陽気なクラクション
突飛な発明で有名なクラマ博士の下へ男性が訪ねて来た。相談したいことがあるのだという。博士は、よく「こんな物を発明して欲しい」という依頼の相談を受けるのだが、そういう依頼はかなりの確率で「博士が思う突飛、以上の突飛な発想」であり、大概引き受けられない。ただ、話を聞く分にはおもしろいので、相談に来た人を話を聞かず、むげに追い返したりはしない。
今日来たのは、中年のサラリーマン風。髪型も短めの横ワケという、なんとなく古風な営業マンを思わせる中肉中背の男だった
博士は男を研究所の応接室に通して話を聞いた。
「今日は、どのような相談でお見えになったのですか?」
軽い調子で聞くと、相手の男はとても不安げな顔で話し始めた。
「私は毎日、家と会社を車通勤で往復するのですが、帰りが大体夜の10時頃になるのです」
「ふむふむ」
博士は話を聞きながらコーヒーを入れて男にも勧めた。
「……ああ、ありがとうございます。……それでその通勤でのことなんですが、最近、帰りに変な車に後を付けられるんです……」
男は、ソファに座って伏し目がちに話していたのだが、「変な車に~」のところから顔を上げて博士に「どうかお願いします」と言った目つきで話した。
「後を付けられるんですか」
「ええ、それだけじゃ無いんです。私の車の真後ろにピッタリくっついて来て、ずっとそうやって走るのです。私が途中で車を停めて相手を先に行かせようとすると、相手も後ろで止まって、また私が動き出すのを待っているのです」
男は、そこまで話すと本当に涙を流して博士に訴えた。
「そう言う状態になる、何か切っ掛けがあったのですか?以前にトラブルがあったとか、因縁のような」
博士はコーヒーを飲みながら落ち着いて話を聞いていた。相手の男にしてみれば、博士にも悲しげな態度で同情を示してもらいたかったかも知れないが、博士は「人生相談」をやっているわけでは無く科学者であるから、「常に冷静沈着」が身についている。
「実は以前に、その車と信号で行き会って、そのときは私の車が後ろに止まっていたのですが、信号が青に変わっても前に居る相手の車が動かないので、一度クラクションを鳴らしたのです」
男はそこから、博士の顔から目を離し、テーブルのコーヒーに目を落とした。
「そう言う場面でクラクションを鳴らされて立腹して、根に持たれてしまった……そういうことですか」
「ええ。しかもその時に、ちょっとクラクションを鳴らす力加減を誤りまして、ものすごく大きな音で鳴らしてしまったんです。それが相手はすごく気に入らなかったらしくて……」
博士は座ったまま少し身を乗り出して、
「その相手に、そういうことを直接話して聞いたのですか?」
「いえ……多分そうだとしか言えないのですが。とにかくそれ以来、私が帰宅する時間に、その辺りで待ち受けていて。私のあとに付いて、ずっと走って来るのです……前に回って車を停められたりしたことは無いのですが、そのうちに何かあるんじゃないかと不安で……」
「警察に相談してみては?」
「それがどうも。いまのところは「ただ後ろを走っているだけ」なので、多少車間距離が近いとかそう言うだけだと、取り締まるのは難しいと言うことでして……ちゃんと税金も払っているのに、こういう時に何もしてもらえないというのは切ないです」
「まあ。人間、身の回りのことはまず自分で対処するのが前提ですからね。税金を払えば国が手足のように動くわけではありませんからナァ」
「はぁ。そうなんでしょうね」
男は自分が期待したような答えが聞けかなかったせいか、更に下を向いてしまった。博士は、
「で、私にはその相手の車を避けるとか、遠ざけるとかできる、何かいい物は無いか?と言うことを相談に見えたのですね?」
「はい。なんとかなりませんか?」
博士は少し考えていたが、
「やってみましょう。物が完成したら連絡を差し上げますので」
「ありがとうございます。で、費用の方は……?」
男は博士が引き受けるというと明るい顔になり、費用の話をするときにはまた少し暗い表情になった。
