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120センチの彼女  作者: 翼 くるみ
Ⅰ.手紙
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7.普通の人

宮原春の提案で、そのままファミレスで食事をすることになった花咲姫子。

穏やかな二人の時間が流れるのだが、そこにとある人物がやってきた。

 私はモッツアレラチーズと生ハムのサラダに加え、はるのいちごパンケーキを注文した。宮原には「偏食だなー」と、言われたが、彼もチーズハンバーグとカットステーキとミートドリアと、聞いただけで胸やけがしそうなメニューばかりを頼んでいた。


 今日のファミレスは週末という事もあって混んでいた。

 

 私は人の多い所が苦手だ。


 特にこういう若者や家族連れが集まるような所では、人の視線が気になって仕方がない。そして、時々、聞こえる「可哀そう」とか「気の毒ね」などと言った言葉を受けると、私は自分が可哀そうで、何もできない奴なんだと思えてくる。そうすると、自分は普通の人じゃないんだという、疎外感や孤独感が強くなってしまう。


 だけど、宮原といると、なぜか人の視線を感じない。

 私に同情する言葉や哀れむ言葉も聞こえない。


 それは、私が彼に夢中になっているからではない。実際に視線も言葉も私に向けられていないからだ。

 代わりに聞こえてくる言葉は、「あの人怖くね」「目つきやばいよ」といった言葉で、それらは、私の向かいに座っている切れ目で、強面の宮原に向けられていた。


 だけど、当人の宮原は、それらの視線や言葉を受けても動じることなく、「これ、うめぇ」とか「ちょっと、そのいちご分けてくれよ」などと、間抜けな事を言ってくる。

 

 宮原だって、遠慮なく送られる視線や言葉に気付いているはずだ。なのに、なぜ、そんなに自然体でいられるのだろう。


 きっと、彼が鈍感で、バカな人だからだな。

 だけど、私はそんな彼を羨ましく思ってしまう。



*・∵・∴・∵・*・∴・∵・*・∵・∵・*・∴・∵・



「以上で、注文はお揃いでしょうか?」


 私が半分ほど食べ終えたとき、宮原の注文したミートドリアが最後に運ばれてきた。


「あ、は、はい」


 宮原はちょっとだけ、照れた様子で答えた。

 なぜだろうと思い、伝票を筒に入れている店員さんを見てみた。


 艶々とした黒髪の女の子で、年は私たちと同じくらいだ。きっと高校生だろう。

 顔は小さくて、目は大きい。口元は可憐で、鼻はすっと筋が通っている。身長も高く、体つきは一見華奢に見えるが、タイトな制服から浮かび上がるボディラインは、メリハリがあって魅力的だ。

 可愛いというより、綺麗な人だった。


「ふぅん」


 なるほど。宮原はこういう綺麗な人が好きなんだ。背が低くて、不健康そうな私とはまるで違う。そう思うと少しだけ———いや、結構腹が立った。


 私が冷ややかな視線を送っていると、宮原はそれに気付き、慌てて私に視線を向けた。


「あ、いや、別に店員を見ていた訳じゃねぇからな」


 慌てて取り繕う宮原の目は泳いでいて、自らで見ていました、と言っているようなものだった。


「私、まだ何も言っていないんだけど」

「あ・・・・・」


 宮原の顔から血の気が引いた。


 だけど、今はそれを怒る気にはならなかった。


 さっきの手紙の一件で、私は気分が良かった。

 なんとなくだけど、私の想いが彼に伝わったような気がしたからだ。


 あれだけ想いを知られるのが怖いと思っていたのに、実際に伝わり、共感し合えると、張り詰めていた緊張の糸が緩んだような気がして、気持ちが楽になった。

 

 もちろん、すべての想いが彼に伝わってしまうのは、まだ怖い。だけど、「ありがとう」といった感謝して、相手を思いやる気持ちが伝わるのは、悪くないと思った。


「別にいいけど」


 だから私は、宮原を怒る事なく、顔を背けると、見えないように小さく笑った。


 一方、おとがめなしの宮原は不思議な顔をしていた。怒られないのも調子が狂うようだ。だけど、しばらく経って、「まあ、いいか」と開き直り、食事を再開した。


 それから私たちは他愛もない会話を続けた。「ここのパンケーキは美味しい」とか、「ミートドリアはオススメ商品のくせにいまいちだ」とか、「水樹君は実は伊達メガネだった」とか、「車いすのキャスターをラメ入りのものに変えた」とか、そういうどうでもいい話。

