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120センチの彼女  作者: 翼 くるみ
Ⅰ.手紙
3/35

3.計算された手紙

友人から「花咲姫子はなさきひめこ宮原春みやはらしゅんに気があるらしい」と、聞いた水樹勉みずきまなぶ


しかし、彼には二人の仲を応援できない理由があった。

 花咲がしゅんに気があるらしい。


 塾の友人から、そう聞いたときは、正直驚いた。

 しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。


 部活の朝練のため、早くに学校へ行ったのだが、俺としたことが、道着を忘れてきてしまった。そのため、代わりの体操服を教室に取りに行こうとしたのだが、早朝にもかかわらず、玄関に人影が見えたのだ。


 小さい。子供か?


 と、一瞬思ったが、滑るように移動するその様は、人の歩き方とは明らかに動きが違う。


 人影は、俺の存在に気付いたのか、逃げるように去って行ったが、上半身の繊細なシルエットと、下半身の機械的なシルエットで、それが花咲はなさきであることがすぐに分かった。


 そして、校内にあがるため、下駄箱を開けてみると、一通の手紙が入っていた。


 『水樹君。お話しがあります。今日の放課後、待っています』


 差出人は書いてなかったが、先程の花咲の行動からして、きっと彼女が入れたのだろう。


 そして、話とは、春に関することだと、俺はすぐに思った。なぜなら、花咲が春に気があるらしいという、前情報を知っていたからだ。それに、見た目が穏やかではない春と親しくしているのは、せいぜい俺くらいだ。花咲は、そんな俺に、春との仲を取り持って欲しいとでも考えているのだろう。

 

 手紙に記されている文字は、一つ一つが丁寧に書かれており、その書体はとても可愛らしい丸文字だった。


 普段、刺々しい態度をとっている花咲からは連想しにくいが、そういうところが、いかにも彼女らしいと、俺は思った。

 

 そして、この俺には、よく分かる。

 花咲のその純粋で真っ直ぐな気持ちが。


 こんな自分でも恋をしていいのだろうかと、不安になりながらも募る想いはどうすることもできないのだ。

 

 だが、しかし、それ故に俺には眩し過ぎて、その恋を応援できない。


 それは、嫌がらせをしてやろうなどという稚拙な考えからではない。

 俺、自身のためだ。

 

 俺もまた純粋なほどに花咲の事が好きなのだ。

 

 頭のいい俺に分かる。

 彼女のあの刺々しい態度は、身体が不自由になった事で追い詰められている精神を保つためだ。

 俺には分かる。

 あのか弱い体つきを見れば、彼女がいかに繊細な心の持ち主なのかが。


 そして、俺が守ってあげなければという気持ちにかられるのだ。

 傷つかないように、大事に、そっと俺が守る。

 

 ああ、これが恋ってやつなんだろうな。


 俺の純粋な恋心。


 そんな純粋な想いで、俺は、一つ下の春の下駄箱に手紙を入れた。

 

 そんなことをすれば、どうなるのか俺にはわかっていた。

 あの鈍感な春のことだ。どうせ、花咲に無神経な言葉を投げかけてしまうだろう。そして、花咲は痛みを負う。

 

 だが、その程度の痛みであれば、俺が癒してあげられる。そして、その痛みは、傷にはならない。俺への好意の糧となるのだ。

 

 すまんな。二人とも。悪く思うなよ。



*・∵・∴・∵・*・∴・∵・*・∵・∵・*・∴・∵・



 放課後、俺はすぐには部活へ行かず、校舎と管理棟をつなぐ渡り廊下で、ベンチに腰掛けていた。


 半屋外のここは、自販機が設置されており、昼休みなどには生徒たちのちょっとした溜まり場になっている。しかし、放課後になると、玄関や部室棟からは反対方向に当たるので、人通りは少ない。


 俺はそこである人を待っていた。

 その人とは、当然、花咲だ。


 俺には分かる。

 花咲がここを通ることが。

 

 あの手紙には、待ち合わせ場所が書かれていなかったが、車いすの花咲が屋外を指定してくるとは考えにくい。となれば、校舎のなかになるのだが、階段を使えない彼女は、管理棟の物資運搬用のエレベーターを利用している。そして、帰宅の際、玄関へ行くためには、必ずここを通るという訳だ。

 

 西の空が茜色に染まり、冷たい春風が吹き込んだ時、俺の待ち人は滑るようにやってきた。


 管理棟の出口に二段しかない階段に設けられた簡易スロープを、後ろ向きに下りてくる。

 こちらに背を向けているので、俺の存在にはまだ気付いていないようだ。

 

 そして、花咲がスロープを下りきった時、車いすの黒色のフレームが、夕陽を反射して、眩しく輝いた。

 しかし、それ以上に花咲のミルクティーのような甘い色の髪が、艶やかな輝きを放っていて、俺を優しく誘っている気がした。

 

 これは、俺に巡ってきたチャンスだ。

 

 俺は、ベンチから立ち上がると、自販機の前に立った。そして、小銭を入れ、あたかも今、缶コーヒーを買いに来たかのように偶然を装った。

 

 一方の花咲は、車いすを俺の方へと向きを変え、こちらに向かって進み始めた。それと同時に俺の存在に気付いて、少し驚いた表情をした。俺も意識的に花咲へと視線を送り、目を合わせると少し驚いてみせた。


「やあ。花咲さん」

「あ、水樹君・・・・・・」


 案の定、花咲は浮かない表情をしていた。

 春とどんな話をしたのかは分からないが、俺の想定した通りの顔をしている。だが、どうしたの?なんて、俺の方からは言い出さない。彼女が言うのを待つんだ。


「偶然だね。今、帰り?」

「うん。そう」


 元々、俺にはそれほど刺々しい態度をとらない花咲だが、今日はいつもに増してしおらしい。

 

