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一日目

「やはり、こちらにいらっしゃったのですね。雄家さん、貴方は何故いつも一人悲しくお昼ご飯を食べようとするのですか」

8月。蝉の鳴き声と燃える暑さに身を焦がす時期。

何処からか現れた白髪の女性が僕に近づく。

「ほら、汗が出ていますよ」

彼女は、セーラー服の胸ポケットから取り出したハンカチで僕の顔を拭う。

「あ、ありがとう」

前かがみになって、少し露になった胸元から咄嗟に目線をそらし、謝辞を述べる。

彼女、美姫は僕の隣に腰を落とし弁当箱の包みを空ける。

「………教室には冷房が効いていますのに、どうしてわざわざこちらに?」

「え、あーー……っと」

言葉に詰まる。

――――嫌だから、いつも僕は誰の目にもつかない場所に隠れている。

――――そんな自分が嫌いだから。嫌いで仕方が無いから。

――――自分のこの感情はきっと、良くないもので、汚れたものだから。

――――いまだって、本来であればだれも近寄ることのない、校舎裏に流れる川の小さなトンネルの中で一人佇んでいたのだ。

「あ、あの、美姫」

「はい、なんですか」

けれどどうしてか最近、彼女がそんな風に他者から距離を取ろうとする僕を探し回るようになった。

なんで、僕に構うの?

そう問おうと思った。

けれど口をついた言葉は自分の意思とは異なっていた。

「いや、えっと。今日は、熱いね」

ひよった。

いやだってさ、彼女何考えてるか全然分かんないだよ。

無口で、無表情で、無感情。何を考えているかさっぱりわからない。

「そうですよ。そうですか。………そうですね」

ふむ、と下顎に手を当て、何かを考える仕草をする。

あれ、僕そんな考えるようなこと言ったっけ。

「……ふむ」

そして、何かを考え付いたのか僕の方に向き直った彼女は。

「…………………暖かい……」

僕の額に手を当て、一言声を零す。

無論、突然頭を触られて、混乱する僕の思考をよそに

「ふむ。………………身が細いですね」

僕のワイシャツの下に手を潜らせ、脇腹や胸などを撫でまわされる。

落ち着け、雄家。考えるな。彼女にとってこれは当たり前の事なんだ。それを僕が深く意味を取るのは汚れた思考だ。

「うん。自分で言うのもあれだけど、僕は運動しないからね。瘦せ型なんだ」

「ちゃんと運動して、ちゃんと食べてください」

「うん」

「少しは身を太くしてください」

「うん」

「そして、私を食べられるぐらい強くなってください」

「うん!?」

「冗談です」

笑わず無表情で元の位置に戻る。

なんだ、もしかして今僕はからかわれたのか。

冗談とか言うんだ、美姫。


「それじゃあ、私はこれで。また来ます」

それからは何の会話もなく、ただ黙々と彼女がご飯を食べるだけの時間だった。

そして、完食し終えた彼女は一言言い残し、去っていった。



「よっ、雄家。元気してっか?」

それからしばらくたって、誰かに呼ばれる声に目を覚ます。

どうやら、あれから眠ってしまったようだ。

目の前の、見るからに活発そうな少女、惷課は僕の友達だ。

いや、そう思っているのは僕だけかもしれない。

いや、そう考えるのは失礼かもしれない。

一方的に関係を絶ったのは、僕自身なのだから。

「うん。まあ、元気っちゃ元気だよ」

「そか。そこ座っていいか?」

「いいよ」

僕の隣、少し間隔を空けて彼女は胡坐をかいて座った。

ショートカットの、どこか活発な少年のような少女が口を開く。

「なあ、雄家。お前って、好きなやつとかいんの」

「藪から棒だね。好きな人ね。今のところはいないかな」

「じゃあ、気になる女子は?」

「たくさんいる」

「た、たくさんいるのか」

「うん」

正直に答える。

好きな人間はいないが、気になる異性と言われれば全員と答えざるを得ない。そうでなければ、僕はわざわざこんなところで一人でいる必要はない。

「そこに、私は入ってるか?」

「うん」

「………そうか」

一瞬空いた間の後に、一言彼女が零す。

「それは、うれしいな」

「そう」


そしてしばらく、他愛のない談笑を行った所で。

「実は私な。今日、お前に相談があってきたんだ」

と、いきなり真剣な表情で僕に語る。

「でも、なんか、今日は話す気分じゃなくなっちまった。けど、また明日も多分私はお前の所に来る。その時に聞いてくれるか?」

勿論、と僕は答えた。

僕の返事を聞いた彼女は、安心したのか、胸を撫でおろし。

「今日はありがとな。またくるぜ」

そう言って、僕の前から去っていった。

遠ざかる彼女の背に

「こちらこそ、ありがとう」

そう呟いたが、恐らくは届いてはいないだろう。




「こんばんは~。遅くまでなんでこんなところにいるん?」

また少しして、僕は目を覚ました。

上下、体操服の彼女を見て、部活帰りであるのだと理解するのに、そう苦労はしなかった。

「んー趣味かな」

今度は嘘をついた。

「はへー。変わった趣味をお持ちで」

そして、何も言わず僕の隣に座る。

「こんなあっちー所にずっといるとかマジで変わってるの。耐久力エグいな」

「お褒めに預かり光栄だよ」

「褒めてねーよ」

頭を小突かれる。

「部活はどう、順調?」

「おかげさまでな~。まったく、急に部活止めるって言いだしたときはぶん殴ってでも止めようと思たけどな。ちゃーんと引継ぎとかかけた穴を埋める奴の補充とか、そういう微調整しやがって。殴り損ねたじゃん」

「ははっ、ごめん」


「……ま、戻ってくる気になったらいつでも来いな」

「うす」

「ん。それじゃ私は帰るわ。あんまり遅くなって怒られるのも嫌だしな~。お前もはよ帰れよ~」

再び自転車に跨って、彼女は去っていった。


「言われなくても、分かってるよ」









半分誰かのエッセイ

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