 

 だけど、楽しかった。いつもは冴えない宮原のジョークも今日は少し面白いと思ってしまった。


 そういえば、こんなに宮原と話をしたのは、いつぶりだろう。


 私は、彼と初めて出会ったときの事を思い出した。

 宮原はもう忘れたかもしれないけど、入学してから間もないあの日、彼が言ってくれた言葉のおかげで、私はこうやって高校生活を続けられているのだ。


 その言葉を宮原は意識的に言ったのではないだろう。それはきっと彼が誰にでも優しくて、いつでも自然体でいられるから、その言葉が出たのだと思うし、私の心にも響いたと思う。


 ホント、ありがとうね。


 私は心の中でそう呟き、大きな窓から差し込む、はるの優しい光に包まれた。


 あったかい。


 人を想うって、こんなにも胸が、心が、あったかくなるんだ。私はそれを初めて知った。



*・∵・∴・∵・*・∴・∵・*・∵・∵・*・∴・∵・



 私がそんな穏やかな想いに慕っていると、いつの間にかテーブルの前に誰かが立っていた。私はその人物の存在に気付き、顔を上げた。


 初めは店員さんかと思ったが、服装が違う。その人物が着ている服は、今まさに休日にも関わらず、私が着てきた制服と同じだった。


 だけど、よく見ると、首元のスカーフの色が違う。私のスカーフは、紺地に紫のチェック模様が入っているが、彼女が身につけているものは、紺地に赤いチェック模様だ。


 二年生。


 私たちの通う高校は、女子はスカーフ、男子はネクタイの色が、学年ごとに違う。ちなみに今の一年生は紺地に緑のチェック模様になっており、私たちが卒業して、来春に入学してくる新入生は、紫のチェック模様になる。私個人としては、赤のチェック模様が可愛いし、好みなんだけどな。


 それにしても、二年生の女の子が、なんで私たちのテーブルの前に立っているのだろうか。

 私はもう少し視線を上げ、その子の顔を見てみた。


 さっきの綺麗な店員さんのように、顔は小さく、目は大きい。髪はサラサラの黒髪で、ツインテール。頬は薄っすらと赤く、ぷっくりとした唇は血色が良い。口角も少しだけ上がっていて、笑顔が顔に張り付いているかのようだ。背丈はそれほど高くはないが、かといって低いわけでもない。体つきは繊細な感じがして、短いスカートから伸びる色白の脚は、色気こそそれほど感じられないが、弾力に富んでいて若々しい。


 そして、その二年生の女の子は、まるで私の存在に気付いていないかのように、宮原だけに視線を送っていた。

 だが、鈍感な宮原は、その視線に気付く事無く、メニュー表と睨めっこをしながら、何のデザートを食べようか悩んでいる。

 

 あまりにも宮原が気付かないので、痺れを切らした女の子は、子犬のような愛くるしい表情を作ると、甘ったるい声を発した。


「あれぇ。先輩じゃないですかぁ」


 語尾が無為に引き延ばされ、甘ったるさを通り越し、もはやくどい。

 そして、そんな白々しい言葉でようやく女の子の存在に気付いた宮原は、メニュー表から視線を外し、顔を上げた。


「おお、金剛内こんごううちじゃないか」


 女の子は、その名前を聞いて一瞬、凍り付いたかのように顔を強張らせたが、すぐに愛くるしい顔を取り戻すと、言葉を返した。


「もう。桃華ももかって呼んで下さいよぉ。しゅん先輩」


 なんだ、コイツ。

 桃華と名乗る女の子は、まだ二言くらいしか話していないが、すぐに私の苦手なタイプだと感じた。

 