「費用は頂きません。私は私の興味が赴くままの発明しかしませんから。その代わり、あなたが完成品に不満だったとしても、責任は負いません。よろしいですかな?」
「はい。それで結構です。では、お待ちしています」
それから程なくして、マグレ博士の発明品は完成した。連絡を受けた依頼者の男は飛んでやって来た。
「待っていたんだんです。毎日、車で私の帰りを待ち受けている男は、最近やることが目立つようになって来て、後ろを走るだけじゃ無く、二車線の道路で併走したりしてくるんです。その時、私のほうを見てニヤッと笑ったりして……怖くて堪りません」
男は博士に身震いして見せ、博士はその姿に哀れみを感じながら、
「私が開発したこれを使ってみてください。クラクションで始まったことはクラクションで解決しましょう……早速ですが、あなたの車にこれを取り付けさせてもらいますよ」
「クラクションですか?はい。よろしくお願いします」
「使い方は簡単です。運転席にスイッチを付けておきますから、相手が現れたら一度スイッチを押してこのクラクションを鳴らしてください。もし相手が現れたら、そのつど、一度鳴らしてください。それだけです」
「ずいぶん簡単ですね。分かりました、やってみます」
翌日、男は会社の帰り道にやはり例の車に追いかけられ始めた。
「ああ、今日も来た……だけど、今日はこれがあるぞ!」
男は、自分の後ろにピッタリくっついて来る相手の車のドライバーの顔をバックミラーでチラリと見ながら博士に付けてもらったクラクションを鳴らした。
『ピョンピロピロリロリン~』
なんとも不思議な、ちょっと拍子抜けしてしまうような間の抜けたような音がした。
「うわ。こんな音がする物だったのか……効果があるのかな?」
男は後ろを付いてくる車の動向を注視していたが、なんと次の交差点で後の車が彼の車と違う方向へ曲がって居なくなったのだ。
「わぁ。やったぞ。アイツ、居なくなった!」
彼はとても喜び、そして安心した。
その翌日も、次の日も、相手の車は彼のことを待ち受けていたが、彼が博士のクラクションを
『ピョンピロピロリロリン~』
と、一つ鳴らせば、しばらくするとどこへともなく道を変えて去って行くようになった。
男はまた博士の研究所を訪ねて礼を言った。
「このクラクションは、「ピョンピロピロリロリン~」と、なんともちょっと気の抜けたような音がしますね。でも、不思議とこれを鳴らすと例の車の相手が、それを止めてすぅ~っと走り去ってくれるんです。博士には感謝しますよ」
「そうでしょう、そうでしょう。
夏場の蒸し暑い時期に聞く車のクラクションの音は腹立たしかったり、うんざりした気分にさせられます。
都心のこの辺りでは、道を行けばクラクションの音を頻繁に耳にするでしょう
大きな音の時もあるし、小さな音の時もある。二回鳴らしたり、やたらと連続して鳴らし続けていたり。そういうのは、自分がクラクションの対象では無いことを祈りたくなる。
考えて見れば、クラクションには鳴らす側の意思が籠もっている。腕を振り上げて怒りを表す様な時もあれば、ちょっと声を掛けるだけの様な時もあるし、しつこく何度も指先で相手の胸を突くような攻撃的な時も。車の窓を開けて口で言う代わりにクラクションを鳴らしているのです。だから、たまにはクラクションを鳴らした上に窓を開けて口でも一くさり何か言っていくドライバーもいる。そうかと思うと、あなたのように「そんなつもりは無かったけれど、力加減を誤って大きなクラクション音を鳴らして「失敗した」なんて思う人も居る。
ですから、私が開発した、このクラクションの音色は、穏やかで一見間の抜けたような音で、いつも一定で、さらに音の中に相手の心を静める効果が織り込まれているのですよ。この音を聞いた人は、数分の間だけ落ち着いた冷静な気持ちになるのです」
博士は得意げにそう言った。すると男は、端と気がついたように膝を叩いて、
「そうか。先生。これを持ち歩けたり、家の中で使えるようにしてもらえませんか。夫婦げんかを治めるのに、最適だと気づきました!」
「なるほど。夫婦げんかか!」
博士は、久しぶりに、儲けが出そうな発明をしたのをとても嬉しそうに笑った。
タイトル「陽気なクラクション」




