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side勇優

視線を感じる──

そう思い始めたのは、つい最近のことだ。

最初は気のせいかと思って気にしなかったのだが、長く続くうちにそうとも思えなくなってきた。

ストーカーだろうか?

しかし勇優には、心当たりがない。バイトと《おひさまのいえ》を往き来する毎日、友達もいなければ痴話喧嘩になるような異性もいない。

バイト先のお偉いさんが素行調査でもしているのだろうかとも思ったのだが、あいにく、勇優のバイト先にはそんな暇がある人間はいない。

本当に心当たりがない。

仕事も“遊び”も身が入らず、何度も失敗した。注意されるわ擦り傷は負うわ、初めて“魔”に咬まれて、心に影が差した。

心陽は勇優の腕を触り、優しく傷の手当てをしてくれた。

「“魔”って咬むのね」

「僕も驚いたよ」

松戸は“魔”のことを“靄”と言い表していたが、実際奴らはどんな姿かたちをしているのか。気になるところだ。

「勇優が怪我をするなんて。油断してたの?」

「まあな」

勇優はうなずいた。視線のことは言わないでおこう、と心に決める。

はずだったのだが。

「なにか隠してるね?」

するどい心陽には、すぐ見抜かれた。

勇優は正直に話した。すると、

「あははっ、それね!」

心陽は想像してなかった反応をする。

「誰の視線かわかるのか?」

「うん。それは春雪くんたちだよ。勇優の“遊び”を見学したら、って言ったの」

「それを先に言ってくれ……」

「ごめんごめん♪」

謝る気などさらさらなさそうな声でそう言って、彼女は楽しそうに笑った。

「でもね、それを言ったのは6日もまえ。彼、案外臆病なのね?」

「わかっていることだろ」

「ひっど~」

だから協力してほしいとは思えないのに、心陽はわかってくれない。

「勇優だって、友達ほしいでしょ?」

「まったく」

「強がっちゃって」

「強がってない」

「毎日マフラー抱き締めて寝てるの知ってるんだよ~」

「……うぐっ……」

ほれ見ろという表情で、ふふんと鼻をこする心日。

「なんにも言えなく──」

「──ひーちゃんちょっとうるさいよ」

遮ったのは、ポポだった。

本名は春風(たんぽぽ)というのだが、みんなにはポポと呼ばせている中学2年生だ。勇優と心陽に続き三番目に年上で、幼少の勇優を知る数少ない子のひとりでもある。

「ごめん、声大きかったか」

「大きい。目ぇ覚めちゃったよ」

「ごめん。他の子は?」

「他はぐっすり」

たんぽぽみたいなふわふわの髪をかきあげて、ポポは伸びをする。そして、にやっとして、

「寝れないや」

と言った。


「だってさぁ、7時半に寝てる友達なんかいないよ?みーんな11時くらいまで起きてる。もう中学生だし、もうちょっと起きててもよくない?」

ポポはテーブルにつくなり、言い訳するように言う。

「わかるよ。わたしも、中学生のときは7時半消灯は不満だった。けどねぇ」

「僕は不満じゃなかった」

ポポと心陽の視線がキツい。

「ま、やることもないしいいんだけどさ、その……ゆうちゃんともあまり会えないじゃん?寂しい、っていうかなんていうか……」

「それは僕が悪いよな。もう少し早く帰ってきて、みんなと夕飯食べれるようにするよ」

「いや、別に大変ならいいんだよ?ゆうちゃんたちはあと1年で卒業だし、バイトしなきゃいけないのもわかるからさ」

児童養護施設は18歳になると卒業して、一人立ちしなければならない。住むところも食べるものも自分で確保しなければならない。

確かにそれもあるのだが。

勇優が、みんなと一緒に卒業するためにお金を貯めているとは、まだ誰も気づいていないようだ。

「ふたりはさぁ、卒業したらどうするつもりなの?」

今日の夕飯を聞くようなさらっとした口調で聞く。当のふたりはうーんと小首をかしげた。

「僕は……このままじゃないか?」

「わたしは、奨学金で医大に行くつもりよ」

正反対な答えに、ポポは息をつく。大げさな仕草で肩をすくめて首を振った。

「ゆうちゃん、それでほんとにいいわけ?」

「なにがだ?」

「恋したり結婚したり……そういう夢はないの?」

「んん………………ないな」

はぁ!

今度はもっと大きくため息をついた。

「ゆうちゃんも普通に16歳のおと──ひとりの人間なんだから、人並みの夢をもちなよ」

「それはわたしも激しく同意」

「僕はこれで満足してるのだけど」

「わかってないな~」

14歳はそう言って、心陽と「ねーっ」とうなずきあった。蚊帳の外になった勇優は、つまらない思いがして言い返す。

「ぼ、僕だって、ここやポポたちと一緒に暮らしたいって思ってるよ……!」

「えっ」

「うわぁ」

嬉しそうににやけたのは心陽だ。

「んじゃ……先寝てるから」

そう言い残してリビングを出た。多少顔が熱い気がするのは、“魔”に咬まれたせいだろうと自分に言い訳する。

届かなくてもいい。ただ想っているだけで──。

ひとの想いはいつだって一方通行だ。

勇優は、心陽のことを、春風のことを、《おひさまのいえ》のみんなのことを、大切に想っている。それでいいじゃないかと、弟たちのかわいい寝息を聞きながら思うのだ。


心陽が言ったとおり、松戸は一週間を過ぎたくらいに正体を現す兆しを見せた。

学校が終わるのだろう16時くらいからつけられ、今までと違い何度かしっぽの先が隠れていないときがあった。

臆病な奴め、言い出せないに違いない──

勇優はニヤニヤしそうなのを抑えて、平静を装い続けた。悩みに悩んだ末にどんな表情で現れるのか、考えただけでも笑いがこみ上げてくる。

しかし、そんな笑みも鼻腔に入り込んだ嫌な匂いでぶっ飛んだ。

「ガチな匂いだな……」

首筋がぞわぞわする。本来なら関わりたくないような匂い。でも、今は。

「“視え”てんだろ!?関わるんじゃねーぞ!!」

小梅に手をかけて、大きな声で言った。

夕暮れの街中。何事かと振り向いたひともいくらかいたが、黒いパーカーでフードまで被った勇優を見て、すぐに視線をそらした。

──行くか。

微かな鉄の匂いを含んだ空気を吸い込み、マフラーをきつく結んだ。

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