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終幕

 森を出たところで空を見上げると、薄青色の空は橙色に染まりつつあった。

「……けっこうかかったな」

 往復に半日かかると言われ、早めに出たというのに。予想以上にはびこった森の木々や草のおかげで、必要以上に時間を食った。

「腹、減ったなぁ」

 そう言えば旅籠の主人との賭けには無事勝ったわけだ。酒代も帰ってくることだし、今夜も楽しく飲むとしよう。

 だが、鬼がいたと証明できるのはタギだけだ。

 もうあの岩へ行っても鬼はいない。

 人の好い主人のことだから疑うことなく酒代を返してくれるのだろうが、あまり繁盛している風でもない旅籠からこれ以上ふんだくるのも流石に気が引ける。

 けどもう一晩くらい、あのなかなか美味い地酒を飲んで明かしたい気もするがどうしたものか。

「――タギ!」

 村の入口の古びた注連縄(しめなわ)の巻かれた道祖神(どうそじん)の隣に、見慣れた顔がある。

 薄花(うすはな)色の小袖に、結わずに垂らした長い髪。

「オト」

 彼女はタギの姿を認めるなり肩を怒らせ、大股でこちらへと歩いてくる。

「遅い!」

 腰に両手を置いて、仁王立ちになって旅の連れは怒鳴りつけてくる。

「遅いってお前……自分が野宿は絶対嫌だから、前の村で泊まるって言って俺だけ先に行かせたくせに」

「口応えするな」

「痛てててて」

 彼女、オトはタギの足を思い切り踏みつけ、板についた高慢な仕草で鼻を鳴らす。

「鬼は?」

「確かに別嬪(べっぴん)だったぞ?」

「別嬪でも醜女(しこめ)でもどっちでもいい。何か話は?」

「あーっと。悲恋? そんな感じの話を聞けたな。そういうの好きだろ? お前くらいの年の女って。後で話してや……」

「結構! つまり収穫ゼロと。一人で勝手に動いて人を待たせておいて」

 不機嫌にオトの目が細められる。

 相変わらず理不尽だ。

 内心溜め息を吐いたところで、ふいにタギは顔を上げた。

「あ。そうだ」

「何?」

 突然声を上げたタギにもオトは動じたりしない。

 付き合いも長くなってくれば、そのようなことを一々気にしていては身が持たないと学んだとか以前に言っていた気がする。

 こういう関係は、悪くない。

 タギは笑い、オトの顔を覗き込んだ。

「ただいま。あと、おかえり」

「……おかえり。ただいま」

 不審げではあるが、彼の言葉を繰り返す形になりながらオトもそれに応じた。

「で、急に何? この村が私の家になった記憶も、あんたが家を買ったっていう覚えもないんだけど」

「いや。ただ単に言いたくなっただけ」

 機嫌良く、タギは歩き出した。

 気の早いヒグラシの泣き声と、橙に染まった夕焼けを背に。

「そう言える相手がいるっていいよなーって思った」

「……タギ。森の中で変なものでも食べた?」

「まさか」

 笑ってタギは宿屋への道を歩く。

 その隣にオトが並ぶ。

「おかえり、ただいまって言える相手がいるってけっこう幸せだなと、一人で森を歩いてきて思ったんだよ」

「ふぅん」

 オトは「珍しい」と呟いたが、それ以上は話さないので彼女もわざわざ聞いてこない。

「そう言えば今日は珍しく、経を一回も間違えずに読み上げられた」

「それは珍事だこと。でもタギがお経を読んでるところって、普段の胡散臭い感じが抜けて一番見栄えがする時だと思うわ。間違えてもいいから普段から常にお経読んでたらって思うくらい」

「常に経を上げてる奴って怖くないか?」

「かなり怖いと思う」

 爽やかな笑顔で返してくる彼女に脱力する。

「あーでも明日はこの村の墓で経を上げてく」

「どういう風の吹きまわし? あんたがそんな僧侶らしいことをしようなんて」

 オトは不信感を隠すことなくタギを見上げてくる。

「博打に弱そうな旅籠の親父から遠慮なく酒代を返してもらうため」

 晴れやかなタギの答えに、オトは遠慮なく軽蔑の眼差しを送ってきた。

「……生臭坊主」

「生臭上等だって。あー何か疲れた。早く酒飲みたい」

「……やっぱりあんたなんか坊主じゃないわ」

「いいんだよ、俺はエセ坊主なんだろ?」

「違う。あんたは生臭破戒似非坊主」

 最初にタギをそう評した彼女は力強くそう言い放つ。

 慣れたやり取りに怒るより笑い、並んで夕暮れの道を歩いた。

 三ツ世巡り(みつよめぐり)を読んで頂きありがとうございました。

 本編を読んだだけでは少しわかりんくいかと思いますが、この話は一応異世界ファンタジーとして今年の六月頃に携帯小説での企画短編として書きました。

 文章はほとんどこちらで書いたものと変わらないため携帯小説らしくなく、読みにくいわかりにくいと若干不評だったことも今となってはいい経験です。

 パソコンからだったら少しでも読みやすくなっていればいいなと思いながら所々手直しをしたのですが、いかがでしたでしょうか。


 読んでくださった方にほんの少しでも楽しんで頂ければ、これ以上嬉しいことはありません。

 まだまだ未熟な書き手ですが、お付き合い下さいましてありがとうございました。

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