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ジャラとの約束

「姫は此処に居そうか?」

「ああ、間違いない。これぐらい近いと、はっきり分かる。全く今まで何で分からなかったのが不思議なくらいだ。やっぱり意図的にオレの探査は邪魔されていたんだろう・・・」

 二人は黙り込んだ。意図的に邪魔する事が出来るのは多分ジャラだけだろうからだ。此処で彼が現れたら勝ち目は到底無いだろう。

「・・・・・やっぱり我が君に知らせた方が・・・もしもという場合があるし・・・」

 ジャラの関与を認めようとしなかったデールだったが不安はあったようだ。

「貴殿にしては珍しく弱気だな。それ程海神が怖いのか?」

 挑発的なグレンの言葉にデールは怒って反発すると思った。ところが・・・

「あんたは水の王の本当の力を知らないからそう言えるんだ・・・地の王ぐらいの力なんかと比べようも無い。我が君と並び称されたあの方の力は・・・我が君でさえ抑える事が出来るのかも怪しい・・・本気でお二人が争ったことなど無いから・・・」

 デールの顔は恐怖で強張っていた。本当の恐ろしさを知っているから見栄さえ張れないのだ。

「・・・・・ならば尚更、オルセンの魔神には出て来て貰っては困る」

「どういうことだ?」

「この大事な時期にシーウェルとオルセンの魔神同士が争いでもしたらベイリアルを喜ばせるだけだ。それにこれはシーウェルに取って代わりたい国の陰謀。出来の悪い筋書きだが最後までその筋書き通りに終わらせるつもりは無い」

「そんなこと言っていたら此処はどうなる?このままだとあんたの言うように何処かの国が乗っ取ってしまうぜ」

「そうなったとしたら私の力が足りなかったと諦めよう。海神に頼ってこの国を治めていた訳でも無いが・・・いや・・・違う私はその存在に頼っていたようだ。こんな状況になって情けない話、オルセンの考え方が分かってきたような気がする・・・敵でも味方でも過ぎる力を持つものの脅威とやらを・・・」


 グレンは自分の甘さにほとほと呆れていた。気まぐれなジャラだから当てにしていないと思っているのに本心は期待していたのだ。だからそれを想定したもので全てが構成されていたのだった。魔神の力を使わないオルセンの考え方は愚かだと思っていたのは間違いだったのだ。彼らは魔神を必要としない体制を整えようとしている。だから彼らの魔神が突然いなくなっても慌て無いだろう。

「で?あんたは白旗上げて降参と言う訳?オレはこの国がどうなろうと知ったことじゃない。ニーナだけは無事に救出したいだけさ!その邪魔だけはするなよ!」

「降参?私はそんな事はしない。最後の最後まで足掻く。それで負けたのなら仕方が無いと言いたいだけだ」

「悔いが無いくらい足掻くってわけか・・・あんたらしくない言い方だが・・・分かった。オレはニーナさえ無事ならいいし、彼女一人くらいならオレが守る。あんたは好きにしたらいいさ」

「ああ、好きにさせてもらう」

 グレンの閉ざした心の奥に嫉妬のような感情が浮き沈みしていた。ニーナを自分が守ると宣言するデールにそれを感じているのだろう。しかしそれは些細なことでグレンは無視をするだけだった。しかしグレンはふと思ってしまった。


(私は・・・何の為にこんな苦労をしているのか?)


 それは王なのだから国の為だろうと答えを出してみた。しかし・・・デールでは無いが国がどうなろうと興味を感じ無いかもしれない。少し前までは大陸の統一を志してはいたが・・・今ではそれさえも虚しく感じる?心を閉ざしてしまうと全て何もかもどうでもいいと思ってしまうのだろうか?では何故?王となってしまった義務だから?


(私がそれを全うして何になるんだ?)


