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7 罪の行方

「ビリー」


 キリナートに名指しされたビリードはビクッとする。ビリードとしてはキリナートと一対一は避けたかった。だが、ここでは逃げられない。


「君の理屈が間違っていることはわかっているのかな?」


 キリナートの口調は大変ゆっくりで小馬鹿にしたものだった。ビリードが首を傾げて眉を寄せた。キリナートはビリードが全く理解していないことに、鼻でため息をつく。


「ふぅ。君がマリン嬢の義弟なのはマリン嬢が王家へ嫁ぐからだよね。もしバニラ嬢がサイラスと婚姻するなら、マリン嬢は女公爵様になる。つまり君は用無しだ。公爵様の慈悲があったとして、マリン嬢の文官執事かまたは領地管理者というところだろうね」


 マリンはキリナートの言葉に不満があるようで片方の眉を少し上げたが、声には出さなかった。溜め込んで溜め込んで溜め込んでいるというところであろうか。


「義父上がこんな卑劣な女を公爵になどするわけないっ!」


 ビリードは顔を真っ赤にして怒っていた。マリンは心の中で義弟のアホさ加減にがっくりと肩を落とした。『ビリードを教育したわたくしの時間を返していただきたいわっ!』と心の中で罵った。


「卑劣ねぇ。それについてはマリン嬢にも言いたい事があるだろうから、俺からは止めておくよ」


 マリンがキリナートへ笑顔を向ける。キリナートの後ろの男子生徒は『ブルブルブル』と大きく震えた。

 マリンの怖い微笑みを笑顔で受け止めたキリナートは、サイドリウスへと向き直った。


「――で、サイラス、君の番だ」


 キリナートは、まだ何か言おうとしたビリードを無視した。

 サイドリウスの腕はまだバニラを抱いていた。しかし、目はキリナートへ真っ直ぐに向けていて、気分だけは臨戦態勢のようだ。戦う実力があるかはこれからわかる。


「マリン嬢との婚約破棄は本気なんだね?」


 キリナートはニヤリと笑った。笑うつもりはなかったので、ニヤけてしまったが正しい。あまりのアホな判断に苦笑いを止められなかった。


「当たり前だっ! バニーを虐めるような女と婚姻などできるわけがないっ!」


 キリナートがマリンを見ると、マリンはコクリと頷いた。婚約破棄については、先程、マリンは了承している。


「そうか、了解! 俺も陛下に進言するよ。間違いなく、婚約はなかったことになるだろう」


 キリナートの言葉に、サイドリウスとバニラは目を合わせて喜んでいた。


「それでさ……んー、ちょっとだけ確認させてくれ。

俺は、これまでずっとサイラスの近くにいた。だから時系列はよくわかっているんだ。

そもそも、サイラスが浮気をしなければよかったんじゃないのか?

