5.コイツのせい
宮原春が、手紙を書くのを手伝ってやると、言ったので、共に図書館に来た花咲姫子。
しかし、彼のせいで、彼女は色々と思い出し、思わず声を荒げてしまうのだった。
花咲姫子は、そんな自分を責めてしまう。
なんでこんな事になったのだろうか。
私の目の前には、机を挟んで宮原が座っている。その眉間にはシワが寄っており、いつもと違って、真剣な表情をしていた。時折、「うーん」とか「むむむ」とか、妙な声を発しているが、良案が浮かばないのか、頭を抱えた。
「ダメだ。思い浮かばねぇ」
重たい溜息と共に、ようやく発せられた言葉はそれだった。
私も一応考えている振りをして、頬杖をつきながら、クルリとペンを回した。
思い起こせば、数日前のあの放課後の出来事が発端だ。
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水樹君が部活に行くと言い、その背中を見送った後、ミルクティーの缶を投げつけた私に宮原は、何かをひらめいたかのように、目を輝かせながら言った。
「手伝ってやるよ」
「何を?」
宮原の意味不明な発言に、投げつけた缶の当たり所が悪くて、彼の頭が変になってしまったのではないかと少し心配したが、元々、彼の思考はおかしかった。
「書くの。水樹にラブレター書くんだろ?」
なんだ。それのことか。てゆうか、あれはラブレターじゃない。ただの手紙だ。
「ラブレターじゃないし!」
私が、慌てて反論すると、宮原は急に真面目な顔になった。
「じゃあ、恋文?」
「一緒だ。バカ!」
宮原の発言は、わざと言っているのか、真面目に言っているのか分からない。
やっぱり頭が変になってしまったんじゃないかって思ってしまう。だけど、天然ボケをかます所は、いかにも鈍感な宮原らしくて、私は思わず笑ってしまった。
「・・・ふふ」
しかし、普段は鈍感な宮原は、余計なことには気付くらしく、身体を屈めて、小さく笑った私の顔を覗き込んできた。
「何、笑ってんの?」
不意に近づけられた宮原の顔がすぐ傍にあり、温かな息遣いが感じられた。そして、その至近距離で見る彼の切れ目は、その奥で若々しく、素直な瞳が輝いており、とても綺麗だった。
「・・・・綺麗」
思わず、言葉が漏れた。
しかし、そういう大事な言葉は宮原には聞こえないらしい。
「えっ?何?」
宮原はそう言い、更に顔を寄せてきた。
そのときようやく、私の中に恥ずかしさが込み上げてきて、赤くなった自分の顔を見られまいと、私はすぐ傍にあった彼の頬を容赦なく叩き、激しく言葉を投げつけた。
「近い!バカ!」
別に嫌だったわけではない。
余りにも近くにいると、私の想いが宮原に伝わってしまうのではないかと、怖かっただけだ。そして、叩かれた頬を抑え、痛がっている彼を見ると、後悔する。
そんなつもりじゃなかったのに、と。
私の胸がチクリと痛んだ。
宮原は、頬を抑えつつ、体を起こすと、痛みが引き切る前に口を開いた。
「あのさ、今度の休み暇?」
「別に何もないけど」
「じゃあさ、手紙、一緒に書こうぜ」
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あの言葉に私は何と返したのだろうか。
今、こうして彼が目の前にいるという事は、イエスと答えたのだろうが、私は浮かれていたのか、よく覚えていない。
ふと、宮原の顔を見てみる。
頬の痛みはとうに癒えたのだろう。血色の良い肌艶をしているが、赤くはない。
すると、私の視線に気付いた宮原は、机の上に置かれていた白紙の手紙から視線を外すと、チラリと私を見た。
一瞬、目が合い、私は慌てて目を反らした。そんな私に宮原は、声をかける。
「あのさ———」
さすがに慌てて目を反らせるのは、不自然だっただろうか。
私は、宮原が何を思ったのか心配になった。
しかし、彼の口から発せられた言葉に、私は拍子抜けした。
「なんで、制服?」
「は?」