 俺はいったん、花咲から視線を外すと、本当は飲みたくもないのに買ったブラックの缶コーヒーを自販機の取り出し口から出し、続けて、花咲の髪を連想させる甘いミルクティーも購入した。

 俺は、そのミルクティーを花咲が受け取りやすいように、優しくも軽やかに投げた。


「ほい」

「わっ」


 ミルクティーは、まるで飼い主の所へ戻る子犬のように、花咲の膝元に広げられた両掌に着地した。


「あげるよ。僕のおごりだ」


 俺がほんのり笑ってそう言うと、花咲の浮かない表情は、少しだけ柔らかくなった。


「ありがとう」


 花咲は受け取ったミルクティーの缶を開けると、儚いその唇を飲み口に付け、小さくのどを鳴らし、「おいしい」と、独り言のように呟いた。

 

 それから、しばらく缶を見つめたまま、何かを考えるかのように黙り込んだ。

 俺はその様子を邪魔するわけでもなく、急かすわけでもなく、静かに見守った。そして、花咲が語り始めるのを待った。


 しばらく沈黙が続いた後、花咲は、俺の予想通り、意を決したように顔を上げると、真っ直ぐに俺を見た。


「水樹君は、まだここにいる?」

「うん、君がいるなら」

「そ、そっか。私もお迎えがまだなの・・・・・・。ねぇ、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

「もちろんさ」


 俺が快く承諾すると、花咲は嬉しそうに微笑んだ。

 だが、受けた痛みは、ミルクティーの甘さだけでは、癒えるはずはなく、その微笑みの陰には悲しみが隠れているようにも見えた。


「えっとね、すごく漠然としているというか、いきなり過ぎて何のことか分かんないだろうけど。私、気になるって言うか、お礼を言いたい人がいて、どうやったら、上手く私の気持ちが伝えられるのかなぁって、思っててさ。」


 花咲のたどたどしい説明に、俺は静かに耳を傾けた。そして、相槌を打ち、彼女の言葉が俺に伝わっている事をしっかりと示す。そのおかげで、彼女は安心して話を続けられた。


「一応、手紙を書こうと思ったんだけど、なんか恥ずかしくって・・・・・・。だから、その人の友達にまずは手紙を書いたんだけど、なんか、上手くいかなくて・・・・・・」


 その相手とは、春の事なんだろうな。そして、その友達は俺か。まあ、手紙が上手く届かなかったのは、俺のせいだが、それも計算のうちだ。すまんな、花咲。


 俺が、胸中で、花咲には伝わらない詫びを述べると、彼女は、急に何かを思い出したかのように、今度は頬を少し赤く染めた。


「あっ、あと勘違いされたら困るから先に言うけど、別にその人の事が、好きとかそういうのじゃないからね。だって、そいつ、全然カッコ良くないし、失礼な奴だし、無神経だし、鈍感だし。ただ、ありがとう、って伝えたいだけなの」


 花咲は取り繕う様に否定したが、彼女のしおらしい態度や潤んだ瞳を見れば分かる。彼女がその失礼で、無神経で、鈍感な男に恋をしているということが。


 そして、その相談を、この俺にする花咲もまた鈍感な奴だな。


 俺はそんな皮肉を胸の内で抱くと、花咲には、それが伝わらないように、なるべく優しく言葉を返した。


「そうなんだ。話を聞く限りだとロクな人じゃなさそうだけど、その彼にもいい所もあるんでしょ?じゃなきゃ、感謝を伝えたいって思わないよ」


 俺の言葉を聞いた花咲は、その「彼」の事を想ったのか、急に俯き、不用意にミルクティーの缶を触り始めた。


「い、いい所?まあ、なくもないけど。見た目に反して、時々、優しい所とか、子供みたいに可愛く笑う所とか・・・・・・」

「そういう事を、手紙に書いてみたらいいじゃないかな?」


 その言葉を受け、花咲ははっと顔を上げた。そして、俺は、花咲が「じゃあ、手紙を書くの、手伝って」と、言ってくることを期待した。


 俺の計画では、手紙を書く手伝いをする口実で、花咲と過ごす時間を増やし、親密度を向上させる。そして、俺の裏工作によって、その手紙作戦はあえなく失敗するのだが、そんな落ち込んだ彼女の傍にいるのが、共に手紙を書いたこの俺で、彼女を優しく癒してあげるのだ。


 しかし、この計算された手紙作戦が、実行に移る事はなかった。

 俺の想像しえない事態が起こったからだ。


「おーい。花咲ー!」


 突然、俺の背後から花咲を呼ぶ声が聞こえてきた。


 がさつで、低い声だ。

 しかし、俺はその声をよく知っている。今日も何度、その声を聞いた事か。

 

 俺は、珍しく冷静さをかいて、慌てて振り返った。


 すると、校舎側から春が息を切らせながら走ってきていた。そして、何があったのか、その表情は清々しい。


 どうして、お前がここにいるのだ?

 その清々しい顔はなんだ?

 花咲に痛みを与えたはずのお前が、なぜ?


 自分の計算がかき乱された事への怒りはなかった。ただ、驚きと、そこまで計算できなかった自分が不甲斐なく思うだけだ。


☆くるみのつぶやき☆


 俺には分かる・・・・・。


 なんか私的には、水樹君はもっと、かっこいいキャラをイメージしていたんですけど。

 ちょっと痛い感じがしますね。


 まあ、いっか。

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