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第三話 私は知らない



「……っ。」


 先程のは、一体…。


 一体、なんだったのだ。



「テオ、テオドール。起きたかい?」


 上の方から声がした。目を開けると、先程〈私〉の事を呼んでいた男がいた。まずは状況を確認せねばならないだろう。とりあえず、〈私〉の名がテオドールであっているのか判別すべきか。


「テオドールとは私のことか?」


 私は目の前の男に問いかけた。


「ああ。いい名前だろう?先程私が付けた。其方は神からの贈り物かと思いたくなるほど素晴らしい〈派調〉を持ち合わせているからな。その意味を込めて、だ。」


 〈神〉。その言葉を聞いて、私は冷たい風が背後をよぎった気がした。


「それから、私はルトラントという。今は君を〈子供たちの棟〉に案内する役目を担っているので、しばらくよろしく頼む。」


 先程、この男…ルトラントが名付けた?馬鹿な。テオという名は、恐らく〈私〉の記憶であろう物によると、〈私〉の両親が付けた名前だった筈だ。それを、何故ルトラントが名付けたことになる?


 分からぬ。私が過去に読んだ書物の中には、このような事態に関する記述があっただろうか。あるとすると、人が作った物語の中、か。確か、薬学書と間違えて読んだあれは随分と非現実的な物語だったはずだ。それが現実に自分の身に起こるというのは、俄かに信じがたい。


「そんなふうに俯いていないで、ほら、立って。早くしないと面倒なやつが様子を見にくるから。〈子供たちの棟〉に行くよ。」


 ルトラントが私を急かす。私は渋々立ち上がり、ルトラントについていこうとした。


 ガクリ。


 そんな音が聞こえそうになるほど、私の脚は立ち上がった状態から膝をついた。見れば、あまりにも細くて弱々しい手足しか持ち合わせていないようだった。〈私〉は一体どれだけ非力なのだ。つい、私と比べてしまう。そもそもの作りが違う故に仕方がないというのに。


「ごめん。筋力が充分にないことを考慮できてなかったよ。とりあえず私が運ぶから、君は安心しなさい。回復室に行けばすぐ治って歩けるようになるよ。」


「……ああ。」


 つい気の抜けた返事をしてしまうほど、この時の私は呆けていたようだった。


「よいしょっと。」


 ルトラントは私を軽々と持ち上げ、不思議そうな目を向けた。


「軽い………。」


 失礼な奴だ。そういったことは思っても口に出すべきではなかろうに。そう思っても、事実である故私には反論の仕様がないのであった。


 



 そのまま私はルトラントに運ばれ、〈白の塔〉と思わしき場所を後にした。外から見ると、その名の通り白い塔で、土埃などもなく、まっさらな白い壁が宙へと伸びていた。


 外の景色も、私にとっては物珍しかった。少し黒ずんだ茶色の湿った土。そこに生えている夏盛りの深緑色をした草。青々とした葉を茂らせる木。いわゆる〈青〉に白を混ぜて薄め、黒で色を調節して透明感を出した空。私はこの時、初めて「空色」というものを感覚として捉えたのだと思う。知識としては知っていても、その違いはあまりにも大きかった。


 だが、何かが違った。



「驚いたかい?」


 ルトラントは私をそっと地面に下ろし、何かを思い出すように空を眺めた。


「白の塔から始めて出た子はみんなそう反応するんだ。外は綺麗、そう感動して、でも、最後に引っかかる。自然は美しい。でも、これじゃないってね。」


 彼はふ、と息を吐き、軽く微笑んだ。


「この自然は、みんな作り物だからね。君たちはもう覚えていないだろうけど、本当の自然は外にあるんだ。今はもう、壊されてしまったけどね。

 ああ、ここも外だよ。でも、違うんだよ、やっぱり。何かが違う。だったら、外に本当の自然を作ればいいんだろう。だけど、自然は自ら生まれるからこそ自然であって、私たちがた作れるものではないからね。」



 ーーーーーーーーーーー



 脈絡の無い話。ルトラントがしたのは、まさにそれだった。彼が何を言いたいのかは分からない。が、ずっと、何か一つを見つめていた。


 しばらくの間、ルトラントは目を閉じ、考え込んでいた。その姿は黙祷を捧げるようにも見え、テオはしばし押し黙った。


「ごめん。変な話をしたね。さっきのことは忘れようか。君に今すぐ必要なのは回復室に行くことだったな。」


 己の中で何かを割り切ろうとして、ルトラントは作り笑顔を浮かべ、テオを抱え上げた。とはいえ、それは葛藤が収まっていないことが見てわかるような、未熟な笑顔だった。




 ルトラントはそのまま木々が生い茂った間にある小さな小路を抜け、白い棟の前の開けた芝生を横切り、裏口と思われる、小さな扉を開けて中に入った。その建物も、〈白の塔〉と同じく、綺麗な白壁が切り立っていた。


「ここからは、これを着けて。慣れてないと光が危ないから、この建物から出るまで目隠しは外さないでね。」


 そう言って、ルトラントは黒い目隠しをテオに渡した。




 とある部屋にたどり着いたルトラントは、テオを試験台になっているベッドの上に乗せ、その上から半球状の透明な蓋を被せた。ルトラントが何やら器具を操作すると、テオは自分の体が少し軽くなったように感じた。


 そして、彼はまた先程と同じように、テオを抱え上げて建物の外に出た。


「もう目隠しを外してもいいよ。」


 テオにそう言い、ルトラントは詰めていた息を吐いた。そして、テオに渡された目隠しを受け取り、それを着ていた上着のポケットに突っ込んだ。


「どう?少しは体が軽くなったように感じたかな?完全には無理だけど、これで体力が少しは戻ったはずだよ。」


 テオはその場で足踏みをした。歩き出そうとしても、先程あったような、崩れ落ちるような感覚はなくなり、スムーズに歩くことができそうだった。


「大丈夫そうだね。じゃあ〈子供たちの棟〉に向かおうか。君は賢そうだし、〈学びの棟〉でも良い成績が残せそうだ。」


 まるで何かを憐れむように、ルトラントは声を吐いた。




 ルトラントは何を憐れんだのか。それはまだ、知らなくても良い話である。





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