更なる裏切り?
「怒らせたかしら?ううん・・・怒ったりもしないものね。でも良かった・・・ここなら邪魔もないからゆっくり話が出来るもの・・・」
「姫様?」
ニーナがジーンを見つめながら言った。
「ねえ・・・ジーン。何故、シーウェル王を裏切ったの?」
「何のお話でしょうか?」
「・・・嘘はもう・・・いいわ。理由があるのでしょう?私では力になれない?」
「・・・・・・・・」
「ねえ・・・お願い。貴方まで裏切っていると知ったら王は悲しむわ・・・もう二度と人を信じ無いかもしれない・・・だから知らないうちに解決したいの。事情があるのでしょう?」
「・・・・貴女は・・・・・」
ジーンは戸惑いの表情を見せたが直ぐに、はっと振向いた。扉の外に人の気配を感じたからだ。そして入って来たのは思いなおして戻って来たグレンとそれに同行するバイミラーだった。
「興味深い話だな。私にも聞かせて貰おうか?」
ニーナは驚き瞳を見開いた。バイミラーも驚いている様子を見ると二人は仲間では無いのだろう。しかし一番知られたくなかったグレンに聞かれてしまったのだ。
あの日―――
『姫をお迎えに行った時、後ろからいきなり姫を拉致なさろうとなさって・・・私も驚いています。まさかあの方が王を裏切るとは・・・』
ジーンは〝驚いている〟と言ったのだ。彼はそういう感情を表に出さ無いのに今回は必要の無い嘘を言った。今までの彼なら多分・・・驚きはしないだろう。ニーナはそれに違和感を覚えていた。それに斬られた傷跡が一箇所だけというのがとても不自然に感じた。ジーンが本気で抵抗したのなら殴られるだけでは無く、もっと沢山斬られていたのでは?と思ったのだ。それにオルセンに帰るなら助け出してやると言った。まるで犯人が言う台詞だ。その日からニーナはずっと彼の様子を見ていたのだった。
「私を?私をお疑いですか?私は陛下の影・・・裏切るなどありえません」
グレンは腑に落ちない数々の断片的な事実に見え隠れするものが何なのかと考えていた。そして疑いは晴れている筈のジーンを怪しいと思っていたばかりだった。
「誰もがありえないと言う。私はもう誰も信じ無い・・・お前が仲間で無いのなら誰が彼女を王宮から連れ出す事が出来る?バイミラーは屋敷で待機して他の者が誘拐して来るのを待ったらしい。これの役目は姫を監禁するだけだった。まあ嘘か真か別として、そして屋敷の敷地内で姫と既に斬られたお前が転がっていたとか・・・その後、目覚めたお前が抵抗したから殴ったらしいが・・・そのお前達を連れて来た犯人が誰なのかバイミラーは知らず、捕らえた者達も知らなかった。それらはバイミラーの監視役だっただけの小者でしかなかったから無理も無いが・・・バイミラーが嘘を言っているとしてもお前達二人を王宮から密かに連れ出すには魔法でも使わない限り無理だろう・・・」
「王、私は嘘を申しておりません。私は本当に姫を隠すのを手伝わされただけです」
「私ももちろん裏切ってなどおりません。魔法と言うなら海神でしょう?私ではありません。未だに姿を現さない海神が一番怪しいではありませんか?」
確かにジャラの関与は晴れていない。しかし魔神が本当に首を突っ込んでいるのならそれこそもっと混迷しているだろう。
「魔神はこの件に関わっていません」
ニーナは自信をもって断言した。それこそ何処からその自信が湧いてくるのかとグレンは嗤いたいぐらいだった。
「―――私はそう思わない」
「いいえ!魔神は貴方を絶対に裏切らない!」
ニーナは強く主張するように出来るだけ大きな声で言った。自分と取引をした魔神は条件が満ちる日までグレンの傍にいてくれる約束だ。そのジャラが裏切り行為をするとは思えなかった。その時、聞きなれた笑い声が何処からともなく聞こえてきた。
「くっくくく・・・我がどうしたと?」
ジャラが久し振りに現れたのだ。戦慄を感じるほど麗しい美貌の魔神は眩しいまでの白銀の姿で、ずっと其処に居たかのように部屋の隅で佇んでいた。
「・・・海神・・・貴方は・・・」
「シーウェル、少しばかり見ぬうちに何と荒んだ顔になったものよの。我がいなくて寂しかったのか?それに何やら面白くなっているようだな?」
