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side春雪

『そいつがそう言うなら、もう俺はお役御免だろ。……帰る』

パーカー男は案外若くて、それでいてひどい性格だった。だから思わず、春雪が初対面では絶対あり得ないほど冷たい態度をとってしまった。

後悔はしていないけどな……!

しかし、イライラが収まらず、朝から何度も彗に指摘された。

「どうしたの、シュン?気になる女の子ができたのに、話してみたら彼女持ちだった、みたいな顔してるけど?」

なんていう奇跡的な頭。春雪の名前を「シュンセツ」と読み間違え、仲良くなった今でも3回に1回は言い間違えるくせに、人の気持ちは的確に言い当てる。

すごいを通り越して、恐ろしいくらいだ。

今回は当たりまではいかずとも、でもやはり見透かされているのに変わりない。

昨日、神主と話した足で春雪はまっすぐ《おひさまのいえ》に行った。出迎えたのは、かわいい女の子だった。小さな子供をだっこした、同い年くらいの女の子。

『ユスラユウユさんはこちらにいらっしゃいますか?』

彼女はふんわりと笑い、

『ユウユは、8時になったら帰ってきますよ。それまでここで待ちます?』

それから待つこと30分、その間彼女は子供たちを寝かしつけているようだった。

そしてパーカー男が帰ってきて、なぜか場の空気は悪くなり。神主から靄のことについては聞いていたが、パーカー男が靄を匂いとして感じていることは心陽が言うまで知らなかった。もう少し詳しく知りたかったのだが、自分がそっけない態度をとったせいで聞けなくなってしまった。

『もぉお……送ってくるね。待って、松戸さん!』

帰り際、心陽は春雪を追いかけてきた。

『ごめんなさい。ぶっきらぼうだけど、悪いひとじゃないんです。わたしたちのこともよく考えていてくれていて……』

心陽はいい香りがした。石鹸のような香り。それは、学校の女子たちからは嗅げないような、家庭的な香りだった。

『梅木さんからどこまで聞きました?』

『……俺が見えている靄は“魔”で、梅桃さんと梅木さんはそれを研究していると』

『なるほど。あまり詳しくは教えられてないみたいですね』

『まぁ俺も、ただ短刀を返しそびれた怪しい奴でしかなかったし』

『そんなことはないんですよ?』

春雪の顔をのぞきこんで、ふふっと笑う。

『あの刀は特別な刀なんです。勇優が手渡すなんて、とっても珍しいこと。勇優も本当は……松戸さんの力を借りたいと思っているはずです』

『どういう意味ですか?』

『勇優は“魔”を匂いで感じるって言いましたよね?勇優の鼻は確実で正確なんですけど、やっぱり“視る”には劣る。あのふたりはずっと、“視える”ひとを探していたんです』

あのとき短刀を渡してきたのは、俺を信頼して──そう思うと、なんだかくすぐったい気持ちになった。

『俺、靄のこと話したの、柏さんたちが初めてなんです。小さな頃から見えるのに、親にも話したことがない。梅桃さんの手助けができるかはわからないけど、俺は自分の目に“視え”ているものが知りたい……』