 誰かの為とかいう気持ちも当然閉ざしてしまったグレンは迷路のような想いに自問自答を繰り返した。気付けば命取りになりかねない疑問に気付いてしまった結果だ。生きるという行為でさえも虚しくなってしまう疑問―――だが今はその答えを考える時間が無いのが幸いしたようだった。長年グレンに染み付いている義務感が今の彼を動かしていた。

 ちょうどその頃、晴れた空が急に暗雲が立ち込め遠雷が聞こえ始めた。シーウェル地方の特徴である驟雨だ。耳を覆いたくなるような豪雨が地面を叩いた。侵入するには都合がよくこの機を逃さず二人は行動を開始したのだった。



「何の音かしら?」

 ニーナは部屋に響く音に耳を傾けた。

「雨・・・雨のようです」

「雨?いつもの驟雨?」

「そのようです」

「・・・雨音が聞こえるということは・・・窓が無いけれど地下では無いのね。音が一番響いているのは・・・」

 ニーナはそう言いながら壁に耳をあてながら部屋を回った。すると地面を叩く音がはっきり聞こえる場所を見つけた。しかも良く見ればそこは後から窓を塞いだような感じの壁だった。

「ここ・・・この向こうが外みたい。ジーン!この壁の向こうが外よ!それもここは窓だったみたい。こんなに音が聞こえるのだから壁は薄いかもよ!」

 ニーナは嬉しそうに振向いて言ったがジーンは険しい顔をしていた。逃げようとする行為をまだ反対しているのだろう。ニーナは構わず部屋の中にあった椅子を持ち上げ壁に向って叩き付けた。しかし薄いかもしれない壁はひ弱な女の手で壊れるものではなく、びくともしなかった。逆に反動でニーナの手が折れそうだった。

「・・・駄目だわ・・・もっと硬くて重たいものじゃないと・・・」

 ニーナは頑丈そうなテーブルに目をつけた。大理石で出来たそれは重そうで硬そうだった。それを持ち上げようと手をかけた。


「姫、お止め下さい。そのようなもので壁は壊れません。お怪我します」

「やってみないと分からないでしょう?」

 ニーナは微笑みながらそう言うと手に力を入れたが、その手にジーンの手が重ねられた。

「ニーナ姫・・・ここから出たらオルセンへ帰ると約束してくれますか?」

「どうして?そんなことを言うの?」

「シーウェルは危険です。王とご結婚すればもっと危険になるでしょう。だからオルセンへお帰り下さい。約束して頂けるなら私は貴女を此処から助け出しましょう」

 ニーナは首を振った。

「約束出来ないから駄目。私はもうシーウェル王と先に約束しているのだもの。同盟の為に結婚するって・・・」

 一番の約束―――グレンを好きになってとは言わなかった。それはもう果たしているからだ。それに彼を自分だけは裏切りたくなかった。だからジャラに答えた時、魔神は美しい白銀の瞳を見開き、そして笑ったのだ。


 その会話の内容とは―――



『私は・・・シーウェル王との約束があります。あの方を好きになるという・・・だから貴方に心はあげられません』

『交渉決裂か・・・では我はこの地を去るだけ・・・』

『待って下さい!今すぐに差し上げられないと言っているだけです!約束が終わった後にどうぞお好きなようになさってください』

『約束が終わった後?それはシーウェルとの結婚後という事か?』

『そうです・・・私は絶対にあの方を裏切りたくありません。私だけは絶対に・・・それぐらいしか出来ないから・・・だから少し後になりますけれど・・・駄目でしょうか?』

 予想では素直に心を差し出すと言うと思っていたニーナの答えがこれだったのだ。ジャラは色恋でニーナの心を欲したのではない。彼女の無垢な心が本当に美しいと思ったから欲しただけだった。実際取り出そうが傍にいようが変わりは無かった。以前グレンの瞳を返したのはアーカーシャが現れたからでは無く、持っていても何時も近くで見ていたからどうでも良くなったから返しただけだった。彼女はその意味合いを知って言ったのでは無いだろう。本気で心を差し出す覚悟をしているようだった。グレンの為にジャラをこの地に少しでも長く留めておきたい一心のようだ。しかしグレンとの約束が優先らしい。

(この我が後回しとは・・・)

 ジャラはニーナの答えが気に入ったのか愉快そうに笑った。

『いいだろう。我には永遠の時がある・・・少々待つくらい瞬きをするようなもの。その日まで我はこの地に留まってやろう・・・』

 

 そして二人は約束を交わしたのだった―――



「王は貴女を騙しているだけです!そんな約束など反故にすればいい!」

「・・・あの方の考えは私には分からないけど・・・私は私の約束を守るだけ・・・ジーンはそう思わない?大事な約束をしたことは無いの?」

「私は・・・」

 ジーンが珍しく動揺している感じだった。本当の姿のせいなのか何時も人形のようだった彼がとても人間的に見えた。ニーナに重ねられていたジーンの手が外れた。そして彼女が再びテーブルを持ち上げようとした時、扉が荒々しく開いた。