「・・・・・・・・・」
グレンはジャラを疑っている。そして彼が出て来たからにはもう終りだと感じていた。その時ジャラの気を感じたデールが飛び込んで来た。
「水の王!」
ジャラは叫んだデールに、ちらりと視線を動かした。それだけでデールはぴたりと動きを止めて固まってしまったようだった。誰もがジャラの存在に恐怖する中、ニーナが進み出た。
「あの・・・魔神。今までどちらにいらっしゃったのですか?お姿が見えないので心配していました」
ジャラは白銀の瞳を一瞬見開いて、ニッと笑った。
「そなたは我が裏切ったと思わなかったのか?長年の付き合いでもあるシーウェルは疑っているのに?」
ニーナは不思議そうに首を傾げた。
「貴方が何故そんな風にご自分を見せようとするのか私には分かりませんが・・・貴方の気持ちが変わったとしても、黙って去って行くだけで裏切るような行為はしないと思っていましたから・・・だから心配していました」
ニーナは約束のことは口に出さなかった。グレンの為とは言っても内緒で勝手に取り決めしていたのを本人に知られたく無かったのだ。
「歓迎して貰えなかったらこのまま何処かへ捨ててこようかと思ったが・・・そなただけでもそう言ってくれるなら、まあいいだろう。シーウェル、我の不在だった理由だ」
ジャラが指を鳴らすと空中から水に縛められた男が現れた。
「こいつはっ!」
デールはその男を見知っているようだった。
「デール、知っているの?」
「ああ。水の王の取り巻きだ」
「取り巻き?では先日言っていた海神に従う者か?」
グレンはデールのように王に従う者がジャラにもいて、今回関与しているのでは?と疑っていたが、デールからそれは有り得ないと聞かされていた。しかしその男は存在し、ジャラによって捕らわれている。仲間ではないのだろうか?
「我に従う者?くっくく・・・そのような者は知らぬ」
「わ、我が王!」
捕らわれの男は悲痛な声を出したが、ジャラは知らぬ顔だった。
デールは言った通りだろう?と言うようにグレンに目配せした。
デールは言った―――ジャラは自分を慕う者などあの白銀の瞳に映ってさえいない―――と。
「それで海神。貴方の不在の理由とこの異界の者の関係は?」
グレンの聞き方はあくまでも事務的だった。ジャラはそれに気が付いたようだが何も言わずグレンの質問に答え始めた。
「我が結界内でこれの気配を感じたが隠れるのだけは得意のようでこれが中々尻尾を出さぬ。遠くから覗き見をするぐらいとは言っても我は気に入らないものは気に入らない。それこそシーウェルを真似て捕まえるのに一芝居してみた―――」
グレンを真似た芝居とは?ジャラの意外な言葉に誰もがその次の発言を待ったのだが・・・
しかし芝居と聞いて真っ先にニーナが瞳を見開いた。
「お芝居ですか?まさか・・・それは・・・」
「そう。我がシーウェルに飽きたという芝居。我ながら名演技だと思ったらこれが嬉しそうに出て来た訳だ」
ニーナは意味が分からなかったが、デールは頷いていた。
「水の王の寵愛が薄れたのを見計らって出て来たんだな?そりゃあ面白く無かっただろうしな。自分の敬愛する王が自分達よりちっぽけな人間なんかを構っているなんて、自尊心ズタズタだろうさ。しかし・・・どうやって来たんだ?水の王は当然呼んでなんかいないだろうし・・・」
「そなた意外と鋭いな。我のことを良く知っている。アーカーシャに仕えるのは止めて我のところに来ぬか?」
ジャラの誘いにデールは、げっ、と言う顔をしたが、ジャラの言葉を聞いた捕らわれの男は怒りで顔が赤く染まっていた。
「本当にアーカーシャの従者は躾がなっていない。我に対してそんな顔をするなど考えられぬ。まあ話が逸れたが、これを唆したのはヴァーユ・・・」
「げっ!風の王?」
デールがもっと嫌な顔をした。風の王ヴァーユは右と言っても瞬きをする間に左と言うような恐ろしく気まぐれの困った王だ。ジャラの気まぐれの方が可愛らしいくらいだろう。まさに勝手気ままに吹く風のような王だった。
「じゃあ・・・風の王が此処に?」
