6 歪んだ考え
キリナートの答えに3人は憤慨して、体の横で拳を握りしめ戦慄いていた。
アリトンが怒りで声を震わせた。
「キリ、みっ、見損なったぞ! バニーの幸せを望めないなどありえん!
私はバニーを愛するがゆえサイラスに任せることにしたのだ。バニーの幸せのためこれからも二人を支えていくっ!」
アリトンはクワッと目を見開いてキリナートを睨みつけた。キリナートは睨みつけられても動揺はしないが、アリトンの言葉に驚きを隠せなかった。
「え? どうやって?」
キリナートの質問にアリトンは益々顔を赤くした。
「王妃になるバニーを文官として支えるのだ。裁判官は文官でも上位だ。バニーのためにできることはあるだろう!」
これには会場中が呆れた。バニラが王妃になるなど誰も考えていないことだった。
しかし、バニラだけは目を潤ませアリトンの言葉に酔いしれていた。
「アリー! 嬉しいわ」
バニラのその言葉にユーティスが反応する。
「僕だってそうさっ! サイラスさんが一番バニーを幸せにできると思って身を引いた。だけど、バニーの傍で助けていくことはかわらないよっ!」
「は? ティスに何ができるんだ?」
アリトンは裁判官になるつもりらしい。それならもしかしたら、バニラの助けになるかもしれない。まあ、普通はなかなか『裁判官に助けていただく事案』などないと思うが。
だがユーティスは、魔法師団団員になると誰もが思っている。キリナートもそう思っていた。魔法師団団員が個人に何ができるのだろうか?
そんな気持ちを持ったキリナートの質問に、ユーティスは下唇を噛んだ。
「僕は優秀な魔法騎士だよ! バニーのためなら、何だってできるさ! 僕の戦いは王妃バニーに捧げる戦いになる!」
ユーティスはこれからの自分を想像し愉悦に浸っていた。
国民のためでなく一人の女に捧げる戦いだと宣言したことに、これから騎士団団員になる者も魔法師団団員になる者も、呆れた軽侮の気持ちになり顔を歪ませた。そんな女のためだけに戦う者と一緒には戦いたくないと思っていた。
そんな周りの気持ちなど頓着しない甲高い声が響いた。
「ユー君! 素敵だわ」
バニラの言葉にユーティスの愉悦は更に高まった。
「ぼ、僕もです!
公爵家としてバニーを迎え入れ、サイドリウス殿下に嫁ぎやすいようにするつもりですよ!」
これには高位貴族の子女たちがコソコソと話し始める。どう見ても『公爵家の恥』になりそうな女をあの公爵閣下が養女になどするのか? あまりの突拍子もない話に小馬鹿にした笑いも出ている。
「まあ! ビィー! 本当なの?」
「バニー、もちろんだよ。僕たちは永遠の家族になるんだ。バニーが王妃になっても僕たちが姉弟であることは不変だよ」
ビリードが嬉しそうにバニラを見た。ビリードの頭の中は、歪んだ姉弟愛を表現し合う姿でいっぱいだ。もちろん、ビリードはそれを歪んだ姉弟愛の表現だとは思っていない。
3人の鼻息が聞こえてきそうなほど興奮状態である。キリナートは大きくため息をついた。
バニラはサイドリウスに頷いて、少し離れると、アリトンとユーティスとビリードにお礼を言った。その際にも上目遣いでボディータッチ付きだ。キャッキャッとしている舞台上は、どんどん軽蔑されていく会場の視線に全く気が付かない。
もういいだろうとばかりにサイドリウスがバニラの肩に手を戻し、5人がこちらを向き直った。
アリトンたちの言葉に対しキリナートが何も言ってこないことに『キリナートは3人のバニラへの愛に感動している』と5人は思った。
「キリ、今なら何もなかったことにしてやるぞ。こちらへ来い」
サイドリウスは勝ち誇ったようにニタリと笑い、キリナートへ話しかけた。他の4人も似たような顔をキリナートに向けた。
「また、勘違いされたんじゃないのか? プフフ」
バルザリドがキリナートにだけ聞こえるように笑いを堪えながら呟いた。キリナートはバルザリドを睨みつける。
「おっと。ほら、奴らが待ってるぞ」
バルザリドはキリナートのイライラの矛先が自分に向くほんの少し前に躱す。これも阿吽の呼吸のごとき、だ。
「そちらに行くだって??