心陽はにっこりして、

『そう言ってもらえると心強いです』

そう言いながら、傘を差し出した。

『予報で降るって言ってたから』

『ありがとうございます』

傘はどこにでもあるビニール傘で。これも、きっと学校の女子たちにはあり得ないこと。

『松戸さん、わたしたち同じ高校生じゃないですか。敬語やめません?』

『そうです……そう、だよね』

『春雪くんって呼ばせてもらうね』

『じゃあ俺は……心陽ちゃん、で』

プラスチックの柄をつかむ手が、なんだか汗ばんだ。


「──シュン?さっきからどうしたの?」

昨日のことを思い返して、ぼーっとしていたようだ。彗が不思議そうな顔をしていた。

「いや、なんでも」

「変なの~!」

意識が現実に戻ってくると、学校のざわめきが耳に響く。若者の話し声は小さな声でも結構響くものだ。ここに自分はいる、と、強く感じさせられる。

「今日野球部休みだから、一緒に帰ろうよ?」

「いいけど、寄るところがあるんだ」

「ずっと考えている女の子のところ?」

ニコッ。

本当、こいつは侮れないな──

「ああ。彗、御空良学園って知ってるか?」

「知ってるよ!お嬢様学校じゃん。そんな子とどこで知り合ったの?」

「ちょっとね」

「僕も会ってみたいな……」

ちらっと春雪を見て、お願いするように目をうるませた。その様子はまるで子犬。敵うわけがない。

「別に、いいと思う」

「さぁんきゅ♪」

……というわけで一緒に《おひさまのいえ》を訪れたわけなのだが。

「心陽ちゃん、御空良なんでしょ?エリちゃんとかユミちゃんとか知ってる?」

「エリは同じクラスだよ、オオタさんは隣のクラスだけど。なんで知ってるの?」

「この前、人数あわせでカラオケに行ってね~。御空良はお嬢様多いから絡みづらいかなーって思ってたんだけど」

「そんなことないよ。わたしたちだって普通だよ?わたし見てみ。普通よりお嬢様からかけ離れてるでしょ」

さすが彗。出会って5分でこの打ち解けようだ。

すごい。むしろ怖い。いや、かなりムカつく。

「あの、おふたりさん?」

「なんだよ?」

「うん?」

そろってきょとんとするふたり。

「いや……」

「あっ、ごめんなさい、つい」

心陽はぴっと舌を出した。そういう行動をしてもぶりっ子に思えないのは、心陽くらいだろう。

「あんな安っぽい傘をわざわざ返しに来てくれたってことは、昨日言ったこと少しは考えてくれてるってことでいいのかな?」

「昨日のこと?なんの話?」

怪訝そうに尋ねる彗の隣で、春雪はうなずいた。

「……説明してい?」

春雪は、靄のことを両親にすら話したことがない。それを知っているのは今、地球上に3人だけ。

「ああ」

だが、彗なら信用できる。

心陽が丁寧に説明するのを、実は忠犬がごとく真剣に聞き、春雪は彗を見ながらそう考えていた。

案の定、彗の感想といえば、

「シュン、すっげーな!言ってくれたらいいのに。水くせーぞっ!」

変な奴と思われて浮くのはめんどくさい。平穏に生きたければ自分のことはあまり話さないことだ──なんて、彗に言っても理解しないだろう。

それが、彗の良いところでもある。

「でね。この時間、勇優はバイトを終えて“遊んで”るの。大抵はここらへん。春雪くんの目ならわかると思うけどね」

「それ、見に行っていいの?」

「うん!百聞は一見にしかず、っていうしね」

そう言った心陽の顔からは笑顔しか読み取れなかった。

「わかった。行かせてもらう」

「俺もついてっていー?」

「ああ」

彗がにっこりした。

《おひさまのいえ》を出ると、玄関であわてた表情の子供たちがいた。おのおのボールやプラスチックのバットを持っているから、遊んだ帰りのようだ。

「お兄ちゃんたち……」

小学生らしい男の子が口を開いた。

「ダメだよ。ここ姉にはユウくんがいるんだから!!」

あらぬ誤解を生んでいるようだが、春雪には気のきいた言葉が浮かばなかった。代わりに、黙って男の子の頭に触れた。

「バカにすんなよ!?」

男の子の怒鳴り声を背にうけて、彗が肩をすくめるのがわかった。


心陽が「春雪ならわかる」と言った意味は、梅守神社から梅山市を見下ろしてすぐわかった。

「よぉ、坊主。ゆすらたんとは会えたかな?」

梅木だ。

彗が首をかしげたので、

「ここの神主だよ。勇優さんと心陽ちゃんを教えてくれたのはこのひとなんだ」

と素早く言った。

「ふんふん、ゆすらたんはまだ勇優と呼ばせるのかね?」

「はぁ。梅桃勇優って名乗ってましたけど」

「ひどい子だねぇ……ま、会えたならよかった。コウメマゼツも返したんだな?」

「コウメマゼツ?」

「あの刀だよ」

ハッハッと笑って、梅木は答えた。そして、

「私がつけたんだよ」

ドヤ顔。

「……そうなんですか」

厨二臭いわけで。

それにしても、このハゲは扱いにくい。何を考えているのかいまいち読み取れない。

「俺たち、今から勇優さんの“遊び”を見学させてもらうんですよ!」

そんな扱いにくい人間とでも仲良くなってしまうのが、この水瀬彗という男。

「そりゃあいい。ふふふっ、あいつの剣さばきには惚れちまうぞ?」

「楽しみっす!」

……めんどくさい。

こんなことになるなら違うところを選べばよかった。春雪は後悔した。

高台から見下ろして勇優のいる場所を特定しようとしたのだが、選ぶ場所を間違えた。

「なんで……梅木さんはユスラって呼ぶんですか」

聞くというよりつぶやくという表現が正しい。本来春雪はそういったしゃべり方のほうが楽なのだが、あとでもめるめんどくささを考えてやめていた。

そんな春雪を知ってか知らずか、神主は笑みを浮かべたまま答える。

「あれは、私がつけた名前だからな」

「……なるほど」

厨二臭いわけで。

さすがにその気持ちは感じたようで、神主はギッと春雪を睨んだ。

「っと!わかったんなら、早く行こうぜ」

彗が助け船を出した。

「ああ、さっさと行け!クソガキども!!」

社に消えていく梅木を見て、

「なんか今日すっごく怒鳴られんのな?」

彗がにやっとした。

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