「そう。あの気狂いのヴァーユが面白半分で降りて来ていたらしい。風は我の支配下でも吹くゆえ気配を消すのは奴にとって簡単なこと・・・まあ、その力だけが我より上だというのは腹立つものだがな。しかし気狂い王とて我の真正面から来れないゆえ、これの存在をちらつかせて気を逸らせた隙に不意打ちをかけてきた。我もすっかりこの地で勘が鈍くなったものよ。しかも面倒な空間に閉じ込められて出て来るのに時間がかかってしまったのは予想外だった」
急に姿を消したジャラは新たに現れた風の王ヴァーユという魔神の罠にはまったということだった。
「それを私が信じるとでも?」
グレンのその一言で皆に緊張が走った。ジャラは薄っすらと微笑を浮かべながら黙っている。静まり返った空気に耐え切れなくなったのはデールだった。
「グレン、あんたが水の王を疑っていたのは知っている。だけどあの時も言っただろう?ニーナの気配を察知出来ないように邪魔をしているのはオレと同等かそれ以上の者の仕業だって。そうなるとこいつはその条件にピッタリだ」
「では何故、貴殿に彼女の目くらましをかける必要があった?それは海神の術だったのだろう?そうなればこの配下を呼んだのは海神で、今も我々を騙そうとしているのかもしれない」
確かにそうだった。そのせいでデールはニーナを見失い誘拐されてしまったのだ。デールは答えに窮したが、ニーナが代わりに答え始めたのだった。
「それは・・・魔神が私に内緒の話しがあったから・・・そうしたので・・・」
「その話とは?」
「そ、それは・・・」
グレンの追求にニーナは口ごもってしまった。彼には言えない内容だったからだ。しかしジャラはその時の話は芝居だと言っていた。だとしたら?
「魔神、あの話は全部嘘だったのですか?」
「嘘?何の話だ?」
グレンの追求は続いている。
「あ・・あの・・・私が嘘を言える指輪だと渡されたのが真実を告げる魔具だと聞かされて・・・シーウェル王が好きだと・・・私を気付かせてくれたのが魔神で・・・」
ニーナはまたグレンが好きだと言葉にした。しかしそれだけでは先程からの会話の意味が通じなかった。
ジャラの愉快そうな笑い声がした。
「シーウェル。我は飽きたゆえそなたから離れると嘘を言った時、この娘は我を必死に止めた。そなたが我から裏切られたと思うから止めてくれとな。そなたが悲しむと思ったのだろう。そして我はその要求に代価を求めた。欲したのはこの娘の穢れ無き心―――」
デールは目を剥いた。そして氷のようだったグレンも同じ表情だった。
「ば、馬鹿な・・・それで・・・返答は?まさか承知したのか?」
グレンの閉ざされた心が少し開いたのか信じられないという顔をした。ジャラが去ったとしたら確かに国の情勢は変わるだろうが逆にオルセンが同盟の主導権を握れば済むことだろう。同盟が必要となるのがシーウェルの方となるだけ・・・シーウェルの問題なだけで他国の王女が自分を犠牲にしてまで気にするものでは無い。
「この娘はそなたとの約束があるからその後でならと答えた」
「約束?」
「約束したであろう?同盟の為にそなたを好きになってだったか?結婚するという・・・そなたの勝手な計画。娘はどんなことがあってもそなたを裏切りたく無いらしい。そしてそなたの心の平安の為に自分を差し出すのも厭わぬ」
「私を裏切らない?そんな幻想・・・」
グレンはニーナを見た。そして話の推移を用心深く聞いていたジーンが目に入ってきた。
「海神・・・ジーンも裏切り者でしょう?」
「王!私は違います」
再び嫌疑を向けられたジーンはそう訴えた。
「海神・・・返答を。貴方は見た筈だ。全てを見て沈黙していたのでしょう?知っていて告げないのも十分な裏切りだと私は思います」
「ち、違います!魔神はそんなことしません」
「・・・・もうよい。白き娘よ・・・今のシーウェルに何を言っても信じないだろう。真実を言ったところでまたそれを疑う。またその逆も然り」
「駄目です・・・駄目です。それでも・・・それでも本当のことを言って下さい。信じてくれないなら何度でも何度でも・・・お願いします。どうか・・・どうか・・・お願いします・・・」
ニーナは両手を胸の前で重ねて祈るように訴えた。グレンの人を信じる心をどうにか取り戻したいと願った。ジャラをそしてジーンを見た。




