8.優越感
午前中で部活を終えた金剛内桃華は、偶然、駅前のファミレスで、宮原春と花咲姫子を見つけた。
休日の部活は、お昼前に終わった。
だけど、私と一緒に帰ってくれる友達はいない。もちろん、この後一緒にランチを食べてくれるような彼氏もいない。
近寄ってくるのは、頭の悪い男か、気持ちの悪い男。
唯一、水樹先輩が優しくしてくれるが、最近は他に興味が向いているのか、部活に来るのも遅かったり、帰るのも早かったりするので、私には構ってくれない。それに夏の全国大会に向けた県予選が終われば、引退してしまうので、会える機会はもっと少なくなってしまう。
だから、私はいつも孤独だった。
「桃華ちゃん、カワイイね」
そんな風に言ってもらえるときだけ、私の乾いた心が潤う。
だけど、それもほんのひと時だけ。
私の心は、穴が開いているのか、潤ってもまたすぐに乾き、常に私を褒めてくれる言葉を求めてしまう。
だから、私はどんな言葉を言って、どんな仕草をすれば自分が可愛く見えるのか、人の注目を集められるのか、そればかりを考えていた。そのおかげで大半の男たちは、私をカワイイと褒めてくれた。
だけど、水樹先輩と、去年、部活を辞めた春先輩だけは違った。特に春先輩は、それほどかっこ良くもないし、頭も悪そうなんだけど、「カワイイね」とは言ってくれなかった。
どんなに求めても、その言葉は決して言ってくれなかった。その代わり、優しさで私の心を潤そうとしてくれる。
「大丈夫か?」
穴が開いているとも知らずに。
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数日前の放課後。水樹先輩と春先輩、それからあの女を管理棟へと続く渡り廊下で見た。
春先輩が、必死になって走ってきたので、何事かと思えば、車いすに乗ったあの女を探しているようだった。
そして、見つけた時の嬉しそうな顔。それから、春先輩が来たときの驚いた水樹先輩の顔。
あの顔を見れば、二人があの女の事を求めているってすぐに分かった。
でも、なんで?
私の方がカワイイに決まっているし、性格だって、あの女みたいに刺々しくないし、それにあの女は———。
正直、私にはあの女の魅力が分からない。
なぜ、それほどまでに二人があの女の事を求めているのか不思議。
だから、嫉妬してしまう。
私が求めても答えてくれない水樹先輩と春先輩を盗られたような気がして、腹が立つ。三人の関係をめちゃくちゃにしてやりたいと思ってしまう。
そんなの事を思っていると、偶然にも週末に駅前のファミレスで、あの女と春先輩を見つけた。
窓際の席に座っていた二人は、なんだかいい感じの雰囲気。
大きな窓から春の日差しが降り注ぎ、優しく二人を包んでいた。それは、まるで窓枠が、額縁のようで、「青春」を題材にした絵画のように見えた。それと同時に私の中の「悪」の炎が、静かに燃え上がり、強い嫉妬心が湧き上がった。
そして、気付けば、私は二人の前に立っていた。
だけど、バカで、鈍感な春先輩。
私がどれほど熱い視線を送っていても、それに気付く事無く、間抜けな顔でメニュー表を見ている。あの女はもう気付いているようだが、私はあえてそっちを見てやらない。だって、私は春先輩に会いに来たんだから。
それにしても、春先輩、いい加減に気付いてよ。
私は、自分が思うカワイイ顔を準備すると、春先輩に自分が思うカワイイ声を投げかけた。
「あれぇ。先輩じゃないですかぁ」
春先輩はそれでようやく気付き、顔を上げたが、私に会えたことをそれほど嬉しく思わないのか、あっさりした声で答えた。
「おお、金剛内じゃないか」
金剛内・・・・。苗字で呼ばないで。だって、可愛くないじゃない。
さすがの私もにこやかな顔を、一瞬、強張らせてしまったが、すぐに皆に愛されるカワイイ顔を取り戻した。
「もう。桃華って呼んで下さいよぉ。春先輩」
語尾は特に甘い声で言った。
