小峠澄とサーファー
それは夏の暑さに身を焦がした昼時のことだった。
記者となる前の小峠は毎日食べ物に飢えており、仕事も無くブラブラしている日は、海で釣りをしていた。
その日も岩に囲まれて海水客も居ないような、狭い砂浜でキスを狙っていた。
「何をしているの?」
小峠が振り向くと、木製の細長い板を持った浅黒く焼けた少年が立っていた。
「釣りしてるのよ。あなたは?」
「俺? 何だと思う?」
小さい体に似合わず、カッコ付けたセリフを言う少年を小峠は笑い飛ばした。
「お子様はカッコつけず正直に答えれば良いのよ」
「俺はこれでも20歳だ!」
小峠がギョッと見返すと、小峠よりも背の低い少年はニコッと笑ってみせた。
「御愁傷様ね」
少年はその言葉に怒って見せたが、小峠が無視すると、隣に小さく座った。
「俺って子供っぽいかな?」
「板持って遊んでる辺りとか、ただのクソガキにしか見えないわよ」
「これはサーフボードだよ! 俺サーフィンしてたんだ!」
小峠は首を傾げた。
「ふーん。なんでそんなのやってんの?」
「なんでってそれは」
少年が頬を赤くするのを見て小峠は笑う。
「女か?」
「ちがうよ。これはカッコいいんだよ」
明らかに動揺する少年に、小峠は笑みを深めた。
「女の意見言ってあげるよ。話してみな」
涙目になった少年は小峠の目を見て「ほんと?」と小さく聞きました。
小峠は楽しくて首をカクリカクリと振った。
少年は大学に英語の教諭としてきている女性に恋をしたとのことだった。
彼女の趣味はサーフィンで、彼女に近づくために毎日お手製のサーフボードで練習しているらしい。
小峠は少年に話の続きをねだった。
「で、どうなの?」
「いや、多分彼女は僕のこと何とも思ってないんだ」
「そう。じゃあさーふぃんの練習をしなきゃね」
「いや、違うんだ。僕は彼女に直接話に行くべきだったんだ」
小峠は、ほぅと声を漏らした。
「じゃあ告白に行くのね。そうよ男ならぶつかって砕けてきなさい。それが一番よ!」
小峠が少年の肩を叩こうとすると、何故か空振りした。小峠が呆けていると少年は続けた。
「僕は彼女のことが好きだったんです。彼女の笑う顔が、人を元気付ける優しさが。彼女のそばに僕が居る資格を得るにはサーフィンしか無いと思ってました」
「それは間違いだった。ただ気づくのが遅すぎた。聞いてくれてありがとう。名も知らない人。あなたは後悔しない人生を送って」
少年はそう言うと砂の城が溶けるように夏の空へ消えていった。
後日砂浜に少年の遺体が上がった
海で溺れた少年の顔は苦しみもがいたような顔では無く安らかな表情であった