「いや、今日は休みだろ。普通、私服じゃね?」
心配をしていた自分の方がバカなんじゃないかと思ってしまう。そして、そんな宮原の発言によって、私は忘れかけていた昨夜の出来事も思い出してしまった。
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夜寝る頃になって、私は、当日に着ていく服を決めていない事に気が付いた。
私はベッドから転がるように降りると、床を這ってクローゼットのところまで移動した。それから、腕を使い、両脚を伸ばすと、床に足を投げ出した形で座り、クローゼットを開けた。
白のTシャツ、灰色のパーカー、紺のカーディガン、黒のパンツ、ストレッチジーンズ・・・・・。
私のクローゼットの中身は、動きやすさと着やすさだけを重視された地味な服しかなかった。とても女子高生のクローゼットとは思えない。
明日は、駅前の図書館に行く予定になっているので、それほど派手な服は着ていけないが、これでは余りにも地味すぎる。
かといって、今から買いに行くには時間が遅いし、そもそも私一人では、外出することもままならない。事情を知られたくないので、母に頼むわけにもいかないし、どうしよう・・・。
私はクローゼットを開け放ったまま、しばらく黙考すると、とある考えに辿り着いた。そして、私はその考えを知らずのうちに、口走っていた。
「なんで、こんなことで私が悩む必要があるの?これじゃあ、まるで私がアイツの事を———」
途中で、自分がとんでもない事を言おうとしていた事に気付き、私は慌てて口を噤んだ。
しかし、その後に続く言葉は、私の頭のなかに浮かんできて、顔が熱くなった。
私は何度もかぶりを振って、その言葉を振り払おうとした。しかし、しっかりと頭のなかに貼り付いた言葉は、どうしても離れてくれない。
私は服選びを中断し、再び床を這って、ベッドへと転がり込むと、頭まで布団をかぶって、目を閉じた。
よし、寝よう。もう、寝ちゃおう。何も考えずに寝ちゃおう。
だが、そう上手くいくはずもなく、目を閉じると、頭の中の言葉はより存在感を増し、私を優しくいじめてくるのだった。
あーん、もう。全部アイツのせいだ!
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「おーい、聞いてるのか?」
無反応の私に、宮原は周囲に気を遣いつつも、少しだけ声量を上げた。それによって、私は昨晩の回想から引き戻されたのだが、
まるで私がアイツの事を———。
同時に、その後に続く言葉も蘇ってしまった。加えて、当の本人である「アイツ」を目の前にすると、その言葉に現実味が帯びて、私の体温を上昇させた。
無言のまま耳まで赤くなった私に、宮原は優しくも鈍感に、心配そうな顔を向けた。
「おい、大丈夫か。気分でも悪くなったのか?」
しかし、そんな気遣いは無用だと言わんばかりに、私は声を荒げた。
「うっさい!話しかけんな。バカ!」
別に宮原に腹が立った訳ではない。私は自分の想いを誤魔化したかっただけだ。
私はいつも思う。一人では何もできない自分が人を想っていいのだろうかと。
そう思うと、募る気持ちやそれを表す言葉が怖くなってしまう。
「おい、花咲」
宮原が小さな声で私を呼んだ。初めは、怒った私をなだめようとしているのかと思ったが、周囲に本の擦れる音だけが響いている事に気付き、私はここが図書館である事を思い出した。そして、慌てて両手で口を塞いだのは、すでに周囲からの注目と迷惑そうな視線を浴びてからだった。
私は謝罪の意を示すため、ペコペコと四方へ頭を下げた。少し離れた人たちには、立ち上がれない私の代わりに宮原がペコペコと頭を下げた。
ホント、全部、コイツのせい・・・・じゃない。
ホントは不器用な私のせい。
☆くるみのつぶやき☆
さて、花咲はバカって、何回言ったのでしょうか・・・・('ω')?
不器用な花咲ですが、なんとなく共感できる部分もあるなぁ、と思って書きました。