に可愛がってもらって私もグレンも嬉しいです」

「我の気に入ったものの子なのだから当たり前であろう。―――そうだ。そういう手があった!マーシャ!」

 何かを思い立ったジャラが部屋の隅で控えていたマーシャをいきなり呼んだ。

「はい?」

 寄ってくる彼女を待ちきれず自分からも歩み寄ったジャラはマーシャの顎をすくい上げた。目と目が合う―――

「マーシャ、そなた。我の子を産め!」

「えっ!」

「分かったな?我は随分待ったのだからこれ以上は待てない。だからもう否は言わせぬ」

 マーシャとの微妙な関係も気に入っていたジャラだったが目の前の幸せの象徴とも言うべき赤子を見るうちに考えが変わってしまった。気まぐれはいつものことだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「待てぬと言ったであろう?良いと言うまで待っていると、そなたが皺くちゃになってしまう」

 マーシャは、はっとした。

「―――そうでしょう。私は直ぐにお婆ちゃんになってしまいます。だから・・・」

 早く自分に飽きてくれとマーシャは言いたかった。ジャラとは生きている時間が違うのだ。永遠の時を生きるような魔神と人間では違い過ぎる。

「そうだ、うかうかしているとそうなってしまう。早く我の愛を受けて時間を止めよ。そして共に過ごすのだ」

「え?愛を受けて時間を止める?どういう意味ですか?」

 今更何を聞く?と言うようにジャラの片眉が上がった。

「人の命は儚く短い。特別に想う者にそれを我が許すと思うか?我が命を吹き込んでやるに決まっているだろう」

「命を吹き込むって?」

「こうやってな」

 ジャラがすくい上げていたマーシャの顎を更に上げ唇を重ねてきた。驚きの声はジャラの口づけに呑みこまれてしまった。やっと唇を解かれた時は身体中が痺れたようになってジャラに抱かれている状態だ。ぐったりともたれかかるマーシャの顔に優しく何度も口づけを落としたジャラは満足そうに微笑んだ。


「更に深く身体を繋げればもっと効率良く出来る。今から試そうか?」

 死に逝く命に生者の命を与えることは力ある者なら出来る。しかし生きている者に自分の命を共有させるのはジャラにしか出来ないものだ。二人で使う一人分の命は永遠に近いと云われる命に区切りを付ける行為だ。ジャラが以前悔いたのはアーカーシャの命をローザに肩代わりさせた事だった。彼らから離れていなければ自分がアーカーシャをこれで救えたかもしれないのだ。しかし間に合わなかったかもしれない。死に逝く者と共有するのは反対に死へ引きずられる場合もあった。命の肩代わり程、簡単には出来ないものだ。

 マーシャは何を言われているのか頭がふわふわして分からない。側にいたニーナは真っ赤な顔をして見守っているだけだ。その時、赤子が目覚めて泣き出した。慌ててニーナが駆け寄り揺りかごを揺らす。するとご機嫌が直って笑い出した。

「やはり赤子は可愛い・・・マーシャ、我の子を早く産め。分かったな?」

 マーシャはその時、頷いた―――と後日ジャラは言ったが本人は覚えていない。

 マーシャは気まぐれで我が儘な魔神に今でも翻弄されている。そして寂しがり屋のジャラの為に赤ちゃんを産んでやりたいかも・・・と思う今日この頃だ。でもそれはまだ先の物語―――

それでも特別を見つけたジャラの自慢話しをエリカ達が散々聞く羽目になる日は近いだろう。


―終―


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