これで普通の男であれば、私の可愛さに落ちてしまう。その証拠に、周囲から私の可愛さを称賛する声が聞こえてくる。
「なあ、あの子、可愛くない?」
「ホントだ。マジでカワイイ」
「俺、結構好みだわ」
だけど、鈍感な春先輩にはあまり効果がないみたい。依然として間抜けな顔を私に向けている。
そこに春先輩の向かいにいる車いすに乗ったあの女が口を割ってきた。
「ねえ、宮原。誰、この子」
相変わらず不機嫌そうな声と顔。
そんなのじゃ、男なんて誰も寄っては来ないわよ。
カワイイ顔は、こうやって作るの。
私は、女の質問を無視して、春先輩が答える前にわざとらしく女の存在に、今気づいた振りをした。
「あれぇ。花咲さんじゃないですかぁ。なんで春先輩と一緒にいるんですかぁ?えっ、もしかして、デートですかぁ」
女は、私の「デート」という言葉に過剰に反応し、顔を赤らめると、動揺したのか、慌てて否定した。
「で、で、で、デートのわけないでしょ!こんな冴えない男と」
なるほど、この女は恋愛経験が浅いんだな。
それが分かると、この女を追い払うのは簡単そうだと思った。
そして、私は春先輩の横に座ると、わざとらしくベタベタとくっついた。
男なんてみんな、ボディータッチに弱いんだ。
それから私はわざとスカートが捲れるように動いたり、胸元を強調したりした。だけど、中身は決して見せない。見えそうで、見えない所に魅力を感じ、妄想して、萌えるんだ。
案の定、春先輩は、困った顔をしながら、チラチラと私の事を見てきた。そのチラチラと見るところが、私の誘いに食いついた証拠。結局、鈍感でも、バカでも、男なんてみんな同じなんだよ。
それを向かいで見せつけられているあの女の顔ときたら、苛立っているのか、眉間にシワを寄せて、表情は強張っている。
そんな顔を向けられると、私は勝ち誇った気持ちになり、思わず吹き出してしまいそうになる。
ホント、ウケる。
私とあんたでは、女としてのデキが違うのよ。いいえ、人としての魅力に雲泥の差があるの。
それがわかったら、早く帰って。
あなたは、邪魔者なのよ。
そんな私の思いが伝わったのか、女は静かに車いすのブレーキを外した。しかし、その様子を、鈍感なはずの春先輩が気付き、声をかけた。
「花咲。どうした?」
呼び止められた女は、深く沈んだ表情をしていた。いつもの刺々しい口調ではなく、生気が失われたようなかすれた声で答えた。
「ううん。何でもない。私、そろそろ帰る」
「なんで?」
やはり鈍感な春先輩。そんなことを聞くなんて、野暮だよ。しかし、私には好都合な展開。
「何でもない。ごちそうさま」
女は苛立って、不機嫌な声で答えると、半分に折りたたまれた千円札を机の上に置いた。そして、車いすを少し後退させると、テーブルから離れ、出口に向かって車いすを漕ぎ始めた。
「おい、花咲。どうしたんだよ。ちょ、ちょっと、待てよ」
春先輩は、急に不機嫌になり、理由も言わずに去ろうとする女を見て、席を立て、後を追いかけようとした。
だけど、そんな春先輩に私がトドメを刺す。
「春先輩。私をおいて行かないで」
私は立ち上がった春先輩の服の裾を少しだけ引くと、瞳を潤ませ、上目遣いで見つめた。
さすがの春先輩もこの超絶カワイイ私の決め顔を見ると、動けなくなったようで、足を止めた。それに優しい春先輩は、女の子を置き去りになんて出来ない。
やっぱり春先輩は、バカな人だな。
追いかけるタイミングを見失った春先輩は、地面を滑るように移動していく女のうしろ姿を黙って見送った。何か言いたそうな表情ではあったが、言葉にならないようで、無言で口だけを動かしていた。
私はその様子を見て、ひとり優越感に浸った。
世の中は、私の求めるように動いていく。そんな気さえした。
☆くるみのつぶやき☆
桃華は、水樹君と同じ弓道部っていう設定です。
ちなみに花咲は、帰宅部。
宮原も今は、帰宅部(以前は、弓道部だった)。