「ニーナ!」

 彼女を呼ぶ声と共に飛び込んで来たのはデールだった。

「デール・・・」

「大丈夫そうだな?まったく心配かけんなよ」

「デール、助けに来てくれたの?」

 ニーナは彼の突然の出現に驚いたが、そのデールを通り越して扉の外を見た。

「?もしかして奴を探しているのか?」

 彼女の視線に気が付いたデールは気に入らなさそうに言うと、ニーナは頬を赤く染めた。

「奴も来てるさ!」

 デールがふて腐れて言う間にグレンの姿が見えた。

「姫の確認が出来たのならバイミラー以外の奴らを王宮の地下牢に連れて行ってくれないか?」

 グレンは現れるなりニーナ達に声をかけること無くデールにだけ話しかけた。

「なんでオレがあんたに命令されないといけないんだ!」

「命令していない。頼んでいる」

「それが頼んでいる態度かよ!それに皆暫くは眠ったままなんだから自分の部下でも呼んで連行しろ!」

「先に言っただろう。これは極秘だと。誰にも気付かれず人を運ぶなど普通の人間では無理だ。だから頼んでいる」

「だからそれ―――」

 更に食って掛かろうとしたデールを止めたのはニーナだった。

「デール、お願い。シーウェル王の言う通りにしてあげて。貴方なら簡単なことでしょう?だからお願い・・・」


 デールは舌打ちしたが承諾したらしい。彼でもこれが公に出来ない重大な事だと分かっている。ただグレンの横柄な態度が気に入らなかっただけだった。ぶつくさと文句を言いながら眠らせた誘拐犯達を回収しては人外の力で瞬く間に移動させ始めた。そして縄をかけられたバイミラーだけが皆のいる部屋へ投げ込まれたのだった。正気のままの提督をグレンは冷たく一瞥した。

 ニーナは明らかに様子が可笑しいグレンに気が付いた。今までなら嘘でもニーナに適当な言葉をかけてくる筈なのに全く無視だったのだ。そのグレンがやっとニーナとジーンに視線を向けたのだがその瞳は冷たく凍っているようだった。

「陛下、このような失態申し訳ございませんでした」

 ジーンは深々と頭を下げて言った。その足元ではバイミラーが痛みに呻いている。主犯だと思われる彼は眠らせず手荒く捕縛したようだった。

 グレンはジーンの傷を負った手や顔に残る、殴られたような痣を見ていた。その様子を見ればニーナと共に捕らわれたのだと推測出来た。ニーナは無傷の様子だから血の付いた衣は彼女が傷付いたのでは無くジーンのものだったのだろう。


(・・・ジーンは奴らの仲間では無かったのか・・・)


 グレンはニーナと共に消息を絶っていたジーンも疑っていたのだったが・・・

「・・・お前らしくない失態だったな。しかし裏切り者の正体が判明したのだから不問にしよう」

「はい。ありがとうございます」

 裏切り者と言う言葉にニーナは、はっとした。たぶん臣下の中で最も信頼していたバイミラー提督の謀反にグレンがどれだけ傷付いているかと思うと、ニーナは自分の事のように胸が痛んできた。

 そのグレンが再びバイミラーを冷たく見下ろした。

「バイミラー、私は何故裏切ったなど聞かない。誰の指図で動いている?潔く白状しろ」

「陛下・・・私は・・・私は―――申し訳ございません。どうぞ私に死をお与え下さいませ」

 シーウェルでは自害は禁忌とされていた。その禁を破れば魂は輪廻から外れ、未来永劫苦しみの海に沈みその血に連なる者も同じ定めとなると信じられている。だから常識有るシーウェル人は自ら命を絶つことは無かった。バイミラーは言い訳も背後関係も口にすること無く、ただ王から与えてもらう死の処罰を望んだのだった。

「お前が拷問ぐらいで口は割らないと思っているから無駄な事はせず聞いている。それに私はお前に死を与えるような恩赦はしない。死んで楽になれると思うな」

 グレンの感情の無い声がバイミラーに降り注いだ。


(シーウェル王・・・どうしたの?)


 ニーナはやはりグレンが別人のように見えた。今までの彼は魔神が言っていたように感情が無いのでは無く、その感情を見事に抑えていただけだった。それが今は違っているのだ。

 とても冷たかった―――ニーナは思わず身を震わせた。しかし勇気を奮い起こし二人の会話に割って入ったのだった。


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