 そんなとき、通りすがりの他校の男子生徒達の会話が聞こえてきた。


「なあ、あの子、可愛くない?」

「ホントだ。マジでカワイイ」

「俺、結構好みだわ」


 そうか。世間では、ああいう女子をカワイイと言うのか。

 だけど、私はなんか気に食わない。

 だから、私はいつもの刺々しい口調で、宮原に尋ねた。


「ねえ、宮原。誰、この子」


 しかし、宮原が返事をする前に、カワイイらしい桃華が先に口を開いた。


「あれぇ。花咲さんじゃないですかぁ。なんで春先輩と一緒にいるんですかぁ?えっ、もしかして、デートですかぁ」


 桃華は恥ずかしさを隠すかのように、大げさに口元に両手を当てた。

 しかし、どんな仕草がカワイイと思われるのか分かっている彼女に、今更恥ずかしさなんてないだろう。それに初めから私の存在に気付いていたくせに、全く白々しい。

 それでも「デート」という言葉に耐性のない私には、なかなかに攻撃力の高い発言だった。


「で、で、で、デートのわけないでしょ!こんな冴えない男と」


 動揺した私は、必要以上に宮原をけなす言葉を言ってしまった。だけど、今はそれに気付く事ができないくらいに、私の心には余裕がなかった。


 デートという言葉に動揺したのと、高校生の男女が一緒にいると、周りからはそういう風に見られてしまうという事に気付いたからだ。それに加え、このブリブリ娘の桃華が、宮原とやけに親しげなところが気になって仕方がない。

 

 一体、どういう関係なの。

 

 そのとき、ようやく宮原が口を開いた。


「冴えない男とはちょっと心外だな。まぁ、それは置いといて、こんごう・・・・桃華は部活の元後輩だ」

「部活?」

「ああ。二年の途中まで、俺、弓道部に入っていたんだよ。水樹と一緒にな。まあ、俺の方は辞めちまったけど」


 そういえば、そうだったかもしれない。何で辞めたのか理由は聞いていないけど、過去にそういう話をしたことがあった気がする。

 それにしても、先輩、後輩の仲にしては、桃華の態度が気に障る。


 私が訝しげな表情で、二人を見ていると、桃華はスカートをヒラヒラと危うく揺れ動かしながら、宮原の横の椅子に滑り込むように座った。そして、私にも人懐っこい笑顔を振りまいた。しかし、どことなく挑発的な印象も受ける。


「そういうことなんですぅ。てゆうか、デートじゃないんなら、私も一緒していいですかぁ?」


 いいわけないだろ。

 と、言えるはずもなく、私は引きつった笑顔で応じた。


「でも、私たちもう帰るところよ」


 その言葉を受け、鈍感で、バカ正直の宮原が余計な事を付け加えた。


「俺、デザート食べようと思ってたんだけど」


 それを聞いた桃華は一瞬、ニヤリと私に笑みを向けると、次の瞬間には、相変わらずの人懐っこい笑顔を宮原に向けていた。


「そうなんですかぁ。私もデザート食べたいですぅ」


 桃華はそう言って、宮原の腕をつかむと、それほど豊かではない胸に押し当てた。それでも女性特有の柔らかな感触は伝わったのだろう。宮原は頬を赤らめながら答えた。


「ちょ、何するんだよ。桃華も好きなの頼めばいいだろ」

「いいんですかぁ。春先輩。ありがとうございますぅ」


 桃華は、甘ったるい声でわざとらしく喜び、自分の要求が認められると、すっと宮原の腕を離した。それでも、二人の距離は近く、私を苛立たせるには十分だった。


 それから、桃華が大げさに動く度、短いスカートが捲れ上がりそうになったり、緩く止められたスカーフとわざとらしく開けられた胸元から白肌がチラリと見えたり、桃華はあたかも周囲の目を自分に集めようとしているようだった。

 そんな誘いに、宮原はまんまと乗せられているのか、困った顔をしながらも、チラチラと桃華の事を見ていた。

 

 私は、だんだんとイライラが募ってきたので、二人を見ないようにするために、視線を落とした。すると、今度は、私の視界に自分の脚が映った。


 スカートは、移乗の時や車いすを漕いでいる時に、捲れ上がらないように膝にかかるくらいまで長めに伸ばされている。そこから伸びる私の意思に応じない麻痺した両脚は、骨と皮だけになっていて、不健康に白い。私の向かいにいるブリブリ娘の弾力に富んだ健康的な脚とはまるで違う。


 そう思うと、自分はいかに醜い存在なのかが、思い知らされたような気がして、強い劣等感を抱いてしまった。


 やっぱり、私は普通の人じゃないんだ。


☆くるみのつぶやき☆


 桃華みたいな子、時々、いますよね?

 だけど、彼女にも彼女なりの思いがあるのです。きっと・・・・たぶん。

 

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