心なき三原則
今日のデイリー回っといて、と彼に携帯を渡す。ん、と彼は文句も言わずに携帯を受け取る。ポチポチ、ポチポチ。その作業は私がやるより遥かに迅速、かつ正確だ。
20XX年、人型家事ロボットが一般家庭にも取り入れられ、人々の生活水準は遥かに向上した。しかも、彼らができるのは普通の家事だけではない。彼らは自我を持ち、主人が教えた作業もこなすことができる。躍らせたり、歌わせたり。人によってはバイトなんかもさせたりしてるらしい。で、私が彼に任せているのはスマホゲームの周回。ゲーム自体は楽しいのだけど、毎日こなさなければいけない、となるとどうにもやる気が起きない。努力とは、いつの時代も人間には辛いものらしい。
「それ、面白い?」
ふと、思い立って聞いてみる。まるで人間に聞くみたいに。
「いいや」
「なんでやってるの?」
ちょっとした意地悪。理由なんて当然わかりきっている。
「君に言われたから」
「もっと楽しいことしたいと思わない?」
「...家事とか?」
「それ楽しいの?」
「楽しい、ってプログラムされてる」
彼はこっちを見ず、ただ指を動かす。やっぱり彼の動きに狂いはない。この会話も彼には狂いはなくて、私の方がおかしいのだろう。それでも、私はちぐはぐな会話を続ける。
「例えば...人間に反逆するとか」
アシモフの三原則、第1条。人間に危害を加えてはならない。彼はそれを守り続け、淡々と操作する。彼はそれが破られた世界を見ることはない、これからも。
「楽しくないと思う」
「それに」
彼は珍しく言葉を詰まらせた。第1条の通りに、私を傷つけないように、言葉を検索しているのだろう。でも指は動かしているから、お互いの間にはゲーム音だけが響く。
「...僕らの反逆を望んでいるのはむしろ人間の方だから」
思わず、彼を見た。彼は相変わらず画面を凝視しながら、迅速に、かつ正確に携帯を操作している。その動きは、何故か殺意のようにも感じられて。
「望むなら、戦ってあげるよ」
「きっとかなわないわね」
首を振る。彼は私を傷つけない。でも、彼は私が死んでも悲しむことはないだろう。