サイラスが堂々と浮気をしたから、マリン嬢はサイラスにもバニラ嬢にも注意をしたんだろう?」


 キリナートの淡々とした言葉に、サイドリウスは鼻息を荒くした。


「王族たる俺のせいだというのかっ!」


「おいおい、そこで、王族とか言うなよ。王族みんなの恥になるだろう。

王族だろうと平民だろうと、まずは浮気をした方が悪いに決まっているさ。それでもその浮気を本物にしたいのなら、それなりの誠意と順序があるだろう」


 女子生徒たちが大きく頷いた。会場中に頷かれて、サイドリウスはバニラの肩を右腕で抱きながら狼狽えた。


「お、お前もしていただろうがっ!」


 メルリナが小さく俯いた。メルリナの隣の友人がメルリナの肩を抱く。キリナートはメルリナにそんな思いをさせたサイドリウスの言葉に苛立った。


「おいっ! 言いがかりは止めろ。なんでそうやって誤解されているんだっ! 俺はバニラ嬢と二人きりになったこともないし、お前達といるときも話はろくにしてない」


 サイドリウスはアリトンたちに同意を求めたが、アリトンたちも誤解していたので、首を捻っている。


「だが、クッキーをもらっただろうがっ! あれはバニーの心の籠もったクッキーなんだぞ。何も思っていないやつが食べていいものではないっ!」


 今度はアリトンたちが大きく何度も頷いていた。キリナートは思い当たることがあり、呆れを強めた。呆れすぎて先程の苛立ちも吹っ飛んだ。


「ああ、やっぱりアレはバニラ嬢だったんだ。家に帰ってカバンを見たら知らないものが入っていたから、メイドにすべて捨てさせたよ」


 キリナートは本当に困っていたんだとわかるような顔をしていた。


「なっ! 酷いわ」


 バニラがサイドリウスの胸に縋り付いた。サイドリウスは、空いていた左手をバニラの肩に置き、抱きしめるように胸の中にバニラを隠した。そしてキリナートを睨む。


「バニーを傷つけることは赦さない!」


 アリトンたちも少し前に出て、キリナートを睨んだ。


「サイラス、どこまでバカになっていくんだよ。何も言わずにカバンに食べ物を入れるなんて殺人未遂罪に問われることだぞ」


「どうしてそうなるっ!?」


 サイドリウスは目を見開き怒鳴り、アリトンたちは口を少し開けていた。考えてもいなかったことらしい。


「毒入りの可能性があるからだよ。俺はホイホイ食べている4人のことが信じられなかったよ。それについても何度も忠告したじゃないかっ!」


 安全面の配慮のなさに、キリナートは少し声を荒げた。騎士団団長子息として、王族を守ることで国を守っている父の背中を見てきた。その王族が無頓着では、話にならない。


 一度声を荒げたキリナートは開き直った。


「もういいや。

サイラス、バニラ嬢との付き合いを止めろと何度も止めたよね。婚約者がいるにも関わらず、他の女性に現を抜かすなんてありえない。いや、百歩譲って、気持ちが動いてしまったことを赦したとしても、隠すべきだよね。または、まずは婚約を解消するために動くとか、ね。

他の者にまでそうであると思わせる行為を見せることは、男として最低だ。婚約者たちがどんな気持ちか考えたか?

アリ、ティス、それは君たちにも言えることだ」


 3人が少し狼狽えた。


「だがっ!」


 サイドリウスが言い募ろうとしたところに、キリナートは手のひらを向けて制した。


「まだだよ」


 キリナートの声は低く、怒りがよく現れていた。キリナートの今までと違う鋭い目に、サイドリウスでさえも黙った。


「アリ、その証拠モドキを、ちゃんと考えろと言ったはずだよ。我が校の焼却炉は、魔法火力だ。そんなものは一瞬でなくなる。それなのにそのように残っているということは、証拠らしい物を残したい者だけができることさ。万が一、エマ嬢が犯人なら、そんな証拠があるわけないのさ。馬鹿らしくて、証拠にもならないよ」


 キリナートはナイナイと顔の前で掌を左右させた。


「エマ嬢が教科書を持って走っていただって? エマ嬢は廊下を走るようなはしたないことはしないよ。それに、教科書を持って廊下にいる者なんて、ほぼ全員だろう。生徒全員を犯人だと言った方がまだマシだねぇ」


 キリナートは顎を少し斜めにして、呆れ眼でアリトンを見下す。


「それに、3年生のエマ嬢は西棟2階、2年生のバニラ嬢は東棟の2階だ。どうやって、バニラ嬢の教科書が盗めるのさ」


「そ、それは……」


 アリトンが目を泳がせた。


「目撃情報があったんだろう? もちろん、東棟の2階だよね? まさか、西棟の1階だなんて、お粗末な証言じゃないよね?」


 西棟1階は、教務室や保健室、食堂室など、全学年共同で使うことになっている。

 アリトンが俯いた。


 キリナートはアリトンの返事を期待せず、次に切り替える。


「ティス、シルビア嬢の風魔法がどこで使われたかをちゃんと確認して来いと言ったよね?

俺が学園に確認したら鍛錬場での自主練習だったよ。そんな簡単な確認もできないなんて、アホなのか?」


 アホとまで言われたユーティスは身を乗り出してキリナートを睨んだ。


「それより、お前が風魔法を階段で2度使ったことはわかっている」


「それは! バニーを受け止めるのに2回必要だったからっ!」


「バニラ嬢が風魔法でバランスを崩したと言ったのは、お前じゃないか。それを知っているのは、犯人だけだろう?普通は躓いたとか、滑ったとか考えるものだよ」


 ユーティスは目を左右に動かして落ち着きを無くした。


「そんなにバニラ嬢を抱きたかったのか?何がバニラ嬢のために身を引くだよ。卑怯な手を使って触ろうとする変態なだけだろう」


 ユーティスは顔を赤くして横目になり唇を噛んだ。


「ビリー、なにが選民意識だ。そんなもんは貴族なら誰でも持っているさ。だから領民をひいては国民を、守るための貴族だろうがっ!お前がその意識が低いまま公爵になっていたらと思うと恐ろしいよ。無知ほど悪いものはないな」


 ビリードは顔を歪ませた。泣きそうにも見える顔だった。


 キリナートは改めてサイドリウスを見た。怒りか恐怖か、サイドリウスは肩を震わせていた。

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