それはないっ! 気分が悪くなるようなことを言うのはよしてくれ」
『気分が悪くなるようなこと』という言葉に、バニラはショックを受けたフリをしてサイドリウスにしなだれかかり、男4人は口々にキリナートを罵った。
「わからず屋がっ!」「男としてのプライドはないのかっ!」「バニーを泣かせるなんてありえないっ!」「カッコつけているだけですよねっ?!」「自分に嘘をつくなど愚かなっ!」「そんなことで気を引こうとするのかっ!」「バニーに謝ってよっ!」「騎士が裏切るなんて赦されるのですかっ?!」
キリナートはあまりの勘違いのされぶりに目眩がした。
「俺のことは、もういいっ!」
4人の罵りをキリナートがぶち切る。5人に自分が誤解されていることを理解してもらうことは諦めた。まあ、会場のみんなは誤解していないだろうと思われることが、諦めのついた理由である。
諦められたと思っていない4人は、自分たちの気持ちがキリナートに通じないことを悔しそうにキリナートを睨みつける。
「3人は一応、跡取りだよね?バニラ嬢に子供を産んでもらうわけにはいかなそうだけど、家のことはどうするつもりなんだ?」
2人の淑女の眉が少し動いた。メルリナは、眉を大きく下げた。質問の内容を考えると、嫌な話を聞きそうだからだ。
「はぁ?キリ、私には婚約者がいるんだぞ。なんのためにわざわざ婿に行ってやると思っているんだ?」
エマが扇を持っていない方の手をギュッと握った。
「エマが私の子を産むに決まっているだろう?そのための女ではないかっ」
女子生徒の数名が気を失った。その他の女子生徒は嫌悪感と軽蔑で、アリトンから目を逸らせた。アリトンは、エマの拳が見えて、余計に優越感に浸った。
「僕の子はシルビアが産むさ」
シルビアは、わざと扇を外して、ユーティスを睨んだ。ユーティスは、シルビアが悔しそうにしていると勘違いして、片方だけ口角を殊更上げた。そのげびた笑いは男子生徒でさえも、嫌悪感を覚えた。ユーティスは、シルビアがユーティスのことを気持ち悪いと思っているだけであるなど、気がついていない。
「本当は、シルビアとそんなことしたくないけど、こればっかりは仕方ないよね。二人くらい作れば文句ないでしょう?」
ユーティスの言葉に、ビリードが繋げた。
「僕には婚約者はいませんが、バニーのことをわかってくれる方と結婚しますよ。バニーと姉弟になるのですからね。
僕の相手ということは、公爵夫人になるのですから、相手はすぐに見つかります」
会場の女子生徒の数名が、気を失った。数名が自分のことでもないのに泣き出した。
名指しされた二人は、怒りは持ちながらも毅然として立っていた。
これにはさすがのキリナートでも、自分が罵られたことへの怒りより、呆れが勝った。
「お前達、強者だなぁ」
キリナートの嫌味に、3人は本当に褒められていると勘違いして、胸を張っていた。これを褒められていると勘違いできるなんて、どんなお花畑頭なのだ。男子生徒から、嘲笑が漏れる。
キリナートの隣にいるバルザリドは、もう涙に濡れるほど笑っている。それでも、バルザリド本人としては、声は出していないのて、抑えて笑っている方である。
「エマ嬢とシルビア嬢については、ご本人から言いたいだろうから、今は言及しないでおくよ」
エマとシルビアが、妖艶な笑顔を見せてキリナートに軽く会釈した。キリナートの後ろにいて、二人の笑顔をまともに見た男子生徒が、『ブルリッ』と震えた。
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